交響楽団の章〜第8話
剣が空間を切る音や騎士たちの足の運び、その全てが、オーケストラの一部のように、支配されていた。わずかなタイミングのずれも、その意識から外れることはない、
絶対的な指揮の下に全てがあった。
長い詠唱が始まる。
とっさに騎士団全員がぞくりと、気配を感じたかのように飛び去った。
「遅い」
飛び去る騎士のひとりが、絶望に足首をつかまれた。
ふるりと、手を踊るように振った。
「交響楽第三章」
「人形」
爆風が出現した。
言葉からあふれる衝撃波が騎士をその内部からめちゃくちゃに破壊する。血の涙がよだれのようにあふれだして、糸の切れた人形のように、前のめりにその騎士は倒れた。
「アラゴナイト」
ゆるりと返り血を浴びて、悪鬼のように絶望が歩く。
絶叫を上げ、ジャスパーさんが弦の上から連続で狙撃した。弾丸は寸分たがわず絶望の眉間へ吸い込まれた。
降りしきる雨の中、左手の爪がうるさそうに、それをはじく。
瑠璃さんと琥珀さんが、剣を鞘におさめ、地面を這うような低い姿勢から、光のような剣閃が瞬く。
「ほぉ、居合か!!」
絶望を中心にして、二人が一瞬で交差する。圧倒的な斬撃だった。
けれども、鉄壁の防御が、それすらも凌駕した。
そのまま二人の剣は折れ、振り返った二人は首筋をつかまれ、力任せに地面に叩きつけられた。
石畳の中へめり込み、それでもなお、瑠璃さんがもう一本の剣を投げつけるようにして、心臓を狙う。
その時には一人の体は、もう動かなかった。
「琥珀」
無慈悲な声が上がる。
反転し、鞘ごと、体を叩きつけた。剣が至近距離から、再び狙いをつける。
絶望の爪は、その体をあっさりと貫いた。
「瑠璃」
燃え盛る炎が、詠唱に合わせ城の全てを焼きつくそうと、一瞬で広がろうとしていた。
そんな、みんなが……もう、このままじゃあ
その時塔の中腹から、誰かが飛び降りるかのようにして
絶望に飛びかかった、あの大剣、黒い髪の毛。クリソコアさん!?でもあの体は? 体が幻想に包まれ、亡霊のように頼りの無い姿だった。
炎の中、絶望に大剣を振り下ろす。
「クリソコア、交響楽に導かれ、死の狭間で迷ったか」
「お前ももう、一度死んだ人間だろう。そのまま、ここで消えてゆけ」
冷たく響く絶望の声。
「交響楽第四章」
「螢火」
炎が一段と濃くなった。何もかもを焼きつくすかのように、オーケストラの響く城の上で絶望が、果てしなく笑う。嘲笑する。哄笑する。
何もかもを消し去りながら、たった一人で奏でる孤独なオーケストラ。
気が狂ったかのように、声は響き続け、全てを飲みこもうとしたそのときに。
「よう……」
陰気な笑みを浮かべて絶望が笑う。
「遅かったじゃないか」
静かな弦の上を歩くようにして、誰かが一歩ずつ足を進めていた。
もうその傷跡は癒えたのだろうか?
「お前が、うるさいからな、ゆっくり眠ることもできないようだ」
静かな声があたりに木霊する。
鬼のような形相で、トパーズ隊長が、弦の上をゆっくりと歩いていた。
僕の心の中にわずかな安度がこみあげてくる。
ああ、でもあの姿は?ジジっとした鈍い音がして、姿が揺れる。
クリソコアさんと同じで、体がどこか幽霊のようにおぼろげに霞んでいた。
「トパーズ!だめじゃぁないか、指揮監が最前線に出てくるなんて、兵学校で習ったことをもう忘れたのか?」
そんな言葉に答えもせず、ふらりと刺突剣を抜き放ち、静かにその場に立った。虚ろな目が、失ったものの大きさを語る。
爪が交差し、剣をたたき落とす。それでも、突進を止めるところまでは至らない。
怒りに燃えるトパーズ隊長の目はもう以前とは同じものではなかった。あの女の子と同じように、憎しみと失ったものに飲みこまれ、どこか人の形を外れ出していた。
絶望の呼び出した、炎がトパーズ隊長の身を焦がし、鎧の表面に燃え広がった。
焼ける手のひらが、壁をえぐりながら絶望を追う。
「炎、そんなに炎が憎いかトパーズ、その姿、お前の憎しみを表すかのようだぞ」
「黙れ!!」
穿たれる拳は、そのまま城の一角を削り、地面と壁に、溝を作った。
いくつもの戦いで、足場を失いぐらつく尖塔の一つが、轟音を立てて、そのまま落下した。
雨の音に煽られて、街の全てが楽器のようだ。
「この街をこれ以上、滅茶苦茶にはさせない!」
「お前の存在が不協和音だ!」
二人が同時に叫んだ。
絶望の左手に炎が宿り、そのままトパーズ隊長にそれをぶつけようと。
「遅い!」
その左手をトパーズ隊長がそのまま殴り返し、絶望は壁まで押し飛ばされた。衝撃で壁に叩きつけられる。
ゴッと骨が砕ける音がした。両の手を、トパーズ隊長が、拳で打ちつけそのまま焼き切った。
「お前が、何もかもを!!!」
泣き叫ぶかのようにトパーズ隊長が声を上げる。
振りかざす拳で、そのまま殴り、吹き飛ぶ絶望に追いすがり首を抑え、馬乗りになってさらに殴りつけた。
両手を焼かれ、顔を殴られ、のどを焼かれた絶望が痛みを越えて獣のような、悲鳴を上げる。
「交響楽第五章」
「悲槍!」
弦が再び姿を変えた。槍のように突き出し、一直線に、トパーズ隊長の体ごと、あたりの物を突き刺し貫いた。
それでも手は絶望の喉から放そうとしなかった。絶望の上に馬乗りになり、子供の喧嘩のように拳を振り下ろす。
お前が、何もかもを……
鈍い音が続いた。殴られるたびに、骨が砕け、皮膚が焦げ落ち、肉が焼ける。
今にも息絶えそうな絶望がふらりと焦げた瞳で、空を見上げた。
痩せこけた両手を、上空に突き出し、叫んだ。
「か、管弦楽章再開、第六弦、十五弦、七十七弦解放!!」
トパーズ隊長がそのまま顔を殴り倒した。軟骨が折れたのだろう、鼻血が滲み、飛び散った。
「第二弦、八十二弦、七百七十七弦、強制解放、そこから派生する弦もすべてだ」
叫ぶ絶望の両腕をトパーズ隊長がさらにつかみ、そのままゴキリと捻ったへし折る。
絶叫が上がった。それでも指揮の叫びを止めはしない。
「交響楽第六章」
「幻想!」




