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空木コダマの化生/剣豪録  作者: 中邑わくぞ
第七怪 妖刀 童子切り安綱
26/51

第七怪 その3

 3


 未だに、洲島は体をこっちには向けていない。顔だけが見えている。

 だけど、僕は鳥肌が立ちそうになった。 

 なぜなら、洲島は全く動揺していなかったのだから。


 人狼(かささき)を見ても平然としている。当たり前の事実のように受け止めている。

 数秒、そのままだった。 

 僕も室長も笠酒寄も、そして洲島も動かない。


 「……では、皆様と戦いたいのですが、よろしいですか?」


 宣言、なんだろうけど僕は反応できなかった。それは室長も笠酒寄も同じ事で、洲島のアクションを防ぐことができなかった。

 いや、予想できてなかったと言うほうが適切か。

 だって、洲島が立ち上がったのとほぼ同時にその体を童子切りが刺し貫いたのだから。


 「「「⁉」」」


 洲島の背中から血にぬれた剣先が突き出している。

 致命傷、だろ……。僕だってあんな負傷してしまったらかなりまずい。人間であろう洲島ならなおさらだ。


 ぐぐ、と童子切りはどんどん突き進む。

 肉を裂き、内臓を抉り、骨さえも砕きながら進む。

 とうとう全部通り抜けた童子切りは、空中で留まる。


 洲島の血液を纏って。


 だけど、これで終わりじゃなかった。

 まだまだ、始まりでしかなかった。

 童子切りが纏ってる血液が(うごめ)く。


 生きてるように。のたうつように。

 徐々に徐々に、それは茎に集まり始め、そして柄を形成した。

 人形みたいな動きでこちらに体を向けながら洲島はその柄を握る。

 貫かれた傷は、すでに塞がっていた。ただ、着ている服にだけ血液の染みが広がっている。


 「殺し合いを始めましょう。この童子切りの役目を果たしましょう。そして、私の望みを叶えましょう」


 凄絶に洲島は(わら)った。


 



 「やれ!」


 室長のその言葉で反射的に我に返る。

 笠酒寄と室長が洲島に突進していく。

 笠酒寄は持っている脇差しで、室長は自分の右手を文字通りの手刀と化して。


 「フゥッ‼」「えぇーい!」


 室長の鋭い呼気と笠酒寄のちょっと間の抜けた叫び。

 だけど、込められている殺気は本物。間違いなくどちらも必殺の一撃だ。


 ぎぃん!


 だけど、そのどちらもが受け止められていた。

 二振りの童子切りによって。


 何が起こったのか? 洲島は単に受け止めただけだ。

 何もない空間から童子切りを引き抜いて。

 最初からあった童子切りで室長の手刀を受け止めて、笠酒寄の脇差しの一撃は新たに出現したもう一振りで受け止めていた。


 他の妖刀の能力を使えるっていうのは聞いてたけど、増えるのは反則だろっ!

 予想外の事態に笠酒寄は一瞬硬直する。だけど室長は構わずに蹴りを放つ。

 流れるような(たい)(さば)きで洲島は蹴りを避けながら間合いを取る。

 その瞬間にはすでに笠酒寄も立ち直っていた。


 「うりゃぁあ!」


 僕程度の動体視力じゃその突きを捉えることは出来なかった。そのぐらいの速度の突きだ。

 それなのに洲島には見えているのか、火花を散らしながらもしのがれる。

 体勢を崩した笠酒寄に童子切りが襲いかかるが、それを室長の手刀が(はば)む。

 直後に空いた方の童子切りが室長の首を刎ねんと迫る。


 「火炎付与エンチャント・ファイア!」


 ごう、と音を立てて室長の手刀が燃え上がる。

 一瞬だけ洲島はそれに気を取られてしまったようだ。

 笠酒寄も室長も一旦距離を取る。


 ここまで、約五秒。人外過ぎる。 


 室長と笠酒寄のコンビネーションも恐ろしいけど、もっと恐ろしいのはそれをものともしていない洲島の腕前だ。

 間違いなく、童子切りを使いこなしている。とんでもない達人だ。


 「援護はどうしたコダマ」

 「どうやって援護しろっていうんですか。動きについて行けませんよ」


 室長からお叱りの言葉が飛んでくるけど、どうしようもない。

 一か八かの精神で能力を使ってもいいけど、その場合は誰の体がねじれるのかがわからない。

 一瞬の隙が命取りになるのは今の数秒でよくわかった。接近戦をやっている限り僕の出る幕はない。……せめて、一秒でいいから停止してくれたら……。


 「ああ、知ってますよ。そっちの少年は超能力者でしたね。水を差されても興ざめですから、この状態でいきましょうか」


 つまらなそうに洲島が言うと、両方の童子切りがどす黒いオーラを纏う。

 ……圧し切り長谷部の能力! やっぱり使えるのか! 一番厄介なのを。

 しかし、なんで僕の能力をどいつもこいつも知ってるんだよ。ネットにでも書き込んであったか⁉


 「不思議ですか? 私があなたたちの事を知っているのが。無理もありません。童子切りは妖刀の原型ですからね。全ての妖刀は繋がっているのです。他の妖刀もそうですが、ある程度の情報は共有できるのです。水鏡は特にその能力が高かったのですが」


 合点がいった。

 水鏡の所有者がまるで僕達を知っているような口ぶりだったこと。そして、童子切りが僕の能力を知っていること。……多分、笠酒寄も今持っている妖刀と戦った時に完全人狼化したんだろう。ゆえに動揺しなかった。既知(きち)の情報だったから当然だ。


 となれば、僕の能力は完全に対策済みと見ていいだろう。ついでに笠酒寄のとんでもないスピードにも対応できているときたもんだ。

 こうなってくると、本格的に室長頼みになってくる。


 僕も本気を見たことがない室長が全力を出してくれることを祈る。


 「次は私からいきますよ」


 トイレにでも行くような気軽さで今度は洲島が攻めてくる。標的は、室長。


 「避けてくださいっ!」


 僕は叫ぶ。


 あのオーラを纏っているということはとんでもない切れ味だ。容易く石ですら切り裂いてしまうような斬撃なんて防御無視攻撃みたいなもんなのだから、避けるのが正解。

 言われるまでもないと言わんばかりに室長は襲いかかる二刀をひらりと躱す。

 ついでのように指先から電撃を放つが、それは童子切りによって切り裂かれてしまう。

 ホントになんでも斬りやがる。


 「……やっぱり貴方が一番強そうだ」

 「私に喧嘩を売るとは良い度胸だ。教育してやる」


 余裕ぶってる室長だけど、内情はひやひやもんだろう。

 正真正銘一撃必殺の斬撃が次々に襲いかかってくる上に、下手に攻撃したら切り裂かれてダメージを受ける。

 まるで軽業師のような身のこなしで避け続けている室長だけど、徐々に洲島の斬撃がその動きを捉え始めている。


 白衣の端が斬られる。

 強力な防御魔術が施されているはずの白衣を、まるで紙でも引き裂くように童子切りはなんなく断つ。


 「もっと……もっと楽しませてください。私に生きている意味を確認させてください」

 「ちっ、変質者め」


 毒づく室長もどこか勢いがない。

 右に避ければ更に右から、左に避ければ更に左から斬撃が間断なく襲ってくる。

 攻撃し続ける洲島も洲島だけど、避け続ける室長も室長だ。

 どうにか僕は能力で一瞬でも隙を作ろうとするけど、次々に入れ替わる二人の位置がそれを許してくれない。


 「たぁー!」


 ぎぃん!


 割って入ったのは笠酒寄だった。

 それでも、最高速であろう一撃は童子切りによって受け止められてしまう。


 「邪魔しないでください。私はこの女性と殺し合いたいのです」

 「知らない!」


 どうやら(しのぎ)で受けている状態だとあの切れ味は発揮できないらしい。笠酒寄の持っている脇差しは切断されていない。


 ぐん、と脇差しが押し込まれる。

 人狼全開のパワーならば流石に対処仕切れないみたいだ。


 「こぉん、のぉぉぉぉぉっ‼」

 「力押しなんて無粋な真似はしたくなかったのですが……」


 押されていた洲島の肉体が一気に膨張する。


 「え?」

 「はぁ!」


 今の今まで押し込んでいた笠酒寄の脇差しは一気に跳ね返される。

 その余波で笠酒寄まで吹っ飛ばされたのだから威力は推して知るべし。


 「やれやれ。水を差されてしまいましたが、どうせ貴方もこの状態になる必要があったでしょうから、同じ事でしょうか」


 静かに、どっちかというと仕方ないという調子で洲島は言った。 

 いや、もう洲島じゃない。

 鬼が、いた。


 膨らんだ肉体はすでに三メートル近い。

 赤銅色の肌に、びしびしと浮いた血管がなんともグロテスクだ。

 そして、額から生える二本の角。

 服は破れてしまって、ぼろぼろになってしまったのだけど、それがまた荒々しさを強調していた。


 「……妖刀童子切り安綱。鬼を殺すために所有者を鬼へと変貌させてしまう唯一にして無二の異能。鬼を殺すには鬼となる、か」


 睨み付ける室長の視線は、鋭い。 

 まるで軽蔑しているかのようでもあり、失望したかのようでもある。


 「ええ、私もこの能力はあまり使いたくなかったのですが、仕方がありません。あなたたちを殺すためです」


 丁寧口調の鬼、なんていうのはミスマッチだったけど、そんなことに拘泥(こうでい)している場合じゃない!

 ぶわり、と僕の髪が浮く。


 動きが止まったチャンスを逃すか!

 能力を発動。今回は手加減なしの全力! その両手を――――。


 ひゅん。


 振られた童子切りによって、発動しかけた僕の能力は霧散してしまう。

 な……に?


 「この状態になったら“見えます”。貴方のつまらない能力程度には飽き飽きしているのですよ。私は斬り合いがしたいのです。そこの金髪のお嬢さんと」


 僕の……能力が、見える? 僕でも見えないのに? 妖刀の能力なのか、それとも鬼と化したがゆえの感知能力なのか。

 固まってしまった僕に興味を示さずに洲島は室長のほうに近づく。


 「さあ、今度こそ死ぬまでやりましょう。邪魔は入れさせないようにして」

 「ふん。お前と踊ってやる気は無いな。笠酒寄クン! 祢々切丸を上に投げろ!」 


 ぶっ飛ばされた笠酒寄は壁にめり込んで半分気絶しているような状態だったのだけど、もはや反射的に指示に従う。

 意地でも手放していなかった脇差しを放り投げる。

 宙に舞った『祢々切丸』とやらは放物線の頂点で静止した。

 まるで見えない力が働いているように、その切っ先が洲島に向かう。


 「お前は刀と踊っているのがお似合いだ」

 

 


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