第十一話|麦芽ミルクって、なんでこんなにおいしいの
最近、**曉雨**はコンビニの麦芽ミルクと、何か無言の約束でも交わしたかのようだった。
毎日夕方になると、にこにこしながら二本抱えて帰ってくる。
一本は自分用。そしてもう一本は――言わなくてもわかる。必ず「ついでにね」と言いながら、**筱月**に差し出すのだ。
「はい、これ。買ってきてあげた。」
そう言って、ぱちんとウインクする。
筱月はいつも、くすりと笑って受け取る。
彼女は、曉雨がミルクを飲む姿を見るのが好きだった。
たいていの人は、パックを手に取るとそのままぐいっと飲む。動きは簡潔で、迷いがない。
けれど曉雨は違う。
どうしてそんなに……子どもっぽいのだろう。
両手でそっとパックの両側を包み込む。
まるで大切な宝物でも持つみたいに。
あるいは、哺乳瓶をぎゅっと握る赤ん坊のように。
少しだけ顔を上げて、ちびちびと、丁寧に飲むのだ。
ある午後。
西日がレースカーテンを透かしてリビングに差し込み、彼女の唇にも、口元に残った白いミルクの輪にも柔らかく落ちていた。
隣に座っていた筱月は、ふっと小さく笑ってしまう。
「どうしたの?」
曉雨はきょとんとする。
ミルクを口元に持ったまま、首をかしげる様子は、まるで物音に驚いた小動物みたいだ。
筱月は答えない。
ただ手を伸ばし、指先で彼女の唇の端をそっとなぞる。白く残った跡を、やさしく拭い取った。
その仕草は、何か壊れやすいものに触れるみたいに慎重だった。
「ほんとにさ……」
くすっと笑い、首を振る。
「ミルク飲むだけなのに、世界一おいしいものみたいな顔するよね。」
曉雨はぱちぱちと瞬きをして、ほんのり頬を赤くする。それでも負けじと唇を尖らせた。
「だって本当においしいんだもん!なんで笑うの……」
「だって、まるでミルク覚えたての子猫みたい。」
筱月は少し身を寄せ、鼻先で彼女の額を軽くつつく。
「しかも、世界一ドジな子猫。」
「ドジじゃないもん!」
曉雨はミルクパックを胸元に抱え込む。
「これは……これが正しい飲み方なの!」
「へえ?」
筱月は肩を震わせながら笑う。
けれどその瞳は、やわらかな温もりで満ちていた。
「正しい飲み方って、両手で持って、目を閉じてうっとりすることなの?」
曉雨は言葉に詰まり、最後はパックに顔を寄せるようにして小さくつぶやく。
「……わかんないくせに。」
その声には、隠しきれない笑みが混ざっていた。
筱月は静かにその姿を見つめる。
胸の奥が、春の風にそっと撫でられたみたいに、やわらかく広がっていく。
きっとこの世界で――
こんなに間抜けで、こんなに愛しい姿を見ていられるのは、自分だけ。
そう思うと、
その甘さは、麦芽ミルクよりもずっと濃い気がした。




