再会の日
楽園の畔と呼ばれる場所に、二つの人影があった。
青い髪の青年と、金色の髪の少女だ。
ふたりともが静かに目を閉じ、重なりあうように倒れている。だがその表情は穏やかで、息をしていない口元に手をやるまでは、きっと眠っているようにしか見えないだろう。
二人は死んだ。
アレクシスという名の古き神と、ラキという名の女神の力を持つ少女。二人が、二人の世界の終わりに選んだのは、かつて彼らが暮らしていた楽園の畔、そう呼ばれる場所だった。
少女を喰らい自らも喰らった王は、亡骸となっても彼女を抱く。
ここは誰も来ない場所、このまま穏やかに土となりいずれ花となる。それがいつか二人の墓標になるのだろう。静かに眠る二人を静かに見ている、その金色の影が現れなければ。
少女のような形をした影は小さな光を抱え、笑うように揺れながら消えた。
まるで氷が砕けるように散り散りになって消えていくその一欠けらが、青い髪の青年の頬に触れて零れ落ちる。くすぐったかったのだろうか、彼がわずかに頬を歪めうめき声を発し。
青い瞳がまっすぐに、高い空を見上げて細められた。
あえぐように息を吸い込み、腕の中で咳き込む少女を抱きしめる。
そして時は、数十年ほど流れ去った――。
■ □ ■
華やかな祝いの日、国王はぼんやりと、遠い日のことを思っていた。
まるで罪滅ぼしをするように、必死に守ろうとした兄代わりである彼らの幸せ。
二人は今も仲睦まじく、おかげで少し迷惑もしている。彼は――カディス・エクリュネーラはわりと感情を口に出すというか、世間では『甘い言葉』などと言われるようなものを妻に囁いていることが多い。まぁ、気持ちはわからないでもなかった。彼の妻となった女性はそうやって囁かれるたびに真っ赤になっていて、囁きがいがありそうな反応を見せるからだ。
そして、そういうことをいう『王子様』に、王妃は今も憧れがある。
あいにくそういうのは柄じゃないといい続けて数十年。
彼女は未だ諦めていない節があった。
思えば二人の結婚式でも、あれがしたいこれがしたい、とわがままの方がまだかわいげがあるような要望をしていたことを思い出す。彼女の両親と兄が、申し訳なさそうにしていた。
そういえばあの日も、確かこんなふうによい天気で。
大々的な挙式の後に行った、身内だけのパーティもにぎわった。普段は人にあふれたものしか経験しないからだろう、こういうものはとても新鮮に感じられて楽しい。
それにしても、と国王は回想の途中で首をかしげる。
自分の時と息子の時、決定的に違うところを見つけてしまったのだ。
花嫁アリアは孤児ではなく、二親共に健在だと聞いていた。しかしここに、彼女の親らしき夫婦の姿はない。どういうことなのか、国王は傍を通りかかった義兄にして宰相に尋ねる。
「……あぁ、それなら少し遅れるそうだ。だいぶ遠方だからな」
「そうか」
答えに一応納得をして、再度若い夫婦を見た。
本当に、二人が結ばれてよかったと、国王は思う。あの二人を引き裂こうとした罪に、これで少しは購いができただろうか。そんな思いでやっても誰も喜ばないとは、わかっているが。
「……父親らしいことを、全部お前に取られてしまったな」
「気にするな。身内だからな」
くすくす、と笑う宰相――そして、彼の妹である王妃。
その笑みの理由が、国王にはわからない。
だが、二人はいろいろと手を回してくれた。侍女でしかないアリアが、王子の花嫁になれたのは二人が何らかの手を回してくれたおかげだろう。国王は他の貴族の対応に追われ、何をどうしたのかまではしらない。ただ、ルシアンの宣言だけでは、ああは引かなかっただろう。
本当に、大変だった。
かつて祖父や父が叔父にそうしたように、今度は自分がルシアンを表舞台から消さなければならないのか。そんなことを考えてしまうほど、とにかく反対するものが多く、根強く。
だがあの幸せな二人を見られたならば、あの苦労も気にならない。
「あ……」
その時だ。
王女らと談笑していた花嫁が、小さく声を漏らす。
「お父様、お母様……」
花嫁が庭の入り口の方に目を向け、ぱぁ、と明るい笑みを浮かべた。どうやら彼女の両親が到着したらしい。花婿の両親としてここはしっかりと、挨拶をしなければならないだろう。
すっと身支度を整えて、王妃の肩を抱きながらそちらに向く。
息を、失った。
まるで王妃のように長い金髪を伸ばした女性と、彼女が手を引く青い髪を短く切りそろえた体格のいい男性。花嫁は花婿の手を引いて、二人のところにかけていく。おめでとう、すごく綺麗だね。花嫁の母が、にこにこと娘の頭を撫でていた。それを、青い瞳が静かに見ている。
声が出ない。
まさか、と思った。
だが、二人の目が国王に向くと――なぜだろう、父親である青い男に睨まれた。まるで隠すように彼は、己の妻に手を伸ばす。あらあら、と王妃がなぜか嬉しそうにそれを見ていた。王妃は昔からの愛読書を今も好んでいて、どうも『ああいう行為』がお気に入りらしい。
――あなたと結婚して唯一悲しいのは、なかなかわたくしに迫る殿方がいないことです。
誰かが言い寄ってくれなければ嫉妬するあなたが見れません、と言われた方はどんな顔をすればよかったのか。愛されている、と好意的に解釈することしか、国王にはできなかった。
「お義姉さま」
王妃が、国王の手を離して歩き出す。まるで双子のように似ている姉妹は、しかし血のつながりは何もなかった。あるのは、国王が苦し紛れにつないだ、義理の、形ばかりの関係性。
そこで、ようやく国王ははっとする。
「……なるほど。フランベル家が後ろに立ったか」
花嫁の母は聖女にして、王妃となった彼女の姉。義理であっても、姉だ。書類上はそうなっている。つまり、その娘であるアリアは、フランベル家の一員なのだ。他ならぬ当主が、彼女を姪として扱っているのだから。血の繋がりなど、些細なことといっていい。
「いっただろ? 身内だ、と」
姪のためなら苦労でもなんでもない、と。
国王の親友で妻の兄で、さらに花嫁の母の義兄だった男は、にやりと笑って見せた。




