三話 動物
お待たせしすぎたお詫びに三話も続けて投稿します。
『お人形より小さい美少女が妹のパンツで眠っていたんだが……こんなラノベタイトル考えたんだけどどう? 書店で見かけたら手に取りたくなるタイトルだと思わない?』
丸太のような指で突かれ、無理矢理起こされての第一声がこれだった。時刻は十時過ぎ、恐らくミキはもう眠っているだろう。
「思わないし、思いたくない。寝起き数秒のシオリにそんな寒気がする題材を発表しないで。ただでさえ寒いのに」
…でもちょっと読んでみたくはある。
『ミキに散々イジメられたって聞いたから心配して来てあげたのに当の本人はミキのパンツでぐっすりとお眠。意味分かんない。あたしの心配を返せって感じ』
「仕方ないじゃない。さっさと寝て忘れたかったの。あんな忌まわしい記憶は闇に葬るのが一番なのよ」
『それにしても酷いよ。折角シオリちゃんのエサも作ったのに食べずに眠るなんて』
「はいはい、ごめんごめん。丁度空腹だったし食べるって。あとエサって言うな」
『罰として今から一緒にお風呂に入ってもらうからね』
「あっ、そういえば今日はまだ入ってないや。ミカ、ここから出して」
こんなやり取りがあってミカによってケージから出され、お風呂に連れて行かれました。
あたしと一緒に、ということは絶対にセクハラされるので覚悟しておかないと。
洗面器のお湯に浸かるころには今日の忌々しい出来事で傷ついた心もすっかり回復していた。やっぱりお風呂って偉大だ…と言いたいところである、が。
「シオリの体の隅から隅まで触りまくりやがって…」
というわけで、ミカに散々セクハラされました。
体を洗う名目で一杯触られました。
あたしが人間サイズだったら裁判沙汰です。
スキンシップという枠を越えてます。
『毎日、ミキにされてんじゃん』
当の本人はその自覚はないどころか、まだ触りたそうな顔をしてるのが立ち悪い。
「触り方がいやらしいの。この変態」
ミカの場合、妙に際どい部分に触れてる時間が長い。
『褒め言葉として受け取るね』
「取るな」
ボディソープの付いた巨大な両手に体の隅から隅まで触られ、擦られまくられて、確かに綺麗にはなったがミカに触られた感触がまだ残っていた。
それから暫くお互い無言でお風呂を堪能していた。ただミカはずっと真上からウッキウキであたしを見ていて、凄く気持ち悪かった。視線に耐えられなくなってきた頃、ミカが口を開く。
『シオリちゃんってとっても綺麗な体してるね』
「今更すぎない」
『否定はしないんだね』
する理由がない。
『いやあ、こういう明るい場所でじっくり眺めるなんてそんなになかったでしょ』
ミカと過ごす時は大体、スタンドの明かりだけついた暗い部屋である。
実際、ミカとお風呂に入ったのは初日だけで、それ以降はミキと二人で入っていた。その初日でさえミキと一緒だったのでミカと二人きりで入るのはこれが初めてだった。
ミカはお風呂の縁に両腕をだらんと乗せながらあたしをじっくりと見下ろしていた。今にもあたしを触りたそうな顔をして。ミキとは別のベクトルで恐ろしい女だ。
『まるでお人形さんみたい』
嬉しいけど流石にそこまで綺麗ではない。人形のフリをしても遠目からは誤魔化せても、間近から見られたら無理。ましてや触られたらすぐにバレる。人形に無くて、人間に有るものが多すぎる。
「小人だから小さすぎて細かいものが見えないだけよ。シオリは人形のような綺麗な体じゃないし、ホクロとかも結構あるんだよ」
若干自分を卑下しつつ、人形じゃないアピールをしたがこれがまずかった。
へぇ、どれどれ、と湯船からあたしを掬って、お風呂の縁に立たせた。まるでフィギュアを観るように色んな角度からあたしを観察した。これって視姦ってやつじゃ…めっちゃ恥ずかしい…。
『あっ、本当だ。よく見るとお尻に二つある。おヘソに一つ、太ももにも一つ。あとは――』
「も、もういいから!? もう充分見たでしょ!? 女の子の体をそんな目で見ないで!!!」
耐えきれなくなったあたしは洗面器に逃げるように飛び降りた。結構な高さだったが恥ずかしさが恐怖を上回った。っていうかお尻に二つもホクロあるの!?
『照れちゃって可愛い。ところであたしやミキってシオリちゃんからしたらどう見えているのかな? やっぱり汚く見えてる?』
「安心して充分に綺麗よ。ミカって無駄毛が殆どないし」
『殆どって言い回しが気になるんだけど』
やば。余計な一言言っちゃった。
「あ、ん、ちゃんと処理できてると思うよ。小人目線だから細かいのが見えるだけで…」
『いや、処理なんてしたことないけど』
更に墓穴を掘ってしまった。
「に、人間目線だと気にならないくらいだと思うから。ね。シオリだって無駄毛くらいあるよ」
慌ててフォローしたつもりだった、が。
『これ以上、その話をすると虫眼鏡であんたの体を隅々まで観察して無駄毛探しするけど、いい?』
「すみません。もう話題にしません」
余計に墓穴を掘りました。よかった…体臭の話題まで出さなくて。
『…まったくシオリちゃんてば、小さくなってデリカシーも捨てちゃったのかね?』
なんか口調が変わってるし。
「あなた達姉妹にデリカシーを語る資格がありますかね? 年頃の乙女のシオリちゃんに色んなことをしましたよね?」
面白そうなので乗っかってみた。
『色んなこととは? そこは言葉を濁さずにちゃんと言ってほしいですね。丁寧に文学的に説明しないとあたし達に伝わらないですよ』
「言えるわけないわ!! 猥談になるわ!!」
乗っかり失敗。
『ププッ、猥談に至るようなことをあたし達は『まだ』してないのだがね。それともそういう展開をシオリちゃんは望んでいるのかね?』
「…少なくとも二人には求めてない。っていうかまだって何よ、いずれやるつもり? まだ中学生じゃない。思春期なのはわかるけど、そういうことは口に出さずに頭の中に留めて置くものよ」
『つまりシオリちゃんの頭の中はピンク色っと』
「要約するな。そしてなぜシオリに当て嵌める? まあ、否定はしないけどね。それぐらいしか楽しみがないし」
あくまでメンタルを保つための現実逃避の一環としてして、だ。いくら思春期だからってずっとピンクの妄想している訳じゃないし。小さいアクに対してあんなことやこんなことを妄想しているだけだし。
ちゃんと脱出方法とかミキを出し抜く方法とか考えてるし……出来るかどうかは別として。
『きゃっ、シオリのお洋服を脱がさないで!? その大きな指でドコを触るつもり!? シオリにイタズラしないで!? ひぃ、舐めないで、ヨダレ臭い!? 全身ベタベタして気持ち悪いよぉ!? やめて、おっぱい触らないで!? 小さくても女の子なんだから。そ、そこはダメ!!! お願い、そこだけは触らないで!? 触らないでくれたら何でも言う事聞いてあげるから、いい子にするからぁ!? は、ほら、おっぱいもいっぱい触っていいから……みたいな想像してるの?』
「何その展開。聴いてるだけで寒気がしたわ。お湯に浸かっているのに」
声も微妙にあたしに似せていて、大げさにあざとくしているのが余計にムカつく。
『ちなみにそこってどこの部分だと思う?』
「知らないし」
……脇とかだったり?
『案外冷静だね。あたしが二秒で考えた渾身の妄想を聞いてもっとキレ散らかすものかと』
「シオリも想像したことあるし。される側じゃなくてする側だけど」
アクに対して。
『その大きさで? お相手は虫かネズミかな?』
「違うよ!! シオリは元々人間サイズだったってミカは知ってるでしょ」
『そんな事ばかり妄想してるから小さくされたんじゃなくて? 妄想が現実になった的な感じで』
「………そんなわけないでしょ」
違っているがあながち間違いとも言い切れない。
「で、でもシオリも好きな人にならされる側でもいいかなぁとは思うよ」
話題を強引に戻す。好きな人とはアク。つまりアクのみ、アク限定。だが……。
『じゃああたしがする側でもシオリちゃんは喜んでくれるんだね』
何故かミカがそっち側であるかのように主張してきた。
「なんでそうなる。指うねうね動かさないで気持ち悪い。触る気満々じゃない」
『だってあたし達、恋人同士でしょ?』
なんか変なことを言い出した。
「いや、意味分かんないし!? 何でそうなるの!?」
『夜のお風呂場、血の繋がりのないあたし達が裸で二人きり。うん、恋人だ』
事実だが、悪意のある表現だ。
「何勝手に納得してるのよ!! シオリは全然納得してないんだけど!?」
『別にシオリちゃんの納得なんか求めてないよ。シオリちゃんに拒否権なんてないのだから』
コイツ…ミキ並みに強引だ。
「拒否権はありますぅ。シオリは人間なんだから」
一応人権はまだある……はず?
『そこまで嫌なの? あたしと恋人だったら色々お得だと思うけどなぁ』
「例えばなによ」
ミカは目をキラキラ光らせながら語り始めた。
『よくぞ聞いてくれました。まず一つ目はシオリちゃんが布団代わりに使ってるミキのパンツがあたしの毛糸のパンツになります』
やば、毛糸って絶対温かいヤツじゃん。これから寒くなるしお得――っていかんかん。
「結局、パンツじゃん。しかもミカのかい! そこは人形用のベッドにして」
『うーん、パンツで眠るシオリちゃんがなんか面白くてそこは変えられないなぁ。ほら、ミキのよりあたしのやつの方がサイズ大きいし、お得だよ。毛糸だと温かいし』
なんでパンツに拘る?
「まあお得か…それで二つ目は?」
恋人になるかどうかは兎も角、お得要素だけでも知っておこう。
『下着返却。ノーパンノー…いやブラは元からないか…それで過ごすのは嫌でしょ。年頃の乙女と自称するシオリちゃんにとっては』
自称言うな。正真正銘年頃の乙女だ。
「確かに…でもそれミキにバレたら没収されるだけじゃない?」
ヤツはペットに服を着せるのはおかしいっていう厄介な考えの持ち主だ。ドレスは許してくれたけど下着は難しい気がする。
『ミキに説得しておくよ。悪いことしたら下着没収って脅したらシオリちゃんも大人しくなるって』
「嫌な説得すぎる。でもその説得では多分無理だと思う。ミキはシオリに従順にあるよりも突っかかる方が好きだし。大人しくなったシオリなんてつまらないんじゃないかなぁ」
『へぇ…ミキも中々面白い嗜好を持ってるね。じゃああたしと二人きりの時だけ可愛いの用意してあげる』
「その時だけじゃあんまり意味なくない?」
だったら常に脱いでた方が――ってなに考えてんだ、あたし。
『えっ、シオリちゃんはあたしと二人きりの時はノーパンの方がいいって?』
「曲解すんな。下着は常に身に着けておきたいの」
と言ってみたもののノーパン健康法なるものもあるらしいし一考の余地はあるかも。そういえば今日、リンの家に行った時、あたしずっとノーパンだったっけ。その時は別の事に引っ張られ過ぎて気にする余裕はなかった。っていうかアイツらは着替えと称してあたしの身に着けてるものを容赦なく全て剥ぎ取るからノーパンを気にしてる場合じゃなかった。ってかあたしは何回ノーパンって単語を使ってるんだか…。
『でもねシオリちゃん、想像してみて?』
「はぁ? 何を?」
『下着無しで一ヶ月…一年……五年と過ごしていく内にシオリちゃんがノーパンであることに恥じらいも感じなくなって挙句には服すら鬱陶しくなって何も着なくなり――そんなシオリちゃんになったらミカさん悲しいなぁ』
頭上からひしひしと伝わってくる哀れめな視線。
いけないいけない。あたしは何を考えてるんだ。別に悪くないかもってなりかけていた。きっとミキの調教のせいだ。そうに決まってる。
危うくミキの言う野生に染まるところだった。
「……やっぱり少しの時間でも身に着けたいかも……痴女にはなりたくないし…それで三つ目は何かある?」
『ほう、まだ求めますか。小さいのに』
「小さいは関係ないでしょ。その程度でシオリが恋人になると思ってるの?」
安く見られたものだ。
実際恋人なんてどうでもいい。きっとミカはごっこ遊び程度にしか思ってないから。どうせなら多めに強請って今の生活環境を快適にしてやる。
『この欲張りさんめ。まあいいか。次は…その小さいのを指で毎日モミモミしてあげようか』
「セクハラはダメ」
『揉んでたら大きくなるかも知れないよ』
「それは迷信。取ってつけたような理由付けてあたしに触りたいだけでしょ」
『そうだけど何か問題でも?』
開き直りやがった。
「問題有りまくりだ。それシオリはセクハラされるだけで何も得しないじゃない」
『あたしのも触り放題だけど? 何なら両胸に挟んであげようか?』
えっ、何それやってみたい。へへへ…あの二つの大きなボールがあたしだけのモノになる。ならあたしの胸なんて安いもんだ……どうせ大きくないし。
『なんかやらしい顔してるし。自分で言っておいてアレだけどなんか身の危険を感じる』
「シオリの気持ち少しでも解った?」
『二割ぐらいは…』
一方的に触られる気持ちを沢山味合わせてやる。
「あとは髪。鬱陶しくなったから切ってくれない。ミキには怖くて頼めないから。それと床ももっと良いのにして新聞紙じゃ寒い。それともう何着かドレス用意して」
『我儘だねぇ』
「そうだよ。シオリってこんなに我儘なんだよ。でもね、ミキがいない間はシオリを好き放題出来るんだからそんなの安いものでしょ。シオリ知ってるんだから。ミカが欲しいのは恋人のシオリじゃなくてお人形のシオリなんでしょ?」
あたしの指摘に対してミカは『よくご存知で…』と呟いて淡々と語り始める。
『…手のひらサイズで動くし喋ってくれるし、おまけに可愛い女の子。人形としてはあたしの理想を遥かに超える存在。ミキが小さいあんたを見せたとき、興奮を隠すので精一杯だった。ウッキウキで色んな用具を買ったり、あたしが持ってる人形用の服を漁ったしね。本当はミキじゃなくあたしが面倒みたいくらい。でもあんたを拾ったのはミキだからミキのモノ。せめてミキがいない間はあんたをあたしのモノにしたかった。でも恋人のあんたでも悪くないよ――ってちゃんと聞いてよ!』
洗面器から抜け出して排水口の前にいるあたしにミカは水飛沫を飛ばしてきた。
「いきなり何すんのよ!?」
仕方ないでしょ、生理現象なんだから。
全然トイレに行ってなくて、ミカの独白を聴いてる時に思い出したように尿意に襲われた。
『もう……折角あたしがあんたの想いを語ってたのに。雰囲気台無しだぁ』
ミカは排水口の周りにお湯を流す。上から振ってくる滝のように流れるお湯は汚物を処理するのには充分過ぎた。
「まあまあ、話はちゃんと聞いてたから」
スッキリしたあたしは悠々と洗面器の中へ戻る。
これで本当にリラックスが出来る。
『ほんと不便だねぇ、体が小さいって。そんなあんたでも恋人になれば対等な存在になれるよ。体は小さいけど』
「小さいは余計、二回も言うな。まあミカの熱意は痛いほど伝わったよ…。一応ミカには感謝してるのよ。ミカがいなかったら最悪もう生きてないかもしれないし…ミカだったら恋人兼人形になってもいいかな」
対等な存在になるのは無理だけど。
『じゃあ今からあたし達は恋人同士ね。これからはちゃんづけをやめて普通にシオリって呼んじゃう』
「いきなり!? うーん…まあ、ちゃん付けされるよりはそっちの方がいいか」
『改めてこれからよろしくね、シオリ』
という訳であたしはミカの恋人兼人形になりました。あたしにはアクがいるのに……でも、アクも悪いんだよ。全然助けに来ないし、あたしに心開いてくれないし未だに行方不明でどうなってるか分からないし、でも……ごめん、あたしアクがいながら別の女と恋人になっちゃった。浮気だこれ。
『好きにすれば? 私は別にどうでもいいし。ただ、あれだけ私に対して好き好き言って、勝手に夫婦の設定にした癖に簡単に乗り換えるんだ』ってアクの幻聴がする。言われてる訳ではないのに胸が痛い。
どうせこの家にいる間だけの関係なんだ。
あたしが脱出に成功すればこの関係も終わるんだ。
それまでの辛抱よ。
お風呂に入って簡単な食事を終えた後、ミカは寝室から毛布を持ってきた。今日はこの部屋で寝てくれるそうだ。
あたしはケージの中ではなく仰向けのミカの腹の上にいた。パジャマの中であたしとミカは密着していた。パジャマは大きめのサイズらしくブカブカなおかげで苦しいこともない。更に石鹸の良い匂いが全身を包んでくれていて、あったかくて居心地最高。天国から地獄に突き落とされ、再び天国に返ってくるってこういう感触なんだぁ。人間ってこんなに体温高かったんだぁ。出来ることなら一生ここに住みたいと思わせるような魔力がここにはある。こいつはあたしより年下のクセに母性と包容力満点、本当に羨ましい。でも今はその母性に甘やかされたい。
『ちなみにあたしは寝相が良くないからもうちょっとしたらケージに帰ってもらうからね』
残念ながら一生ここに住むのは不可能みたいだ。
「ママぁ、シオリ、ケージやだぁ」
『誰がママじゃい。おっぱいを触りながら言うな』
「だってだって嫌のものは嫌なんだもん」
『恋人じゃなくて母娘になってらぁこれ。シオリの精神年齢が下がってるし』
「あのね、シオリ、今日大きくて怖くて性格の捻くれた悪いお姉ちゃんにいっぱいイジメられたの。シオリ、泣いちゃうくらい怖くてママによしよしされたくてずっとずっと我慢してたの」
『あんたがミキを普段どう思っているか、よくわかったわ……』
「お願い、ケージにシオリを戻さないで」
『こら、吸うな、まだ出んわ!? ってかこの茶番、いつまで続けるつもり?』
「――とまあ、こうやって適度にストレスを吐き出さないとやってけないのよ」
『あっ、元に戻った。じゃあそろそろケージに戻る?』
「それは何とかならない?」
『ならないね。でもね、よく考えご覧よ』
何を、どう?
『ケージってのはね。ペットを閉じ込めるためのものだけじゃなくてペットを守るためのものでもある』
「屁理屈じゃん」
『そうやってすぐ決め付けないの。シオリちゃんがケージの中にいると扉を開けない限り、シオリちゃんは誰にも触れらない。踏み潰される心配もないし、仮にカラスとか野良猫が侵入してもケージが守ってくれる。安全が保証されてる場所なら安心して眠れるでしょ。シオリの不安要素も減ってストレス軽減にもなるってこと』
「安全なのは分かってるよ。せめてケージの設備を充実させてよ。今じゃただの牢屋だよ」
『そこは追々。なるべく早く快適にするからさ。しばらくは我慢して』
パジャマが開いて、巨大な手があたしを捕まえ、外に引っ張り出された。
『ミキはシオリを動物にしようとしてるけど、あたしゃ可愛らしい女の子でいて欲しい。そのためなら多少の我儘は聞いてあげる。何よりあたし達って恋人だし』
ミカはケージを開け、あたしを入れて、ついでに大きくてベージュ色の布切れも入れると扉を閉じた。
「毛糸のパンツ…本当に用意してくるとは――ってかどこから出した? さっきまで持っている素振りも見せなかったよね……まさかとは思うけどさっきまで履いていて脱いだモノなんじゃ…」
『そのまさかだけど。おかげで最初から温かいでしょ? あたしの温もりと匂いで今夜はぐっすり眠ってね』
恋人契約成立初日にして、この女のヤバさを改めて実感しました。
「いや、普通にドン引きなんだけど!! 余計に眠れなくなるわ! ちゃんと洗濯したのを用意してよ」
反射的に毛糸のパンツから距離を取る。温かい布団が呪物のように見えてしまう。
『酷いよ、折角あげたのにそんな、汚物を見るような目で…。あたしは今日、ノーパンで寝なきゃいけないんだよ』
悲劇のヒロインを演じてやがる。だが内容は下品だ。
「せめてパンツはちゃんと履いて寝ろ」
なんか腹立ったので語気を強めた。
あたしと違ってタンスに沢山入ってるだろ。
『現在進行形でノーパンどころか裸ん坊の女の子がなんか言ってらぁ』
「それは着替える間もなくミカがあたしをパジャマの中に入れたせいじゃない!」
言われて改めて自分が何も着ていないことを痛感し、その辺にあったミキのパンツを適当に体に巻き付ける。ちなみに食事の時は小さく切ったバスタオルを着ていたがこの部屋に来るなり、ミカに剥がされた。
『裸であたしの密着を充分堪能していたくせに……あと安心してそれは私の懐でさっきまで温めていたやつで決して脱ぎたてホヤホヤのパンツじゃないからね』
「脅かさないでよ、もう!」
小人であるあたしは巨人が気にしない程度の臭いでも充分に影響がある。つまりどういうことかというと、そういう臭いがしない時点でミカが冗談言ってることを半分は察していた。この毛糸のパンツからは洗剤の匂いしかしなかった。
警戒を解き、ミカの巨大な毛糸のパンツの中に入る。妹のパンツを衣服に姉のパンツを布団代わりにするヤツなんてこの世にあたしくらいしかいないだろう。字面だけ見ると思いっ切り変態なのだが。
『あたしも今日はこの部屋で寝るから何かあったら大声で叫んでね。起きないかもしんないけど』
「そこはせめて絶対に起きるって言って欲しいよ。叫ぶ機会はないと思うけど」
初日と違ってトイレもあるし、喉が乾いたら給水器もあるし、特にお腹も減ってないし。今日は気持ち良く眠れそうだ。
スタンドを消して部屋が真っ暗になってからしばらくして、そろそろ意識が遠くなってきたころ、唐突にミカが口を開く。
『シオリ、まだ起きてる?』
「起きてるけど、どうしたの?」
『いや、ねぇ。今お互い見ていない状態だからね。あたしとあんたの無駄毛に詳しく語り合わないかって。あんたがちゃんと話さない限り絶対に寝かさないから』
語気が強めに感じる。
話題にするな、と脅迫してきたくせに自分から掘り返しやがった、この女。
「…言わなきゃダメ?」
『ダメ』
ミカは譲らない。
「嫌って言ったら?」
出来ればこの話題を終わらせたいのだが。
『明日、イベントが発生する』
「ゲームみたいに言わないで。何が発生するのよ」
『あたしによる保健体育の授業。生徒はミキ』
嫌な予感しかしない授業だ。
『裸ん坊のお人形さんが暴れないように手足をセロテープで固定して、虫眼鏡で隅から隅まで観察する授業ね。ミキに一足早い保健体育を教えることが出来る、という有意義なイベントが発生するよ。明日が楽しみだぁ』
「わかった、わかったから!? ちゃんと言うから!? そんなことしないで!?」
おぞましい拷問内容の公表により、降参。
あたしからしたら巨人二人に生きた教材にされるのも同然。ただミカは保健体育のつもりでもミキからしたら理科の授業。あたしを野生の生き物扱いするミキにとっては動物の観察のようなものだから。どっちにしろ屈辱なのは変わりないが。
無駄毛の話題一つでこのイベントを回避できるのなら安いもんか。女同士だし。
結論、今日もあんまり気持ち良く眠れなさそう…。
次の日。
なにか大事なモノを失いつつも、保健体育の授業はなんとか阻止できた。そして、朝食を終えた後にミカに髪を切ってもらえた。
『おかっぱだぁ。シオリちゃんがおかっぱになりましたぁ』
ミキが何故かはしゃいでいた。少しうるさい。
長くて重かった髪を大胆に切り、前髪をほぼ同じ長さに統一してもらい、無事におかっぱ頭のシオリちゃんが誕生した。多少の粗はあるけど巨人の目からは気にならないほどだし、及第点かな。動きやすくもなったし。ミカはハサミとかを片付け中なので部屋にいなくて今はミキと二人きり。全然嬉しくない。
「着物を着ると日本人形だね、これ」
『着たいですか?』
「着たい」
『ふ~ん、そうですかぁ。ちなみにシオリちゃんサイズの着物はウチにはありません』
だろうね。ミカが持ってる可能性もあるが。
「シオリの服をもっと増やしてほしいんだけど」
『さぁてシオリちゃんが世迷言をほざいたので『りふれっしゅ』にしますか。さあ、お風呂に行きますよぉ、シオリちゃん』
あたしの要望は世迷言扱いされた。
コイツはあたしが着物どころか服を着ることすら否定的なのだから、衣服の要望はコイツにとって正に世迷言なのだろう。ちなみに髪切り中から今に至るまであたしはタオル一枚しか羽織ってない。しかも、これから『りふれっしゅ』の時間なのだ。今日はまともな服が着れるだろうか。
そしてお風呂場。
相変わらず行儀の悪いミキは脱衣所でうつ伏せで頬杖をついて観察していた。裸で洗面器のお湯に浸かっているあたしを、だ。シャンプーはもう済んでいるからから今すぐにでもこの時間を終わりにしたいのだが、それを決めるのはミキ。あたしに権限はない。おまけに今日はやたら長めだ。
『もう服を着るのに飽きちゃったんじゃないですか? いいんですよ、ミキの前では素直になっても』
飽きるってなんだ、飽きるって。
服を着るのは習慣であって娯楽ではない。
「ミキだってシオリに飽きないの? そろそろ別のペットに変えたらいいんじゃない?」
ムカついたので言い返してみた。
『シオリちゃんは観察してるだけで充分楽しいですから飽きないですよ。よく悪い子になるからオシオキもできますし。あぁ、あれですか? お友達が欲しいって言ってるんですかぁ? オスのハムスターでも用意しましょうかぁ?』
嫌味が返ってきました。
「いるか! 深読みするな! しかもなんでオス!?」
『シオリちゃんは五歳だからそろそろ交尾の時期だってお姉ちゃんが言ってました』
「交尾なんてするか!!」
あの女…しかも交尾って……そんな言い方したらますますコイツがあたしを動物扱いするじゃない!?
七歳のガキに変なことを教えないでよ。
「必要ないからね!? ペットはシオリだけでいいからね!? 絶対に用意しないでよ」
『他のペットなんていらない。シオリだけを見てってことですか?』
「曲解すんな。そんなんじゃない」
お前にだけは絶対に言わない。
「あと早くお風呂から出たいんだけど」
『まだダメですぅ。今日から夜のお風呂はお姉ちゃんに任せることになりましたからね。だからこれからは長めにします』
初耳だった。
『お姉ちゃんと一緒がいいってワガママ言ったそうですねぇ。そんなにミキとのお風呂が嫌だったんですかぁ?』
嫌だ(即答)。
ワガママ云々は恐らくはミカの捏造。ミカからあたしと一緒に入りたいっていうと変に疑われるから、あたしがワガママを言ったっていうことにしたのかな?
「別に嫌じゃないよ。シオリはミカとも仲良くなりたいんだから」
ミカに話を合わせた。
夜のお風呂でペット扱いされるか、人形扱いされるかの違い。まだ後者の方がマシ。一応恋人関係になったんだから雑な扱いはされないと思うから。
ミキは洗面器からあたしを取り出しだ。
『仲良く、ですかぁ…こんなひんそーな体でお姉ちゃんをゆーわくしたんですかぁ、えっちなシオリちゃん?』
宙吊りになったあたしを寝転がった状態で見上げながら観察するミキ。
「見るな!? 早くお湯に戻して!? 別に誘惑なんてしてない!!」
なんで仲良くなりたいってだけでそういう話になるのよ。えっちなのはどっちよ!
『ふーん、まあいいでしょう。言っときますけどお姉ちゃんをゆーわくしてもムダですからね。シオリちゃんごときのゆーわくにお姉ちゃんは惑わされませんから』
あの…あなたのお姉ちゃん、あたしごときに誘惑してきて、恋人になったんですが…。
ミキはこのままあたしを洗面器に戻さず、脱衣所に敷いていたバスタオルの上に乗せた。お風呂の時間は終わりみたいだ。
『まったくぅ…メス同士で恋人ごっこなんて変な遊びをしようとするから羽が生えてこないんですよ』
バスタオルであたしの体を拭きながらミキは吐き捨てる。相変わらず出鱈目な因果関係だった。全く論理的ではない。そもそもあたしは小さくなっただけの普通の人間。
「だーかーらシオリは妖精じゃないし、羽なんて最初からないんだってば。いい加減信じてよ」
『また嘘ばっかり。よーせいじゃなければなんなんですかぁ……どうせイタズラして羽を没収されたんでしょ? シオリちゃん、悪い子だから』
コイツにとってあたしは信用出来ない存在のようだ。それとも信用に値しない存在なのか? おおかた妖精は嘘ばかりつく生き物とか思っていることだろう。
コイツと仲良くなるのは無理だと改めて認識した。
『でも自分を人間だと思い込んでるシオリちゃんはかわいーとミキは思いますよ』
慰めてるようで貶してる感想だった。
「可愛いと思うなら檻になんて入れないで」
『かわいーから余計に入れたくなるんです。この後は檻の中で生活するシオリちゃんを観察する予定なんですから。晩御飯の時間まで』
とんでもない予定をさりげなく告げられる。
「嫌よ!! 今はまだ朝なのにこれから夕方までずっとお前の視線に入るなんてごめんだ!」
体を拭かれている最中だが、ミキの指を蹴って、怯んだ隙に走り出す。このまま脱衣所を出てミカの所まで逃げ切れれば――と抱いた希望は簡単に潰された。ミキの伸ばした足によって逃げ道が塞がれ、呆気なく捕まってしまった。ほんの五秒間だけの逃亡だった。
『まだ拭き終わってないのに、濡れた体でどこへ行くんですかぁ? しかも裸で。やっぱり何も着ないほうがシオリちゃんらしいですね。今のシオリちゃん、動物らしくてとーってもかわいーですよ。特別にオシオキは勘弁してあげます』
なんとかお仕置きされずには済みそうだが、結局この後、檻の外からミキに観察されるという拷問が待っている。
水槽からケージになったことであたしの住居は持ち運びが可能になった。というわけで現在、二階の勉強部屋から一階のリビングのテーブルの中央にケージは置かれているが…。
「あの…ミキさん…逃げようとしたことは謝るから.…その……ドレスは返してくれませんか? とっても恥ずかしいのですが…」
テーブルの中央の檻の中で何も身に着けてないあたしはミキのパンツの中に包まって、顔だけだしてミキを見上げていた。
『どうして? さっき裸で元気に走り回っていたじゃないですかぁ? 恥ずかしがる必要なんてないですよ。シオリちゃんは人間じゃなくてよーせいなんですから何も着る必要ないじゃないですかぁ?』
「……」
裸のまま逃げようとしたことでミキに変な解釈を与えてしまった。
『随分大人しくしていますね。檻は開いてますよ。さっきのように走り回っていいんですよ。ここのテーブルはシオリちゃんにとって学校のグラウンドぐらいの大きさなんですから』
「そんなことできるわけない!」
あたしを露出狂扱いするな。
『さっきはしてたくせに……早く出てこないとそのパンツも没収しますよ』
「そんなことしたら許さないから」
延々と裸のまま逃げようとしたことを擦られ続ける。ミキは根に持つ女。だからあたしのやらかしをいつまでも擦り続ける。
『許さないならどーなんですかぁ? まあいいでしょう。ミキのパンツに縋るシオリちゃんをこのままずーっと観察します。こうしてるとまるで動物園みたいですね、シオリちゃん?』
「…シオリを動物扱いはやめて! だから嫌いなのよ」
『フフフ、小動物のクセになんかほざいてますねぇ。でも、そんなシオリちゃんがミキ、だーいすき』
巨人の視線は破壊力が抜群だった。大きな二つの目玉からじーっと見つめられる恐怖は耐え難いモノだった。視線を反らすことで軽減はできるが、見られてる、という認識が消せないためあまり意味がない。
コイツはあたしが悪さをしてもオシオキで済ませ、好感度は全然下がらず、あたしが拒絶すると逆に好感度が上がってしまう。しかも天邪鬼なんかではなくてあたしが好意を向けて(媚を売るとも言う)も好感度は上がってしまう。たちの悪いことにそんなあたしの要望なんて全然聞いてくれずに自分の欲望を押し付けるだけ。
コイツとあたしは対等な存在ではないということを改めて認識する。コイツが主人であたしがペット。それを前提として前述の好感度の件を考えると悲しいことにおかしい点はないのだ。
『もう許してあげたら。きっと髪が短くなったことが嬉しすぎてはしゃいでいただけだから。このままだとシオリちゃん、ずっとこのままよ』
キッチンにいたミカが来て、助け舟を出してくれた。恋人関係になっただけはある。
『うーん、確かにそれだと退屈ですねぇ。でもドレスは着せたくないですし……』
着せたくないって何よ!! 今現在、あたしの唯一のお洋服なのに…。
『それなら良いものあるよ。さっきミキがシオリちゃんにとってテーブルはグラウンドだって言ってたからそれに因んで用意しました』
流石人形フェチ。何か用意してくれたみたい。
ミカはケージの上から何かを落として、それはあたしのすぐ側に落ちた。確認してみると…。
「…体操服?」
白いシャツに紫のズボン…いや、これ…ブルマ?
この女はやっぱり一筋縄にはいかない。ブルマは間違いなく、この女の趣味である。それを身に着けたあたしを見てみたいという欲望も含まれている。
しかし、ブルマはちょっと――なんて抵抗してる場合じゃない。裸よりは何倍もマシ。余計なことは考えずにさっさとそれらを身に着けた。
ちょっとブカブカだけど動く分には問題無さそうだった。
これでミキのパンツとおさらばでき、檻から出れる――と檻から一歩踏み出した瞬間、ミキに捕まる。
『へぇ、なかなか似合ってますねぇ。運動させるにはぴったりじゃないですかぁ。これから体力を付けなきゃいけないシオリちゃんに丁度いいですねぇ』
「今日はしないからね。折角お風呂入ったばっかりなのに汗をかくなんて嫌だからね」
ここでぐったりする予定なんだから。
『なにを言ってるんですかぁ? どうせ夜もお風呂に入るんですから汗だらけでもいいじゃないですかぁ? 小さいから臭いなんて気にしなくていいんです。今から運動しなさい』
「嫌だよ!! なんでシオリがそんな体育の授業みたいなことしなくちゃいけないのよ!!」
しかも日曜日に、だ。部活動じゃあるまいし。日曜日くらいぐったりさせてほしいもんだ。昨日はあれだけ働かせといて。しかし、ミキという女は容赦を知らなかった。
『なら体操服は必要ないですね。脱がせます。運動しないくせにそれを着るのはミキが許しません』
「……」
鬼だ。助けて貰おうとミカに視線を送るが…。
『……汗をかいたシオリちゃんかぁ……舐めたらどんな味がするんだろう。お風呂の時にチェックしなきゃ』
こっちはこっちでとんでもないことをブツブツ呟いていてリビングに戻っていった。あの女、逃げやがった。この薄情者ぉ〜!
『ちょうどシオリちゃん用のオモチャを買ったんです』
不吉なことを言いながらミキが用意したのは大きな回し車。ハムスターが運動に使う、あの丸いやつだ。
『シオリちゃんのサイズに合わせるために一番大きいのにしました』
これといい、ケージといい、あたしは妖精ではなく、ハムスターとして見られているフシがある。
アクをネズミ扱いしていた件といい、コイツは小人とネズミを同じ種類の生き物だと思っているのか?
哺乳類ぐらいしか共通点がないでしょ。
『なにぼーっとしているんですかぁ。早くこの中に入って走りなさい』
「ひぃっ!? 一々鉛筆でお尻を突くな!」
ミキに急かされて渋々回し車に入って走り始める。
プラスチック製の黄緑色の回し車をハムスターのように四足歩行ではなく、二足歩行で駆ける。
もしこの回し車が小さめだったらあたしもハムスターのように四足歩行で駆けなきゃいけなかったと思うとゾッとする。
横ではミキが、必死に走っているあたしを嬉しそうにじーっと眺めている。その光景は主人とペットの関係をより現していた。
昨日の出来事を経て、鉛筆があたしのお仕置きに丁度いいと認識したのか、ミキはあたしが居る時はキャップ付きの鉛筆を常に携帯している。昨日のように先端で槍みたいに突かれるのではなく、キャップの部分で小突かれる。狙うのが柔らかいお尻だけなのが幸いだが、お仕置きされるあたしは屈辱だった。
この運動がいつまで続くか分からないけど、このペースじゃお昼まで保たない。少しペースを落と――。
『こら、ゆっくりになってますよ!』
ミキは許してくれなかった。
脅すように鉛筆を構えるミキにあたしは慌ててペースを上げる。
『そうそう。それでいいんですぅ』
巨人は腹立つくらい満足していた。
「はぁ、はぁ、はぁ、いいわけないよ!! このペースじゃ少ししか保たないよ!!」
『ワガママ言わないの。ほら、シオリちゃんが走ってくれるからとってもいい音が出ているじゃないですかぁ?』
カラカラと音を出す回し車。巨人にとって耳心地は良くても、小人のあたしからしたら五月蝿くて耳障りだ。
更に風呂上がりなせいで汗が止まらない、ダブダブなブルマがズリ落ちそう、喉渇いてきた…と色んな苦難があたしを襲い、結局、それから五分も経たずにあたしは限界が来て、回し車から抜け出してその場で仰向けに倒れた。
『情けないですねぇ。来週が思いやられますよぉ』
鉛筆であたしの体を小突きながらミキは笑っていた。
「…ハァハァハァ…じゃあお前がやってみろよ…」
ぶん殴ってやりたいがそんな体力はもうない。
『フフッ、シオリちゃんがふにゃふにゃになってます。これは本当に限界みたいですねぇ。ミキは優しいからここまでにしておいてあげます』
ミキは牛乳の入った小皿を側に置いた。残った力で体を起こし、小皿の縁に上半身を乗せて、手皿で何杯も啜った。その様子を楽しそうに眺めるミキがとっても不快だった。きっと動物らしくて可愛いとかくだらない感想でも抱いているんだろう。
ミカが用意してくれたタオルで全身の汗を拭き取って貰って暫くはタオルの上に寝転がっていた。
流石ミカだよ。フカフカで凄く気持ちいい。ずっと寝転がっていたい。
ちなみにその間、ミキはまだかまだかと言わんばかりにウキウキ顔であたしをずっと眺めていて気持ち悪かった。
そして数十分経った頃。
『シーオーリーちゃーん、まーだーでーすーかぁ? 早くミキと遊びましょうよ』
鉛筆でテーブルを小突きながら催促してくるミキ。
五月蝿い。
「シオリはもう限界なの! 運動なら充分したでしょ! もうこのままにしててよぉ」
『十分くらいしかしてないのに?』
充分だけに十分ってか。やかましいわ!
「うっ、うっさい! 小さいからすぐに疲れるの! もうほっといてよ!」
『なに言ってんですかぁ? エサの時間はまだまだですよぉ』
「エサって言うな。シオリはお昼までここを――」
言い終える前に背中とブカブカの体操服の隙間に器用に鉛筆を突っ込まれ、強制的にミキの真ん前へ引っ張り出された。
「いったぁ、なにすんだ!! あたしはもう動きたくないの! 日曜日くらいゆっくりさせてよ!!」
一人称を忘れるくらいキレた。
『これだけ元気に吠えるならもう充分ですね。さあ、シオリちゃんで遊びましょう』
「いーやーだ!!」
子供のように駄々をこね、タオルの上に戻ろうとしたが――。
『ワガママ言わないの」
体操服を抓まれて引き戻された。
拒否権はない、と言いたいのか。
ミキが用意したのはテニスボール。長さはあたしの半分くらい。しかしテニスボールなんてどこから用意したんだろう。玩具屋かな?と疑問に思い始めたらミキが余計なくらい丁寧に説明してくれました。
『シオリちゃんのおウチをペットショップで探してたら偶然見つけました。シオリちゃんで遊ぶのには丁度いいかなぁて』
それ、絶対犬用のヤツだよね? おウチってケージのことだよね? もしかしてあたしが昨日のようなやらかしを起こさなくてもいずれケージに収監するつもりだったのか。
『今からミキがボールを転がします。シオリちゃんはそれを拾ってミキの前まで持ってきて下さい』
「シオリは犬じゃない!!」
文句を言ったが、それも虚しく、ミキは無視してボールを転がした。
当然、ボールはテーブルの下に落ちていった。
「テーブルの下に落ちたんだけど?」
まさかテーブルから降りて取ってこいってこと?
『だからなんですかぁ? ぼーっとしてないで早く行きなさい』
そのまさかだった。
「痛っ!? 一々突付くな!!」
いつものように鉛筆で急かされて渋々駆ける。
テーブルの高さはあたしにとってマンションの二階から飛び降りるような感覚だったがこれぐらいなら苦ではない。
絨毯に上手く着地して周りを見渡す。
「あった」
左隅の方にボールを見つけた。
「あれ? 結構軽そう」
重さはある程度覚悟していたが、両手で掴んで歩けそうだった。まあ、所詮犬用に使うテニスボールだし。取り敢えず余計な事は考えずに、疲れない程度に早く持っていこう。モタモタしていると怪しまれかねない。
『意外と早かったですねぇ。もうちょっとゆっくり来るかと思いました』
ボールを持ってテーブルの下を潜り、ミキの足元まで辿り着くと、ミキはボールとあたしを掴んで再びテーブルの上に戻した。
「走れ、なんて言わないでよ。このボール、小さなシオリにとっては結構重くて持って歩くだけで体力使うんだから」
どうせ一回で終わるとは思っていない。ちなみに重いというのはボールを持った状態で走りたくない、あたしの嘘。
『わかってますよ。ミキはボールを持って歩いてくるシオリちゃんを眺めているだけで楽しいので、無理は言いません』
幸い、見抜かれてはいなかった。
ミキが再びボールを転がしたのであたしも転がった方向へ駆ける。
モタモタしていると鉛筆で小突かれる。せめて向かう時ぐらいは走ってやるか。
正直、これのどこが楽しいのか、あたしにはさっぱり解らないが。でもミキは何故か楽しそうだし、たまにはご機嫌を取っておかないと。ていうかもう鉛筆でお尻を小突かれたくはない。
十四歳のあたしが七歳のクソガキにお尻を小突かれるは肉体よりもメンタルのダメージの方が大きい。
体を小さくされた上、年下のクソガキにペット扱いされる時点で屈辱的でメンタルに凄いダメージを受けてるのに、お仕置きで更に心身共々ダメージを与えてくるから厄介。
というわけで表は従いつつも心の中では滅茶苦茶ミキを罵倒しながらボール遊びに興じ、無事にお昼まで耐え抜くことができた。無論、終わった頃には汗だくでヘトヘトだった。もっと加減をするべきだった。
『フフッ偉いね、シオリちゃん。特別にミキのお膝に乗せて上げます』
そんなボロボロのあたしを掴んで座っているミキのスカートの上に乗せられた。
仰向けの状態のせいで巨大なミキと目が合ってしまい、反射的に目線を反らす。
『どうしたんですかぁ? 目を合わせてくださいよぉ。折角褒めてあげてるんだからぁ』
見下されてる感じがより強調されて屈辱だから、とは流石に言えない。それよりも――。
「おっぱいを触りながら言うな」
嫌がらせのように胸部を指を置いてやがる。
『違いますぅ。シオリちゃんの心臓を指で感じてるんですぅ。このドキドキは今この瞬間にしか味わえませんからねぇ』
「普通にセクハラだから!?」
その言い分にミキはわざとらしく大きく溜め息を吐いた。
『ちっぱいがなんかエラソーな言葉を使ってます。セクハラって言いたいなら一ミリでも大きくなってからにしてください』
「ぐぬぬ…」
その一ミリはあたしにとってとてつもなく高く、越えられない壁だった。
「シオリばっかり言われてるけどミキだってちっぱいじゃない! シオリよりも年上のクセにちっぱいじゃない!」
あえてちっぱいを強調して言った。小学一年生の女児に向かって何を言ってるんだと思ったが、その小学一年生の女児に年下扱いされた上にちっぱいちっぱい言われて、セクハラ、パワハラされているのでそれぐらいの反撃は許されるはず。
『ミキはよーせいと違って成長が遅いんですぅ。シオリちゃんはよーせいで体の成長が早いクセにちっぱいだから心配して言ってるんです』
全然効いてないどころか、逆に煽られてしまった。
「余計な心配すんな」
もっと別の事について心配しろ。
『だからミキもこうしてあざわ…大きくなることを願って触ってあげてるんです。感謝して欲しいくらいですぅ』
「嘲笑うって言おうとしなかった?」
『うるさいですねぇ。そろそろ服を脱がせますよ』
「はぁ、なんで!? 脈絡なくあたしを脱がそうとしないで!?」
『汗で濡れているから風邪を引かないように、ですぅ。シオリちゃんはすぐえっちなことを考えるんだからぁ』
「……」
いきなり真面目になりやがった。なんか釈然としない。
『お姉ちゃんがお湯で濡らしたタオルを持ってきてますから。それで体を拭いてもらいなさい』
汗でベトベトの体操服を簡単に剥がされて、ミカがやってくるまで裸のままミキのスカートの上でうつ伏せになっていた。
それから暫くしてミカがやって来てミキはあたしを濡れタオルの上に置いた。お湯で濡らしたせいか足場が温かい。
『シオリちゃん、凄い汗だ。でも凄いね、結構体力あるね』
汗まみれの体を濡れタオルで拭かれるのは思いの外、気持ちいい。汚れが水で流されていくような感じ。おまけにミカに褒められてちょっと嬉しい。出来ればこの罰ゲームを阻止して欲しかったけど。
『ミキの育てたシオリちゃんですからね。これぐらい当然です』
たかが一ヶ月程度あたしを飼ったぐらいで何故か誇らしげなご主人サマ。やっぱり腹が立つ。
『これからご飯だけど、食べられる?』
「むりぃ、そんな気力ない」
ミカに体を拭かれている内に気付けばそのまま意識が遠退いていた。
□ □ □
『あーあ、エサの時間なのに寝ちゃいましたぁ』
無防備に眠るシオリを見下ろしながらミキは呆れた口調で言う。
『このままじゃ風邪引いちゃうからもうちょっとしたらケージに運ぶからね』
ミカは乾いたタオルにシオリを寝かせて、更にハンカチを被せた。
『えーっ、つまんない。でも風邪引いちゃうなら仕方ないですねぇ。フフフ、裸のまま眠っちゃってぇ。やっぱり何も着てないほうがシオリちゃんらしくてかわいーですね』
なぜか裸に拘る妹。
『ミキってそんなに裸が好きなの?』
一応聞いてみたが、ミキは何言ってるんだ、的な顔をしていた。
『いえ、別に。ただシオリちゃんはミキのペットです。ミキはペットに服を着せたくないんです。よーせいなのに人間だと言い張るシオリちゃんが、ミキには理解できないんです。シオリちゃんも頑固ですからねぇ。これからもっとちょーきょーしないといけませんねぇ。お姉ちゃんもあんまり服を与えちゃダメですよ。シオリちゃんが余計に人間だと勘違いしていまいますから』
『はいはい』
とりあえず形だけでも了承。
ミキはシオリが元々人間だったということを知らない。そんなミキにとって、ペットのシオリが裸なのは当たり前のこと。シオリが服を着るのが異常だと思っている。これじゃあシオリと分かり合える機会なんて一生無さそうだ。ミキもシオリと分かり合う気などサラサラないのだろう。
『じゃああたしは昼ご飯の準備するから念のためシオリちゃんを見てて。今ならシオリちゃんは抵抗しないから触り放題よ』
『観察してるだけで充分ですぅ。ミキは暴れるシオリちゃんを捕まえて触るのが好きなんですぅ』
相変わらず妹の趣味嗜好はよく分からない。だがそんな妹が大好きなミカでもある。
『そう。とにかく頼むね』
◆ ◆ ◆
ミカがキッチンに戻り、シオリとミキだけになると、ミキはハンカチを取り、うつ伏せで眠っているシオリにそーっと顔を近づけた。
『……触れるわけないじゃない。今のシオリちゃん、今までで一番可愛くて綺麗なんだから。そんな野暮なことはしないよ。今だけは動物園じゃなくて美術館、ミキだけの美術館。シオリちゃんはミキにだけ可愛い姿を見せてくれればいいの』
誰にも見せたことがない喋り方で眠っているシオリに小さく呟く。
ミカは乾いたタオルで雑にシオリを拭いたのでまだシオリの体にはいくつか雫が残っていた。その雫が光っているように見えて、より綺麗だった。
気持ちよさそうに眠っている、無防備なシオリは妖精そのモノ。これで羽があれば百点満点だった。
こうしていると親指姫を飼っていた女の気分だった。カエルに誘拐されるまでの短い間だったが、女は最高の気分だっただろうとミキは思っていた。そもそも子供を欲しがっていた女が魔法使いからチューリップの種を貰い、そのチューリップの花から生まれたのが親指姫だ。
しかし、珍しいペットを手に入れたにも関わらず、親指姫はカエルに簡単に誘拐されてしまい、女と親指姫はもう再会することはない。勿体ない話だ。親指姫を檻とか虫かごにでも閉じ込めておけばこんなことにはならなかったのに。もしこの話の登場人物になれるなら親指姫ではなく、この女になりたい。自分だったら親指姫を手放さない――これが初めてこの童話を読み聞かされたミキが抱いた感想だった。
『よかったね、シオリちゃん。ここにはカエルもコガネムシもモグラもツバメもおんなじ大きさの王子様もいないのよ。誘拐されることも結婚することもないわ。もし出てきてもミキがみんな踏み潰すからね』
起こさないように小さな声でシオリに話しかける。
王子様になるかもしれなかったメスネズミはミキがコテンパンに懲らしめた。あのメスネズミはシオリを誑かす悪いネズミだ。シオリのメス好きも、人間だと思い込むのも、全部メスネズミの仕業に決まっている。もう名前も覚えていないメスネズミの顔を思い出してしまい、ミキの表情がきつくなる。
シオリは未だにメスネズミのことでミキを恨んでいる。
きっとミキがメスネズミを見る目とシオリがミキを見る目は同じだ。
ミカやリリには簡単に懐いたクセに。
別にそれはいい。飼い主はペットに舐められてはいけないと何処かで聞いたことがある。ヘタに優しくして舐められた態度をされるよりかは怖がられていたほうがいいが……なんか寂しい。昨日はどんどん反抗していいとシオリに言ったけど、モヤモヤする。
言うまでもなくミキはシオリが大好きだ。今まで見た動物の中で一番可愛いし、一番愛してると言ってもいい。じゃなきゃ身の回りの世話もここまで続いていない。それなのにシオリはミキの前では笑わない。今、目の前で気持ち良く眠っているシオリもミキが眺めているのを知らないからだ。
ミカやリリには簡単に笑うクセに。
ミカが毎晩、シオリに色んな服を着せて遊んでいるのは知っている。廊下から盗み聞きしたこともある。
今のミキには何が楽しいのかがわからない。
はじめはシオリが人形と同じくらいの大きさだから着せ替え遊びも楽しめる、と思い、ミキも何度か着せ替えしたが遊んでいく内にペットは着せ替えて遊ぶモノではないと感じるようになった。
シオリがエサを食べて、牛乳を飲んでトイレをしてお風呂で体を洗って、ぐっすり眠る、という様子を観察していた方がミキは楽しかった。
シオリに服を着せるということはシオリを人間として見ることだとミキを思っている。
シオリは人間じゃない、人形でもない。
『こんな綺麗なシオリちゃんにお洋服なんていらない、よーせいなんだから何も着る必要はない。綺麗なのにどうしてそれを恥ずかしがるのか、理解できないわ』
妖精のくせに人間のように恥ずかしがる。
いつまで人間のフリを続けるつもりなのだろうか。
『羽も隠してるんでしょ? 裸が嫌なら羽で隠せばいいのに』
シオリの背中を指でなぞりながら言う。
あの手この手でシオリから羽を引き出そうとしたが、意外にしぶとく中々出そうとしない。さっさと見せればいいのに。
親指姫だって最後に羽が生えて飛んでいた。あの女もか弱い人間のフリをした妖精だった。そもそもチューリップから生まれたヤツを人間とは呼ばない。
『シオリちゃんはどうやって生まれたのかな? チューリップ? それともタマゴから? ねえ、ミキに教えてよ、シオリちゃん。ミキは知りたいの、シオリちゃんの全てを』
尻尾でも角でもいい。人間が小さくなっただけなんてつまらないことは絶対に嫌だ。
『やっぱり王子様が必要なのかなぁ?』
シオリと同じくらいの大きさの男の子の人形でもプレゼントしてあげるか、とミキは思いつく。
メス同士の恋愛というおかしな遊びより男の子の人形と遊ばせる方が楽しくて素敵に決まっている。人形は動かないから余計な心配もしなくて済む。
『そろそろお姉ちゃんが来そうだし、この幸せな時間もおしまいね』
ハンカチをシオリに被せる。
残念ながら美術館はもう終わりの時間だ。
◆ ◆ ◆
眠っているシオリを乾いたタオルから用意した毛糸のパンツの中に移した。
流石にこの工程中に起きてしまうと思ったが、起きることなく気持ち良く眠っている。昨夜はシオリを中々寝かさなかったとはいえ、警戒心が無さ過ぎる。
尤も、これぐらいの図太さがないと、小人のメンタルが保てないとも言える。
昼食中はシオリを肴にミキと盛り上がった。結構賑やかだったはずだがやっぱりシオリは起きなかった。
ミキはシオリをケージに戻してその様子をじっくりと眺めていたが、ミカが昼食の後始末を終えてリビングに戻ったとき、ミキは上半身をテーブルにうつ伏せて眠っていた。
当然舞い降りたシオリを独占するチャンスだった。
ミカはミキに毛布を掛けて、シオリの入ったケージを慎重に運んだ。
いつもの部屋に到着してケージを机に置くと、ミカは早速ケージからシオリを取り出して自分の机に置いた。
ミカはカーテンを閉めて日光を遮り、消灯して部屋を更に暗くした。灯りはシオリを照らすスタンドのみ。
『これでセッティング完了っと。シオリと二人きりのときはやっぱりこうじゃなきゃ』
毛糸のパンツを布団代わりに眠っているシオリは絵になるぐらいに面白く、可愛く、そして癒される。
耳を澄ませば聴こえるぐらいの小さな寝息はミカの耳を癒やすのには充分で、指をシオリの胸部に軽く乗せると、ドクドクと心臓の音も感じ取れる。
どれも普通の人形では決して味わうことが出来ない、貴重なモノだった。
『そういえばまだ裸のままだった。これじゃあ風邪を引いちゃう』
慌ててパンツを履かせて、キャミソールを着せ、メイド服も着せた。相変わらずシオリは何を着せてもそれなりに似合う。まるで着せ替え人形になるために生まれてきた存在だった。
これで動物のシオリも人形のシオリに様変わり。
このままシオリを眺めてるだけでも時間は潰せるのだが――。
『小さな狸さん。早く起きないと官能小説になっちゃうぞ?』
□ □ □
流石に気付かれていた。
「脅かそうと思ったのに」
目が覚めたのは昼食中。
あれだけカレーの匂いを漂わせていれば目も覚める。しかも姉妹であたしについて語り合ってるもんだから恥ずかしくて起きるに起きれなかった。
『呑気だねぇ…あたしが変態だったらどうなってることやら』
まるで自分が変態じゃないみたいな言い方だった。
「シオリが寝てる間は裸で無防備だったのに何もしなかったし、おまけに下着と服まで着せてくれたお人好しだからね、ミカは。そんなお人好しがそんな事するなんて思わないし」
あたしだったら間違いなく色々していた。無論、アク限定だが。
『そんな事ってどんな事?』
「ご想像にお任せ。なんならミカが想像する『そんな事』を今からシオリにやってもいいけど?」
ちょっと挑発してみた。一応お礼のつもりでもある。今の時間くらいはあたしを好きにしてもいい。ミカには色々と良くしてもらっているからね。これでも一応ミカより一つ年上なのだ。たまには懐が深いところを見せなければ。
『ふ~ん、じゃあやってもらおうかな~』
そして、数分後…。
『はい、そこで女の子座りして、このスプーン持って……はい、上目遣いして…そうそうそんな感じ。じゃあ写真撮るね。はい、バッチリ。もうスプーンは下ろしていいよ。じゃあ、次はこのドレス着てもらうからそのメイド服脱いでくれる?』
真っ白な皿の上で着せ替え人形兼被写体にあたしはなっていた。ケータイのカメラであたしをパシャパシャ撮りまくるミカは今まで見た中で一番楽しそうにしていた。
ま、まあ貞操は守られたので良しとしておくか。
メイド服を脱ぎ捨てて、ミカに渡された緑単色のドレスを被るように身に着けた。
『うん、よく似合ってる似合ってる。じゃあ今度は立ったままスカートの裾を指で摘んで捲し上げてくれる? そうそう、でもちょっと上げすぎ、パンツが見えてる……そうそれぐらい。あともうちょっと恥ずかしそうな顔して…うんオーケー。じゃあパシャっと……はい、バッチリ。もう座って大丈夫だよ。次は――』
こんな感じで色んな服を着せられ、色んなポーズをさせられながらミキのいない、日曜日のお昼を過ごした。
着せ替えは終わり、パンツとキャミソールだけの下着姿でミカが用意してくれた毛糸のパンツの上を寝そべっていた。ミカは今の状況もパシャパシャ撮りまくっている。
「もっと過激なことをしてもよかったのに」
『色気なんてないクセにあんな誘惑なんてしてきたからね。だから違うベクトルで恥ずかしい思いをさせてやろうと思っただけ』
ふん、相変わらずあたしの色気を理解出来ない巨人共だ。
「大丈夫よ。シオリも充分楽しめたから。こんなに色んな服を着れる機会なんてないと思ってたから」
少し疲れたけど。
『ならよかった。じゃあ最後に恥ずかしい思いをさせてあげようか?』
「言っとくけど脱がす程度じゃもう何とも思わないからね。さっきまで全裸で寝てたし」
遠回しに脱がすなと釘を刺しているつもり。さすがにミカはやらなさそうだけど。
『それはしないってちょっと体を拝借するだけ』
ミカはケータイを置いて、右手であたしの上半身を掴むと――。
大きな唇があたしの胸部、下腹部にキスをし、更にお尻にもキスをした。
突然のキスにあたしは元の場所に戻されても暫くぼーっとしていた。
感触がまだ残ってる…キャミソール越し、パンツ越しにキスされただけなのに…あとキスって……恋人関係になって一日も経ってないのよ(恋人にもなってない小さな女の子を飼い始めて、半日も経たずにその子の唇を奪った奴の言い分である)。しかもその関係も契約というか、利害の一致というか、いわばビジネスみたいなものよ…何ともないはずなのになんであたしはこんなに体が熱くなってるの? あたしの唇を奪われたわけでもない、三カ所にキスされただけなのに。きっとビックリして恥ずかしさが込み上げてるだけだ。そうに違いない。
『どうしたの、黙りこくって…そんなに嬉しかったの?』
ミカがあたしの胸部を指で小突きながら訊ねる。
反射的にあたしは上半身を反らし、胸部を両手で覆う。
「ち、違う!? 急にキスされたからビックリしただけよ」
ドキドキなんてしてない。認めない。
『はいはい。そういう事にしておくよ。安心しなよ。いつかシオリからキスしてくれるまでその小さな唇を奪ったりはしないから』
とミカさんはケータイでパシャパシャとあたしを撮りまくりながら言っておりました。信用できるわけないでしょ、と。その気になればあたしがやったように強引に奪うこともできるのだから。
ミカは夕飯の準備の為、部屋を出たのでこの暗い部屋にはあたし一人だ。自由にはなったが特に動きもせず、毛糸のパンツの上で放心状態で座っていた。
未だにキスされた感触が抜けてなかった。
あたしの小さな胸部、下腹部、お尻にミカの大きな唇が接触する瞬間が脳裏に鮮明に残っている。
別にされて嫌だった訳では無――ん? なんか足音が聞こえる…これは.…ミキだ。目が覚めてあたしが居ないことに気付いたか――って暢気にしてる場合じゃない!?
早くケージに戻――いや、早く下着を脱がなきゃ、と慌てている内に無情にもドアが開いてしまった。
咄嗟に毛糸のパンツに中に隠れたが、ケージに戻ってない、下着は着たままというミキと相対する状況としては最悪だった。
『えへへぇ、しほりしゃん、みーすけたぁ』
巨大な手によって毛糸のパンツを捲くられ、あたしは引っ張り出され、その反動で毛糸のパンツは床に落ちてしまった。
『ふぁああ…ほほにいましたか。おねぇしゃんもあそんらならしゃんともろしてふへえはいいのにぃ』
「こ、これは違うの!? これはミカが――」
弁明しようとしたがミキは寝ぼけているらしく、余計に滑舌が悪くなっていて、恐らくあたしが下着を身に着けていることも認知していないのか、剥ぎ取られることなく両手であたしを掴んだまま歩き出し、そのまま部屋を出た。
リビングに戻るのかと思いきや向かう場所は階段とは逆方向。まさか寝室でまだ寝るつもりじゃあ...。
予想通り寝室のドアを開けたミキは自分の寝床である二段ベットの上の階ではなく、姉の寝床である下の階に入り、そこで仰向けになった。
『ふぁああ……いっひょにねましょう...しほりしゃん』
「えっ、ちょっ!? なにを――」
ミキの両手に体を掴まれて、身動きが出来ないあたしはミキの顔面に吸い寄せられていき――。
『しほりしゃん、おやふみのしゅーれしゅ』
あたしの顔とミキの巨大な唇が接触した。
わざとらしくヂューって効果音を出しながらのディープキス。ほんの十秒間のキスでもずっと続くのかと思うくらい、とても長く感じた。無論、あたしの顔はヨダレでベトベトになった。
ミカが遠慮したあたしの唇は寝ぼけたご主人サマによって唐突に、そして呆気なく奪われてしまった。
『かあいーしほりしゃんもミキといっしょにねあしょぉ』
放心状態になったあたしはそのまま、ミキの胸元で巨大な両手に覆われて拘束され、未だに動けないままだった。
初日同様、寝ぼけていてもあたしを認識していて、あたしが潰れないように力加減はしっかりしている。
逆に言えばこんな状態のミキでさえ、あたしは手も足も出ない。
いつも以上に無力感を叩きつけられてる気分だ。
アクならとっくに心が折れて泣き喚いてそう。しっかし下着を脱がなくてよかったと染み染みと思う。
コイツが寝返りを打った時点であたしの命は終わってしまうが今のところその気配はなく、ムカつくぐらい気持ち良く眠っている。
対するあたしはミキの寝息と心臓の鼓動が気になり過ぎて全然眠れない。しかも顔に掛かったヨダレも拭き取ることが出来ないし、臭くて気分も悪い。
大声を上げることは出来るけど、下手に刺激を与えてしまうとあたしが潰されかねないので人形のように大人しくするしかない。案外この状態のミキが一番恐ろしい存在なのかもしれない。
ミカでもミキでもリリでもない巨人に見つかった時に備えて人形のフリを練習するいい機会ではあるけどあんまり効果がない。大量の人形が散らばった場所の中に隠れるなら効果があるのかも知れないが、そんな都合の良い展開は期待しない方がいい。
精々、一芸の練習程度に思っておこう。
そして、この状態で一時間ぐらい過ぎた。
幸いあたしは潰されることもなく、未だに拘束されていた。寝相が良いんだか、悪いんだかどっちなんだか。
「ほーんと黙ってれば可愛いのに」
あたしも心の余裕を取り戻して、ミキの寝顔をじっくり眺めていた。心配事は精々尿意くらい。
人から見れば可愛い天使にも思えるだろう。
しかし、小人のあたしからすれば悪魔だ。
夕飯の準備で忙しいミカが来るはずもなく、ミキの両手の感触を背中とお尻で嫌という程味わいながらミキの寝顔を眺めているだけの時間になっていた。
そういえばミキとこうやって密着する機会はあまりない。ミキはあたしを抱いたりはしないのだ。七歳相応の小さな手(それでもあたしにとっては巨大)であたしを捕まえ、片手、時々両手であたしを持ち運びしたり、お仕置きしたりする。基本的にあたしの扱いは手だけで済ませている(手であしらわれるとも言う)。朝にされた膝枕もあれが初めてでミキらしくない所業だったりする。昨日、リリがしていたから真似したのだろう。
ま、ミキに膝枕されたり、体同士が密着したからといってあたしがミキに興奮することも靡くことも絶対に無いけれども。
ミキからしたらぬいぐるみや人形を抱いて眠っているのと同列なのだから。普段は動物扱いするクセに。
『シオリって運がいいよねぇ。あの状態で骨一つ折れてないもん』
結局、ミカが起こしに来るまであたしはミキに拘束されていた。
無事に救出されたあたしは夕飯前に急遽、ミカと一緒にお風呂に入る。
理由は言うまでもヨダレ臭いから。
あたしはお湯の入った洗面器の中でヨダレの臭いが消えるまで何度も何度もシャンプーで髪を綿密に洗い、洗顔塗料をいつもより多めに塗った。
『ごめんなさい。もう二度とシオリちゃんと一緒に寝たりはしません』
あのミキがあたしに謝罪したのは初めてだった。
寝ぼけてただけだの言い訳をするかと思いきや素直に謝ったのだ、あの悪魔が。
ミカにキツく叱られたのもあるだろうけど、やけに素直すぎやしないか? いつもあたしをペット扱いして見下しているくせに。
これまでの所業からして何か企んでいるのかと、勘ぐってしまう。
『ミキの寝相ってそこまで酷いものじゃあなかったんだけどなぁ。でなきゃ二段ベッドの上段に寝かせたりしないし』
寝相自体は悪くはない。あたしを拘束して眠っている間、全然動かなかったのだから。多分、ミキの場合はそういうのではない。
『ミキからは珍しく動物以外の扱いされてたね』
「うん。ぬいぐるみのように抱かれてた」
動物ではなくぬいぐるみ……ただし死と隣り合わせ。
『あたし的には寝ぼけたミキによって、体の至る所をナメナメされて、あたしが助けに来た時はキャミソールもパンツもズリ落ちて泣き喚いているシオリちゃんを寝ぼけたミキがナメナメしている展開を妄想したんだけど』
完全なるホラーだった。そんなことされたら一生モノのトラウマになりそう。
とんでもない展開を平然と口にするこの女もある意味恐ろしい。
『それにプラスしてミキはあたしの寝床でしてるという展開……うん、唆るかも』
「唆るな。だいたいあたしにとってはミキにいつ潰されるか怖くてビクビクしてたの。これ以上怖がらせないで」
『あれ? あたしが寝室に入った時、シオリは普通に落ち着いていてミキの寝顔を眺めていたように見えたけど? ビクビクなんてしてたっけ?』
「五月蝿い、最初の方は本当にビクビクしてたの! でもミキが全然寝返りしなかったし、ミキの寝顔、結構可愛かったし……」
『次第に恐怖も薄れて余裕が出来たと。シオリって結構図太いよね』
「あたし、そんなに図太くないし」
『それにしても不可抗力とはいえ、ミキに先を越されるとは。ミカさんも想定外だったなぁ』
「なに? ミカもシオリを抱いて寝たかったの?」
惚ける。流石に寝ぼけのご主人サマに唇どころか顔面そのモノにおやすみのディープキスをされたなんて恥ずかしくて言えない。
『分かってるくせに。抱いて寝るより過激なことなら昨日したじゃん』
「あれ、あったかかったよねぇ。昨日だけじゃなくて毎日やってくれない? シオリはミカの体温をもっと感じたいの」
話題反らしの誘惑。でも嘘は言ってない。
ミカはあたしをジト目で見つめた。なに言ってんだ、コイツって眼差しだった。
『……それでね、シオリの顔からヨダレの匂い…それでお風呂かぁ。寝ぼけたミキにキスされたんでしょ?』
話題反らし失敗。この話題、続きます。
「いや、あれは寝ているミキのヨダレが掛かっただけだから」
適当に言い繕う。因みにミキは眠っている間、ヨダレを垂らしていない。
『だったらミキの服にもヨダレが着いてるはずだけど全然着いてなかったよ』
なんでそんなとこまで確認してるんだ!
「ただ単に渇いただけだと思うけど?」
『うーん、まあそうか……そういう事にしておくかぁ。ちなみに昔、ミキが中々眠れない時によくおやすみのキスをしてたっけ。それするとミキはすぐに眠るんだよねぇ。今でも眠れない時はキスしてあげてるし』
「やっぱりお前の仕業か!!」
原因確定、犯人はこの女。妹に変な習慣を身に着けさせやがったせいであたしの唇が顔面もろとも奪われたじゃない――あっ、やば、声に出しちゃった!?
地獄耳のミカがあたしの声を見逃すはずなく、あたしは洗面器から掬い上げられ、お風呂の縁に移された。
『ふ~ん、で、ミキの唇はどんな味がした?』
「よっ、ヨダレでよ、よ、よだ…よくわかんなかったです、の……」
あのディープキスがフラッシュバック、裸でお風呂の縁に立たされている恥ずかしさ諸々が重なったせいか言葉遣いが変になった。
『顔が赤くなってるし…これは凄く濃厚にキスされたなぁ』
頭を指でツンツン小突かれながら言われる。
「ちがっ、これはお風呂のせいよ!」
『お口直しにあたしがキスしてあげようか?』
「シオリからするまで奪わないんじゃなかったの?」
『予定変更。ミキにされても平気ならあたしとだってキスをしても大丈夫よね』
「あれは不慮の事故だからノーカン。ミキもキスしたこと覚えてないし」
洗面器に戻ろうと飛び降りようとしたがミカの手で防がれて激突。その反動で湯船に落下。幸いすぐにミカに掬い上げられ、今ミカの両手で作ったお皿の上に乗っている。
『キヒヒ、もう逃げられないよ、シオリ』
ミカは両手を自分の唇に近付ける。きっと手皿で汲んだ水を飲む要領であたしを唇と接触させるつもりだ。
「ま、待って!? あたし、まだ心の準備がぁ――へぇ、止まった?」
巨大な唇のほんの数センチ手前でミカは手の動きを止めた。
『冗談だよ、しないって。今してもシオリにトラウマを植え付けるだけだもんね』
「もぉ〜、からかわないでよぉ」
この数時間の間に巨人の姉妹に唇を奪われるというみっともない展開は免れた。
折角、シャンプーと洗顔でヨダレの臭いを消したのにまたするハメになるところだった。
あたしの唇を奪っていいのはアクだけなの。
アクだったら喜んで唇を捧げるし、アクになら胸だろうがお尻だろうが何処でもキスして欲しい、っていうかナメナメして欲しい。
巨人のアクに小人のあたし。
思い出すのは告白したあの日以来見たことのない、人間サイズのアクの唇。こういうことになるなら無理矢理でもいいからあの唇を奪っておけばよかった。
でも、小人のアクの唇は何度も奪ってるし、言葉に出せないことも……。
「――っていつまでこのままなの!! 早く洗面器に戻して!」
未だにミカの眼前だった。妄想してる間、ずっと間近でミカに見られていた。なんか恥ずかしい…しかもあたし、今裸だし。
『いやぁ、なんか目を閉じて色々妄想してたみたいだったから…可愛くてつい……』
「えっ、口に出てた!?」
聞かれてしまった!?
『本当に妄想してたんだ……安心して。口には出てなかったよ。こんな状況でそんなこと出来るなんてやっぱり図太いね』
「図太いって何よ、図太いって…早く戻して」
絶対褒めてないだろそれ。
『はいはい...』
ようやく巨大な唇から離れ――ひゃぁ!? 突然、生暖かい風が全身を包んだ。そしてすぐに風の正体に気付いた。
「息吹きかけたでしょ! もう!」
ミカは笑い、そのままあたしは洗面器に戻された。
それにしても息吹きかけられただけであんな――ミカの息、気持ち良かったなぁ…もっと吹きかけても……ってなに考えてんのよ、あたし。
最近色々あったせいだ。そのせいで現実逃避からの妄想にふけってしまうんだ。そうに決まっている。決してあたしがおかしくなったわけではないんだから。
それからは互い無言のままお風呂を堪能した(相変わらずミカはずっと上から見下ろしていたけど)。
あれからミキは珍しく全然干渉してこなかったので久々に平和な時間を過ごせた。ミキとはこの距離感を永遠に保ってたほうがあたしの精神衛生的には良いのだが、ミキのペットという屈辱的な称号から解放されない限りは不可能だ。
それでも昨日の状態からして暫くはミキもあたしに酷いことをしないだろう……そんな訳で昨日は服も下着も身に着けたまま、ミカとスキンシップを取って久々に快眠出来て平和な朝を迎えたが――。
「それで…ミキ、これはなんの真似?」
『リリちゃんの真似ですが。ミキ、昨日ずっと考えて気付いたんですぅ。ミキとシオリちゃんに足りないのはスキンシップってやつだと』
「いや、充分足りてるから。それは」
昨日に出来事がまるで何も無かったようにミキはあたしを普通に叩き起こし、朝食の後、いつもの『りふれっしゅ』を終えた。
しかし、そこでケージに戻されるのかと思いきや、何故か座っているミキの膝の上に仰向けの状態でミキと見つめ合っていた。
しかもあたしが逃げないようにミキは手でしっかりと固定してやがる。
『学校まで時間がまだありますからね。その間、シオリちゃんと触れ合うことにしました。やっぱりペットとの触れ合いは大事ですよね、シオリちゃん?』
うん、触れ合いは大事。それはまあ認める。
でも、コイツの指はあたしのある部分を集中して撫でていた。
「なんでおっぱいだけを指で撫でてるの! 撫でても大きくならないよ!! これは触れ合いとは言わないの!!」
普通にセクハラです。嫌がらせです。
『ミキが撫でてるのはおっぱいじゃなくてちっぱいですよぉ。あんまりうるさいとそれらを全部脱がせますよ』
反射的にキャミソールをギュッと掴む。
ちなみに『それら』とはキャミソールとパンツのこと。珍しくミキの前で着用を許されている。そもそもなぜ着用一つでコイツの許可が必要なのだろうか。
それといい加減、おっぱいと認めやがれってんだ。
「言っておくけどこんなことしてもシオリは心を開かないからね」
開くのは怒りの扉だ。
『開かなくていいですぅ。そもそもミキとシオリちゃんはお友達じゃなくて主人とペットですもん。ミキはシオリちゃんを可愛がってるだけなんですからぁ』
「これを可愛がってるとは言わないから」
相変わらずそこばかり指で撫でやがる。もしこれで大きくなるならどんどん撫でても……いや、やっぱコイツに撫でられるのは嫌だ。
『シオリちゃんはよーせいだから猫とか犬みたいに毛が生えてないですからね。スカートに毛が付いたりしないから安心ですね。シオリちゃん、髪の毛と眉毛しか生えてないですもん……ん、どうしたんですか? お顔が真っ赤ですよぉ。ミキなんか変なこと言いましたかぁ?』
「…別に……何でもない……」
生えてるだの、生えてないだの…一昨日、ミカとそのことで夜中語り合ってたせいか余計に意識してしまった。
「早く学校に行ったほうがいいんじゃないの? 遅刻するよ」
これ以上、ミキに追求されたくないので急かす。
『まだ時間ありますが』
「時間割の確認とか宿題とか忘れ物がないかの確認しといたほうがいいんじゃない?」
『もう終わってますぅ。それよりシオリちゃん、随分詳しいですねぇ。時間割とか宿題って……よーせいなのに』
そういえば、そういう設定で通してるんだっけ。
「あ、あれよ、ミカに教えて貰ったの。ミカに色々教わってるの」
取り敢えず、理由付けに便利なミカさんを使った。
ちなみにミカさんは既に登校。日直らしい。
『へぇ~、変なことしか知らないと思ってました』
「シオリのことを何だと思ってるのよ!!」
『えっちなよーせい』
ミキは平然と答えた。
コイツ……人を性欲の獣みたいに……。
確かに四六時中アクのことを妄想しているけれども、あたしだって色んなこと考えてるんだから。ここを脱出する方法だったり、ミキを出し抜く方法だったり……うん、我ながらロクなこと考えてない。
『ミキもえっちなよーせいさんのために色々ときょーいくするべきですね。まずは平仮名――』
「シオリに宿題をやらせるつもりでしょ、それ」
コイツなら絶対にそうすると思ったが、首を横に振った。
『宿題くらい自分でやりますぅ。そこまで落ちぶれてません』
へぇ~意外と真面目なんだ(棒)。
「じゃあ何が目的なのよ」
『おバカなシオリちゃんを少しでも賢くするためですぅ』
「余計なお世話よ!!」
誰がおバカだ、誰が。お前よりは数倍賢いわ。
『賢くなればお漏らしもしなくなるらしいですぅ』
人の古傷を容赦なく抉ってくる。
「それ、賢さ関係ないからね」
あたしのお漏らしの原因は全てミキなのであたしには落ち度がない……はず。
『えっ、でもお姉ちゃんが――』
「関係ないからね!!」
またあの女かい!
いや、ひょっとしてミキもあたしと同じように理由付けのためにミカを使ってる? 便利なだけに不憫だ。ミカ…いつもごめん、今夜はいっぱいあたしを触っていいから(あたしもいっぱい触るけど)。
『えっちでえちちなぁ〜♪ シオリちゃ〜〜ん♪ よ〜せ〜なのに羽がな〜〜い♪ だから飛べない〜〜♪ 悪さをしたらミキがオシオキ〜〜♪』
唐突にとんでもなく音痴で歌詞が酷い歌を歌い始めたご主人サマ。変なモノでも食べたのだろうか?
『変ですねぇ。子守歌を歌ったのにシオリちゃんは眠りもせずにミキを睨んでいます』
「こんな酷い歌で眠れるわけない!? 余計に眠気がなくなるわ!!!」
それ、子守歌だったのか?
『むぅ…ミキがさっき朝ごはん食べてる間に考えた歌をそういう風に言いますかぁ』
「歌というかただの悪口じゃん!!」
『むぅ…もういいですぅ。ミキのセンスを理解できないおバカなシオリちゃんは檻に戻します』
ミキは膝の上のあたしを強引に掴み、ケージのある勉強机に向かう。
「いや、ケージに入れるのだけは…ミキが帰って来るまであの中で過ごすのは…ちょっと……」
『ダメですぅ。もしシオリちゃんが床にいたら踏んでしまう恐れがありますぅ』
「ミキが帰ってくる頃にはちゃんとケージに戻るからぁ、お願い」
『嘘つきなシオリちゃんは信用できません』
「きゃぁっ!? もう少し優しく扱ってよぉ」
嘆願は虚しく跳ね除けられ、まるで押し込めるようにケージに入れられ、文句を言ったがミキはガシャンと扉を閉じ、鍵を掛けた。無論、こちらから出ることは出来ない。
『動き回りたいならそれで走ればいいじゃないですかぁ。体力も付きますよ』
ミキが指差したのはいつの間にかケージに入れられてた回し車だった。これで床におが屑が敷かれればハムスターのケージが完成してしまう。
『ミキが帰ったら少しの時間は出してあげますからそれまで我慢しなさい』
檻越しから指であたしを一突きして、ミキはランドセルを持ち、部屋から出て行った。
玄関のドアが開く音でミキが家から出たのを確認してホッと一息。ようやく悪魔がいなくなった。
安心してピンク色のドレスを着て、ミカの毛糸のパンツにだらしなく仰向けに寝転がった。
この調子でペットに服を着せるのはおかしいからってあたしの衣服を没収する、という歪な考えを改めさせなければあたしの平穏は訪れない。
こんな平和な一時に回し車で走るなんて愚かな事は当然しない。折角の時間と衣服を汗で染めたくない。
牛乳の入った給水器、パン屑が乗った小皿、回し車、石鹸の入れる容器にトイレットペーパーを詰めただけのトイレ、寝床代わりのミカの毛糸のパンツ。
今のあたしの生活環境で、あたしの全て。
あたしを妖精扱いした巨人が与えた小さな世界。
平日はこの世界で一人きり――っていけないいけない、ポエマーになってた。こんなのあたしらしくない。
することなくてぼーっと天井をみていたせいだ。
そもそもあたしを妖精扱いするならこんなケージじゃなくて、せめて鳥かごにして欲しいものだ。そっちの方が囚われのお姫様って感じがするし、そういうシチュはあたし的には大好きだし。
鳥かごの中のアクを想像するだけであたしはある程度気力が回復する。やっぱりあたしらしさといえばこういう時にアクで妄想することだ。
あの時は関係が最悪だったからじっと眺めることはできなかったけど、鳥かごに入れたテディベアに背もたれて眠っている姿は頭の中に鮮明に残っている(一匹余計なモノが混ざってた気がするけど)。
いつかまた会える日が……いつかっていつだろう…数日、数ヶ月……数年………数十年…………最悪、永久に再会出来ない可能性も……その間、アクはずっとあの姿のままらしいけど、あたしは…。
もし再会できたとして素直に喜べるだろうか。
成長したあたしと全く変わっていないアク。
あたしもアクみたいな体にしてもらえば万事解決だがそう甘くはないと思う。
あたしの体を乗っ取ったヤツはあたしが生きているとは思ってないだろうし、ミカを使ってコンタクトを取ることも可能ではあるがリスクが大きすぎる。
最悪、ミカまでも小さくされかねない。そうなったら詰みだ。
元の大きさに戻りたいっていう願望は今のところはない。ようやくアクと対等に慣れたのになぜ元の大きさに戻る必要がある? 早くミキという邪悪な巨人から逃れて、アクを発見して、アクみたいな体になって巨人に発見されることのない、新天地を目指してそこで永遠に二人きりで――ってまた妄想しちゃってるし。そういう日が来るのが先か、あたしがくたばるのが先か。
残念ながら今のあたしに出来ることなんて何もない。
ケージの中でご主人サマの帰りを待つだけ。
ほーんとペットというのは可愛くて、無力で非力で…退屈だ。
霧目家編はこれで一旦区切ります。
次回投稿出来れば亜来編になると思います。




