第十四話|良い子はもう寝る時間です。
斜めに差し込む陽光が、キッチンを淡い金粉のように染めていた。
まだ仕上げ途中のケーキの上に、やわらかく光が落ちる。
空気にはバニラとバターの甘い香りが溶け合い、まるで光さえも柔らいでいるようだった。
**筱月はカウンターに立ち、パレットナイフをくるりと回しながら、生クリームを均一に塗り広げていく。
唇の端には穏やかな笑み。
これは曉雨**へのサプライズだ。
あの澄んだ瞳が甘い驚きで輝く瞬間を、思い描いていた。
ほんの少し席を外しただけだった。
戻ってきたとき、キッチンには小さな影が増えていた。
曉雨がこっそり入り込み、ケーキを前に真剣な顔で立っている。
「一口くらい……大丈夫だよね。」
そう心の中で言い訳しながら、そっと指先でクリームをすくい、ぺろり。
甘い。
思わずもう一度。
ドアのところで、筱月は黙ってそれを見ていた。
鼻先がケーキに近づき、口元に白い跡をつけ、きょろきょろ周囲を確認する姿は、まるで悪さをする子猫。
胸の奥がくすぐったく、温かくなる。
音もなく背後に近づき、細い腰に腕を回した。
「きゃっ!」
小さく跳ねる。
スプーンが金属音を立てて落ちる。
「なにしてるの?」
耳元でささやく声は、笑いを含んでいる。
「悪いことしてる顔、してるよ。」
「してないもん! 見てただけ!」
必死に否定するが、頬は真っ赤。
「ほんとに?」
顎を指先で持ち上げ、口元のクリームを見つめる。
「これ、ケーキが自分から入ったの?」
言葉に詰まり、潤んだ目で見上げる。
筱月は問い詰めない。
ただ向き直らせ、その甘い唇に口づけた。
一瞬、世界が静まる。
やわらかく、それでいて逃がさない口づけ。
舌先で残った甘さをすくい取り、そのまま呼吸ごと奪う。
曉雨は震え、抵抗しかけて、すぐに力を失う。
唇の温度に溶ける。
甘さが広がる。
クリームだけではない、互いの気配が混ざる。
指先が腕にしがみつく。
逃げたいのか、求めたいのか。
その境界が曖昧になるころ、筱月はふっと離れた。
潤んだ目。
赤い頬。
わずかに腫れた唇。
無防備すぎる。
視線が、隣の絞り袋に落ちる。
微笑む。
「そんなに甘いのが好きなら……今度は、私があげる。」
軽々と抱き上げ、カウンターへ座らせる。
驚きの声を、再び唇で塞ぐ。
空いた手が腰へ。
「ちょ、ちょっと……」
「大丈夫。」
優しい声で、逃がさない。
絞り袋を押すと、冷たい白が鎖骨に落ちる。
「つめた……!」
舌がすぐにそれを追う。
温度差に身体が震える。
甘さと熱が混ざる。
呼吸が乱れる。
指先が髪を掴む。
拒む言葉と、求める身体。
陽光は静かに差し込み続ける。
ケーキはまだ未完成のまま。
甘い香りの渦の中で、ふたりは溶けていく。
場面は寝室へ。
白い肌に残る甘い痕。
覆いかぶさる影。
唇が、ゆっくりと辿る。
細かな震えが伝わる。
呼吸が重なる。
「もう……だめ……」
甘い声。
耳元で、ささやく。
「いいよ。」
その言葉と同時に、深く沈む。
身体が弓なりに反る。
声がこぼれ、やがて力が抜ける。
抱き寄せながら、静かに告げる。
「あとで、ちゃんときれいにしてあげる。」
甘さの余韻が、まだ消えないまま。




