第六怪 その3
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ばしばしばしばしばしっ!
「見えてきた。あと三分踏ん張ってくれ」
「わかりましたっ! もうっ!」
あれから三〇分。
わたしは絶えずやってくる祢々切り丸軍団を捕まえ続けてる。
ヴィクトリアさんの“策”には開けた場所が必要になってくるらしいから、そこに到着するまでの時間稼ぎということだ。
ずっと捕まえてはスーツケースに放り込むということを続けてきたんだけど、そろそろまずいかも。呼吸が浅く、早くなってきてる。疲れてる証拠だ。
左側にちょっとしたグラウンドみたいな場所が見えてきてる。
と思った瞬間にはクルマがジャンプした。
「舌噛むから喋らない方がいい」
先に言って!
一気にクルマは土手を無理矢理降りる。
本来走ることを想定されてないからその走り心地は最悪。ジェットコースターでももうちょっとは優しく運んでくれるってぐらいには。
がったん!
土手を駆け下りたことを証明するみたいにクルマがひときわ大きく揺れた。
……もう、サイアク。
変態は空木君を襲うし、わたしは妖刀軍団に襲われるし。ホント嫌い、妖刀。
だいたい、クリスマスに邪魔したのも妖刀なんでしょ? っていうことは、わたしってかなり不利益を被ってる気がする。なら、当然その復讐もしていいんじゃない? 因果応報っていうし。ほら、それに『人の恋路を邪魔するヤツは、虎に蹴られて地獄に落ちろ』っていうじゃない? 馬だったっけ?
とにかくわたしは怒ってる。ここしばらくの鬱憤が爆発しそうになってる。
グラウンドの中央にクルマは停まる。
ヴィクトリアさんは素早くクルマから降りると、手を棒状に変形させて地面に何かを描き始めた。
「あと二分! どうにか祢々切り丸を抑えていてくれ!」
叫ばれる。
それがきっかけになったんだと思う。
ぷちん、ってわたしの中で何かがきれた。
思いっきり助手席のドアを蹴り飛ばす。
ばごん!
外れちゃったけどいいや。今のわたしはそういうことには頓着しない。そういうことはどうでもいい。怒ってるもん。
完全人狼化。
ぷちんっと音を立ててブラがちぎれた。もういいもん。後で空木君と一緒に買いに行くから。
そして、わたしもキレてる。
「■■■■■■■■ッッッッ‼」
あ、ちょっと獣っぽくなっちゃったけどいいや。もう、飾らない。ううん、飾ってる余裕がない。
数十本の祢々切り丸軍団が飛んできてるのが見えた。
目標は地面に何かを描いているヴィクトリアさん。
今までは捕まえるだけだったけど、そんな生優しいことはもうしてあげない。
さっき捕まえた二本の祢々切り丸を両手に持つ。
ぶっ壊す‼‼‼‼
海を泳ぐ魚の群れみたいになってる祢々切り丸軍団に突っ込んでいく。
一直線にヴィクトリアさんを目指しているから、ぎりぎりで避けて先頭の何本かに祢々切り丸を叩きつける。
祢々切り丸同士がぶつかって、砕ける。人狼の力で思いっきり振ったから当然だと思うけど、まだまだわたしの怒りは収まってない。
飛んでる祢々切り丸から適当に二本掴んで同じように叩きつける。
さっきの再生みたいに祢々切り丸同士が砕けてゴミに変化する。
それでも、わたしの怒りは全然収まらない。むしろ燃え上がり始めたぐらい。
「■■■■■■■■■■■■‼」
次々にわたしは祢々切り丸を取っ替えひっ替えしながら祢々切り丸軍団を削っていく。
鰯の群れが大型の肉食生物に削られていくように、祢々切り丸軍団はだんだんとだんだんと細く、小さくなっていく。
でも、このままのペースだと何本かはヴィクトリアさんに届いちゃう。
そんなことは……させないッ!
ばしばしばしばしっ!
人狼化で巨大になってるわたしの手なら片手で二本掴むのも出来る。
そして、二本あるっていうことは、一本を使ってたときよりも耐久性が上がるってことだ。
「■■■■■■■■‼」
嵐みたいなわたしの連撃を受けて、一気に祢々切り丸軍団は潰れた。
数十本あった祢々切り丸は、全部壊れて地面に落ちてる。
「……はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
ちょっと、興奮し過ぎちゃったかも。でも少しだけすっきりした。
「やるじゃないか笠酒寄クン。まるでランボーだったぞ」
「乱暴?」
「違う違う。映画の」
「?」
「……ああ、知らないならいい。それなりには古いし、女子受けは悪いからな」
「そうなんですか」
ヴィクトリアさんは地面に複雑な図形を描き終わっていた。
ただ地面をひっかいて描いたはずの図形は、なぜか淡い光に包まれていて、なんとなく不思議な感じ。
「笠酒寄クン、こっちに来てくれ。そこにいるとまた祢々切り丸が襲ってくるぞ」
「あ、はい」
素直にわたしは従う。
図形って言ったけど、魔方陣っていう感じだ。淡い光を放っているところとか、よくわかんない文字が細かく書き込まれているところとか。
「じゃあとっとと迎撃準備と行こう。磁網」
英語よくわかんない。だけど、何もない空中にいきなり出現した光る網が魔術によるものだってことぐらいはわかる。なんだろうあれ。祢々切り丸をどうにか出来るのかな? いっぱいあるのに?
わたしがそんな風に考えて首を傾げていると、また祢々切り丸軍団がやってきた。
今度は百本近いんじゃないかなっていうぐらいの数。もう見えてる距離だからわたしが向かっていっても間に合わない。
「だ、大丈夫なんですか、これ」
「大丈夫大丈夫。祢々切り丸を分身とはいえ捕獲できたのが大きかったな。流石の私も全く材料がわかっていないブツにこの魔術を展開するのは骨が折れるからな」
「どんな魔術なんですか?」
「見てのお楽しみだよ。ほら、もうすぐだ」
呑気に会話してるけど、もうすでに三〇メートルぐらいの場所まで祢々切り丸軍団は飛んできていた。この速度なら一秒でヴィクトリアさんの細い体を貫いてしまう……はずだった。
びた! 魔術で編まれた網を突き破ろうとした先頭の祢々切り丸が停止する。
ちょっと見覚えがあった。
空木君の超能力を行使されてしまった対象はあんな動きをする。不自然に空中で停止する。
でも、今この場に空木君はいない。
なら……。
「これが磁網だ。対象の構成物質に対して強力で、磁力に似た干渉力を持つ力場を網状に展開する。一度捕まったが最後、解除されるか構成そのものでも変化させるしかない」
自分で別の物質に変化するなんてことがそうそうできるはずない、っていうか出来たら怖い。そういうのって核分裂とか核融合っていうんじゃないの?
つまり、解除されない限りは逃げられないってことだ。
これ、人間にも応用できるんだったら犯罪的、だよね? ううん、的はつかない。犯罪だよね? 間違いなく。わたしも教えてもらえないかな?
もうすでに祢々切り丸軍団は磁網に捕まってしまったみたい。ヴィクトリアさんに向かって飛んでこようとはしてるんだろうけど、全然動けてない。
何かに似てると思ったら、ゴキブリ用の粘着罠に引っかかったゴキブリだ。
見ただけでわかる悪あがきっぷりといい、そっくり。
「ちなみに、磁網の恐ろしさはこれからだ」
動けなくなっちゃった祢々切り丸軍団を隣で見ていたヴィクトリアさんは得意げに言った。
「……まだ恐ろしくなるんですか、これ」
「当然。私に喧嘩売ったことを後悔させてやる。例え無機物相手だろうが、売られた喧嘩は
全力で買っておつりをくれてやるタイプだからな、私は」
うわー……良い笑顔。悪役っぽい。
普段はクールな表情とか、いたずらっぽい感じの顔が多いヴィクトリアさんだけど、こういう時の意地の悪そうな顔は年季が入ってる。なんていうのかな? 表情筋の使いかたがこなれてる? そういう感じ。
ん? なんだろ、この音。
頭の上に生えてる狼耳が変な音を捕えた。
風切り音に似てるけど、ちょっと違う。
風を切って進むって言うよりも、すっごい勢いで引っ張り回されてるみたいな? わたしもあんまりそういう音を聞いたことがあるわけじゃないし、音の専門家って言うわけじゃないから断言は出来ないけど。
「ほぉれ、やってきたやってきた。ぞろぞろ小物が大漁だ」
いつの間にかヴィクトリアさんは細い葉巻を取りだして咥えていた。
ふわっと、今日はジャスミンみたいな香り。
その視線を追っていくと……でっかい塊が飛んできていた。
なにあれ⁉
よく見てみる。
……うわぁ、祢々切り丸だ。
数えるのも嫌になるぐらいの数の祢々切り丸がくっついて、一つの塊になって飛んできてる。
「あれ、なんですか?」
正直ドン引きだけど聞くしかない。聞いとかないと後悔しそうだし。
「残りの祢々切り丸だな」
聞きたいのはそういうことじゃない!
「えっと、そういうことじゃなくて……」
「磁網の恐ろしい点はね、同じ構成物質には距離を無視して引力が働くという点にある。たとえトイレの個室でこそこそしていても問答無用で引きずり出す。そして捕獲してくれるというわけだ。分身能力やら複製能力を持っている相手にはこの上なく有効だ」
細い煙を口から吐きながらヴィクトリアさんは得意げだ。
まあ、そんな事よりも一つ問題があると思う。
「ちゃんと止まってくれますか、アレ」
「止まる止まる。あの中に本物の祢々切り丸もあるだろうからとりあえず破壊しておこう。尻を追いかけ回されるのは勘弁して欲しいからな」
どんどん近づいてくる祢々切り丸玉を見ても全く動じないヴィクトリアさんはすごいな、とわたしは思った。




