一話 異界
亜来編です。
栞が霧芽家で飼われている一方、亜来はよく分からない世界にいた。
「幼い子供にボコボコにやられて、魂が抜けるくらいメンタルブレイクしてここまで来ました……というわけ? 本当に情けない小人ね」
「その情けない小人に油断して背後を突かれた間抜けな魔女がいるらしいけど、誰だったかな?」
「ふーん、言うようになったじゃない。雑魚の癖に」
「雑魚はお互い様でしょ。今のあんたは魔法一つ使えないただのクソガキ。私にも勝てないって自覚ある? っていうかそもそもなんであんたまでここに来てるのよ? まさかあんたもメンタルブレイクしたの?」
「まさか。ワタシは肉体でここに来てるの。あんまりあそこにはいたくないし」
「なんで? 辱めを受けるのが嫌だから?」
「真っ先に思いつくのがソレか。やっぱりコテンパンにやられて頭のネジが何本か外れたのね。まあ、あながち間違いでもないのだけれど。お前もさっさと肉体に帰れば?」
「出来るならとっくにしている。教えてくれんの?」
「あげてもいいけど。オススメはしないかな」
「どうして?」
「だってお前の肉体。今お前が想像する中で一番最悪な奴の手元にいるもん。ソイツはお前の帰りを今か今かと待ってるけどね」
「ソイツってあんたじゃないの! 他人事のように言ってるけどあんた自身じゃない!」
「正解。ワタシから抜け出して無事に独立されたわ。やっぱり目なんて交換するもんじゃないわね」
「アッチは栞の体を乗っ取ってやりたい放題。それに対してあんたは小さな体でこんな場所にわざわざ足を運んで愚痴三昧。惨めったらありゃしない。ひょっとして裏切られたんじゃない?」
「……う、うっさい。そうよ、その通りよ。向こうからの連絡が完全に途絶えて、ワタシも惨めに捕まったのよ。悪い? 幼い子供にコテンパンにやられてビービー泣いてたくせに。その証拠に目が真っ赤じゃない」
「あぁ泣いたよ。魂が抜けるくらい大声でね。あんたが私をこんな不安定な体にしたんでしょ? 責任取りなさいよ」
「残念ね。それはワタシじゃないわ。お前を設定した性悪は今ニヤニヤしながらワタシ達を見下ろしているじゃない」
「性悪か……初めてあんたに同感したわ。普通なら人のせいにするな、と言いたいとこだけど不気味なくらいニヤニヤしてるのよね」
『いやぁ、こんな小さくて可愛い子達のじゃれ合いがこんなにも面白いとは思わなかったの。この舞台を作った甲斐があるものだ。あっ、一応魔女の言ってることは半分正解かな』
□ □ □
幼い子供に栞を奪われ、私もボコスカにやられて動けない人形になったかと思ったらこの世界に流れ着いていて、小さくなった魔女とかつて魔女に捕まっていた菊谷 真規(人間サイズ)がいた。字面だけ並べると意味不明過ぎるが事実なので仕方がない。実際、私もよく分かっていない。
現在、私は魂だけの存在らしく、体は半分透けていて実体がない。魔女や真規に触ろうとしてもすり抜ける。反対に魔女や真規も私自体は見えているけど触ることは出来ない。
ただ物体は触れることが出来て、すり抜ける事は出来ないみたい。
私は幽霊みたいに体が浮いている訳では無いため、仮にすり抜けたら大変な事になるけど。
ま,地に足が着いた幽霊ってこと(今の服装? 魂だけってことで察してください)。
そんな私に気を遣って、真規は紅茶の入ったティーカップを用意してくれて今は紅茶風呂に浸かっている(水の感触はないので浸かっているという表現おかしい気もする)。
上は雲一つない青空。下は地べたが見えないくらい色んな花で埋め尽くされている。まるで天国みたいだ。
唯一建物と呼べる白い小屋が一軒。その近くに設置された白いテーブルに真規は頬杖を着いて、テーブルの上にいる私と魔女のやり取りをニヤニヤしながら聞いていたというわけだ。
真規が何故か丁寧でゆっくりな口調(自分の描いた絵本の文章を音読している内に癖になってしまったらしい)で話してしてくれた内容によると、ここは真規が作った、というか設定した絵本の世界らしい。
かつて魔女に無理やり入れられたのもこの世界だけど、あの時は魔女が色々と付け足した別物になっていたらしく、それらは消したみたいだ。私を襲った人喰い兎ももういない。
ちなみに真規が凄い力を持ってるような説明だけど真規自体にそんな力はなく、真規が作った未完成の絵本を魔女達が悪用しただけである。真規が小さくされたのは別の理由があるらしいけど……一応、心当たりはある。
その未完成の世界に設定された主役はこの島(?)に流れ着いた小人の女の子。特にこれといった能力はない、小さな人間。魔女の暗躍によってそれに据えられてしまったのが私、縞 亜来だった。
私はただこの世界の登場人物に据えられただけ。そりゃ大きくなれないわけだ。元々この大きさという設定なのだから。ちなみになぜ小人の設定にしたのかと真規に聞いたら『この島、狭いから人間サイズだとすぐに物語が終わっちゃうから』だそうだ。特に深い理由はなく、ただの物語の都合。取り敢えず人間サイズに戻ったらこの性悪と一回話し合いを設けようと思う。
お腹も空かないし、喉も渇かない、排泄もしないのに何故か汗は出たりするとか言うガバガバなこの体も未完成で定まっていないからという、やはり深くもない、くだらないオチだった。完成前に魔女に捕まったらしい。
そもそも実体がないはずの私が物体をすり抜ける事なく、それでいて魔女や真規は私を触ることが出来ずにすり抜ける、というガバガバさ。せめて魔女も真規がもうちょっと世界観を固めてから攫えと言いたい。
つまりは設定を書き換えて貰えば解決する問題だ――と思ったがそう甘くはなかった。
まずその権限を持ってるヤツが私の予想通りなら素直に要望を聞いてくれる可能性が限りなく低い。
仮に書き換えても魂だけの私が大きくなるだけ(意味がない)。私の肉体は外にある。今から肉体に戻っても待っているのは生き地獄。栞の体を乗っ取ったアイツから私の肉体を取り替えさないといけないが、今の私にその気はなかった。
私は勇者ではない。
『さあ、私の体を取り返すために魔女を倒して栞の体から追い出そう!』とかいう考えには至らない。
なんの策もないのに無謀すぎるし、あちらからすれば獲物が自分から戻ってきてくれたという、美味しい展開にしかならないという……。
そもそも魂だけの今の私に何が出来るってんだ。
なんの能力もない幼い少女に完膚なきまでボコスカにやられて肉体と魂が分離するぐらい、私は弱い。
そりゃあ肉体に戻れるなら戻りたいけどね。
ちなみに金髪幼女……じゃなくて魔女はこの世界とは無関係。前述の通り、わざわざこの世界まで足を運んできたのだ。本人の言い方からして逃げてきたのだと思うけど。
その魔女さんは今、真規に弄ばれていた。
スプーンに掬い上げられ、私が入っているのとは別の、紅茶の入ったティーカップの中に落とされた。藻掻いてる魔女に、真規は容赦なく大さじ一杯分の砂糖を被せて、そのままスプーンで紅茶を混ぜ、それが終わると魔女をスプーンで掬い上げ、テーブル上に落とした。
全身が紅茶染まってビショビショの魔女は濡れたスカート絞りながら罵詈雑言を真規にぶつけているが真規はそれを無視して紅茶を嗜んでいる。
『うん、美味しい。憎っくきヤツからこんな美味しい出汁が取れるなんて思いもしなかった』
真規の挑発的な言動は魔女を怒らせ、描写するに値しない罵詈雑言が更にヒートアップしていた。
まあ、真規にした仕打ちを考えると、このくらいされてもまだ足りないくらいだと思う。
私もコイツにされた仕打ちを未だに恨んでいるけど、魂だけで実体のない私には口撃ぐらいしか出来ない。
「さっさとこの世界から出ていけば良いのに。ここにいるとずっと真規の玩具にされるよ」
『そうだそうだ。早くこの世界から出ていけぇ。あなたはこの世界では異物なのよ』
真規も賛同する程魔女が憎いらしい。
「ふん。言っとくけどこの程度でワタシは折れないわ。あっちではもっと酷い仕打ちをされてるんだもん。追い出したいならお前のご主人様にでも頼めばいいじゃない。お人形遊びしか出来ない、虎の威を借る狐さ――ひぃ、熱い熱い熱い!?」
止まらない減らず口を繰り返す魔女の頭上から容赦なく紅茶を浴びせる真規。
でも実際、真規にはそんな力はないはず。じゃあ誰がそんな力を使っているのかというと……。
『『呼んだ? あたしの可愛い真規ちゃん』』
声と共に突然姿を現したソイツは私達から見たら巨人同然の真規をまるで飼い猫を抱き上げるような感覚で、持ち上げる。
「やっぱりあんただったか……」
巨人は私達を無視して抱いた真規を可愛がっていた。
その巨人を私は知っていた。
かつて真規と一緒に魔女に囚われていた時にこの女と遭遇している。
魔女が私達で遊んでいるのをこの女は時たま、高台から眺めていて、魔女が居なくなると私達の元へやって来ていた。真規目当てで。
顔立ちは童顔で足に届くくらいの長い黒髪(寝癖だらけ)。大きさは大体三十センチくらいで十センチ以下の私達から見たら充分に巨人だった。
彼女は上は太ももまで丈がある、大きめの紺色のパーカーを羽織り、下はパーカーで隠れて少しだけ見える黒色のスカートに黒色のタイツで茶色のブーツという九月上旬にしては随分と厚着だったのを覚えている。
ソイツは真規だけを攫って何処かへ消えてしまう。
私なんて眼中にすらないと思う。
真規が帰ってくるのは私が魔女に散々甚振られて疲れて眠っている間。
目が覚めるといつの間にか真規が隣で眠っている。
何されたか聞いても真規は頬を真っ赤に染めて詳しく話そうとはしなかった。
「ちっ、気付かれたか。大人しく眠ってればいいのに。何しに来たのよ」
再び濡らされたドレスを絞りながら魔女は言う。
見るからにヤバい巨人相手に畏怖しないのは流石とも言うべきか。
『魔女をここから追い出して』
真規にしては珍しく強い口調だった。
まあ、当人が巨人に抱っこされてる状態なので威厳というものは全然感じないけど。
『『ふ~ん、あたしが眠っている間に害虫に侵入されたったか。でも真規ちゃん、追い出すべき害虫はもう一匹いるじゃない? アレも当然追い出すのよね』』
「!?」
巨人は私に指差した。
何気にこの巨人に認知されたのは初めてかもしれない。しかもいきなり害虫扱いされてるし。
そして魔女も当然、害虫扱いは不服のようで……。
「ワタシを害虫扱いとは良い度胸ね。協力関係は解消よ」
相変わらず態度だけはデカかった(この中で一番小さいのに)。
『いや、この子は違うわ。魔女だけ追い出して』
『『違わない。いい? 真規ちゃん。ここはあたしと真規ちゃんだけの楽園なの。それ以外の生き物はすべて害虫よ』』
なんとなく予感してたけど、コイツ、色々とヤバい。
『この子はこの世界の主人公なの。そして今は魂だけで実体がないの。ここから出たら消えちゃうかもしれない。お願い、この子だけはここに居させて』
さらりととんでもないことを言われた気がする。
えっ? 私、ここを追い出されたら消えるの!?
『『主人公? 違うでしょ。この世界の主人公は真規ちゃんでしょ。それに消えたりしないよ。元の肉体へ還るだけ』』
いや、還りたくないんだけど、私。
それだったらまだ消えたほうがマシだ。
『……なんか方法ないの? 今この子を元の体に還すのは危ないの』
いや、この世界に居させてくれるだけでいいんだけど。あと何気に真規も追い出すことに賛成してない?
巨人は真規の頼みを聞いてくれな――。
『『しょうがないなぁ…う〜んと……』』
あれ、聞き入れてくれた? 真規だから?
そして巨人は暫く考えた後。
『『閃いた!? 魂だけならくっつけちゃえばいいじゃない』』
「えっ!?」
「はぁ?」
『くっつける?』
巨人の言っている意味が分からず私だけじゃなく、魔女や真規もハテナを浮かべていた。
『『そのままの意味。害虫と害虫の魂をくっつけて一匹にすれば元の肉体に還ることも無く、この魂だけの害虫も異物の仲間入り。そしてこの世界から追い出して、真規ちゃんがこの世界の主人公になるの』』
随分と自分勝手な言い分だった……けど消えるとか元の肉体に還るとかよりかはまだマシかもしれない。
隣の金髪幼女は物凄く嫌そうな顔をしているけど(当然、私だって嫌である)。
そもそも私は望んでこの世界の主人公になったわけではない。恐らくはこの巨人は真規を主人公にするつもりだったが魔女が勝手に私をこの世界の主人公に設定したのだろう。
つまり私は勝手に巻き込まれた上に巨人からも敵(害虫)認定されてしまったのだ。
理不尽にも程がある。
要するに大体魔女が悪い。
巨人は私達に目を向ける。
まるでゴキブリを見ているかのように。
『『じゃあさっさとくっつけて追い出そうかな』』
巨人は魔女を掴んで私達の大きさの三倍程デカい縦長い瓶の中に入れて、魂だけで実体のない私までもが何故か掴まれ、同じ瓶に入れられた。
巨人は様々な色の粉をお構い無しに瓶に入れ、最後は白い液体を瓶の中へ注いだ。
「うえ、なにこれ? 変な粉に牛乳!?」
「うっ……気持ち悪い、ヌルヌルする、吐きそう……。さてはアイツ、変な設定加えたな。どれほどワタシ達を恨んでいるのよ」
実体のある魔女ならまだしも、実体のない私まで粉まみれでびしょ濡れになっていた。どういう理屈なんだろう?
『『あたしの真規ちゃんをこの世界の主人公にしなかっただけでなく、あたしの目を盗んで真規ちゃんを捨てたヤツを恨むなっていう方が無理あるんじゃない? なんとか見つけたけど、あたしの真規ちゃんの体に他の女の指紋がベッタリ付きまくってたし。洗い落とすのが大変だったわ。真規ちゃんも真規ちゃんで動かぬ人形になってたし』』
巨人が丁寧過ぎる程に事の経緯を説明してくれた。
あーそりゃ恨まれるわぁ、害虫扱いされるのも納得。それが巨人の話を聞き終えて抱いた、私の感想だった。
私が巻き添え喰らっているのは納得いかないけど。
薄々勘づいていたがこの巨人、超が付くほどの重度なヤンデレ気質だ。
そのヤンデレから真規を取り上げた挙句、捨てるなんてとんでもない地雷を踏んでいた。
そんな事されたら誰でも怒るでしょ。
滅多刺しやらミンチにされてない辺りはまだ温情はあるかもしれない。
巨人はスプーンで瓶の中を少しかき混ぜると瓶の蓋を閉め、大きく振った。何度も何度も永久に続くんじゃないかと思うくらい何度も振りまくり、私と魔女は瓶の天井と底に何度も叩きつけられ、最初は叫んでいた魔女もやがて静かになった。
ただ私の魂と魔女の体が重なったとき当然、すり抜けはするものの、一瞬だけ時間が止まったような感覚になる。
それも重ねれば重ねる程、止まる時間が長くなっている。
これが魔女の体と私の魂をくっつける方法なのか?
「起きて、亜来。ねえ、目を覚まして」
誰かに背中をゆさゆさされてる……床がふわふわして気持ちいい。このまま眠ってたいくらい……あれ? 私って確か巨人の女に魔女と一緒に瓶詰めされてそれから――。
意識を失う直前の記憶を思い出し、バッと起き上がった。
「きゃっ!? 急に起き上がらないでよ!?」
「あっ、ごめん……って真規!?」
尻餅を着いてビックリしている真規。
人間サイズではなく、私より少し大きいくらいのサイズに変わっていた。
「…なんかあんた、小さくなってない?」
「絵本の世界で大きかっただけだよ。でも、もう設定を書き換えられちゃったから絵本の世界でもこの大きさかな。今は私、亜来と同じぐらいのサイズなんだよ」
随分と仕事が早い。余程私が主人公の設定が嫌だったらしい……えっ、ちょっと待ってなんか違和感。
「……真規、私よりちょっと大きくない? 私と同じくらいのサイズなのよね? 以前、囚われていた時もここまで身長差が無かった筈だけど」
私の二倍近く大きいし、なんか私の声も違和感が……。
「そりゃそうよ。だって今の亜来、魔女の体だもん」
まさかと思い、自分の体を確認する。以前より手足が短くなっていて、魂の時は制服を着ていたが、今は魔女が着ていた黄色いドレス。そして自分の髪は黒ではなく金色だった。声も聞き覚えがあると思ったら魔女の声だったからか。
なんか生まれ変わったみたいな感覚だ。
「……あっ、そう言えばくっつけるみたいなこと言ってたっけ。じゃあ魔女は――」
(なんでお前がワタシの体の主導権を握ってるのよ!! 早く替われ! そして出ていけ!)
なんか体の中から声が聞こえる。
「いや、私に聞かれても知らないし。替わり方なんて分からないし」
「ん、どうしたの? 急に独り言喋り出して」
「あ、真規には聞こえてないんだ。今、魔女が喋ってたの。早く替われだの、出ていけだの言ってる」
「放置でいいと思うよ。替わったら何するか分かんないし」
「そうね。実はこのままの方が平和なのかも」
(ふざけんな!! ワタシの体よ!! お前になんか渡したくないわ!!)
魔女は五月蝿く喚いているけど一旦無視。
さっきまでの雲一つない青空の世界とは打って変わって薄暗い大きな空間。
「ここ、何処なの?」
「う〜ん……ごめん。私にもよくわかんないんだ。私達が今立っている場所がベッドの上ってこと以外は」
「……ベッドの上…?」
床がふわふわしていたのは、私が今巨大なベッドの上に居るからだと今更気付く。
ベットの端には白く細長い柱が連なって柵になっていた。恐らくはベビーベッド。
そしてベッドの中心にはパーカーの女が仰向けで大きな絵本を抱えたまま眠っている。ベビーベッドに収まる大きさの彼女でも私から見れば充分に巨人だった。
彼女が目を覚ます前にここから離れた方がいい。
一応、柱の隙間から抜け出せそうだ。
「じゃあ、もういくね」
「行くって……どこに?」
「う〜ん、私も分かんない。でも起きると大変そうだから」
「ズズのこと?」
「彼女、ズズって名前なんだ…」
スズ…じゃなくてズズ。
なんか……凄く…変わった名前だ。
「そうなの。可愛い名前だよね。ズズは変な名前だと思ってて中々教えてくれなかったの。亜来も可愛い名前だと思うでしょ?」
「う、うん、可愛いよね〜」
何故か真規から圧を感じ、同意してしまった。
視線をズズに向ける。
「そんなズズにとって私と魔女は邪魔な存在でしょ。だからここを離れた方がいいと思って……」
あれだけ私と魔女を憎んでいたんだもん。
「危険だよぉ。私がズズを説得するからぁ。危ない真似しないで!?」
いくら真規の説得でもそれは聞き入れてもらえないと思う。ズズの世界に私と魔女は不要なのだから。
真規はズズのパーカーをトントン叩き、起こす。
『ふぁああ。ん、真規ちゃん、何時までもこんな所にいちゃダメでしょ。早く絵本に帰りなさい』
「ちょっと待って!? 話が――」
説得以前の問題だった。目が覚めたズズは真規を捕まえ、絵本のページを開き、その上に彼女を置くと絵本をバタンと閉じてしまった。
あっという間の出来事だった。
ズズは絵本を抱えて再び眠ろうとした。
「あの……」
私はそんな彼女を呼び止めてしまった。
『ん、なに?』
当然、ズズに睨まれた。
凄い殺気だ。
一瞬怯んだけど、この程度は慣れている。
「……ありがとう」
『はあ? お礼を言われる筋合いは無いはずだけど』
より強く睨まれ、腰が抜けそうになった。
「う、うん。私も正直、よくも魔女とくっつけてくれたわねって文句を言いたいけど、それでもね。実際、あんたは魔女と私をくっつけるなんて回りくどいことをしなくてもさっさと追い出すことも出来たでしょ。私の肉体は危険なヤツの所にあって、今還らされるとヤバかったの。だからね」
あのまま肉体に還っていたら間違いなく終わっていた。
『真規ちゃんのお願いだからね。仕方なくよ』
「でも憎んでたよね? 私のこと」
ズズの殺気が少し緩んだのが分かる。
警戒を解いたらしく、起き上がって私に近づく。
『元々、あなたは巻き込まれただけだって知ってるし。あなたを追い出して、無事に真規ちゃんはこの絵本の主人公になれた。もうあなたを恨む理由はないわ。あなたの中にいる害虫はまだ許せないけど』
ズズは何故か私の髪を抓む。
「……じ、じゃあさっさと消えるね。真規との時間、邪魔されたくないでしょ」
ベビーベッドの柱と柱の間から飛び降りようと――。
『待ちなさい』
引き留めてられて、振り向く。
「まだ何か?」
『元の体に戻る気はある?』
「……ある」
少し迷った。
危険を犯してまですることなのだろうか、と。
『その害虫の体で過ごすことも出来るのに?』
確かにこのままでもいいとは思う。
魔女は不服だろうけど…でも。
「何やかんや言って『その害虫の体』だからね。乗っ取るのも乗っ取られるのももう懲り懲りなの。一々ややこしいったらありゃしない」
誰が誰の体で中身は誰なのか、とか面倒臭い。考えるだけバカバカしい。
それが今、どの気持ちよりも上回っていた。
『フフッ、面白いこと言うわね。まあ、聞きなさい。この絵本からあなたを追い出してもあなたの肉体は今までのままだから心配はしなくていい。でもあなたの魂が肉体に戻ったら話は別。書き換えが反映されて元の人間の体に戻る。残念ながら元のサイズにはもう戻れないけどね。もし仮に――』
ズズは私を両手で抱き上げ、私の耳に囁いた。
えーっ、そんなことしなきゃいけないの? まあ、いいか。するかしないかを決めるのは私だし。
ズズは話し終えると私を下ろし、元の場所へ戻り、再び寝転がった。
「どうしてそこまでしてくれるの?」
『あなたにはもう恨みはない。それにあたし、あなたのこと、少し気に入ったの。真規ちゃんもずっとあなたを気にかけてるしね。そんなあなたを無下に扱ったら後味悪いし』
「そ、ありがとね」
『分からないことがあったら害虫に聞きなさい。あなたを追い出したい害虫なら積極的に協力してくれると思う』
「分かった。じゃあね…」
さっさとベッドから飛び降りた。
経験上、ああいうのは深く関わるべきではない。
恐らくもう二度とここへ戻って来ることもないし、ズズと真規にも会うこともないだろう。
ただこの時、一つだけ聞きそびれたことがあった。
真規かズズのどっちかに聞けばすぐ教えてもらえそうなことだったのに。
私と魔女がそれに気付くのはもう少し先の話。
(ねえ、アイツになに吹き込まれたの?)
ベビーベッドから降りて、薄暗くて何もない、真っ青な絨毯の上をしばらく歩いていると魔女が話しかけてきた。
さっきは文句ばっかり垂れていたけど今は嘘みたいに落ち着いている。
ズズと話しているときはダンマリだったから彼女に畏怖して落ち着いたのかもしれない。
「聞こえてなかったの?」
(うん。恐らく意図的に)
まあ、内容が内容だから聞かせなかったことは英断かな。
「……今は内緒」
(ま、ワタシには関係無さそうだし、どうでもいいか)
思いっ切り関係はあるんだけどね。
そう言っていられるのも今のうちだけ。
もし私が実行するとしたらあんたは他人事では無くなるのだから。
「それはそれとしてズズって結局何者なの?」
(なに? あの女に興味抱いたの? もっと抱くべき疑問があるでしょうに)
それはそう。
「分からないことだらけでね。一個一個整理しないとパンクしちゃう。だから簡単そうな事から聞こうと思ったわけよ」
(アイツはお前のような養殖の小人じゃなくて、生まれた時からあの大きさの天然の小人よ)
なんか専門用語が飛び出した。
「養殖とか天然って……魚じゃないんだから。使い方からして、養殖の意味知らないでしょ」
(えっ、人間に飼われなければ何も出来ない哀れな動物のことじゃないの?)
案の定、間違いだらけの意味だった。
「悪意あり過ぎでしょ、その表現。養殖ってのは人の手で魚とかを管理して育てて、市場とかに出荷することよ……ってことは私をいずれここに出荷するつもりだったの?」
(ワタシの身代わりとしてこの世界に出荷することも出来たわ。そういう意味では養殖ね)
出来るけどしなかったとも言える。結局、二人ともこの世界に出荷されてしまったという。
「そもそも養殖って管理も入ってるんでしょ? 私、あんたに育てられた覚えは無いんだけど。痛めつけられた記憶しか無いんだけど」
栞に引き取られるまでの出来事を忘れないからね。
(栞に育てられてたじゃない? 数週間だけ)
「別に栞に育てられたわけでもないんだけど」
セクハラされて勝手に夫婦にされて………。
「……って、もうこの話は終わり。脱線しすぎよ。要は生まれた時から小人だったって言いたいだけでしょ? 私みたいに人間から小人にされたら養し――じゃなくて造られた小人ってことよね?」
なんでそこから天然やら養殖やらの話になるのやら……。言い分からして魔女も生まれた時から小人だったのだろう。
(そういうこと。それで? お前はあの女をどう見た?)
「二度と会いたくないわ。ズズもそう思ってるはずよ。だから色々教えてくれたんだと思う。また自分の所へ聞きに来られても迷惑だから」
私なんて邪魔者以外の何者でもないだろう。
それにズズの書き換えのおかげで元の大きさに戻れなくなってしまったし。
そのことにさほどショックじゃない私は半ば諦めていたのか、小人に馴染んできているのかもしれない。
戻りたければズズを倒してあの絵本の設定を書き換えることになるけど、絶対に勝てないだろうし。
(賢明ね。お前と話してる時のアイツ、殺気を放ってた。多分、あの場にもう少し居たら八つ裂きにされてたと思うわ)
流石にそこまではされないとは思うけど、あまり居て良い場所ではないことは確かだ。
(それにしても最初の頃は信じられないくらいバカだったのにどうしたの? 散々やられて賢くなった?)
ほんと、一々煽ってくるヤツだ。
「さあね。あんたの体になったから狡賢くなったのかもよ」
賢くなった、ってよりも防衛本能が過剰になっただけな気もする。あれだけ色んな巨人に痛めつけられれば嫌でも身に付く。卑劣になったとも言えるけど。
「ズズとは協力関係を築いてたんでしょ?」
どうやって築けたのか、不思議である。
(うん。利害の一致で協力してた。その時はあんなに殺気を放つヤツじゃなかったし。真規ちゃんに対してあんなに執着を見せるヤツでもなかった。どうしてかしら?)
コイツ……まさか、素で言ってる?
「自分の胸に手を当てて考えたら分かるんじゃない。大体あんたのせいだと思うから」
あんたが勝手に真規を持ち去って捨てたから真規に対する感情が爆発してああなった、と私は見ている。
(当てる手も胸もないから分からないわ。お前に乗っ取られてるからね。それにワタシ、なんにも悪いことしてないし)
「……」
ダメだ、コイツ。良識の良の字もない。そんなコイツと暫く同じ体で過ごさなきゃいけないのか。
ひょっとしてこのままコイツを封じ込めていた方がが世のため人のため小人のためだったりする?
修正してやりたいけど、今は諦めよう。
「じゃあ次の質問。今の私達ってどういう仕組みなの?」
一つの体に二つの魂。
……まだ実感が湧かない、よく分かんない。
(知らな〜い。あんな強引なやり方で設定を書き換えられるなんて思いもしなかったもん。そもそもワタシもあの絵本の魔法について少ししか知らないし)
解答はあっさりと終了した。もう少し長くなると踏んでいたけど。
「随分と無責任ね。一応確認するけど、私に協力してくれるんでしょうね?」
(当たり前でしょ。早くワタシから出て行って欲しいもの)
利害は一致している。味方と見てもいいのかな。
問題は私が元の肉体に戻った後。
魔女はどうするつもりなのか。
「じゃあ、次。ここは何処なの? さっきの絵本の世界も幻想的だったけど、ここも凄く幻想的ね。見える限り、壊れた玩具だらけ。まるで玩具の墓場みたいだわ」
ズズのベッドから降りて、歩いている内に壊れた玩具を見かけるようになった。進めば進むほど数は増えていき、今では玩具だらけで絨毯は見えない程に散らばっていた。
雲一つない青空で綺麗なお花畑の世界から追い出されて、薄暗くて壊れた玩具が散乱した世界に変わったのだ。まるで天国から地獄に落とされたような感覚。
実際のところ、どちらも地獄だったけど。
(それ、最初に聞くべきよね、普通)
「あんたに普通を語られたくないんだけど」
さっきまで玩具一つ落ちてない、ただ薄暗い世界なだけだったので優先順位が低かったとも言える。
(玩具箱。前に説明したでしょ)
「あっ、言ってたね。色々あり過ぎて抜けてたわ」
白い少女に玩具箱へ連れて行かれる云々言ってたことを思い出す。
玩具箱って言うよりかはお化け屋敷って言ったほうがしっくり来る思うけど。
私はその白い少女とやらにはまだ遭遇していないけれど。
床が見えないぐらい玩具が散らばっていて、今も私は壊れた玩具を踏みながら歩いている。
ここは壊れたバスやパトカーとか普通の乗用車が大量に散らばっているエリアだった。壊れ方も様々で凹んでいたり、一部が欠損していたり、単純に錆びついていたと。
中にはそれらが積み重なって山……というかタワーになってるのがいくつかあって不気味だった。玩具の大きさは見る限り様々だけど、大体どれも私より大きかった。それがより一層不気味さを増しているのかもしれない。ここにいるとまるで私自身が玩具になったと錯覚しそう。
魔女の言われた通りに動くのは操り人形になったみたいで癪だけど、この世界に関しては全くの無知である私が闇雲に動くより、この世界を知っている魔女の言う通りに動く方が賢明。あくまでこの世界の中でだけ。
魔女の体の主導権私が握っている以上、私を騙して陥れるなんてことはしないと思うから。
「……ねぇ、今のあんたってどんな感覚なの? 私と同じ目線を追ってる感覚? それとも傍で私を見ている感覚?」
(後者かな。見えていないけど小さな姿でお前の頭の上にいて、そこから周りを見ているわ。お前を操縦してるみたいで悪くない気分だわ)
なんか腹が立ったので頭を大きく振ってみた。
(ムダムダ。魂だけのワタシにそんな通用しないわ。でも、どういうわけかお前頭の上にピタッてくっついて離れられないのよね)
それはそれで気の毒な感じがする。
「なんかあんたが頭の上に乗ってるって意識し始めると急に頭がむずむずしだしたんだけど。感覚は無いはずなのに」
(髪触られるの、嫌だもんね)
「五月蝿い、それはもう克服したの。……話は変わるけどあんたはその状態であたしの心は読めてるの? 私はあんたが喋っている内容しか聞き取れてないみたいだけど」
(読めてない。同じくお前が喋ってることしか聞き取れない。そもそも今は読心術自体使えない)
「なら良かった。一つの体に入っていてもお互いの心の内は分からない。その方がお互いのためだもんね」
(それには同意するわ)
たとえ魔女が私を陥れる手段を考えいていてもそれは分からない。逆も然り。
まあ、私が仮にコイツの心を読めてるとしても読みたくはないけど(私の悪口で溢れてそうだし)。
(この際だから言っておくけど。お前が動かしてるのはワタシの体よ。乱暴に扱わないで欲しいわ)
「分かってる。ただあんたの体になってから目線は少し下がって歩幅も短くなったけど、なんか体が軽くなった感じがして動きやすいのよね」
ドレス姿という多少のデバフはあるけど、それでも以前の私よりかは俊敏に動ける。
(普段、運動しないお前と比べて、ワタシは鍛えてあるからでしょうね)
嫌味かい。確かに人間だった時はなんの部活動にも所属してなかったけど。
「……胸に重りがなくなったからでしょうね。栞もこんな感じだったのかな」
少し嫌味を含めた。
胸元を触ってみる。うん、平たい。
(五月蝿い、黙れ。能書きはいいからさっさと進め)
あっ、気にしてたんだ。
キレてる魔女は無視。
十歳くらいの私もこんな感じだったなぁ。
膨らみ始めたのは十二歳頃だった気がする。
「そもそもあんたの体って今の私の肉体よりも丈夫なんでしょ? 余程の事がない限り大丈夫だと思うけど?」
(そりゃそうよ。ワタシ、ほぼ不死身だしね。ワタシが心配してるのはお前がワタシの体に欲情して色んなことするかもしれないってこと)
「するかバカ。別に私、ロリコンじゃないし。そもそもあんたは三百歳って自称してたじゃない。な〜にが『ワタシの体に欲情』よ。いい年して盛ってんじゃないわよ、このロリババア!!」
(ババアは聞き捨てならないわ! ワタシは成長が止まってるだけなの! ババア扱いは辞めなさい、このクソネズミ!!)
「ネズミ呼びも辞めなさいよ、ロリババア!!」
(五月蝿い! ネズミの癖にイキんな!!)
というわけで見るに堪えない醜い口喧嘩は暫く続きました、とさ。
これって傍から見れば私が一人でキレ散らかしながら喋ってる危ないヤツにしか見えないのがなんとも。今、私しか居なくて良かった、と心の底から思いました。
(一旦、着替えない?)
醜い口喧嘩が一旦落ち着くと互いに無言の時間が続いてようやく魔女が喋った、と思ったらなんか提案してきた。
「なんで? 絵本の世界では散々濡らされたけど、何故か服は乾いているわ。今更着替える必要なんてないんじゃない」
強いて言えばこのドレスのスカートの丈が長く、これで足場の悪い、玩具の上を進むのに手間がかかるくらい。
(そうじゃなくて。ワタシ、スカート嫌いなんだけど)
「あ……そういえばそんな事言ってたっけ。じゃあなんでこのドレス着てたの?」
着ている黄色のドレスを見回す。一応似合ってはいると思うけど魔女には不服らしい。ちなみに下着は上下ともに黄色だった。
(それは着せられたの。隙を着いて絵本の世界に逃げてきたから着替える暇もなかったの)
逃げたってことはつまり……。
「あんたにそれを着せたヤツがまだあんたを探してるかもしれないってことか。大丈夫なの?」
(大丈夫じゃないから着替えを提案しているの。この服は目立って見つかりやすい)
あとワタシ、黄色が嫌い、と恐らくは根本的な理由を付け足した。
人形が見当たらないこのエリアだと余計に、か。
「そんなことを言ってもねぇ。ここは車のおもちゃばっかりで着せ替え人形なんて全然見当たらないわ。もしかして裸で行動しろって言うんじゃないでしょうね?」
(余計に目立つでしょ、バカ。着せ替え人形が散らばっている場所は分かってるからワタシの言う通りにしなさい)
魔女は私が今進んでいる方向から少し北西を指定して、端まで進むように指示した。かなり曖昧な指示ではあるけど取り敢えず壁まで進めってことらしい。
「……白い少女云々で思い出したけど、飯島はどうしたの? あんたと一緒にここに連れてこられたんだよね?」
飯島 李可。私のクラスメートでどういうわけか小人になっていた女。
そして私を虐めて悦になってた魔女を背後から刺して救ってくれた女。でも本来の目的は私を身代わりにするつもりだった嫌らしいヤツ。
(あぁ、あの小悪魔ならワタシを引き渡して、とっくに囚われていた羽虫とこの世界を出ている。今はあっちの世界で――思い出しただけで腹立つ〜。なんでワタシがアイツごときに〜)
「油断したからでしょ。私を虐めて悦に入り過ぎたのよ、あんたは」
飯島は魔女を引き渡す代わりに妖精を取り返した、と。魔女の正体が小人だったから良かったものの。仮にそうじゃなかったら私が魔女の代わりになってたと考えると恐ろしい、がそもそも魔女が妖精を身代わりにしなければこんな事にはならなかった筈だから結局魔女が悪いで終わる話。
まあ、とにかく飯島はもうこの世界に居ない、と。
別に会いたかった、とは思わない。だってまた何かに利用されそうだし……。
もう百以上もの玩具を足場にして進み、すぐそこに車の玩具が積み重なったタワーらしきものがそびえ立つ。
「へぇ~、間近で見ると迫力がすごいねぇ。玩具だけで出来上がってる。これ、私が押したら一気に崩れ落ちそうで怖いわぁ」
タワー自体は不気味ではあるけど、壊れた車の玩具のみで構成されているためか、これはこれで芸術的っていうか、見方によっては美し――それはないか。
(お前の腕力程度じゃビクともしないわ)
馬鹿にしてるけど、この体は魔女のモノだということを忘れていない?
(安心しなさい。このタワー、自然に積み重なったモノじゃなくて意図的に作られたモノなの。見えないけど中心に一本の長い柱があってそれに玩具を沢山くっつけて出来ている。オススメはしないけど登ろうと思えば登ることも出来るわ)
「そうなんだぁ。ねえ、ガイドさん?」
(誰がガイドさんよ、誰が!!)
「このタワーの他に何本も別のタワーが建っているけど、製作者はなんのために作っているの?」
(さあ。当人はアートって言ってt――隠れて、早く!?)
突然、口調を強めた魔女。
「隠れるって何処に!?」
(喋っちゃダメ! 玩具に上手く紛れて!)
慌てて周りを見て、大きな赤いジープを見つけ、そこの下に滑り込むように潜り込む。
(それでいいわ。ワタシがいいと言うまで絶対に動かないで、なるべく息もしないで)
無茶振りにも程がある。取り敢えず両手で口と鼻を押さえ込んだけどこれで大丈夫なのかなぁ。
ガチャン、ドォン。
ドアの開閉音が部屋中に響き渡る。
ドスン、ドスンと巨人が足音を立てる度に床に微弱な振動が発生する。
今まで何人もの巨人と遭遇し、その度に痛めつけられているけど大体、巨人に捕まることから始まっているので巨人から隠れる、というのは初体験だったりする。
巨人が歩くたびに恐怖と緊張感に襲われる。
『レモンちゃ〜ん、いるんでしょ? 出てきてよぉ〜』
巨人が大声で叫ぶ。少女の声だった。
レモン……? ひょっとして私、じゃない?
(探してるのはお前よ。油断しないで)
察した魔女が念を押してくる。
つまり魔女の名前は……。
『おっかしいなぁ。このお部屋、レモンちゃんの匂いで一杯なのにぃ。ねえ、出てきてよぉ』
匂いとは……と抱こうとした疑問はガシャン、ガシャンと玩具を探る音によって掻き消される。
まだ音は遠いけどいずれ、ここにも来る!?
(動いちゃダメよ。動けば絶対捕まる。気付かれずに諦めてもらうしか方法はないわ)
それって結局詰みじゃあ……。
私には全然分からないけど、この部屋には魔女の匂いが充満してるらしい。私がこの部屋にいる限り匂いは消えない。巨人は確実に私を見つけるまで探すのをやめない。だったらいっそ降参したほうがいいのかな。あの巨人、口調からして魔女のことを嫌っている様子はないし、捕まってもそんなに酷いことはされないんじゃ――。
(あっ、言い忘れてたけど見つかったら罰ゲームで服を脱がされて裸でお尻ペンペン、その他諸々のお仕置きが待っているから捕まったら楽になる、とかいう甘い考えは捨てなさい)
……。
こいつ、今は私の心が読めてない筈なのに絶妙なタイミングで……。
降参はやめておこう。お尻ペンペンは嫌だ。
しかし、現実は非情で玩具を探っている音はだんだん近づいて来ているし、既に巨人の生足も見えている。
(やっぱり無理か……あれを使うかぁ。多分今なら使える)
あれってなに?
魔女は今、魔法が使えない筈――。
(あれ、匂いが消え…た!? ウソ、逃げられたの!? そんなぁ、近くまで来ていたのにぃ。レモンちゃんめぇ~、また新しい魔法を覚えたのね。レモンちゃんはもうこのお部屋にはいない……探すだけ無駄……はぁ……また一からやり直しかぁ。疲れたし、自分のお部屋帰ろーっと)
ドシン、ドシン、ドシン、ガチャン、ドォン。
悔しかったのか玩具を思い切り踏み潰しながら歩いていき、部屋を出ていった巨人。
やがて足音も聞こえなくなり、魔女から動く許可をもらい、ようやくジープの下から出ること出来た。
「危なかったぁ。本当にダメだと思ったよぉ」
緊張が解けてヘロヘロになり、その場に座り込む。
(まさかここまで早く勘付かれるとは思いもしなかった)
「魔法、使えないんじゃなかったの?」
(使えないなんて誰も言ってないわ。確かに殆どの魔法は使えないけど、消費が少ないものなら使えるわ」
使うとすぐに魔力切れを起こすけどね、と魔女は付け足す。
正直、魔力やら魔法とかは私には全然分からないし、使えないと分かっているのでどうでもいいが、何はともあれ助かった。
ここは魔女に感謝かなぁ……あっ、そういえば。
「レモンって名前だったのね、あんた」
今まで邪悪な魔女としか認識しなかったコイツが名前を知った途端、可愛らしい少女にしか見えなくなるのだから言葉って案外馬鹿にできない。
(アイツに勝手に付けられた名前よ。ワタシが金髪だからって単純な理由で。それからは嫌がらせのようにワタシを黄色で染めようとして最悪だわ)
あ―、だから黄色が嫌いなんだ。
「じゃあ本当の名前は?」
(誰が教えるもんですか)
そうですか。
私も別に興味ないけど、また興味が湧いたときにでも吐かせようかな。
「アイツはあんたの匂いを辿ってたみたいだけど、そういえばあんたの匂いなんて今まで意識したことなかったな。今嗅いでみたけどなんにも匂わないし、アイツだけに分かる匂いがあるとか?」
(意図的にお前には分からせないように魔法を掛けてる。お前が近くにいるときは必ず使ってる)
「どうして?」
自分で言うのもアレだけど私に掛けても特に意味はないと思う。
その魔法も消耗が少ないと思われる。
(名前を知られたくなかった。でももう知られたから必要ないわね。魔法を解くわ)
「まんま、レモンの匂いね。フルーツの」
解いた途端に酸っぱい匂いが充満。
まるで大きな香水を頭からぶっかけられた感じだ。
まあ、こんなにレモンの香りを放っていたら名前なんて容易に想像できるわな。
良い香りだと思うけど。
(アイツらに意図的に染められたのよ。魔法で一時的に認識を反らすことが出来るけど、匂いを完全に消すことは不可能よ)
レモンと名付けたからレモンの香りにして黄色に染めようとする。中々陰湿な事をするのね。
そういえば絵本の世界で真規がレモンを紅茶の出汁にして美味しそうに飲んでたけどあれ、まんまレモンティーだったんだ。そりゃあ美味しいわけだ。いつか私も飲んでみたいなぁ。
(なんか変なこと想像してるでしょ。言っとくけど今現在この匂いを漂わせてるのはワタシじゃなくてお前だからね。まだ逃げ切れた訳じゃないわ。今はアイツの認識を反らしているけど、いずれ効果は切れるわ。切れる前にせめてこのエリアは抜け出したい。早く進んで)
「わかったよ、レモン」
(名前で呼ばないで!! 今まで通り、魔女って呼んで!!)
「なんで? 可愛い名前じゃないの。レモンちゃん」
(あ〜っ、ムカつく。お前に呼ばれるのが腹立つから知られたくなかったのよ)
見えないけどレモンが私の頭をポコポコ叩いている様子が想像出来る。
「黒猫に私の名前を付けたあんたに言われたくないわ。それにレモンって名前。あんたにぴったりじゃない?」
(なに? お前まで金髪だからとか安直な理由でそう思ってるわけ?)
「そう、怒らない。私がぴったりだと思った理由は別よ」
(じゃあどういう理由よ)
「ネタか本気かは知らないけど、世の中には唐揚げにレモンを掛けるか、掛けないかで争いが起きるらしいよ」
(聞いたことはあるけど、それがどうしたのよ?)
「あんたは色んな方面で争いの火種を生み出してるじゃない。私は勿論のこと、飯島のこととか、ズズのこともそう。恨みを買いすぎなのよ、あんた」
(ふ〜ん、それでぴったりってことね。普通、ここはポジティブな理由を言うところよね。余計にダメージを与えてくれたわね)
「あんたに普通を語られたくないわ。少しは自覚しなさい。レモンって覚えやすくてとっても良い名前じゃない? 私からすると羨ましいくらいだわ。私の名前なんて漢字で書くと絶対読み方間違えられるもん」
(アキって読めそうなのにアクって読むものね。フフッ)
「笑うな。これを機にあんたも私を亜来って呼んで。いつまでもお前って呼ばれたくないし。私もレモンって呼びたいわ」
(えーっ、チビちゃんって呼びたい)
駄々をこねるレモン。
「それも腹立つからやめろ」
(フフフッ、まあいいわ。よろしくね、亜来)
「こちらこそよろしくね。レモン」
そんな訳で想定し得なかった、私と魔女、もといレモンとの間に奇妙な関係が芽生えたのだった。
「壁まで着いたけど、本当にここで合ってるの?」
色んな車の玩具を踏みに踏みまくって、ようやく辿り着いたピンク色の壁。
玩具箱そのものが大きな一つの家で構成されているとレモンに教えてもらった。私が今いるエリアも数ある部屋のうちの一つだとしたら、違うエリアには違う玩具があると見ていいだろう。別の部屋へ移動する手段はドアを開けて廊下に出て……なんて手段は小人一匹では到底無理。一応、玩具を積み重ねてドアノブを回す、という手段があるけど時間が掛かる上に絶対に巨人に発見される。
なんの変哲もないピンクの壁だがレモンはどうするつもりなんだろう。
(壁に触ってみて)
言われた通りに触れてみると………壁に模様が浮かんで私の大きさに合わせたドアに変わった。
(後は分かるでしょ? それで奥に進みなさい)
ドアノブを回して開けると、隣の部屋が見えた。
私がそのまま奥に進み、隣の部屋へ侵入するとドアは元のピンク色の壁に戻っていた。
「すごいわ、レモン。こんな魔法も使えるんだ」
(まあね。でもだいぶ消耗したわ。いつもなら何の造作もない魔法なのに)
確か飯島は壁抜けみたいなことをやってたけど、レモンは壁にドアを作って進むのか。
(壁抜けすると思った? あれは消耗が激しいから無理よ。ワタシはしばらく休むから亜来は着替えを探して)
着替えって……あっ、ここが人形エリアか。
色んな大きさの人形やぬいぐるみが視界を埋め尽くす程散らばっている。
それだけ聞くとメルヘンチックな部屋を想像するけど残念ながらここは玩具の墓場。
体の何処かしらが欠損した人形や縫い目が裂けて綿が飛び出したぬいぐるみが床を埋め尽くすぐらいには散らばっていて、車の玩具のエリアでも見かけたタワーはこの部屋にもあった(気のせいか、さっきのエリアよりも多いような…)。
それも人形が何百体も積重って出来ているものなのでさっきのエリアのタワーを遥かに超える不気味さで吐きそうなくらい気色が悪かった。
ここを早く抜け出さないと私が狂ってしまいそう。
これを製作者(恐らくはさっき私達を探しに来た巨人)はアートだと言い張るのだからほんとうにイカれてる。
「レモン。どんな服がいいと思う?」
当然、着せ替え人形も多く散らばっていて服には困らなさそうなので一応、聞いてみる。
(青かの寒色、又は黒色の目立たない服。無ければ黄色以外。スカートはダメ。サイズが違うと動きにくいから出来るだけ合わせて)
簡単そうで難しいリクエストだった。
それもここのエリアの着せ替え人形は見る限り女の子の人形しかなく、どれもこれもスカートを履いている。そして、必ず何処かしら破けていて、中にはパンツしか履いてない人形やらスッポンポンの人形やらでまともに探そうとすると確実に狂う。
ここは人形の顔をなるべく見ないようにして探す方がいいと思う。そうでもしないと精神を保てない。
「……中々見つからない」
精神的に疲れた私は大きな猫のぬいぐるみの上でうつ伏せに寝転がって休憩していた。うつ伏せなら周りを見ずに済むしね。
探索のためにしばらく歩き回ったけど、条件にあった服は見つからずに精神が疲弊する一方だった。合間にこうやって休憩を挟まないとおかしくなっちゃう。
そもそもとして現在の私の大きさは五センチ程度。
ここらに散らばっている人形はそれらの倍以上の大きさのモノばっかり。
同じくらいの大きさの人形を探す方が難しい。
頑張って見つけてもそれらはスカートだったり、黄色とかの暖色だったりするから余計に私の精神を削ってくる。
一つ幸いなのは、これだけ足場の悪いエリアを探し回っても体力自体は全然尽きないこと。
レモンの体力が凄いのか、それともそういう構造になっているのかは知らないけど。
ぬいぐるみってくっついてるだけで何故か落ち着くのよねぇ。それはこんな変な世界でもおんなじかぁ。
小折と一緒にテディベアに背中を付けて寝てて凄く落ち着いたのよね。あの時の私、色々あって荒んでいたから。
小折、元気にしてるかなぁ。
時間的には一日ぐらいしか経ってないはずなのに色々あり過ぎて、遥か昔のように感じてしまう。
栞が私と小折を引き離すために、小折は栞の友達に渡されたんだっけ。大事にされてるといいんだけど。
小折も最初は意地悪な巨人だったけど、小さくされたせいか、ただの可愛いヤツになったなぁ。
私より一回り小さくされたのも原因かも。
今の私って小折ぐらいの大きさなのかぁ。
一応は栞の姉で成人していて、胸も大きい大人の女性だったのに。
今にして思えば私サイズのTシャツとパンツだけ着て、そのパンツをセロテープで固定ってかなり危険な格好してたなぁ、小折。
状況が状況なだけにあんまり意識することはなかったけど、あんなセクシー寄りの格好でも小人だから可愛いで済まされるからね(私も可愛いという感想だった)。
私を小さくした元凶のレモンでさえ、小さくなったらただの可愛いクソガキだもん。
小さいイコール可愛いは結構成り立つもんなのね。
私だって小さくなって初めて可愛いって言われたしね………殆どが舐められてる意味合いだったけど。
そんな感じで物思いにふけっていると……。
(ふあぁあ、おはよう。ん、あれ? まだ見つけてないの?)
レモンが目を覚ました。
「あんたの要望が厳しくてね。全然見つかんない。今は疲れて休憩中」
(スカートばっかりだもんね、ここ。もうアイツの認識も解けてるはずだから見つけられるのも時間の問題。あんまり使いたくなかったけど仕方ない。亜来、そこらの青とか黒の布を適当に四、五枚集めてきて)
「えっ、適当でいいの?」
(うん。スカートでもパンツでも何でもいいから集めてきて)
「分かった」
精神は疲弊してても体力は存分にある。
すぐにぬいぐるみから降りて探索開始。
そんな訳で『人形を追い剥ぎする』という背徳行為を繰り返して集まったのが黒い靴下の片方、破けた紺色のスカート、藍色のワンピース、紫色のパンツだった。
「……相手が人形だとはいえ、この行為にちょっと罪悪感を抱いたわ……」
(いいんじゃない? 所詮は玩具で無機物だし。もう時間もないし、とっとと始めるよ。亜来、集めたモノを纏めて。適当に積み重ねるだけでいいから)
一番大きな藍色のワンピースを下にして、そこからスカートと靴下とパンツの順に置いた。
「これでいい?」
(いいわ。じゃあ次に全部脱いで)
「うん、全部ね……ってえっ、全部脱ぐの!?」
(当たり前でしょ。亜来は着替えるときに服を脱がないの?)
「いや、脱ぐけど……」
(じゃあさっさと脱ぎなさい。誰も見ていないのだから恥ずかしがる理由なんて無いでしょ。そもそもワタシの体だし)
「あっ、それもそうよね」
ドレスとキャミソールとパンツをなんの抵抗もなく、脱ぎ捨てた。私の体じゃないからなんにも気にする必要ないし。恥じらっていた私がバカみたい。
(……なんか納得いかない)
レモンが何故か不満気だった。言われた通り脱いだのに。相変わらずよく分からないヤツね。
(……脱いだものは離れた場所に置いてね。混ざってしまうから)
混ざる……?
どういう意味だろ。
今は気にしてもしょうがないか。
少し離れて、脱いだものを置き、元の場所に戻る。
(はい、じゃあ纏めたモノの上に立って……そうそう、じゃああとはちょちょいのちょいっと……これで完成)
「えっ、もう? いつの間に!?」
上着は藍色のブラウスは少し大きめで膝ぐらいまであって裾に黒いフリルが着いてて可愛い……所々が破れているけど、あえてそうしているのだと思う。
そしてズボンは……えっ、ズボンは?
「あの……レモンさん?」
(なによ、畏まって)
「ズボンどころかスカートすらも履いてないんだけど、これはどういう……」
一応、大きめのブラウスがコートみたいになっていてパンツは隠せてはいる。
(……えーっとそれには理由があって……)
「なに、素材が足りなかったとか?」
(いや、素材は充分。だってフリルとかソックスとか頭のリボンとか用意できたもの)
そういえば片方だった黒い靴下は短くなって両足に履いてるし、頭に紺色の無駄に大きなリボンも付いている。しかもそれぞれに無駄にフリルも着いてるし。
ブラウスには大きな花びら(なんの花かは知らない)の模様が付いているし。
「じゃあどうして?」
(……笑わないで聞いてくれる?)
「うん。今の所、笑う要素ないし」
(……ズボンが上手く創れなかったの)
「えっ、見たことないとか? まさか――」
いつだったか覚えてないけどレモンがショートパンツ履いてた記憶あるし。
(それはない。見たことあるし、履いたこともある。でも今の状態からは創ろうとすると頭の中が何故かスカートで埋め尽くされるの。それで思い出したの。ワタシ、この方法でズボンを創ったことがないし、見たこともない)
「魔法で創ったことがないなら分かるけど、見たことがないって? あんた以外にも使えるやつがいるの?」
(……ワタシの魔法は大抵見様見真似で使っている。主にアイツから盗み見てね)
「なんかさらりと凄い事してない? 見るだけで覚えて使えるようになるとか」
(ワタシ、天才だもん)
「はいはい、認めるわ。あんたは天才よ」
私を苦しめる天才という意味だけどね。
そんな事情とは裏腹にレモンはえへへと照れていた。
ちょっと新鮮かも。
見方を変えれば巨人は、レモンにスカートとかワンピースとかブラウスとかは創って着させていたけど、ズボン系は着させなかった、と。だからレモンはズボンの創り方すら知らないということになる。
レモンがスカート嫌いになる原因としては充分か。
レモンは私に進む方向だけ教えると扉を創るのに必要な魔力を蓄える為に再び眠りについた(魔力って眠るだけで回復するものなのか)。
衣服探しに出鱈目に歩き回ってしまい、方向感覚が分からなくなっていた私にとっては行き先を示してくれるだけでも充分だった。
あとはその方向へ真っすぐ進むだけでいいのだから。
ドレスから着替たおかげで多少は動きやすくなったけど、ここは人形エリア。
足元に転がった人形をなるべく踏まないように歩き、それが無理ならなるべく音を立てないように足場にする。
レモンが眠っていて私は無言で一人、ただひたすら進む。
その状況のせいか余計に意識してしまうことがある。
……誰かに見られている気がする。それも複数。
恐らくは人形の視線と思われる。
さっきは着替え探すのに夢中で全然意識していなかったけどここは壊れた人形だけの薄暗い大きな部屋。
一般的なホラーハウスを悠々と越えるガチのホラールームなのだ。
数百、数千ある人形の部屋の中で生きているのは小さな私一人だけ。
こんなおかしな世界だからどの人形も突然動き出してもなんら不思議でもない。
普段の私なら足が竦んで前に進むことが出来なかったと思う。魔女の体になった影響か、不思議と恐怖はそれほど感じなく歩けてる。
今までの所業から考えて、この程度で怖がって泣き出すようなヤツではないからね。
レモンの狡猾さも今だけは欲しいかも。
それと忘れちゃいけないのは巨人に使った魔法はもう解けて、いずれ彼女が私を探しに必ず来るということ。
さっきと違ってここは人形だらけの部屋だからそれらに紛れればいい(その為にレモンは敢えて服を所々破けてると思うし)。
レモンの魔力が回復するまで見つからなければいい。
出来るならその前に玩具箱を脱出するのが一番だと思う。レモンは次の壁を抜けたらそのまま外へ出られると言っていた。ゴールはもうすぐだ。
とにかく急がなきゃ、と目の前の人形の山を登ろうと人形に触れた瞬間だった。
何かに手を掴まれ、山の中に引きずり込まれたのは。
読んでいただきありがとうございました。




