第七怪 その5
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しゅるり、と音を立てることもなく光球は吸い込まれる。
華麗なムーンサルトを決めて室長は着地。
だけど、洲島は健在だ。
失敗、なのか?
まずい……僕も……限界だ。
ブラックアウト。視界が暗転する。
視る能力はまだ働いているから何が起こっているのかはわかるけど、念動力のほうはすでに発動しなくなってる。
枷がなくなった洲島は嫌な笑みを浮かべた。
化け物と化した顔で、醜悪な笑みを。
「ふ、ふふ、ふふふふぅ、はははははははっっ! 少しばかりヒヤヒヤしましたが、残念っ! かははははははははっ」
勝ち誇ってやがる。くそ。
全身に力が入らない。
僕が両手両膝をついているのが視える。
動けよ! 動いてくれよ! 今動かないでどうするんだよ!
必死に自分の体に力を入れようとしても、全く言うことを聞いてくれない。
ずぶん。
鬼から四本目の腕が生えた音だ。当然のように童子切りを持っている。
「さてさてさて、どう殺して欲しいですか? 一番屈辱的に殺してあげますよ」
三本目の腕も再生し始めている。
絶望的な状況。……だっていうのに、室長は鬼に対して背を向けた。
そして、当然のようにポケットからタバコケースを取り出す。
奇跡的に残っていた最後の一本を咥えると、優雅な仕草でライターを取りだし、火を点けた。
ひどくまずそうに煙を吐く。
「……私の専門は付与系列の魔術でな」
唐突に、なんだろう?
「この系統っていうのは、わりかし応用が利く分、色々と規制が多いんだ。特に統魔が出来てからは危険な術式は軒並み禁止になって、今や大半が冷や飯食らいだ」
なんの話なのかわからない。時間稼ぎ、なのか?
「だからなんですか? 身の上語りをしても見逃してあげませんよ」
「いや、最期に死因ぐらいは教えておいてやろうと思ってな」
一回吸っただけでタバコをポイ捨てすると、室長はやけにけだるげな表情で振り返った。
その視線は、目の前の鬼を見ているようで、見ていない。
「お前に叩き込んでやったのはそういう類いの危険な魔術、いや、統魔が禁止しているから“魔法”だな。とにかく、問答無用で存在を否定し、魂ごと崩壊させる。例え鬼だろうが悪魔だろうがくたばるのに十分だ」
「そんな与太話を信じるとでも?」
「思っちゃいない。だが、お前は死ぬ。決定事項だ。精々後数十秒の余生を楽しめ」
「ふはっ! ならその間で貴方を殺しましょう!」
洲島が三本の童子切りを振り上げて……その腕がぼろりと崩れた。
「は?」
「始まったな」
まるで風に吹かれて散る土埃のように、崩れた洲島の破片は散っていく。
「馬鹿なっ!」
「当然の帰結だ。『終焉付与』。私が使える魔法の中でもぶっちぎりでヤバいのを食らって無事でいられるわけないだろうが。とっととくたばれ」
腕に続いて足が崩れる。
波に浚われて消えていく砂の城のように、鬼が末端からボロボロと崩壊していく。
両脚ともが意味を成さなくなってしまった鬼は、地に落ちる。
その巨体が地面に叩きつけられた衝撃で、全身にひびが入る。
「こ、こんなっ、馬鹿な! 馬鹿なァ‼」
多分、崩壊する自分の肉体を補うように、新たな手足を生やそうとしているのだろう。だけど、その体が蠢く度に崩壊は早まっていく。
末端から始まった崩壊は、すでに中枢部分にまで達している。
もう、洲島の体でひびが入っていない部分はないだろう。まるで縦横無尽に張り巡らされている血管のように、その表面には亀裂が入っている。
「ありえない……ありえ、ナい……私は……ワタしはぁ……」
とうとう口まで崩壊が始まったので、その言葉は明瞭じゃなくなっている。
まるで、壊れかけの機械が無理矢理音声を絞り出してるみたいだ。
妖刀の力によるものか、そんな状態でも未だに洲島の意識はある。微かにだけど、風化寸前の奇妙なオブジェのような姿なのに動きを止めはしない。
徐々に、徐々に、室長のほうに這いずっていた。
「……ァ……ェ……ァ……」
もう何を言ってるのかもわからない。
恨み言なのか、それとも自分を倒してくれた事への感謝なのか、それとも勝者への賞賛の言葉なのかさえも。
そんな物体に限りなく近づいてしまった洲島を見下ろして、室長は残酷に言った。
「いつまでも見苦しい。私の前から消えろ」
振り下ろされた室長の足は、砂糖菓子でも踏み潰すかのようにごく簡単に洲島を踏み潰した。
さくり。それが、洲島が最期に立てた音だった。
遺言でもなく、音。それが鬼と化してしまった男の最期だった。
「さて、帰るとする、か…………んぬ」
ぐらりと室長の体が傾く。
慌てて僕は駆け寄ろうしたけど、忘れてた。僕のほうも限界。動けやしない。
「ナイスキャッチ!」
倒れようとした室長を受け止めたのは笠酒寄だった。
すでに人狼化は完全に解けている。
服もぼろぼろ。全身汚れだらけなのだけど、僕達の中では一番元気そうだ。
とはいっても五十歩百歩なのだろうけど。
「ナイス……笠酒寄」
やっとのことで絞り出したのだけど、気の利かない台詞だった。人生経験が足りない。
室長に肩を貸しながら笠酒寄は僕の元へやってくる。
「空木君は大丈夫?」
大丈夫じゃない。体調は最悪だ。頭痛は最高潮に達しているし、吐き気も止まらない。ちょっとばかり鼻血まで出てきている。
だけど、僕は言ってやった。
「僕が、この、程度で、どうにか、なる……と……ごっ!」
だめだった。
腕から力が消失して地面に突っ伏す。
洲島が死んで、完全に緊張の糸が切れてしまった。
これじゃあ、格好が付かない。
心配そうに僕を見下ろす笠木の姿を見ながら、僕は蛙みたいな姿を晒している僕の姿を観測する羽目になった。なんつう羞恥だ。
「ダメそう?」
「だめそう」
今度は強がらない。これ以上はただ恥の上塗りになるだけだ。
「あー、笠酒寄クン。私も転がしてくれ。立っているのもきつい。今は汚い地面でいいから横になりたい」
「あ、はーい」
お前は本当にタフだな。
ごろりと僕の隣に室長が転がる。
僕はうつ伏せで、室長は仰向けという違いはあるんだけど、疲労困憊というのは共通している。
「限界だ。私はあと数時間は動かないぞ。キミの能力をもう一度吸奪するのもそれからだ。今やったら手加減出来るかどうか怪しい」
「ぶぁい」
突っ伏しているのでなんとも間抜けな返事になってしまったけど、別にいい。
ミイラになるまで吸われてしまうのは勘弁だ。まかり間違って廃人にされてしまっても困る。僕はまだまだ死ねない。やりたいことは沢山あるし、やりのこしていることも沢山ある。
それに、今の室長の晴れやかな顔を見ていたら、ちょっとぐらいの体調不良は流せるぐらいの余裕は出てきた。
「二人だけずるい! わたしも!」
なぜか室長とは逆側に笠酒寄も寝転がってきやがった。
「ねぇねぇ空木君。わたし、かっこよかった?」
やめてくれ。つつくな。吐きそう。
前言撤回しようかな。やっぱり後で文句言ってやろう。こんな大事に巻き込んだ文句を。
そして、台無しになってしまったクリスマスからの行事をやり直そう。
そんなことは不可能なんだけど、なぜか今の僕はなんでも出来そうな気がしていた。
一月九日。
童子切り安綱とのバトルからすでに一週間近く経ってしまった。
結局、あの後駆けつけた八久郎さん率いる統魔の回収班によって僕達は保護という名前の回収を行われた。
僕の体調は最悪で、運ばれている途中に何度も戻したのだけど、気にするだけの余裕がなかった。
そこからは三日ほど統魔での治療と事情聴取の日々だった。
八久郎さんが根回しをしてくれたおかげで扱いは非常に丁寧なモノだったのだけど、何度も何度も同じ質問をされるのは閉口してしまった。
途中からやってきたヘムロッドさんがいなかったら今も続いていたのかも知れない。
家に戻ったときには、何処まで叱責されるのか戦々恐々としていたのだけど、全く平常通りの対応だった。なんなら僕のほうが肩すかしを食らってしまったぐらいだ。
どうやらこっちは室長が対応してくれていたらしい。
『気にならなくなる魔術』とやらを使ったらしいのだけど、詳細は教えてくれなかった。少なくとも危険性はないらしい。
そういうわけで、僕は〆切りも迫った宿題の処理に追われる羽目になった。
途中から笠酒寄も一緒になって、それぞれの得意科目を解いてはお互いに写すという邪道な行為に手を染めたのだけど、まさか学校側も自分のとこの生徒が妖刀退治で魔術組織に拘留されるなんていうことは想定していなかったのだから今回ばかりはお目こぼし頂きたい。
そうやって何とか宿題が片付いたのが昨日。
そして、今日は新学期一日目だ。
まだ一月。寒さも厳しい。
やっとの事で宿題から解放されたと思ったら、今日からは勉強の日々だ。
なんか、一度しかない高校一年生の冬休みがこれでいいのかと自問してしまいそうになる。
……やめよう。悲しくなってくる。
そんな侘しい気持ちで僕は学校に向かって歩いているわけなんだけど、足を止める。
電柱の影から見覚えのあるカバンの端が見えている。
ついでに、同じ弐朔高校の制服の端も。
どういう風に声を掛けるのか迷ったのだけど、よく考えるまでもなく昨日一緒にくたくたになるまで宿題をやっつけていたのだから気にする必要も無い。
ささっとそういう回答にたどり着いた僕は、ちょっとだけ早足で『誰かさん』が隠れている電柱に近づいた。
「よう笠酒寄」
「おはよう、空木君」
はにかんだその笑みを、僕はとても綺麗だと思った。




