第七怪 その2
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視界が戻る。
今度は外だ。
野外から屋内へ、そして野外へ。あまりに急激に温度変化を繰り返すもんだから風邪でも引きそうだ。
たぶん……山奥だろう。辺りはただ一つの例外を除いて木ばかりだ。
例外、そう、たった一つの例外は洞窟だ。
ぽっかりと、まるで黄泉の国へと繋がっているかのような不気味さを湛えた穴。
何重にも注連縄が張り巡らされているのだけど、一本だけが断ち切られている。
「ふん、予想通りか」
つまらなそうに室長は呟いた。
「ってことは、予想通りあの先に元凶がいるっていうことですか?」
「そういうことだ。……突入するために一応説明しておくか」
またしてもタバコを取りだし、室長は白衣のポケットから取りだしたライターで火を点ける。
「妖刀童子切り安綱。日本で最初に生まれた妖刀だ」
やっぱり物騒な名前だ。童子切りって、子ども殺しってことなのか?
ふぅ、と。呼気と一緒に煙を吐き出しながら室長は続ける。
「この刀は酒呑童子の首を切った刀だ。ゆえに『童子切り』。その異能は『鬼を殺す』という一点に集約される。鬼を殺すためならばなんでもするような妖刀だ」
そうか、どこかで聞いたことがあると思った酒呑童子退治の話か。
たしか、天下五剣の一振り。国宝級じゃないか。
これも、本物と信じられているほうは偽物なんだろう。こんな事件を引き起こすような厄介な代物が博物館程度に納められているのはなんとも危険極まりないし。
「鬼を殺すって……でも、鬼なんていないじゃないですか」
もしかしたら存在するのかも知れないけど、少なくとも僕は見たことない。
ということは、思っているよりも凶悪じゃないのか?
少なくとも僕達にとっては。
「いるだろうが、ここに」
「へ?」
室長の視線はまっすぐに僕を見ている。ついでに指も差されてる。
え、僕?
「吸血“鬼”。童子切りからしてみたら鬼と名の付くものならば尽く殺戮の対象になる。もちろん、私もだな」
かるーい調子で室長はおっしゃる。
「う、嘘ですよね? 冗談ですよね? 僕を脅かすつもりなんでしょ?」
「現時点で嘘を言う必要があるか? これから真剣勝負なのに?」
……そうだよ。あぁそうだよ。これから殺される可能性もある戦いだ。
その上で相手は僕や室長に対する特効能力持ちかよ! なんだソレ! ふざけんな!
頭をその辺の木にでも打ち付けて現実逃避したかったのだけど、最後の理性がそれを阻止してくれた。今体力を消耗してしまうのは得策じゃない。
「ぐ、具体的にはどういう能力なんですか? 圧し切り長谷部みたいな凶悪なやつじゃないですよね?」
「……全ての妖刀の原点にして原型。そして、童子切り以外の妖刀っていうのはある部分を抽出したり、手を加えたり、制御しやすくしたり、制御しにくくしたりしたものだ」
「つまり?」
「他の妖刀に出来ることは大抵できる。例外はあるが」
……マジかよ。
っていうことは、今まで退治してきた妖刀全部乗せってことか? とてもじゃないけど、手に負えそうにない。
さっきまでちょいとばかり息巻いていた僕の心中はすでに葬式ムードが漂い始めた。
無理もない。一振りでも妖刀には手を焼いていたのに、それが全部ありありのヤツ?
できっこない!
ばしん、と肩をはたかれる。
「そう悲観するなコダマ。いかに童子切りと言っても弱点はある」
へ?
「童子切りはな、『使い手が必要な妖刀』なんだ。どんなに童子切りが優れていても、それを十全に引き出せる人間が使わないと意味がない。そして現代日本にそれだけの使い手がどれほどいるんだ? この平和な時代に刀なんぞに興味を示すのは時代劇マニアぐらいだ」
それはちょっとひねくれた見方過ぎるとは思うのだけど、一理ある。
これまでの妖刀との戦いでも、使い手の油断につけこんで勝利をもぎ取ってきたパターンは多い。そして、童子切りもそういうタイプの妖刀ということならば、まだ望みはある。
もう一回……いや、今回は室長にやってほしい。
「すいませんけど室長。ちょっとビンタしてもらっていいですか?」
「首が飛ぶぞ?」
「そこは手加減してくださいよ……」
「わかった」
ばっちん!
マジで首が吹っ飛ぶかと思った。
どうも室長は手加減が下手らしい。
だけど、気合いは入った。
やることは一つ。童子切り安綱を無力化して、一連の妖刀騒ぎを終わらせて……。
「……宿題しないと」
わりと切実。追い込みかけようとした途端に降って湧いたようにこの厄介事だったから進捗が思わしくない。
「あ、わたしもやってない」
僕の予想だとお前は多分この騒ぎがなくてもやってないだろ?
「なら、片付いたら二人はいちゃつきながら勉強会でもしろ。私は戦利品をいい加減に整理したい」
なんの戦利品なのかは聞きたくない。
三者三様に決意を固めて、僕達は注連縄が幾重にも巡らされている洞穴に歩き出した。
洞窟の中は思ったよりも明るかった。
多分、所々に蝋燭が灯されているためだろう。
湿気を十二分に含んだ嫌な空気の中を僕達は進む。
「作戦は単純に行こう。私と笠酒寄君が前衛、コダマは後ろから能力で拘束するなり手足を引きちぎってやるなりしろ。トドメは私がやる」
歩みを止めることなく室長は行動方針を決定する。いや、戦い方か。
「……その理由を訊いてもいいですか?」
唯一の男である僕が多少なりとも安全圏にいるというのはちょっと承服しがたい。
男女平等主義者ではあるのだけど、たまには僕も良いところを見せたいという欲がある。
「身体能力の差だ。キミは人間としては規格外だが、人外の領域からしてみたら子どもみたいなモノ。しかも相手は鬼に特化した能力持ちの妖刀ときてる。これで接近戦を挑みたがるのはよほどの馬鹿だぞ」
……そりゃそうだけどさ。
だけど、だけど!
「心配するな。私は誰だ? そう、魔術師にして吸血鬼、そして百怪対策室室長、ヴィクトリア・L・ラングナーだ。この私にかかったら、例え最初の妖刀だろうが未来サイボーグだろうが敵じゃない」
自分で言うか、そういうことを。
いつものことだけど、この自信はどこからやってくるんだろう。爪の先ほどでいいから僕にもわけて……くれなくていいや。多分ひどいことになる。
「了解です。……僕は援護に徹します」
「そうしてくれ。あと笠酒寄クン」
「はい?」
「今回は最初から完全人狼化して……いや、今の内にしておけ。初手で決めたい」
完全人狼化。つまりは僕が最初に戦ったときの笠酒寄。
あの動きに反応できるっていうんならやってみろと言いたくなる。僕でも格闘においては完全敗北したのだから。
「わかりました。んんぅっ!」
笠酒寄の体格が変化する。
僕よりも小さかった身長は完全に追い越し、横幅も広がる。
トドメに露出している部分を獣毛が完全に覆ってしまって、人狼の完成だ。
……いまだにこの姿を見ると腹が痛む。貫手で穴空けられた場所が特に。
脇差しを持った人狼(女子の服装)という世にも奇妙な存在が僕の隣にいるのだけど気にするだけ損だ。脳の思考力を余計なコトに割きたくない。
「よし。そろそろ着くな。合図したら一斉にかかるぞ」
光に満ちている広い空間が見え始めていた。
待っているのは、童子切り安綱。
こっちと比べて光量が多いので、薄暗い状態になれてしまっている僕にはよく見えないけど、何かが待っているのは感じられた。
開けた場所だった。
入り口からは想像も出来ないぐらいに広い。
体育館ほど、とはいかなくとも、ちょっとしたホールぐらいの広さはある。
こっちは蝋燭じゃなくて、今時のLEDライトが多数設置されていた。
存在していたのはそれだけじゃないけど。
人間と、刀が一振り。
人間は和服を着ている。こっちに背を向けた状態で正座し、刀に対面していた。
そして、刀。
おそらくは童子切り安綱であろうその刀は奇妙な状態だった。
柄も鍔もついていない。茎が剥き出しの、刀身だけの状態で浮いていた。
「お待ちしておりました」
まだ若い男性の声だった。
それが僕達に背を向けて座っている人物から発せられたという事実に到着するまでには多少の時間がかかった。
なにせ、声は広間全体に反響するようにして聞こえたのだから。
「妖刀の活性化の原因はお前だな? 今すぐ童子切りを手放して投降するなら手足を行動不能にするぐらいで勘弁してやる」
脅迫しているのか説得しているのかわからない。
だけど、和服の人物は微動だにしなかった。
「……初めまして。洲島意継と申します。このたびは私のわがままに皆様を巻き込んでしまい、大変申し訳なく思っております」
だったらこっちを向くぐらいのことはしてもいいんじゃないか? 言動が一致してない。これも妖刀の影響なのだろうか?
「ああ、大変迷惑だ。だからとっとと捕まってくれ。そして精々後悔してくれ」
「それは……承服しかねます。やっと私の望みが叶うときが来たのですから」
望み? ……なんだよ、それ。僕や室長、そして笠酒寄はお前の望みとやらに付き合わされて命がけのバトルだったのか? ふざけんな!
思わず能力を発動しそうになるけど、それを室長は手で制する。
「望み? なんだそれは。生憎と私達は願いを叶えてくれるランプの魔神じゃないぞ」
冷たい室長の言葉だったけど、僕の気持ちをこの上なく代弁してくれていた。
だけど、洲島と名乗った男はゆっくりと振り返るだけだった。
まだ、若い。そりゃあ僕よりかは年上だろうけど、いっても三十代。下手したら二十代じゃないのか、っていうぐらいには。
だけど、その表情には寒気を覚えるような喜色満面の笑みが貼り付いていた。
「いえ、そんなことはありませんよ。あなたたちは、私の願いのためには必要不可欠なのですから」




