第十三話|作者と曉雨、筱月のやり取り
朝の光が薄いヴェールのように、リビングのソファをやさしく包み込んでいた。
羽玥は眠そうに目をこすり、歯ブラシをくわえたまま洗面所から顔を上げる。水道の音がしゃらしゃらと響く中、ふと視線が止まった。
ソファの隅に、**曉雨**が丸くなって眠っている。
半分ずり落ちたブランケット。額に貼りついた乱れた髪。
呼吸は浅く、規則正しい。
「……またここで寝たの?」
小さく眉をひそめ、そっと近づいてしゃがみ込む。
完全に眠っている。頬はほんのり赤く、鼻先が呼吸に合わせてわずかに動く。
羽玥は思わず笑った。
「ほんとに、ばかだなあ。」
まるで朝霧を抱き上げるように、慎重に彼女を腕の中へ。
曉雨が身じろぎし、まつげがふるりと震える。
ゆっくりと開いた天色の瞳は、霧の湖のようにぼんやりしていた。
「ん……羽玥……?」
声は綿あめみたいに柔らかい。
「うん。」
頬を指先でつつきながら、くすっと笑う。
「ソファで寝たら風邪ひくよ。咳して、鼻水出て、熱出して、苦い薬飲みたい?」
「やだ!」
すぐに唇を尖らせ、首にぎゅっと腕を回す。
「薬きらい……でも……」
視線が遠くをさまよう。
「なんであそこにいたんだろ……」
思い出そうとしても、夜空の星が瞬く光景と、月明かりの下でこちらを見る白い兎の姿しか浮かばない。
「すごく……長い夢、見てた気がする……」
声は小さく、やがてあくびに溶ける。
体をさらに押しつけるように抱きつく。
羽玥は苦笑しながら寝室へ運び、丁寧にベッドへ寝かせる。
毛布を一寸ずつ整え、足先まで包み込む。
髪をやさしく梳く指先は、春風のように静かだった。
立ち上がろうとした瞬間、衣の裾を掴まれる。
「羽玥……」
ぼんやりしているのに、どこか必死な目。
「……どこか行くの?」
胸がきゅっとなる。
「朝ごはん作るだけだよ。」
少し考えて、微笑む。
「それとも……一緒にもう少し寝る?」
曉雨は真剣な顔で悩み、やがてぎゅっと握る力を強めた。
「……一緒がいい。」
小さな声。
「そうしたら……変な夢、見ないから。」
羽玥は何も言わず、そっと横になる。
腕を回すと、曉雨は胸元に顔を埋め、深く息を吸う。
日向の布団みたいな匂い。
鼓動と呼吸が、ゆっくり重なっていく。
「……ありがとう、羽玥……」
夢の中の声のように軽い。
再び眠りへ落ちていく彼女を見つめ、額にキスを落とす。
「おやすみ、ばか。」
「ずっとそばにいるよ。」
同じ状況が、もし筱月だったら
まだ陽光が完全に差し込まないリビング。
かすかに苺の甘い香りが漂っている。
羽玥が裸足で歩み寄ると、ソファには銀白の長い髪が月光のように広がっていた。
**筱月**だ。
ブランケットもかけず、薄いシルクのネグリジェ姿。
普段の鋭さは影を潜め、迷子の子猫のように静かだ。
「筱月? どうしてここで寝てるの?」
そっと前髪を払う。
まつげが揺れ、ゆっくり目が開く。
霧のかかった瞳が、相手を認識した瞬間、いたずらっぽく輝いた。
「だって、あなたの執筆の邪魔したくなかったんだもの。」
唇が弧を描く。
「もしかして……心配してくれた?」
起き上がり、耳に髪をかけると同時に、指先が羽玥の唇に触れる。
軽く、からかうように。
「今日はずいぶん早起きね、作者さま?」
耳が赤くなるのを見て、さらに近づく。
「寝顔は天使、起きたら悪魔って顔してる?」
「……ほんとに。」
呆れた声に、筱月は楽しそうに笑う。
首に腕を回し、ぐっと引き寄せる。
「悪魔? 失礼ね。」
耳元でささやき、軽く触れるだけの甘い悪戯。
「動かないの? 照れてる?」
離れたあとも、視線は外さない。
「まださっきのこと考えてる?」
羽玥は顔をそむける。
「これ以上やったら、悲劇ヒロインにするよ。」
「へえ?」
一歩近づく。
「だったらもっと困らせてあげる。」
両手で頬を包み、まっすぐ見つめる。
「そんな優しい目で見られて、素直になれるわけないでしょう?」
そのとき、ようやく差し込んだ朝日が彼女を照らす。
純真と狡猾が同居した笑み。
羽玥は言葉を失う。
筱月は満足そうに笑い、
「おはよう、作者さま。」
と、甘く告げた。




