交響楽団の章〜第7話
女の子の体がゆっくりと崩れた。僕の手の中でくたりと。
灰になったくらやみと同じように、がゆっくりと溶け、散り散りの粒子となった。
灰はそのまま、風になびき、その後にどこかやさしい旋律を残し、音になった。
塔の向こうへと消えてゆく。
ああ、なんだこれは。
なんでこんなことになるんだよ……
「どうしてだよ、なんで上手くいかない、なんで消える。何が起きているんだよ!」
思い切り、石畳を拳でなぐりつけた。
「なんだよ、このふざけた音楽は」
鳴りやまない音に、八つ当たりをする。何かに猛烈に腹が立っていた。
うまくいかない、幸せになれないそんなことに、ひどく。
僕とジャスパーさん、それから結晶のいる場所に、雪のように音が降り積もる。地面に触れるたびに微かな音が聞こえる。
女の子の言葉を最後に何か聞いたと思った。けどそれはとても小さく、僕には正確に聞き取ることができず、ただ意味のない雑音になるだけだった。
ああ、どうして、こんなことに。
「交響楽の始まりだ」
「死者を音へと変え、お前は何を求めるんだ」
散り散りになった女の子の音が響く中で、ジャスパーさんが静かにそう呟くのが聞こえた。
「あいつの、あの指揮が始まるときに。人が音になる」
「いったい何なんですか?!何か知っているのですか?」
思わず詰め寄ってしまう。
「俺たちはみな、この街の出身なんだ」
ジャスパーさんが静かに言った。
この街で生まれて、弦の音と共に育った。
昔からよく、弦を読んだり使ったりしてな、いつかはこの上を走って街中を駆け廻る、最高の弦の使い手になるんだって夢見てた。
「特に、その辺が上手かったのは、トパーズ隊長と、絶望だ。二人は同期でなどっちもひどく優秀だったよ」
ジャスパーさんはそのころ騎士団に?
「ああ」
「トパーズが入隊してきたのもそのころだ。こっちもあっという間にのし上がっていったな
懐かしそうに笑う。
けれどもすぐに表情は陰る。
俺達が、まだ仲良かった最後の年の科芸祭で、絶望は古代弦の謎を解明したと言った。教徒が信仰の対象としていた城や弦だ。加えて、その原理や実験的な古代の器具を使って、壮大な音楽祭を開くといったよ。
それが、五年前の科芸祭なのですね
そうだ。
そして結果は、暴走する魔導、人知を超えた力が吹き荒れ、何もかもがめちゃくちゃになった。復興なんてもう無理だと思ったよ。
けど街はまた立ち直る。ちぎれた弦は張りなおせばいい。
何度でも弦は蘇るんだ。
静かに、そして深く強くジャスパーさんの決意に触れた。
「今度はもう、ためらいはない、大勢の人を音にする。あいつは自分の理論のために全てを犠牲にするのだろう」
もうこうなったら、どこにいたって一緒だ。それならせめて自分の目で、何が起きているのかを確かめて行こうと思った。
城の階段を一歩ずつ駆け上がった。
朽ち果て書けた石畳み、戦闘の音、戦いは騎士団の圧勝だった。
教徒はほとんどが駆逐され、その場に倒れ伏していた。眼をそらすようにして前へ進む。
壊れかけた城門を抜けて、上に進むと、開けたテラスのような場所へと出た。
「気をつけろよ。あいつらどこから沸いて出て来るか、わかったもんじゃないからな」
「うん」
結晶と僕はゆっくりとあたりに気を配りながら進む。上空の霧が再び集まる。城は崩れかけ、蜘蛛の糸のように弦があちこちから張りだしている。
城の尖塔から教徒たちが変異した弦が無数に絡み一段上に足場を作る。
ここから見ても、豆粒のようにしか見えない。それぐらい上層に。
そこに絶望がいた。
周りを取り囲むのは騎士団だろうか?降りしきる雨が弦を伝い、あちこちに滴る。ぽつり、ぽつりと終末への時間を刻むかのように。
剣を目の前に立て、絶対防衛〝門〟の構えを取り、不安定な弦の上で、四人の騎士が絶望を取り囲んでいた。
「これで、終わりだ」
「残るはお前一人」
「処刑」
「処刑」
「処刑」
「処刑」
口々にその言葉が、空を突き刺し、冷たい声が、驚くほど大きく夜空に響いた。
琉璃
琥珀
エメラルド
アラゴナイト
「懐かしい面々だな」
「サファイアとダイヤモンドはもういない」
絶望が静かに言葉を返す。
「下にいるのはジャスパーか?トパーズは総指揮か、相変わらずだな、職務に忠実で生真面目なやつだ……ははは」
ははは、懐かしいな、面子がそろうのか。この音楽を前にして。
絶望を取り囲む円陣が少しずつ狭くなる。雨に濡れ、水滴が滴り落ちる弦の上で、ものすごい殺気が交錯するようだ。その時、門の構えが解かれた。
「来いッッ!!!!!」
その言葉と同時に、ジャスパーさんも含めて全員が動いた。
飛翔する弾丸と、同時に突き出された六本の刃をかわすようにして、絶望が弦を蹴り、高場から飛び降りる。それを追うようにして、騎士団も全員が、足場を蹴った。
揺れる弦が前奏のように音を奏で、震えるその姿が霧の上にその姿が映し出された。
超高速で落下するその後を、それぞれが最短経路で絶望を追った。
騎士団は再び絶望を取り囲もうと、全員が同時に構えをとる。
跳ねた絶望が、落下しながらその包囲網を抜ける。かすめる銃弾が爪に弾かれ、火花が上がった。蹴飛ばされる弦が不規則に揺れ、次々と音を出す。
「もうすぐだなぁ!もうすぐだよ」
「何もかもを音に変えてやる、何もかもをだ!!!!」
楽しいのか悲しいのかよく分からないまま叫ぶ声。
その間にも、城から鳴り響く交響楽がより一層その音を強めて行った。
倒れた兵士達や教徒の体が、白く輝き、女の子と同じように、何もかも音に変わり飲みこまれていく。
どんどん音は重なり、重厚な和音へとその姿を変えていった。
暗くよどみ、雨に濡れた弦の街で、世界のすべては形を変えて、僕の知らない何かが始まろうとしていた。
散開する騎士たちは、一定の距離を置いて絶望の動きを警戒するかのように、剣を繰り出す。
二人一組になり、二つの組が、お互いの動きを補完するかのように
隙を減らし、絶え間なく。
鋭く振りまわされた、震える切っ先がのど元を掠める。もう一人が軽やかにその剣の上に飛び乗り、さらなる追撃をかける。
初めて絶望が両手を防御に回した。全方位に気を配り、襲い来る刃を防ぎきる。双角の構えを発展させたかのように、両手をだらんとさげていた。
僕らはその動きを横に見ながら、塔を登ったジャスパーさんの後を追った。
〝狙撃〟するなら、高所からのがいい、きっとそういうことだ。
塔の窓から外を見れば、怖ろしい速度で、恐るべき細さの弦の上で戦いが繰り広げられていた。
絶望の前後から、表刃と裏刃が交差するかのように迫る。受け止められる刃と同時に、残りの騎士が弦を蹴った。
数では圧倒的に有利な状態だ。それでも。
「交響楽第二章!!!!!!!!」
冷たい声が響き、何か嫌な気配が街を覆った。
「月光!!」
倒れ伏した数名の教徒が、弦へと姿を変えた。無数の弦が爆発するかのようにして一瞬に広がり、夜のように、あたりの壁を貫いた。
二人の騎士が広刃剣と細身の剣を構えた。
「屋根の構え~疾風」
「愚者の構え~虚空」
無数の弦を越えて、二振りの刃が絶望を目指す。
それも無駄に終わった。
「退け、冥府の王が〝通る〟のだ!」
何事もなかったのように弦を従え、絶望が悠然と歩を進める。
絶望の前に立ちはだかった騎士の一人が、雨のように広がる弦の先端を避けきれなった。何重にも折り重なった、弦がその身に降り注ぐ。
弦はその一人の騎士の体を貫通した。何本も、何本も。
「がふっ、がっ、がっ、あっ、あっ、あっ」
鈍い音を何度も立てながら、血を吐き騎士のひとりがそのまま動かなくなった。
「エメラルド」
絶望の声が響く。
顔色一つ変えない騎士たち、けれどもその気迫が一段と上がった。
殺意だ。
再び陣形を組み、絶対的な相手に対峙する。
踏み出す、音。全方位から、剣を振るう、音。
絶望は突き出された剣をねじるようにかわし、背後から切りつけられた、刃を見もせずに受け止める。




