第十話|同居彼女がチキンレッグ一つでネット晒しを宣言した件|これは台本であり、そして彼女たちの日常
夜はすっかり更けていた。
リビングの灯りはとっくに消え、キッチンのシンク上の小さなライトだけが、まるで夜番のように静かに温かな光を残している。
**曉雨**は眠たそうに目をこすりながらキッチンへやってきた。
寝ぐせがぴょこんと一房立っていて、まるで寝起きの子猫みたいだ。
保存容器のふたを開けると、中にはこんがりと揚がった鶏むね肉が二枚。
隣には、大好きなハニーマスタードソースが小皿に添えられている。
ひと口かじる。
衣はほんのり焦げ目がついているけれど、中は少しだけパサついていた。それでもきちんと食べきる。
だって、これは**筱月**が彼女のために残してくれたものだから。
空になった皿を持ち、スリッパをぱたぱた鳴らしながらリズムを刻み、部屋の前までやってくる。
ノックはしない。ドアを少しだけ開けて、顔を半分だけのぞかせた。
「ねえ——」
わざと語尾を伸ばすが、口元は笑いを隠せていない。
「なんでそんなに思いやりないの?」
ベッドにもたれかかってスマホを触っていた筱月は、目を上げる。
その目尻がわずかに上がり、まるで面白い芝居でも始まるのを待つ狐のようだった。
「ん? また何かした?」
「鶏むね肉! どうしてむね肉だけなの!」
曉雨は部屋に入り込み、ベッドの端にどすんと腰を下ろす。空の皿を目の前に突き出した。
「私が欲しかったのはレッグ! フライドチキンのレッグ! 私が一番好きなの知ってるでしょ!」
筱月は軽く鼻を鳴らし、スマホを数回タップしてから、ゆっくり視線を上げた。
「レッグは脂多いでしょ。先週、減量するって言ってたの誰?」
「でも……」
曉雨は唇を尖らせる。
「食べたかったんだもん。」
「食べたくてもダメ。」
筱月は手を伸ばし、ぴょこんと立った寝ぐせをそっと整える。声色はふっと柔らかくなった。
「明日週末だし、丸ごと一羽揚げてあげる。それでいい?」
曉雨はむくれたまま、急に目を輝かせた。
「ダメ! ネットに書く!」
「は?」
「投稿するの!」
彼女は筱月のスマホを奪い取り、素早く打ち込む。
『助けて!同居人が鶏むねしかくれません!レッグをくれないのは愛がないってことですか!?』
「これに私の可哀想な写真つけたら、絶対みんな味方してくれるもん!」
筱月は吹き出し、指先で彼女の鼻をつついた。
「小バカ。そんなの上げたら、明日ほんとにレッグなしね。」
曉雨はぴたりと止まり、そっとスマホを返す。
「……ちぇ。ずるい。」
その拗ねた顔を見て、筱月の笑みはさらに深くなる。
不意に手首をつかみ、軽く引き寄せた。
「もうやめなさい。これ以上騒いだら部屋に閉じ込めるよ。明日レッグもなし。」
「やるならやってみなさいよ!」
曉雨は顔を上げるが、額と額が軽く触れ合う。
「できないと思う?」
低く笑う声。少しだけ強気で、それでもどこか優しい。
「夜食はちゃんと用意するし、レッグも揚げる。でも——」
声が柔らぐ。
「ネットで私の悪口はダメ。わかった?」
曉雨はぱちぱちと瞬き、素直に頷く。
けれど口元の笑みは、どうしても隠せなかった。
|舞台裏トーク|
曉雨:(台本をぱたんと閉じ、軽く筱月の肩を叩く)ちょっと!なんであんなに意地悪なの!
筱月:(笑いながら台本を受け取る)え?どこが?
曉雨:閉じ込めるとか、レッグなしとか!ひどすぎるでしょ!
筱月:(優しく頭を撫でながら)あれは台本だよ、ばか。
曉雨:(唇を尖らせる)でもさっき、本気っぽかったもん!ほんとにやるつもりじゃないよね?
筱月:(吹き出す)大丈夫。閉じ込めたりしないよ。
(少し間を置いて、いたずらっぽく)
でも、もしネットに悪口書いたら……むね肉だけにするかもね?
曉雨:(目を見開き、わざと怯える)あ、悪魔……?
筱月:(得意げに笑う)だって、喧嘩売ってくるのはそっちでしょ。最後まで付き合うよ。




