十三階段 後編
魔術。それは超常の力。
少なくとも夏休みに室長と出会うまで、僕はそんなものの存在なんて信じていなかった。
しかし、存在している。
目の前の百怪対策室室長、ヴィクトリア・L・ラングナーが魔術を行使する場面を幾度となく見てきたし、僕自身も経験してきた。
だが、一般人には秘匿されてる。
過ぎた力である、というのも理由のひとつなのだろうけど。多くは迫害の危険性やら悪用を恐れてのことらしい。
便利な力っていうのは、諸刃の剣だ。
ゆえに、統魔は徹底的に魔術の痕跡を隠蔽する。
室長もその関係で何度か駆り出されてしまったことがあるぐらいだ。
その、魔術が平凡な中学校で行使されていたというのはちょっとした事件になる。
「間違いなく、魔術なんですか?」
「ああ、精神操作系の術式だな。さっきの紙、アレは正しい認識をほんの少しだけ阻害する。力が弱い代わりに、長期間通用するタイプの魔術だ」
認識の阻害? だけど、それがどう『十三階段』に繋がってくるんだ?
「わからないって顔をしてるな。端的に言うと、キミ達は十一段目を二回数えた」
・・・・・・んな馬鹿な。
「キミ達が十一段目に足を下ろした瞬間、この魔術は発動する。『意識に空白を作りだし、直前の経験を再度体験させる』という魔術がな」
「・・・・・・よく、わかりませんね」
「もっとかみ砕こう。キミ達二人が十一段目を踏む。それをもう一回繰り返した、という思わせる。するとどうなる?」
僕と笠酒寄は数えながら階段を上がっていた。
つまり、もう一段上がったと認識したのならば、次の数字をカウントするだけだ。
つまり、僕達は十一段目から動いていないのに、「じゅうに」と数える。
となれば、いきなり階段が出現したように感じたのも納得できる。
始めから階段はあった。
上ったつもりになった十二段目が。
ほんの少しの錯覚を意図的に起こすという、その程度の現象から生まれていたのだ、この『怪』は。
室長は白衣のポケットに潰した紙をしまう。
「私が見たのは、まったく動いていないのに「じゅうに」と数えたキミ達だ。そんなけったいなコトになるのは魔術が絡んでいると考えて間違いない。そして、実際に魔術が行使されていた。あとは原因を取り除いてやれば良い。はい、終了」
なんでもないことのように室長は言うけど、とんでもない事実だ。
だって、それはつまり・・・・・・。
「この野瀬思中学校には魔術を使える生徒がいるっていうことですか?」
「生徒かどうかはわからん。教員の可能性だってあるし、外部からの侵入者かもしれない。この程度のセキュリティなんぞ素人でも突破できるからな」
それには僕も反論できない。
魔術を使えるヤツが侵入に苦労するとも思えないし。
だが、動機が思いつかない。
こんなことに魔術を用いてしまったら、下手しなくとも統魔に追われる羽目になる。
全世界に支部を持つ巨大組織を敵に回して逃げ切れるようなヤツがこんなアホみたいなことをするか? いや、しないだろ。
もしくは、魔術を使えるけどその危険性を知らない。
そうしたら今度はどこで知ったという話になってくる。
あーもう! こんがらがってきた!
「・・・・・・七不思議を仕掛けた黒幕は、魔術師なんですか?」
「わからん。可能性としては存在しているが、どうにもそぐわない。なんというか、しっくりこないんだ」
「しっくりこない?」
肯定するように室長は頷く。
「魔術師ならばもうちょっとぐらいは偽装を考える。こんなの、素人にも発見される可能性があるだろうが」
確かに。
ちょっとした好奇心から消火器を持ち上げる、なんてことは中学生ぐらいの時分ならよくあることじゃないだろうか。少なくとも僕はどのぐらい重たいのだろうと思って持ってみたことがある。
この場所ならば、誰にも見つからずにそういう『怒られそうなコト』を実行できる。
幸いにして、野瀬思中学校の生徒が魔術に触れるという事態はぎりぎりで避けられたみたいだったけど。
もしかしたら魔術師を相手取らないといけないかもしれない僕達にはとんでもないけど。
「私の結論はこうだ。七不思議を仕掛けた黒幕は多少魔術をかじったことがあるが、統魔そのものを知らない。単に便利すぎるから公表されていない、程度にしか認識していないだろうな」
それはそれで厄介だ。
「やっぱり・・・・・・黒幕との直接対決は避けられそうにありませんか?」
「当然だ。元凶をどうにかしないとまた別の七不思議が出てくるだけだ。それに・・・・・・」
「それに?」
「今度は別の場所でやらかすかもしれないからな。そうなったらまた出張だ。私はあんまり外出したくない」
ずいぶんとまあ、利己的な理由だ。
が、正義のためとか、世のため人のためとかのお題目を掲げている室長よりかは信用できる。
この人は自分勝手だけど、一度喧嘩を売られてしまったら徹底的にやり返す。
心の中で合掌。
すでに黒幕の首には縄がかかったようなものだ。
拘束のための縄ならばまだいい。
それは絞首刑のための縄かもしれないのだから。
「ええと、この不思議は終わりってことですか?」
「そうだ、笠酒寄クン。もう一度仕掛けないことには、幻の十三段目が出現することはない。そして、それは二度と出来ないんだがな」
「なんでですか?」
「今から私が腕によりをかけて罠を仕掛ける。のこのこやってきて魔術を使おうモノならば一網打尽に出来そうなヤツをな」
言うが早いか室長はポケットから取りだしたマジックペンで隅っこに何かを書く。
「・・・・・・完成」
満足そうな顔だし、上手くいったのだろう。
これで、少なくとも明日の夜まではここで魔術を使うことは出来ない。
そして、明日は最終日だ。
最後の七不思議を解決する日だ。
いや、野瀬思中学校にはびこる七不思議が引導を渡されてしまう日だ。




