第十五話|曉雨の生理|筱月の生理
――曉雨の場合――
**曉雨**はこっそり部屋から抜け出した。
明らかに怪しい足取りだ。
目的はただ一つ——アイスクリーム。
けれどタイミング悪く、今日はちょうど生理中。
もし**筱月**に見つかったら、きっとあの“悪魔みたいなくすぐり攻撃”が待っている。
それでも、冷たくてなめらかなアイスの誘惑には勝てなかった。
そろそろとキッチンへ。
冷蔵庫を開ける。
——ない。
アイスの容器が、一つもない。
その瞬間、世界が崩れ落ちた。
目にじわりと涙が浮かぶ。
そのとき、背後から声がした。
「小雨、何してるの?」
びくりと震え、ゆっくり振り向く。
腕を組んで立つ筱月。
口元には意味深な笑み。
捕まった子どもみたいに慌てて後ずさり、そのまま部屋へ猛ダッシュ。
ベッドへ飛び込み、布団でぐるぐる巻き。
——これで防御完了。
の、はずだった。
ゆっくり入ってくる足音。
にやりと笑う筱月。
布団が一気にめくられる。
「逃げられると思った?」
指が脇腹へ。
「きゃあああ!」
くすぐられて身をよじる。
「月!やめて!ごめん!降参!」
笑いながら必死に謝る。
「アイス食べようとしたよね?」
耳元でささやく。
お腹にそっと手が触れると、曉雨は反射的に丸くなる。
「だ、だって……なかったし……」
涙目で訴える。
筱月はくすりと笑う。
——最初から補充していなかったのだ。
反応を見るために。
「生理中ってわかってるでしょ?」
再び脇をくすぐる。
「ごめんなさい……小食いしん坊です……」
情けない顔に、心がふっとやわらぐ。
くすぐる手を止め、抱き寄せる。
「アイスは終わったらね。」
小さく頷く。
「終わったら……食べていい?」
期待で潤んだ瞳。
筱月は笑う。
「終わったら、一番おいしいの買ってあげる。」
その瞬間、曉雨の顔がぱっと輝く。
さっきまで泣きそうだった子が、もう笑っている。
——ほんと、単純。
でもその笑顔を見ると、つい甘やかしたくなるのだった。
――筱月の場合――
**筱月**はソファに横になっていた。
顔色は少し悪く、眉間に薄くしわ。
生理中の鈍い痛みが、じわじわと体を締めつける。
目を閉じ、静かにやり過ごそうとする。
足音。
目を開けると、**曉雨**がそっと近づいてくる。
「曉雨……今ちょっとつらいから、一人にしてもらえる?」
言ってから、すぐ後悔する。
髪を撫で、声を柔らげる。
「ごめんね。少し休むだけ。」
曉雨は何も言わず、静かにうなずいて離れた。
気づけば、眠っていた。
目が覚める。
テーブルの上に、整然と並ぶもの。
ホットココア。
温かいぜんざい。
鎮痛薬。
チョコレート。
カイロ。
一瞬、言葉を失う。
——全部、あの子だ。
冷たくしてしまった相手が、こんなにも。
指先でココアに触れる。
温かい。
胸まで、じんわり温まる。
「ほんとに……」
小さく笑う。
寝たふりをしていると、再び足音。
袋を持って戻ってきた曉雨。
ナプキンを種類別に並べている。
「夜用……多い日用……これ好きだよね……」
小声でぶつぶつ。
その真剣な横顔に、胸が熱くなる。
そっと目を閉じる。
だが、口元の笑みは隠しきれない。
タオルを持って戻ってきた曉雨が、額をそっと拭く。
その瞬間。
「重病扱い?」
目を開ける。
「え!?起きてたの!?」
赤くなる顔。
頬をつまむ。
「救急セットみたいに並べてたね。」
「だって……楽になってほしくて……」
小さな声。
腕を引き、抱き寄せる。
「あなたがいるだけで、もう十分。」
肩に顔を埋める曉雨。
「心配しただけなのに……」
「ありがとう。」
耳元でささやく。
静かなキス。
短く、やわらかい。
「ほんとに、愛してるよ。」
「小笨蛋って言わないで。」
「それは愛称。」
「ずるい……」
小さく笑う。
曉雨が優しくお腹をさする。
「まだ痛い?」
「平気。」
目を閉じ、寄り添う。
灯りはやわらかく、部屋は静か。
痛みも苛立ちも、この温もりの前では小さくなる。
ただ、二人分の鼓動が、ゆっくり重なっていた。




