第六怪 その4
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今、わたしの目の前には脇差しがみっしみしに集まって出来た巨大な玉がある。
壮観っていうよりも、ちょっと巨大さに圧倒されそう。なんでいっぱい集まったモノってちょっとキモいんだろう。こういう感覚にも名前って付いてるのかな? 後でヴィクトリアさんにも聞いてみよ。
「これ、どうするんですか? “本物”が有るっていってましたけど……わたし、わかりません」
「私もわからん。そもそも祢々切り丸の増殖の異能は自分と同じ存在を創り出しているわけだから寸分違わず同じのはずだしな」
ええー……じゃあどうやってこれから本物を選別するの?
違いが無いなら選別のしようもない。ヴィクトリアさん曰く一〇〇〇〇本ぐらいはあるらしいし、一個一個見ていくだけでも大変なのに。
どうやって本物を見つけたらいいの?
「ふふん、いちいち面倒くさく選別する、なぁんて地味でちまちましたことは常識人のやることだ。生憎と私は非常識筆頭。手間は省かせてもらう」
あ、自覚あったんだ。常識ないっていう。
わりと失礼なことをわたしは考えたんだけど、幸いにもヴィクトリアさんは気付かなかったみたいで、ぎっちり詰まった祢々切り丸のほうに手の平を向けた。
「重力特異点」
ぐわん、って空間が歪んだみたいに見えた。
それはヴィクトリアさんの方じゃなくて、祢々切り丸のほう。
みっちり詰まって球状になってる祢々切り丸が存在してる空間そのものが歪んだみたいに、わたしには見えた。
一秒、二秒、三秒……何も起こらない。
「何したんですか?」
何かしたのは確かなんだろけど、わかんないから訊いてみる。
「こっちから圧縮してやった」
答えは返ってきたけど、余計にわかんなくなった。
みぎん。
金属、繊維、木材、その他諸々がひしゃげる音。
慌てて祢々切り丸集合体を見たら、ちょっと縮んでた。
はい?
みぎん、みぎん、みぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎ。
すっごい音を立てながら祢々切り丸玉が中心に向かって圧縮される。
見えない手で握りつぶされるみたいに。
はふ、ってヴィクトリアさんが珍しく気の抜けた吐息を漏らしたのがわかったけど、わたしはSF映画みたいな光景に目を奪われてた。
どんどん祢々切り丸玉は縮んでいく。
縮小、っていうのかなこういうの。よく熱したフライパンの上に垂らした水滴みたいに、ちょっとずつちょっとずつ縮んでいく。
「あ、あの……ヴィクトリア、さん?」
「ん? ああ、重力的な特異点を作ってやったんだよ。あの不細工な球体の中心にな。球状っていうのは便利だな。圧縮するときに力の分散が少ないし、均等になるよう気を遣わなくていい」
理系科目は苦手なわたしだけど、ブラックホール的ななにかなんだろうと理解しておくことにした。多分詳しく聞いたら頭痛がしてくる。
みぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎっ!
だんだんとひしゃげ音は悲鳴にみたいになってきた。
まあそうだよね。無理矢理引き寄せられてるみたいな感じなんでしょ? 口があったら悲鳴を上げてるのかもだけど、流石の妖刀でもそれはないみたい。上がっても困るんだけど。
「さ、て。そろそろ連絡しておくか」
「連絡って、何処にですか?」
「八久郎だ。今回の妖刀騒ぎに関しては次期評議員様から直々に協力要請があったからな。元凶も大体特定できたし、今のうちに根回しをしておこう」
言ったときにはすでに電話を掛けてる。ヴィクトリアさんは本当に迷いがない。
「あー私だ、ヴィクトリアだ。妖刀水鏡、そして祢々切丸は無力化した。正確には片方はまだなんだが、時間の問題だな。あとついでにかまいたちも行きがけの駄賃にコダマが相手してるだろ」
一旦、ヴィクトリアさんはそこで言葉を切った。
電話の向こうのミサトちゃん(八久郎さん)はどんな顔をしてるんだろ? こんなスピード解決は予想してなかったに違いない。
「……そうだ。予定通りだな。で、水鏡の所有者に私の吸奪を食らわせてやってわかったことがある。今回の元凶だ」
元凶。クリスマスから続いてきた妖刀によって発生していた事件。それの……元凶。
どんな凶悪な人物なんだろうと、わたしは手が震えるのを抑えるので精一杯だった。
「『童子切り』だ。ヤツが動いている。私と笠酒寄クン、そしてコダマでこれから統魔に行く。転送陣の使用許可を取っておいてくれ。……私達以外に動かせる駒があるのか? 現状の回収班なんぞ膾切りにされるぞ」
ちょっと、これは、雲行きが怪しい。
もしかして、わたしと空木君はこれから親玉のところに行く感じ? 待って待って! ソレ待って!
こんなぼろぼろの服で行くの? ううん、そうじゃなくて!
ただでさえ連戦状態なのにわたし達が行かないとダメ⁉ 統魔の人達……はダメっぽいんだ。さっきのヴィクトリアさんの口調から頼りないのは伝わってきた。
うぅん。これは難問。
疲れてるわたし達が相手をするのか、それとも頼りない統魔の専門家に任せるのか。
普通は専門家に任せるって選択肢になるんだろうけど、木角利連の一件で統魔の日本支部はけっこうガタガタになっちゃってるらしいし、そんな状態の組織に対応してもらうっていうのは不安かも。返り討ちになっちゃうのが見えてるからヴィクトリアさんも自分が行くっていいだしたんだろうし。
うぅ……でもわたしと空木君はよくない? ヴィクトリアさんだけでも十分だと思うんだけど。
吸血鬼にして魔術師、ヴィクトリア・L・ラングナーならどうにかしてくれそうなんだけど……。
ちら、とわたしはミサトちゃんと話してるヴィクトリアさんの顔をのぞき込む。
『わたし達も行かないとダメですか?』って媚びを売る体で。
上目遣いなのが秘訣。
「ああ、笠酒寄クンも問題ないな。元気そうだし」
ダメだったぁー! そういえばヴィクトリアさんは女の子だよ! 効くわけないじゃん! 上目遣い!
地団駄踏みそうになるけど、最後の理性で踏みとどまる。
こんな場所で駄々こねてもしょうが無いし、わたし達が行かないと、この妖刀騒ぎを終わらせられる人はいないんだ。……そう思うことにした。もう!
みぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぃん!
一際大きい音。
「終わったみたいだな。じゃあ転送ポイントの場所をメールしておいてくれ。そこから飛ぶ」
全然興味ない様子でヴィクトリアさんは通話を切っちゃった。
見ている先にあるのは、空中に浮いてる一本の脇差し。
減ったなぁ、祢々切丸。あんなにあったのに。
無造作に近づいて、ヴィクトリアさんは祢々切丸を手に取る。
「持って大丈夫なんですか、それ?」
不安。だって、全自動追跡型妖刀なんでしょ?
「問題ない。所有者がいるときには単なる脇差しだからな」
えぇー……それって本末転倒なんじゃないの?
作った人の精神状態を疑っちゃう。もしかして人間嫌いだったのかな。
「笠酒寄クン、持っててくれ。私はもう少々運転しないといけないしな」
ぽん、とお土産でも渡すみたいに妖刀がわたしの手に渡る。
持ってる分には大丈夫って言われても、ちょっと嫌。だってさっきまで襲ってきてたんだもん。
「ほらほら、とっととクルマに戻ろう。私は寒いのが嫌いなんだ」
かるーい調子で言いながらヴィクトリアさんはわたしがドアぶっ壊しちゃったクルマに向かう。……って、あれ?
ドアが……直ってる?
「自動修復もちゃんと働いているな。よしよし」
そういえば、このクルマもヴィクトリアさんの所有物だった。当然、普通の品のはずがないか。
ちょっと気味が悪いと思いながらも、わたしはクルマに乗り込む。
「んじゃ出発。目指すは……公衆トイレか。もうちょっとマシな転送ポイントを用意してほしいものだな」
「ホテルとか?」
「ジャグジーも付いてたら完璧だな」
どうでもいい話を展開しながら、わたしとヴィクトリアさんを乗せたクルマは発進した。
静かにクルマが停止する。
良くあるような公園。だけど、ちょっと普通じゃないのは人が全くいないってこと。
多分、なにかの魔術が使ってあるんだと思う。それかこの辺の住民は皆とっても寒がりか。
ヴィクトリアさんがクルマから降りたから、わたしも降りる。
持ってた祢々切丸を中に置いてくるのを忘れちゃったけど、ドアを開けようとした瞬間、ごう、という音がした。
反射的にそっちを向くと、空木君がいた。
なんか、最後に見たときよりも大分ぼろぼろになってたし、片手には日本刀(たぶん妖刀かまいたち)、片手では男の人の襟首を掴んでいたけど。
「ちょうどだな、コダマ」
とても平坦にヴィクトリアさんは迎えた。
もしかして、ちょっと疲れてるのかな? カーチェイスしてたし、大技っぽい魔術も使ってたし。
「わたしも……もうちょっとだけ休ませて」
これは本音。
ずっと祢々切丸持ってたし、そもそも迎撃のためにわたしは完全人狼化までしちゃったし。
空木君はどう思ったのか知らないけど、ふと気付いたみたいに襟首を掴んでいる男の人に目線を移した。
「あ、この……かまいたちの所有者どうしますか?」
「あー……例のスーツケースにでも放り込んどけ。妖刀を手放してしまったヤツなんてカスだカス」
ちょっとヴィクトリアさんも不機嫌そう。
空木君もきっと怖い思いをしたんだろうけど、わたし達もかなりバトル展開だったから無理もないと思う。
もうちょっとまったり気味で良いんじゃない?
空木君が謎スーツケースに男の人を突っ込むと、吸い込むみたいに収まった。
これ、ちょっと欲しいかも。衣装ケースとかに。
整理整頓が苦手なわたしとしては。
一歩、ヴィクトリアさんが前に出た。
目線の先にあるのはばっちい公衆トイレ。
多分、統魔に移動するためのポイントなんだろけど、入りたくない。わたしは。
でも、そんなことはお構いなしにヴィクトリアさんは口を開く。
「心の準備はいいな? この先にいるのは今回の妖刀騒ぎの元凶だ。始まりの妖刀、ありとあらゆる妖刀の原型。空前にして絶後、そういう……馬鹿だ」
咥えていた細い葉巻を捨てながら、ヴィクトリアさんは吐き捨てるように言った。
全然準備は良くなかったけど。
「鬼退治ならぬ、妖刀退治といこうか」




