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空木コダマの化生/剣豪録  作者: 中邑わくぞ
第七怪 妖刀 童子切り安綱
27/51

第七怪 その4

 4


 剣先を洲島に向けた祢々切丸は空気を切り裂きながら飛んでいく。

 まっすぐに、容赦なく。

 だけど。


 (かつ)


 無造作な童子切りの一閃によって真っ二つにされてしまう。

 きっとあれも妖刀の一種なんだろうけど、圧し切り長谷部の能力を発動している童子切りの切れ味の前には無力だった。あっけなく終わってしまった。


 「何ですか、これは。つまらない。貴方のやることにしては……つまらない」


 洲島の声音に冷たいモノが交じりだす。


 「がっかりしました。もう少し斬り合いたかったのですが、もう殺してしまいましょうか」

 「慢心、油断、増長。自分が何でも知っていると思っているヤツほど(くみ)し易いものはないな。言ったはずだぞ、“踊ってろ”とな」


 剣呑な目つきの室長が言うと同時に、洲島の肩に何かが刺さる。


 「ぬぅっ⁉」


 刺さったのは、祢々切丸だった。

 真っ二つにされてしまったはずの妖刀だった。


 え? え? どう、なんなってんだ?

 思わず僕は祢々切丸が飛んできた上を見上げる。


 絶句。


 真っ二つにされたはずの祢々切丸。それが何十本と空中に浮いていた。

 全ての剣先は洲島を向いて、今にも発射できることを示すようにぎらぎらと刀身が輝いている。


 「ほれ、とっとと迎え撃ってやれ。お前の親戚だろうが。……一番の跳ねっ返りだろうがな」


 室長のその言葉を合図にしたかのように、一斉に祢々切丸軍団は鬼と化した洲島に殺到した。


 「くっ、この出来損ないどもがぁっ!」


 一本一本は大したことが無い。所詮は脇差し。その上に今の洲島は鬼に変貌してしまっているし、そのうえに得物も最上級。

 されど、数の暴力に立ち向かうには時間が必要になってくる。

 次々に襲いかかってくる祢々切丸は一向にその数を減らす気配を見せない。


 よく見てみると、召喚されるみたいに次々に新しい祢々切丸が発生している。

 嵐のように殺到してくる祢々切丸を次々に洲島は払い落としていくけど、それでも追いつかない。例え二振り持っていても、鬼と化していても、一度に対処できるのは二つまで。


 すでに上方に待機している祢々切丸は百本近い数まで膨れ上がっていた。

 絶え間なく、ありとあらゆる角度から祢々切丸が突撃しているので、洲島の姿は見えたり見えなかったりになっており、僕の能力を行使するのは無理だけど、このままならば数にモノを言わせて押し切れるんじゃないだろうか?


 「そう簡単にはいかないな。所詮は時間稼ぎだ」


 いつの間にか室長が側までやってきていた。 

 白衣もボロボロ、裂傷もいくつか。見たことないぐらいのダメージを受けている。


 「時間稼ぎって……ならどうやってヤツを仕留めるんですか?」


 このまま祢々切丸で押し切れないならば、どうしようもない気がする。もう一回笠酒寄を回復させて三人がかりでも、たぶん、無理だろう。


 「大技を使う。だが、準備に時間掛かる上、その間私は無防備になってしまうからヤツを抑え込んでおく必要がある」

 「……祢々切丸だけじゃだめなんですか?」

 「ああ、おそらくはな」


 どうする? 僕と笠酒寄でどうにか気を引く? ダメだ、簡単に僕は(なます)にされちまう。そしたら笠酒寄はタイマン。結果は推測するまでもない。


 「……コダマ、覚悟を決めろ」

 「決めてますよ! そんなの!」

 「だったら容赦なくやれ。いいか? 手加減するな」


 訳のわからないことを言いながら室長は髪を掻き上げて首筋をあらわにする。

 ついでに首も(かし)げる。


 「なにを……」

 「私の血を吸え。キミの本当の能力を使え」


 …………覚悟は決めた。二言は、ない!

 華奢(きゃしゃ)な室長の首筋に僕は牙を突き立てた。


 突き破った皮膚の内側から血液が噴き出す。

 ごくりと飲み下すと、自分の中に『なにか』が流れ込んでくるのがわかる。

 室長の吸奪によって奪われていた僕本来の能力の本体。

 こっちが、本物。今の僕の超能力はおまけみたいなものらしい。


 なり損ない吸血鬼として大半を奪った上で、超能力の行使への順応。それが終わったときに僕は自分の能力を制御しはじめる準備が整った状態になる。そういう風に室長は言っていた。

 きっと、今はその状態じゃない。だけど、現状を打破するにはこれが必要なんだ。

 本当の僕の力が必要なんだ。


 内側から膨張するような感覚。

 戻ってきた力を多少持て余している証拠だ。

 首筋から口を離す。

 生々しい傷跡がすぐに修復していくのだけど、それでもどこかしらの罪悪感は拭えない。


 「全力で抑えろ。私が()る」


 血を吸われたせいか、いつにもまして顔色が白くなってしまった室長は準備態勢に入った。


 「ドァスラ、マーガ、リエデ。満ちるものに静寂なし。朽ちるものに祝福あれ……」


 完全に集中モードに入った室長はちょっとやそっとじゃあ帰ってこない。

 あとは僕が役目を果たすだけ。


 僕は、背を向けたままで洲島を見る。

 同時に飛んでいく祢々切丸も、気絶している笠酒寄も、呪文を唱えている室長も見る。

 この広間全体を見る。


 縮尺した模型を色々な角度から同時に眺めているような、そんな感覚、いや、知覚。

 見た、と言ったけどそれは正確じゃない。これは視力とはまったく別のモノだ。

 いうならば、触覚に近い。

 測ったことはないけど、ある程度の範囲内を同時に観測する能力。

 領域的観測、と室長は言っていた。


 僕は三次元的に“()る”ことができるらしい。

 それが、この状態の正体。

 そして、今なら視線が通っているとかいないとかは関係ない。だって、視力とは全く別の捉え方をしているのだから。


 洲島の肩、両腕、腰、膝、足首。全て同時に固定する。

 止まった一瞬で祢々切丸が殺到する。

 祢々切丸同士が擦れて火花が散る様子もわかったし、笠酒寄の指先が動いたのもわかった。

 今の僕になら、この場所で起こっているコトは同時に視えている。

 そして、何カ所だろうが同時に能力を行使することも出来る。


 見えないなんてことはない。今、この場所で視えない場所なんて無いんだから。

 絶え間なく襲ってくる祢々切丸を、これまた虫をたたき落とすみたいに迎撃し続けてきた洲島は、僕の能力に固定されてしまったことによって隙をさらす。

 致命的な隙を。


 がす、がす、がすがすがす、がすがすがすがすがすがすがすがすがす!


 秒も掛からずにハリネズミ状態になってしまう。

 刺さっているのは針じゃなくて脇差しだからちょっと奇妙かも知れないけど、見た目は丸まったハリネズミそっくりだ。

 筋肉に、関節に、神経に、中枢に、末端に、急所に、全身ありとあらゆる箇所を貫かれても洲島はまだ動いている。


 だから、僕は刺さりまくっている祢々切丸の上から更に押さえつける。

 ズブズブと全ての祢々切丸が洲島の肉体に沈み始める。

 止まらない。僕が止めないから。止める気が無いから。

 筋繊維を断ち、神経を削ぎ、軟骨を割り、血管を引きちぎっていく。


 「く、がっ! こ、この程度でっ!」


 ここまでやっても洲島は止まらない。

 鬼のタフさってヤツなのか、それとも童子切りの異能なのかは知らない。知る必要も無い。

 捻る。


 ぼぎん、といい音がして洲島の胴体が一八〇度回る。

 人間なら背骨どころか脊髄(せきずい)までやられるけど、すぐに復元が始まるのは見事と言うほかない。僕ならば、とっくに負けを認めてしまっていただろう。


 「貴様……貴様ぁ! 何をしたぁ⁉」


 血を吐かんばかりの勢いで洲島は絶叫するけど、僕はそれに構ってられるほどコンディションが良いわけじゃない。

 さっきから頭痛が止まらない。

 吐き気もするし、頭も重い。上手く思考がまとまってくれないし、五感がどこか鈍い。

 まともに働いているのは脳みそと『視る』能力ぐらいなもんだ。


 「……超能力ぅ⁉ そんものは切り裂いてくれるぅ‼」


 ぼう、と童子切りが纏う黒いオーラが増える。


 させるかよ。


 ぼぎんぼぎん。


 今の状態ならば、全身を貫かれて満足に動けない状態の相手ならば、そして、僕が全力全開の開放状態ならば圧し切り長谷部の能力は恐るるに足りない。

 手首だけで斬れるならば、両手をボキボキにしてやるだけの話。


 「ガァァァァァァァァァァァァァァァァッッッ‼」


 叫ぶな。うるさい。頭が更に痛むじゃないか。


 ……首を折る、か。


 「……に(とも)せ真理の火を。ただ一つに収束せよ。(なんじ)に命ずる。……コダマ、よくやった。後は抑えつけているだけでいい」


 室長の準備は終わったらしい。その右手には白い光球が乗っている。

 僕ももう限界が近い。


 室長は駆け出す。洲島に向かって。

 僕は洲島の全身を抑えこむ。どっちにしたって保たないならば全力でやるだけだ。


 「おのれぇっ! おのれおのれおのれぇぇぇぇぇぇぇぇえ‼ させるかぁぁっ‼」


 ずぼり、と洲島から三本目の腕が生える。

 もちろんその手には童子切りを持っている。

 ダメ……だ。視えてはいるけど、能力を行使するだけの余裕がない。

 だから……任せるよ、笠酒寄。


 「てええええええぇいやぁ!」


 斬。


 完全人狼化が解けてしまったけど、手足は人狼のままの笠酒寄はついさっき目を覚ましていた。

 そして、まだ増え続けていた祢々切丸の一本を掴んで見事に洲島の三本目の腕をたたっ切ってくれた。

 やっぱり、頼りになるな、お前。


 「■■■■■■■っ」


 怨嗟の声であろう洲島の叫びは、もはや意味の無い音でしかなかった。

 そして、室長は間合いに入っている。


 「汝に存在を許さず(エンチャント・エンド)


 顔面に叩きつけられた光球は、ひどくあっけなく吸い込まれていった。



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