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六話目  依存

 撃たれた場所から血が止まらない。体の自由がきかない。自分のそんな状態を知覚して、もう助からないと悟る。

 

 ——聞こえてくる声は二つ。


 (あぁ、負けたのか・・・)


 自身の体を壊してまで薬を使い、必ず恩人を救うと誓ったのに結果がこれだ。


 結局自分は誰の期待に応えることもできずこの世を去る運命なのか。そういった考えが大橋大輔(おおはしだいすけ)の脳内に浮かんだ。

 

 ——————————————————

 

 布切れの音に気付き、二人はその方向に目を向ける。目をやったその方向には、弾丸を撃ち込み、喉元に蹴りを入れ呼吸困難にした者が座り込んでいた。


 見るからに瀕死。あと数分といったところだろう。


 「——藤井さんは?」


 かすれた声でそう呟く。もはや自力で体を動かすことは出来ない。立ち上がれたとしても目の前の敵を倒すことは出来ない。だがそれでも知らなければならない。その責務があるから。


 「死んだよ」


 「——そうか」


 倒れている男の口から告げられた言葉は二人にとって意外なものだった。目の前に恩人を殺した張本人たちがいること、つい先程まであんなにもうるさく、元気に叫んで戦っていた男の豹変ぶりに軽く有人たちは気持ち悪さを覚える。


 「随分あっさりとした答えだね。私たちが憎くないのかい?」


 「憎いさ。なんで俺たちがこんな目に合わないといけないんだって思ってるよ」


 「では、なぜだい?」


 男はアンナの問いかけに数秒無言を貫くが、やがて口を開き、アンナの方向を見る。


 「俺は、もう、どうしようもない、状況に陥ったら、足掻くことをしないタイプ、なんだよ」


 言葉が何度も途切れる。命の終わりは近い。


 だが、まだ死ねない。目の前の二人、特に目先にいる老人に聞きたいことがまだあるから。


 口を開き、声を出そうとするが、出てくるのは自身の血だけ。それでも何とか声を絞り出し、問いかける。


 「なあ゙、爺ざん。ぎぎたいんだが、良いか?」


 「なに?そんなガラガラ声を出しながらも僕に何を聞きたいの?」


 戦闘中に感じた違和感の正体。それを知らなければ死んでも死にきれない。自分が敗北した理由。その種をどうしても知りたい。そう思った。


 「どうや゙っで、俺に気付かぜる゙ことなぐ、弾丸を゙腹に撃ち込んだんだ?」


 「それはいくら冥途の土産だったとしても、渡すことのできない情報だ——」


 「——この銃は一般的に流通している銃ではなくて、特別に作られた銃なんだよ」


 アンナが大橋大輔の問いかけに、答えることができない。そう伝えようしたが、有人は包み隠さず男に伝えた。


 「制作方法は僕にも分からないけど、この銃は発砲音を完全に消してるんだよね。だから気付けなかったんじゃないかな?」


 「——まさか、ぞんなことが出来る技術力をお前たちが有しでいるとはな゙・・・」


 男がその真相を知り、何の感情を持ったのか、顔を下に向けると同時に隣にいたアンナが立ち上がり、有人の胸ぐらをつかむ。その体つきからは考えられないような力を籠め、有人を睨みつけ、声を低する。


 「おい、何秘密を喋ってるんだ。君にも伝えているはずだ。私たちの仲間になった時に既に」


 「————」


 「私たちのチーム内で知りえたことは墓までもっていくこと。その秘密が他人にばれた場合は即刻首を刎ねること、と」


 怒りを顕わにし、問いかけるアンナに対して、有人は「落ち着いて、みかんちゃん」と両手を前に出しながらアンナの怒りを鎮めようとする。


 「大丈夫だよ。この部屋の防犯カメラ、録音機、センサーっていうのは全部僕が停止してるから。というか、この部屋だけじゃなくて研究所内全部」


 口を閉じ、真剣な目つきでその言葉を理解しようとするアンナを見て、有人は更に言葉を紡ぐ。


 「ほら、僕ここに来るの遅かったでしょ?あれは、みかんちゃんが頑張って戦ってくれてる時にそういった機械をいじくってたからなんだよ」


 「——だからと言って、安全とは限らない。ここで話すのが危険なことには変わらないんじゃないのかい?」


 至極真っ当な意見を出すアンナに対して、有人は「断言するよ」と枕詞を置いてから、


 「この会話はこの場にいるもの以外誰も聞けない。この情報が外に漏れることは無い」


 そう、言い切る。


 「それに、彼は自分の強さに誇りを持ってる人っぽかったしさ。そんな人が薬を使ってドーピングをしてまで主を守ろうと奮闘したのに、訳も分からずやられました。で納得するかな?って思ったんだよ」


 有人は自分の力が強いことに誇りを持っているかと言われたら、そんなことは全くないが、それでも男同士だからわかることをアンナに伝えた。


 その思いが伝わったのかは分からない。だが、いたって真剣な目を見て、まっすぐな心を感じ取ったのか、アンナは有人の服から手を離す。


 「この話は帰ってからするから覚悟しておくんだよ」


 「はーい」


 そんな有人の緊張感のかけらもない返事を受け流し、アンナは任務に移る。


 「さて、薬を回収しないとね。・・・ねぇ大輔君、君が使った薬どこにあるか知ってる?知ってたら教えてほしいんだけ——」


 アンナがかけた言葉に返事はない。


 「——りんご君」


 「了解。・・・うん。死んでるね」


 有人は目を文字通り光らせ男を見て、そう告げる。


 大橋大輔の体はドーピング剤、そしてアンナ・アルべニア・ドッティルとの戦闘で限界を超えており、たった今全身の骨が薬の副作用によって完全に溶け生命活動を停止することになった。


 有人の答えをしっかり聞くことが出来たのか否か。それはもう知る由もない。


 「じゃあね」


 有人が男と相対した時間は限りなく少ない。話した時間ともなるともっとだ。それでも、自らの主に命を差し出せるその男気を有人は嘲笑ったりは決してしない。

 

 ——————————————————

 

 部屋のありとあらゆる棚、机の引き出しを探しても薬は見つからない。部屋にいた二人を殺してから既に三十分が経過している。これ以上この場に居続けることは出来ない。


 有人は少し離れた場所にいるアンナに「ねぇ」と話しかけ歩き出す。


 「時間が経ちすぎてるんじゃない?さすがにもうこの場にはとどまることは出来ないよ。——もし、まだ探し続けるなら最終手段も視野に入れないと」


 有人たちが研究所に到着してからどれほどの時間が経っただろう。既に騒ぎを聞いつけて警察や、特殊部隊が向かってきているかもしれない。この場に居続けるのはこれ以上はリスクが高すぎる。そのことをアンナも理解していた。


 「最終手段は本当の本当に最後の時だけって言っただろう?それに、まだ探さないと・・・次またいつ異世界人が来るのか分からないんだからさ」


 「それは・・・そうだけどさぁ」


 アンナのその発言には有人も一理あるどころか百里ある。だが、それでも、タイムリミットは来てしまった。


 「・・・みかんちゃん、時間だ。これ以上は僕たちの身が危ない。薬は手に入らなかった。でも、それ以外は手に入れてある。僕がこの部屋に来るまでに見つけてきたから」


 「————」


 「銀光(ぎんこう)の剣も、英雄の腕も、サソリの生き血も手に入った。成果としては十分だ」


 「————」


 「みかんちゃん!」


 「——わかった」


 三度による有人の説得にアンナは沈黙を破りそう告げる。アンナもこれ以上は時間の無駄だと分かったのだろう。


 この行動が最善なのかは分からない。あと、ほんの一分でも探せば見つかるかもしれない。そんな湧き上がる感情を押し殺し、アンナは有人に目を向ける。


 有人はその行動に何か言うわけでもなく、目の前にいる彼女がこちらを向いたことを確認して扉のドアノブに手を掛け、回した。


 二人が部屋の外に出て、辺りを見回せば広がっているのは死体の山と血の海だけだ。


 自分たちで殺しておいてなんだが、この光景はいつ見ても慣れない。本当にこの殺しに意味はあるのかと『あの女』に問いただしたいくらいだ。


 薬は手に入らなかった。それはしょうがない。だから、あの時と同じ方法を使う。使用用途は違えど、これしか方法はない。


 有人は部屋に小さな袋を投げ込み、その袋が地面に接触するよりも速く扉を閉める。扉を閉めた瞬間さっきまでいた部屋から轟音が響いた。


 自分たちの手に入らないのであれば、それは他の誰にも渡さない。部屋では爆発によって資料や薬、そして二人の死体が焼け吹き飛ぶ。確認などしなくても部屋のすべては吹き飛んでいる。怪盗道具の恐ろしさは有人たちも十分理解しているから。


 「行こうか」


 有人はそう短くアンナに告げて再び歩き出した。


 研究所内は先程までと違い不気味なほど静まり返っていた。それは、二人が研究所内の人々を殺害しまくったせいだけではないだろう。生き残っている者もいる。だが、その生者たちが二人に対して殺意を向けることはあっても敵意を向けることがないからだろう。


 お陰で二人は何の苦労もなく研究所外に出ることが出来た。


 「車、隠してあるところから取ってくるから。そこでおとなしく待っているんだよ」


 「はーい」


 車を取りに行くアンナに今回盗んだものを預け、有人は煙草に火をつける。煙草を吸っている間だけは嫌なことを考えなくて済む。人を殺した最悪な感覚を思い出さずに済む。


 沢山殺しておいてこんなことを思うのはどうなのだろうか。でも、これに、何かに依存していないと有人は正気を失ってしまう。


 ——あの日、有人が人を殺すきっかけとなったあの日のことを今でも鮮明に覚えている。仕方がないと、こうするほかないと自分で自分をだまし続けることを誓った日。


 マティーニ・レオス。彼女に従い続けることになった日のことを。


 ——————————————————


 『なるほどなるほど。僕の開発した異世界空間接続機を使って、死んでしまった恋人がいる世界に行きたいと。なるほどなるほど』


 『そう。あなたの力が必要なの。だからお願い。私に力を貸して。望むなら私を何に使っても構わない。何でも言うことを聞く。・・・死ぬこと以外は』


 マティーニは少し悩み、椅子に腰を掛けてからニヤリと笑い、メイカに告げる。


 『いいよ。僕の知恵とこの機械の譲渡をしてあげよう。もちろん後者は僕の要望に応えてくれた後に、だけどね。後ろの二人もそれでいいかい?』


 メイカの後ろに立つ二人、平野有人とアンナ・アルべニア・ドッティルに女は不敵な笑みを浮かべながら問う。


 むろん二人の答えはYes以外ないが。


 首を縦に振る二人を見てマティーニは満足そうに笑い、もう一度メイカ・A・フリーツに顔を向け、自身の力を貸す条件。要望を伝える。


 『僕の力を貸すにあたっての条件は三つ。一つは僕が開発したこのコンタクトをつけ、人を殺すこと。だけど、これは日常的にやらなくていい。これをやる時は次の時だ。二つ目は、世界各地にある宝物、僕が欲しいと思ったものを盗んできてもらう。殺しはこの任務中で構わない。そして三つ、日本、アメリカ、イギリス。この三つの国にある対怪盗用特殊部隊超警察、ここに所属する異世界人を一人残らず殺すこと。以上が僕の要望だ』


 ——————————————————


 「なに突っ立てるのさ。早く乗るんだ。置いてくぞ?」


 「・・・相変わらずその車凄いね。ここまで接近されても気付かなかったよ」


 一切の音を立てず有人の背後にいつの間にかいたアンナに軽口を叩く。


 「——みかんちゃん。今更だけど、そのお面だけつけた状態は別に変装とは言えないからね」


 「君だって人のことは言えないじゃないか。姿は老人だけど声が若々しすぎる。そんなんじゃバレちゃうよ?」


 「女の子に変装したときは声まで完全に女の子だったもん」


 「ならその時出来たことをなぜ今出来ないのだろうね?」


 説教・・・だろうか。相変わらずアンナの心のうちだけはあまり分からない。とは言え、機嫌を取ろうとして失敗し、殴られるよりかはましだろう。


 そんなことを考えながら車の運転席側をアンナに譲ってもらい、アクセルを踏む。


 任務成功、とは言えないがそれなりに奮闘した方だろう。満足とも言えないが、それなりに良い結果だった。


 そんなことを思い夜の街を車で移動しながら、自分に酔いながら吸う煙草はいつもより数段美味かった。

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