第十二話|※鬱展開注意|作者構想|舞台裏
窓の外では、針のような雨が絶え間なく降り注いでいた。
灰色の網のように街全体を覆い隠している。
**曉雨**が玄関の扉を押し開けたとき、まるで嵐に枝から打ち落とされた小鳥のようだった。
全身びしょ濡れ。髪は額に張り付き、水滴が毛先からぽたり、ぽたりと落ち、床に寂しげな跡を残す。
玄関の灯りは淡く、リビングは異様なほど静かだった。
聞こえるのは、紙の上を走る鉛筆のかすかな音だけ。
**筱月**はソファの端に座り、スケッチブックに何かを描いている。
扉の音に、わずかに顔を上げた。
「おかえり。」
それだけ。
声は平坦で、カーテンをかすめる風のように軽い。
そしてまた視線を落とし、描き続ける。
濡れた人影は、ただ通り過ぎる雨粒のようだった。
三秒。四秒。
不意に、鉛筆が止まる。
——あれは、ただ濡れているのではない。
完全に打たれ、冷え切った姿だ。
はっと顔を上げる。
視線が曉雨を捉えた瞬間、胸を強く握りつぶされたような感覚が走った。
「……どうしてこんなになるまで放っておいたの?!」
鉛筆を放り出し、駆け寄る。
指先が冷たい髪に触れた瞬間、自分まで震えた。
曉雨は首をすくめ、無理に笑う。
「平気だよ。急に降ってきただけ。走って帰ってきたから。」
「平気なわけないでしょ!」
声が一瞬荒くなるが、すぐに抑える。
怯えさせたくない。
ぶつぶつ言いながら浴室へ引っ張り、タオルと厚手のパジャマを取り出す。
口調は叱るようで、手つきは壊れ物を扱うように優しい。
「髪、全部濡れてる。風邪ひいたらどうするの。自分が鉄でできてるとでも思ってるの?」
タオルで乱暴に拭いたあと、ふと動きを止める。
そして、ゆっくり丁寧に拭き直す。指先が耳の後ろに触れる。
曉雨が小さく身を縮める。
「私は……平気……」
その言葉を遮るように——
「くしゅんっ!」
大きなくしゃみ。
身体が震え、涙がにじむ。
空気が凍りついた。
筱月の手が宙で止まる。
視線が静かに沈む。嵐前の海のように、表面は静かで奥が荒れている。
「電話、できたよね。」
声は低い。けれど、鋭い。
「迎えに行った。傘だって持っていった。どうして……いつも一人で抱え込むの。」
曉雨は俯き、濡れた服の裾を無意識に握る。
「自分で帰れるし……」
「だからって、言わなくていい理由にはならない。」
声がわずかに震える。
「雨。私はあなたの恋人なの。」
その一言に、曉雨の身体が固まる。
目の奥が熱くなる。
何も言えず、浴室へ入る。
閉まるドアの音は静かだったが、胸に重く響いた。
シャワーの音。
湯気が立ちこめ、鏡が曇る。
目元も同じようにぼやける。
壁にもたれ、熱湯を浴びながら、胸の奥の痛みは消えない。
頼りたくないわけじゃない。
ただ——迷惑をかけるのが怖い。
手を伸ばしたとき、離れていくのが怖い。
顔を腕に埋め、迷子の子どものように静かに泣いた。
外では、筱月がソファに座り、紙の端を強く握りしめている。
描いていたのは、笑顔で帰ってくる曉雨の姿だった。
少し濡れた髪、輝く目。夏の日差しのような笑顔。
現実は、雨に打たれながら「平気」と言う姿。
怒っているのは、雨に濡れたことじゃない。
「必要だ」と言わないこと。
怖いのは喧嘩じゃない。
痛みを隠して、独りで消化する癖。
彼女は立ち上がり、キッチンへ向かう。
鍋に生姜を入れ、とろ火で煮る。
曉雨は生姜が苦手だ。
でも風邪のほうが、もっと怖い。
浴室から出てきた曉雨を、リビングは別の顔で迎えた。
温かな灯り。
湯気立つ生姜湯。
そして、大好きな麦芽ミルク。
ソファに座る筱月は、視線を合わせないまま隣を軽く叩く。
曉雨はためらいながら座る。
嵐を待つ子どものように。
「飲んで。」
声は静かで、もう冷たくない。
湯気で鼻先が赤くなる。
「……ごめん。」
小さな声。
「迷惑かけたくなかっただけ。」
「ばか。」
ため息まじりに、乱れた髪を撫でる。
「一番困るのは、あなたが一人で全部背負うこと。」
「でも……嫌われたくなくて……」
筱月は向き直り、まっすぐ見つめる。
「私は、あなたの笑顔だけを愛してるわけじゃない。」
雨に濡れる姿も、泣く顔も、わがままも、子どもみたいなところも。
「全部愛してる。でも、弱さを見せてくれなきゃ、私がそばにいる意味がない。」
涙がこぼれ、生姜湯に落ち、小さな波紋を作る。
「次からは……電話する。」
鼻をすすりながら言う。
「迎えに来て。」
筱月は微笑む。
「それでいい。」
抱き寄せる。
ようやく帰ってきた子猫のように。
雨はやみ、雲の切れ間から月光が差す。
重なる影が、静かに揺れた。
生姜湯は少し辛い。
けれど、胸の奥まで温かい。
——強がりをやめること。
それもまた、愛のかたち。
舞台裏
雨:(最後の行を読み終え、台本を机に放り投げて大きく伸びをする)ふぅ~泣ける~!
(くるっと振り向く)ねえ、ほんとに迎えに来てくれる?
筱月:(台本を閉じ、にやり)んー……気分次第?
雨:(むくれて飛び込む)ひどい!愛してるって言ったじゃん!
筱月:(抱き寄せる)演技は演技。現実は現実。
(耳元でささやく)
現実はね、電話しなかったら、私がわざと雨に打たれて、あなたに迎えに来させる。
雨:(目を丸くする)悪魔!?
筱月:強がるから悪い。これが等価交換。
雨:(ぶつぶつ)わかったよ……絶対電話する!あなたは濡れないで!
筱月:(背を撫でる)よろしい。
作者と子どもたち
羽玥:(ノートPCを見つめたまま指が止まる)うーん……これってifルートなのかな……
曉雨:(ひょこっと顔を出し、画面にぐいっと近づく)えー?
羽玥:ちょ、見えない!
曉雨:でもさ、私たちちゃんと恋人だし、一緒にご飯食べて、手もつなぐし。これ普通の日常じゃない?
羽玥:(苦笑)理論的にはね……
筱月:(背後から近づき、羽玥の首に腕を回す)作者さま~
甘い声、細められた目。
また「雨が泣いて走り去る」系の鬱展開、考えてないよね?
羽玥:ち、違う!純粋な構想!
筱月:(引きずりながら)じゃあ構想会議しよっか。場所は……監禁室で。
曉雨:見学していい?
筱月:だめ。ココア淹れて。
曉雨:横暴!
筱月:うん。あなたたち限定でね。
(羽玥が連行され、キーボードだけが寂しく光っていた。)




