第二十五話|ちょこっと味見係、逃走禁止!
キッチンには、キャラメルとトマトをじっくり煮込んだ甘い香りが満ちていた。
琥珀色のソースが鍋の中でふつふつと泡立ち、まるで溶けた夕焼けのように揺れている。
筱月は袖をまくり、木べらをくるりと回しながら、期待を込めた眼差しで振り返った。
「曉雨——味見して。もうすぐ出来るよ。」
リビングのほうでは、曉雨がまるで寝起きの小動物のように、厚手のアイボリー色のブランケットを羽織り、もこもこのスリッパを履いて、ぼさぼさの髪のまま顔をのぞかせる。
「こんな遅くに何作ってるの……」
ぶつぶつ言いながらも、足は正直にキッチンへ向かっていた。
「はい、あーん。」
筱月は温かいソースをひとすくいし、ふうっと優しく息を吹きかけてから、彼女の唇元へ差し出す。
曉雨は素直に口を開け、舌先で味に触れた瞬間、ほんの少し眉を寄せた。
「うーん……ちょっと酸っぱいかも。」
「へえ?」
筱月は甘くとろけるような声で笑う。
おたまを下ろすことなく、不意に身を乗り出し、曉雨の唇に軽くキスを落とした。
蜻蛉が水面をかすめるような、一瞬の触れ合い。
曉雨は固まる。
心臓が、触れられた温度に驚いたみたいに跳ねた。
「じゃあ、“砂糖”を足そうかな。」
筱月は片目を細め、ゆっくりと自分の下唇を舌先でなぞる。
その視線はいたずらっぽく、まるで「私が甘いでしょ?」とでも言いたげだった。
「もう……やだっ!」
曉雨の顔は一瞬で真っ赤になり、耳まで染まる。
ブランケットをぎゅっと握りしめ、驚いたウサギのようにくるりと背を向け、リビングへ逃げようとする。
「どこ行くの?」
筱月は笑いながら、空をつかむように手を伸ばす。
「まだ味付け終わってないよ。
うちの“試食係”は逃走禁止。」
あたたかな灯りの下で、二人の笑い声が重なる。
鍋の中のソースは相変わらず、ことことと優しく泡立ち続けていた。
まるで、その甘さまで少し増したかのように。




