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空木コダマの化生/剣豪録  作者: 中邑わくぞ
第七怪 妖刀 童子切り安綱
24/51

第七怪 その1


 ※

 父が病没し、母もその心労によって後を追うように自殺した後、私は家を継ぐことになりました。

 親戚一同は私に同情的でしたから特にもめることもなく、このときにはありがたいと思ったものです。


 そうして、死後のごたごたも片付き始め、私自身もより一層精進すべしと心新たにした時期にそれは起こりました。


 交通事故。


 言ってしまえばそれだけのことです。

 世の中にはあふれていることなのです。

 私にとっては人ごとではなかったのですが。なぜなら、被害者は私だったのですから。


 事故はひどいものでした。

 ()かれた私は宙を舞い、アスファルトに叩きつけられた瞬間までは覚えているのですが、次に気がついたときには病院のベッドの上でした。

 体中に管がつながれ、全身を包む痛みと倦怠(けんたい)感、そしてどこか浮世離れしているような感覚を覚えています。


 まるで水面(みなも)揺蕩(たゆた)う蓮の葉になったかのようでした。

 口を開くことも出来ず、私は痛みと熱に耐えながらただただ一つのことを想っていました。


 “いつ、剣を振れるのだろうか?”と。


 一週間ほどすると多少は傷口も塞がり始めてきたのか痛みもマシになり、声を発することぐらいはできるようになりました。

 驚いた看護師の顔は覚えています。それまで私は一言も発しなかったのですから、もしかすると事故のショックで失語症にでもなったのかと思われていたのかも知れません。単に口を開けばうめくか叫ぶかしかなかったので目を瞑って歯を食いしばっていただけなのですが。


 それからはにわかに私の周辺は慌ただしくなりました。

 医師の問診が始まり、数々の検査が始まりました。

 検査自体は全く気になりませんでしたが、気に掛かることはありました。

 ギプスで動かすことが叶わぬほどに固められている右手。感覚が全く無くなってしまっているその腕のことだけが私の気がかりでした。


 きっと、怖かったのだと思います。

 尋ねることが。事実を突きつけられてしまうことが。

 ですが結局、私は耐えることが出来ずに尋ねてしまったのです。「私はいつ頃になったら剣を触れるようになりますか」と。


 医師はしばらく沈黙していました。

 やっと口を開いたかと思えば、告げられた事実は残酷なものだったのです。


 『神経がずたずたになってしまっているため、以前のように振ることはできない』


 きっと、医師としては私の命が助かったことを喜んでいたのでしょう。


 ですが私にとってそれは、死刑宣告にも等しいものでした。

 本来ならば生き延びたことを幸運であると判断すべきなのでしょう。ですが、幼少の時分に己の意味を剣に見いだし、他の何を犠牲にしても剣の道に邁進(まいしん)してきた私にとっては、生きながらにして地獄に落ちてしまったかのようでした。


 それからは、あまり覚えていません。

 きっと私は失意のままに病院で過ごし、抜け殻のような心で肉体の傷を癒やし、そして退院したのでしょう。いつの間にか実家に戻っていました。

 体の傷が癒えても、私の心には空隙が残りました。

 かつてのようには言うことを聞いてくれない右手。

 生活には支障なくとも、剣を握れば一目瞭然でした。


 剣先はぶれ、振ればみしみしと神経がきしみ、少しばかり突けばそれだけで焼かれたような痛みが走ったのです。

 痛みを無視して振ってみようとしても、やはり、以前のようにはいきません。

 もはや、私は自ら剣を持つことを諦めざるを得ませんでした。


 深い、深い絶望の中に沈殿した状態で私は生きた屍のように、ただただ死んでいないだけの生活を送っていたときでした。

 あの老人が私を訪ねてきたのです。


 彼が私の財産を狙っているのはすぐにわかりました。

 しかしながら、提示された条件はなによりも魅力的だったのです。


 “再び剣を握れるようにしてやる”


 ああ、それはきっと蛇の誘惑だったのでしょう。

 それでも私は、老人が差し出した手を取ったのです。木角利連と名乗ったその老人の手を。

 ※

 


  1


 空間転移独特の閃光に目がくらんだ次の瞬間には、すでに僕はおんぼろの公衆トイレではなく、コンクリートの部屋の中にいた。

 やっぱり、これには慣れない。人間として生活してきての実体験から、いや、常識からあまりにも乖離(かいり)している現象には、正直慣れたくないのだけど。


 「お疲れ様、ヴィッキー」


 聞き覚えのある渋い声。 

 そっちを見ると、予想通りの人物がいた。

 久道院(くどういん)八久郎(やくろう)さん。またの名をミサトさん。

 今日は女装じゃなくて、しっかりとしたスーツ姿なので致命傷は避けられた。顔はしっかり化粧済みだったからダメージは多少、ある。


 「それを言うにはまだ早いだろうが。親玉はまだ残っているんだからな」

 「それもそうね。アタシもちょっと参っちゃってるのかしら」


 つれない室長と、あんまり動じてない八久郎さんだった。

 だけど、疲れているっていうのは本心なんだろう。化粧で隠していてもその目の下に濃いクアがあるのは明白だ。

 八久郎さんのほうも色々と消耗する事態になっていたらしい。


 おそらくは、この妖刀騒ぎの裏方として色々と奔走(ほんそう)してくれたのはこの人だろうし。

 なにより、この場にいる統魔関係者が八久郎さんただ一人というのが深刻な人材不足を語っている。


 「久しぶり! ミサトちゃん!」

 「あら~ミサキちゃん! 会えなくってさみしかったわぁ~。 で、どうなの? コダマちゃんとは進んだ?」

 「え~? もう、恥ずかしぃよぉ~」


 女子トークしてんじゃねえよ! 片方は女子じゃねえけど!

 恥ずかしそうに身をよじる笠酒寄と、にやにやしながらそれを眺めている八久郎さんに僕はちょっとばかりのいらだちを覚えた。我慢我慢。


 「八久郎、女子会は後でやってくれ。これが片付いたら私が主催して思う存分二人の進展具合の報告をしてやる」

 「……ごめん、ヴィッキー。ホント、参っちゃってるわね。アタシ」

 「ごめんなさい」


 存外素直に謝る二人だった。


 「で、頼んでいた『仕事』の仕上がり具合はどうなんだ? 一刻も早く向かいたい」

 「それなら大丈夫。片道通行だけど準備はできたわ。……次に開けるのは少なくとも二時間後だけどね」


 ばちん、というウインクは余計だと思ったけど、室長は何かを頼んできたらしい。片道通行というぐらいだから、また転送魔術なんだろうけど。


 「わかった。すぐに向かう。すでに圧し切り長谷部(へしぎりはせべ)水鏡(みかがみ)祢々切丸(ねねきりまる)、かまいたちを無力化されてしまった以上、“童子切り(どうじきり)”がいつ結界を破ってもおかしくない」


 童子切り。それが、今回の妖刀騒ぎの元凶か。

 どっかで聞いたような、聞かないような……。


 「……そこの赤い魔方陣が童子切りの封印場所に繋がってるわ」


 きっちりとネイルの施された八久郎さんの指が示したのは片隅にある魔方陣だった。

 すぐにでも起動できるようにか、淡く輝いている。


 「行くぞコダマ、笠酒寄クン。この馬鹿らしい騒動にケリをつけに」


 早足で室長は赤い魔方陣に歩を進める。


 ばちん! 僕は自分の頬をはたく。

 これで最後にしよう。この危険極まりない一連の『怪』ですらないただの残酷な事件に決着をつけて、終わらせよう。


 「どうしたの空木君? Mに目覚めた?」


 笠酒寄……水を差すのは止めてくれ。結構真剣なんだから、僕。


 「お前な……あ?」


 (いさ)めようとした僕は変に語尾が上がってしまう。

 だって、いきなり笠酒寄が僕の手を握ったもんだから。


 「行こう、空木君。わたしが絶対に空木君を守るから」


 その瞳の奥にとても強い覚悟が潜んでいるのは鈍い僕でも察することが出来た。

 ……たまには僕も彼氏面してもいいだろう。


 「ばか。だったら僕はお前を死んでも守ってやるよ」


 二人一緒に笑い出してしまったのは、なんだか心が通じ合ってるみたいでこそばゆかったのだけど、決して不快じゃなかった。


 「いちゃついてないで早く来い」

 「いいわぁ~、青春。こういうのアタシ忘れちゃったわねぇ」


 大人二人には賛否両論だったみたいだけど。

 手をつないだままで僕と笠酒寄は魔方陣の中に入る。

 室長から呆れた視線をもらったのだけど、今回ばかりは容易(たやす)く耐えられる。

 だって、笠酒寄のぬくもりを感じているんだから。


 「行ってくる」

 「お願いね、ヴィッキー」


 またしても僕の視界は閃光に包まれた。



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