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四話目  愛と 前編

 夢を見た。いつの間にか忘れていたあのころの日々の夢。過去のことを思い出すことなんて滅多にしなかった。


 だって別にあの人たちのことを思い出したいとは思わないから。あの人たちは嫌いだったから。あの頃は毎日が苦痛でつまらなかったから。きっと周りの人に話したら「そんなこと」と言われるんだろう。でもそんなことかどうかは私しか分からない。とにかく嫌な夢だっ——いや、オリビアとの毎日は嫌じゃなかったか・・・


 —————————————————— 


 「煙草買ってこい!」「酒切れてんぞ!」そんな父の怒号が響く家は、私にとっては普通のことで、変わらぬ日常だった。毎日毎日親の顔色を覗いながら過ごす日々。小さい頃はそれに嫌気がさしていたけれど、今ではそんなものどこにもない。


 母は父の暴力に耐えきれず私が十歳の誕生日を迎えてすぐ家を出た。必死に私たちも連れて行ってと母にごねたが、母は父の血を引く私と一歳になる妹が嫌いだったらしく連れて行ってはもらえなかった。


 翌日から長女である私は、父の世話をしながら生まれて間もない妹を近所の人に預け自分は学校に通い、帰りに飲食店などのアルバイトを行ってその日の生活費を稼ぐという生活を強いられることになった。本来であれば十歳は働けない年齢だが、私の家の状況を理解してくれている知人が内緒で働かせてくれることになった。近所の人はそんな私を気遣って食料やお金をくれた。みんな心から私たちを心配してくれた。


 でもこの時は誰も私たちを引きっとたり、父をどうにかしようとはしなかった。


 そんな生活を続けて私が十三歳になった時、周りから私に対する接し方が変わった。


 いじめだ。


 私は中学に上がって少ししてから男子女子共にからいじめにあったのだ。靴を隠されたり、教科書を破られたり、スクールバックをバケツの中に入れられそのまま水を貯められたこともあった。そいつらは「新しいのを買えばいいだろ」などと言ってきたが、幼い妹には健康に育ってほしいし、父は酒や煙草がないと私や妹に暴力を振るってくるので常に補充しておかないといけない。


 そんななか、自分にお金を使うなんて発想は出てこなかった。教員に知らせることも考えたが、当時の私は、得体のしれない彼らのことが怖くてたまらなかった。


(もし私が先生に知らせたことがバレたらどんな仕打ちを受けるんだろう。更にいじめがひどくなるのかな。それとももう止めてくれるのかな・・・)


 そんなことを考えれば考えるほど気持ちは落ち込んでいった。


 ———ある日私をいじめてた男の一人から呼び出された。私は父のこともあり、あまり男性のことが好きではなかった。本当は行きたくなんてなかったが行かなければ何をされるかわからなかったからしょうがなく足を運んだ。指示された場所に行くと彼は先についており、周りには誰もいなく一人だった。私が身構えていると彼は口を開いた。


 「お前、俺と付き合えよ」


 何を言っているのかただひたすらに分からなかった。あまりの出来事に戸惑いフリーズする私を前に彼は言葉を続けた。


 「お前さぁ俺の女になれよ。そしたらいじめないでやるよ。俺前から思ってたけど、お前って普通に美人だと思うんだよ。髪の毛も金髪で綺麗だし、スタイルもいいし。俺の女になったら——」


 彼は何か喋っていたけど途中から言葉は私の頭に入ってこなかった。彼の発言の一つ一つが私にとっては気持ち悪く、吐き気を催すほどだった。


 私がその場で立ち止まっていると彼は私に近づき、肩にそっと手を置き、耳元で囁いた。


 「だからお前にとっても悪い話じゃないと思うんだ。もういじめられたくないだろう?」


 泣き叫んでしまいそうになった。腹の奥からこみあげてくるゲロは心臓部分まで到達していて、もう限界だと思った。


 逃げ出してしまいたい。助けてと叫びたい。でも断ればこれからもいじめは続く。


 「分かっ——」


 どうしても最後の一文字が出てこない。後一文字言えばこの地獄の生活が少しだけ楽になるって言うのに。


 少しの間沈黙が続くと、私が返事をしてこないのに腹が立ったのか彼は少し顔をこわばらせた。その恐怖で私は更に声が出なくなる。


 そんな私にさらに腹を立て、彼は私の頬を叩いた。


 頬は赤く腫れあがり私は地面に尻をついた。ぶたれるのは初めてじゃない。父から何度も何度も、ほぼ毎日叩かれているから痛みには強いほうだと思う。


 ただ私が感じたことは(あぁまだいじめは続くのか)ということだけだった。


 「なんで返事しないんだよ」


 怖いんだよ。


 「俺の女になればいじめないでやるって言ってんだろ?」


 信じられないよ。


 「またいじめられたいのか?」


 そんな訳ない。私はそんなことを喜ぶ変態になった覚えはないからね。


 「おい、なんか言えよ」


 ・・・怖くて声が出ないんだよ。


 何回も話しかけているのに返事をしない私に彼の怒りは頂点まで達した。


 彼は一息ため息をつくと右足を振り上げる。抵抗したらもっといじめられるだけだと悟り私はその蹴りを受け入れようと目をつむると、「おい!」という男の子の声が聞こえた。


 彼はその声を聞き私を蹴り上げようとした足を地面につける。


 「何してんだ!女の子に暴力なんて!」


 茶髪の男の子。私より背丈は少し小さい。透き通ったようなその瞳は青く綺麗で、ただひたすらに美しかった。

 

 ——————————————————

 

 「さっきはありがとう。助かったよ・・・手大丈夫?さっきクシリア君からのパンチ防いでたほう」


 「大丈夫大丈夫!気にすんな。それにあんなこと男なら当然だ!」


 「そうなの?」


 「そうだろ?」


 私を助けてくれたこの男の子はオリビア君というらしい。女の子らしい名前だが本人曰く、親はオリビア君の性別がわかる前につけた名前だったらしい。両親は生まれてから名前をつけなおすことも考えたが生れてきたオリビア君があまりにも可愛かったのでそのままにしたそう。


 「家こっち?」


 「あっうん。こっち」


 クシリア君、あのいじめてきた男の子から守ってくれたオリビア君は今、私を家に送っていてくれている。彼は男の人にしては珍しく、歩道を歩くときに道路側を歩いてくれるし、私に対して下に見るような言い方もしない。


 「おっと、赤信号だ。止まらないとな」


 私が赤信号に気付かず進もうとしたのを、彼は手を私の前に持ってきて止めてくれた。


(不思議な人・・・ん?)


 そう言い止めてくれた彼の手の甲は赤い血で少し滲んでいた。さっきは大丈夫と言っていたけど本当は大丈夫じゃなかったの?


 「あの、その手、血が」


 「え?あっ!」


 とっさに手をひっこめた彼は顔を少し赤く染めて「はっず~」なんて言葉を吐いた。


 「いや~カッコつかないねー。幻滅しちゃった?」


 「うぅん。幻滅なんてしないよ」


 とっさに首を横に振り否定する。その後に気が付いた。自分はなんてことをしてしまったんだろうと。男の人が言うことを否定してしまった。否定なんてしてしまったらどうなるか分からない。そんな事くらい分かっていたはずなのに、口が勝手にそう言ってしまっていた。


 「あっ!違う、今のは間違いで、その、否定するわけでは——」


 そんな私の言葉を遮り、彼はほっと溜息をついた後、ニコっと笑い私に話しかける。


 「よかった~。カッコつけたのにダサいって思われるのは、恥ずかしいからさぁ」


 不思議な人だ。男の人なのに私に対して優しく接し、否定しても怒らない。そして何故か隣にいても心苦しくない。・・・とても落ち着く。


 「ねぇ。なんで私なんかに優しくしてくれるの?私なんかに優しくしてもなんもないよ。それどころか君までいじめられちゃうかもしれないんだよ。ねぇどうして?」


 「君は変わった子だね。・・・人助けってのは自分にメリットがあるからするってもんじゃなんだよ。あの時僕が君を助けたのは、僕がそうしたかったから。理由なんてそれだけだよ」


 そうしたかったから。なんで私のために?残念なことに私は彼が言っていることがよく分からなかった。でも不思議なことに悪い気分ではなかった。

 

 ——————————————————


 「本当にここでいいのか?全然家まで送っていくけど」


 「ありがとう何から何まで。でも私はここまでで大丈夫。これから妹を引き取りに行かないといけないから」


 「そっか。じゃ!また明日な!」


 「っえ?あっうん。・・・また明日」


 変な声が出てしまった。恥ずかしい・・・。いや、それよりも「また明日」って。そんな言葉を言われたのは……


 「いつぶりだろうな」


 小さく呟いたその言葉は、オリビア君に聞かれることが無かったのは当然として、自分でも言ったことに気が付けなかった。


 彼と別れてから妹を預けている近所のエマおばさんの所へ行った。近所といっても隣の家とかではなく、三百メートルほど離れているところだが。今日は色々なことがあったからいつもより迎えに行くのが遅くなってしまった。


(ソフィア大丈夫かな?泣いたりしてないかな?)


 そんなことを考えながら急いで妹の所へ向かう。家の前につくとソフィアは私が来るタイミングを知っていたかのように玄関の扉を開け、私に抱き着いてきた。


 「おねえちゃん!おそ~い!」


 「ごめんねぇ。ちょっと色んなことがあってさ」


 「今日は遅かったねぇ。なんかあったの?」


 妹を預かっていてくれるエマおばさんが心配して私に話しかけてくれた。妹を預けてしまっているからこれ以上の心配はかけてほしくない私は、心配いらないとはぐらかす。エマおばさんも「それならいいけど」と分かってくれた。


 帰りたいとは思わないけど遅くなると父は起こって私に暴力を振るってくるので妹を引きっ取った後すぐ帰ろうとしたがエマおばさんに引き止められてしまった。いつもお世話になっているので断れなかった私は、早く家に帰らなきゃという気持ちとここで帰ったら妹の面倒を見てくれなくなるかもしれないと言う気持ちでいっぱいいっぱいになる。


 「お姉ちゃんさえ良ければ、ソフィアと一緒に面倒見るよ?」


 (またこの話か・・・)


 エマおばさんはたまにこの話を持ち掛けてくれる。とても魅力的でとても優しい提案。だけどその提案は飲めない。


 「エマおばさん、私は大丈夫です。何度も話を断って申し訳ありませんが、私には帰らなければならないところがあるので。では、また明日もお願いします」


 「あっ!お姉ちゃん!」


 エマおばさんの呼びかけを無視して歩き出す。人の善意を踏みにじるなんて・・・。最低だな。


 そんなことを考えながら家へと歩く。家に近付くにつれ妹の顔から笑顔が消えていく。無理もない。物心つく前からエマおばさんの家で面倒を見てもらっているソフィアにとってあの家は、父と名乗るイカれた男が日夜怒り叫び、私に暴力を振るう場所なのだから。


 ソフィアだけはエマおばさんの所で預かり続けてもらうことも考えたが、父はソフィアが家にいないとさらに怒り、私に暴力を振るってくる。だから仕方ない。そうこれは仕方ないのだ。


 今まで父がソフィアに対して暴力を振るったことは一度もない。さすがに、まだ幼い女の子を殴ったら死んでしまうことくらいは分かるようだ。だから大丈夫。ソフィアには暴力は振るわない。大丈夫。大丈夫。大丈夫。大丈夫。大丈夫。


 「おねえちゃん。きょうもあのいえにいくの?」


 帰り道の途中、ソフィアが弱弱しい声で話しかけてくる。


 「ソフィアいやだよ。あんなとこ、いきたくない」


 同年代の子と比べてもソフィアはよくできた子だと思う。母親代わりであるエマおばさんの元を離れ、あの父親がいるところに帰ると言っても嫌だと拒否しない。あれが欲しい、これが欲しいと泣き叫ばない。そんな子が初めて「行きたくない」と口にした。本当なら叶えてあげたい。でも・・・


 「大丈夫。ソフィアのことは私が絶対守るから!ね」


 「ほんとうに?」


 「本当!本当!」


 最低だ。ソフィアがいないと私がさらに暴力を振るわれるから、私が耐えられないから、そんな免罪符を掲げてしまう。でもこれは仕方ないことだ。


 そう自分に言い聞かせてしまう自分が、日に日に嫌いになっていく。


 「おい!遅ぇぞ!何、道草食ってんだボケが!メシ用意しろメシ!あと酒!」


 「はい。分かりました」


 家に帰り、リビングに入るとソファに寝転がりながら酒瓶を持つ父が私に怒鳴りかけてきた。・・・あの酒瓶、私は渡していない。自分でお酒がある場所位分かるはずなのに、私がいるという理由だけでこき使う。


 「チッ・・・」


 正直怒鳴られるのは慣れたから良いけれど、ソフィアがいる時は辞めてほしい。勿論舌打ちも。悪影響だ。


 家に入ると毎日ソフィアは震えている。こんな所に毎日来させて申し訳ないと思う。でも・・・。


 ソフィアに部屋へ行くように促し、食事を用意する。お酒はなるべく良い銘柄、酔いやすいものを渡すようにしている。父はお酒に酔うと眠ってしまうので扱いはまだ楽なほうだ。


 父に料理を振舞い、お酒で眠らせた後に、ソフィアの番だ。誰にも邪魔されない、一緒に笑って過ごせるこの時間だけが私の人生の癒しだ。勿論父を起こしてしまわないように大きな音は出せないが、それでも十分な位に幸せだった。


 ソフィアと一緒に食事を済ませ、お風呂に入り、寝かしつける。これら全てが終わるのはほぼ毎日、夜十時を超えた後だ。四歳にこれはかなりキツイはずなのにソフィアは一切顔に出さない。本当に強い子だ。


 ソフィアを寝かしつけた後に学校の宿題を済ませ、明日の朝食を作る。洗濯も時間からしかできないので同時並行だ。十二時を超えたあたりに父は起きてくる。そのまま朝まで眠っていてくれればよいのに。


 「おはようございます。まだ夜ですから就寝しておいたほうがよろしいのでは?夜食作りますか?」


 「うるせぇ!寝起きに叫ぶんじゃねぇ!頭沸いてんのか?」


 そう叫びながら父は私の腹を殴る。よろめく私を見下ろし、髪の毛をつかみ持ち上げもう一度私の腹に拳(こぶし)を入れる。


 「なんだぁ?その目は!反抗的なその目だよ!それが親に向けていい目付きかぁ?あぁ?」


 「——っ申し訳ありません。すぐに直します」


 「・・・直せてねぇじゃねぇかよ!親の言うことは絶対だろ?なんで言うこと聞けねぇんだよ。おい!」


 「申し訳ありません、申し訳ありません」


 父は思い通りにならないと私を殴る癖がある。これが私にならまだ良いけれど、ソフィアに向けるのだけはやめてほしい。今のところは暴力を振るっていないが、いつそうなるかは分からない。


 「申し訳ありません、申し訳ありませんってよぉ、それ言えば俺の気が済むとでも思ってんのかぁ!?」


 「申し訳ありません!でも殴るの待ってください!私今日、生理なんです。これ以上殴らないでください!」


 「・・・あ?お前、今俺に歯向かったのか?」


 「あっ」


 「子供が親に歯向かって良いわけねぇだろ馬鹿が!」「申し訳ありません。申し訳ありません」


 失言だった。なぜ今歯向かってしまったのだろう。いつもならこんなことしなかったのに。


 そんなことを思いながら、私はその後十分程お腹を殴られ続けた。

 

 ——————————————————


 私たち姉妹の朝は早く、六時には起床をする。ソフィアの着替えと食事を済ませエマおばさんの家へ預けた後、学校に行く。私の通う学校はスクールバスが無く、徒歩で移動するため六時半には家を出る必要がある。毎日毎日この繰り返し。メンタルが壊れ切っていない私を褒めたいくらいだ。


 (学校に行ってもいじめられるだけなのに。・・・何しに学校に行ってるんだろ私)


 そんなこと考えながら通学路を歩いていると「やあ!おはよう」と声をかけられる。この声は聞き覚えがある。男の人の声で唯一不快にならないこの声。


 「昨日ぶりだね」


 オリビア君は片手にパンを持ちながらそう私に話しかける。


 「な・・・んで?オリビア君がここに?」


 「なんでって、また明日って言ったろ?」


 「確かに言ったけど・・・」


 「あれ?一緒に登校するのは迷惑だった?」


 「そんなことない!」


 「そっ!なら良かった」


 まただ。彼は自分が言ったことを私が否定しても怒るどころか文句すら言わない。本当に変わった子だ。


 それに私も昨日から変だ。前までは男の人が言うことを否定するなんてことしなかったはずなのに。彼の前だと・・・。


 自分でも分からない、そんなもやもやした感情を胸にしたまま私はオリビア君と一緒に学校へ向かった。


 学校に近づくと、私とオリビア君を見てヒソヒソと話す人たちが表れた。どうやらオリビア君は学校でも人気者らしく、そんな人気者がいじめられっ子である私と一緒に話しながら登校してくる姿に驚いたようだ。


 私はそんな状況にいたたまれなくなり立ち止まり、オリビア君に話しかける。


 「ねぇオリビア君。私なんかと一緒にいてもいいの?貴方は知らないかもしれないけど私、学校での評価とか扱いとか酷いんだよ。そんな私と一緒にいたらオリビア君にまで迷惑掛かっちゃうよ。優しくしてくれるのは嬉しいよ。心から。でもさ、もっと自分を大切にしないと」


 そんなことをぎこちない笑顔を作りながらオリビア君に伝えると、さっきまで笑顔だった彼の顔が強張る。


 優しくしてくれたのは嬉しかった。でも彼に迷惑をかけるのは違う。きっと彼もそれを理解してくれただろう。そう思いながら再び歩き出す。


(たった一日以下の時間だったけど、私のことを思ってくれる人がいてよかった。欲を言えばまだ一緒にいてほしかったけど、だからと言って彼に迷惑をかけていい理由にはならないしね)


 「そんな事考えてたの?僕が君のこと迷惑だと思ってるって考えてたの?」


 驚いた。想像していた返答と違ったから。てっきり、「分かった」というものだとばかり。


 「はぁ」


 溜息をつく彼を見て私は全身に鳥肌が立った。髪の毛から足の爪の先に至るまでその全てが震えてしまっているのか、というくらいに恐怖した。


(やってしまった。やってしまった。やってしまった。何を間違えた?どんな失言をしてしまっていた?分からない。分からない。分からない。・・・でも謝らないと。とにかく早く謝らないと。じゃないと打たれちゃう。)


 「あの・・・ごめ——」


 「あのな?昨日も言ったかもしれないけど、これは僕がやりたいからやってるんだよ?なんで僕がそれを迷惑に思わないといけないんだよ」


 あぁ。彼はなんて優しいんだろう。なんで私が言ってほしいことが分かってしまうんだろう。


 「ほら、行くぞ」


 そう言って差し出された彼の手は、全くと言っていいほど男らしくなく、柔らかく、安心する掌だった。

 

 ——————————————————


 「ねえ、あんた。何オリビア君と一緒に来てるわけ?あんたみたいなブスがオリビア君の横に立つなんて図々しいにもほどがあるんだけど?」


 オリビア君と離れ教室に入ると、クラスの女の子が問い詰めてきた。ごみを見るような目つきで私のことを見下ろしてくる。


 この女の子、ケミーちゃんは身長が高く威圧的で、私のことを日頃いじめている女の子たちのリーダー的存在。クラスの男の子顔負けのその男らしさから、一部女の子から絶大な人気を博している。・・・正直、少し苦手だ。


 怖い。暴力はいつも食らわせられているから多少我慢できるけど、それでも怖いものは怖い。


 「何とか言ってみたらどうなの!?」


 「ごっ、ごめんなさい。でも、あの、悪気があったわけじゃなくて、その、ただオリビア君から一緒に登校することを誘われて、それで、」


 「はぁ!?嘘つくんじゃねえよ!お前なんかがオリビア君から誘われるわけないだろ?どうせお前がなんかしたんだろ?なにした?言えよ。弱みでも握ったのか?それとも、誘惑でもしたのか?あ!?早く答えろよ!」


 私の髪の毛を強引に引っ張り、怒鳴り散らかす。周りのクラスメイト達は見て見ぬふりをし、私のことをいじめている人たちはそれを見て腹を抱えて笑っている。そんな地獄のような空間は更に悪くなっていく。


 「おい、ケミー。そいつの髪の毛引っ張んな。さすがにハゲは愛せねぇぞ」


 そんな一言と共に教室に入ってきたクシリア君が私の髪の毛を引っ張っているケミーの腕を掴んで止める。


 「なにあんた?こいつは今私が使ってるんだけど。使いたいなら私が使い終わったらにしてよね」


 「それだと髪の毛全部なくなっちゃうだろ」


 クシリア君がケミーちゃんの腕に力を入れたおかげで次第に弱まる。私はケミーちゃんの指の力が少し抜けた瞬間に腕を振り払うことに成功した。私は勢いをつけたせいか、少しよろめきながら教室の扉にもたれ掛かる。もたれ掛かりながら、ふと少し二人のほうを見ると、二人は私のことほったらかし言い争っていた。


 「は?なに、あんた?もしかしてこいつのこと好きなの?はっ!キモ。こいつのどこがいいのさ」


 「顔(つら)。あと体つき」


 「うっわ。まじでキモイじゃんお前。こいつのこと性欲でしか見てないの?吐き気がするんだけど。マジでどうかしてんじゃないの?しかもなにあんたその顔。腫れてんじゃん。誰かに殴られたの?みっともなーい。なんなの?何目的なの?・・・あっ!分かった。交尾だろ。交尾。ほんとに男ってそれしか考えてないよね。マジで気持ち悪い」


 「それはお前も同じことだろ?なんだお前、今まで人生で一回も男をそう言う目で見たことないって言えんのかよ?お前のどぅあ~いすきなオリビア君の事を一回も、一瞬もそう言う目で見たことないって言えんのかよ?言えないだろ?ほんとに女って自分のことは棚に上げて言うよな。マジで頭おかしい」


 「は?うざ」


 「あっそ」


 クシリアとケミーの言い争いは勢いを増していき、いつの間にかその声は、隣の教室まで響き渡るほどの大声になっていた。二人の大声はとても威圧感があり、普段私のことをいじめてきている奴ですら委縮するほどだった。昨日とは打って変わった様な、そんなクシリアの気持ち悪さに感情をどう向ければよいのか分からず、その日は何事もなく一日を終えた。


 結局、朝の騒ぎはその十分後に担任が教室に入ってくるまで続いた。二人はクラスメイトの前で公開説教になり顔や耳を真っ赤になるまで叱られていた。先生は二人のことを一通り叱りつけた後、呆れた様に言葉を添えた。


 「何が原因か知らんが、廊下まで聞こえていたぞ、お前ら。恥ずかしいと思わんのか?もうお前たちも十三歳、中学生だろ?中学生としての自覚を持て、自覚を」


 二人を叱るこの先生は一見すると良い先生に見えるかもしれない。実際そうだと言えるし、周りからの評価が高いのも事実だ。


 けど、私は知っている。この担任が出来事が起こる十分前、私がいじめられていた時には既に廊下にいたということを。関わりたくないから、自分が受け持っているクラスでいじめが起きているということを他の先生に知られたくないから、この先生は二人が言い争いになってから現れたのだ。


 心底気持ち悪い。男の人も、女の人も、親も、周りの大人も、全員嫌いだ。自分の利益のために、自分の幸福のために他人を平気で傷つける。


 「反吐が出る」


 「え?なに?今なんか言った?」


 学校の帰り道、オリビア君が私に問いかける。私に唯一味方してくれている人。そんな人の前で自分はなにを言ってしまったのだと一瞬で頭が真っ白になる。


 聞かれた?聞こえた?暗い女だと思われた?口の悪い女だと思われた?何か言わなくては。聞かれていても、聞かれていなくても、どっちだったとしても通ずる言葉を。紡がなくては。


 「何も言ってない」


 「そう?」


 結局、口から出た言葉は自分が用意していた、考えた言葉とは違った。相手を突き飛ばすような、とげとげしい言葉。


 いつもそうだ。しっかり考えてから発言できない。口から思わず出た言葉は、毎回相手を傷つけるような言葉。今回も——。


 ——学校でオリビア君のことで問い詰められ、いじめられたからか、オリビア君と並んで帰るのは少し居心地が悪い・・・。もちろんオリビア君のせいではない。あの一軒自体、私がオリビア君の事をよく知らなかったせいで起きた事だ。それに、居心地が悪く感じる理由はこれだけじゃない。


 私なんかがオリビア君の隣にいてもいいのかという心配もある。私なんかと一緒にいることでオリビア君の格とか学校での立場とかは大丈夫だろうか、オリビア君に迷惑は掛かってないだろうか、


 ・・・それでも、迷惑と分かっていても、居心地が悪く感じていても、オリビア君の、彼の隣にいたいと思うのは強欲なのだろうか。


 今彼は何を考えているんだろう。私の、いじめられっ子の隣に立つ彼は何を思っているんだろう。

 気になる。なぜ私に気を使ってくれるの?なぜ私を助けてくれたの?なぜ隣にいても嫌な顔一つしないの?なぜ?なんで?どうして?


 「昨日別れた道まで来たけど、今日もここまででいいの?」


 そんな彼の声で私は、はっとする。もうここまでついてしまったのか。もう家がすぐそこまで迫ってきてしまっているのか。——もう妹を迎えに行かなければならないのか。


 普段なら考えない、考えようともしなかった言葉たちが頭の中をぐるぐると回る。


 途端に背中に鳥肌が立つ。いつもやっていること。今日もそれをすればいい。なにも可笑しなことではない。でも、なぜか嫌がっている自分が自分の中にいる。


 「じゃあ、また明日ね。今日は木曜日だから明日さえ乗り切れば休みが待ってるぜ!」


 表情が暗い私を励まそうと元気いっぱいに話しかけ背を向ける彼の服を私は引っ張る。


 気持ち悪いと思われるかもしれない。彼の善意に甘えている自覚はある。彼の事や妹のことを考えればこんな行動許されてはいけないことだ。でも、それでも、今は、今だけは彼と一緒にいたい。そう思うと引き留めずにはいられなかった。


 私はまたやってしまった。考える前に行動を起こした。だから引き留める口実も何もかもが口から出てこない。何か言わなくてはならない。先程とは違う。この状況は誤魔化しようがない。


 引き留めたはいいがその先を一切考えていなかった私に気を使ったのか、はたまたそうでないのか。彼は口角を少し上げ、私に優しく微笑みかけ、そして、


 「じゃあどこか、公園にでも行く?」


 本来であれば私のほうから言うべき言葉を口から出し、手を握って一緒に歩き出してくれた。


 ——鼓動が早い。耳元が熱い。体が火照っている。耳鳴りが聞こえる。体が軽い。頭が重い。彼を見れない。目線は、振れば簡単にほどけてしまいそうな優しい握り方をしてくれている、私と彼の手と手だけを映す。


 彼が何か、私に話しかけている。公園に着くまでの道で私が退屈しないように、私が気まずくならないように。


 でも、彼の声は私には届かない。彼の優しさに、気遣いに溢れた言葉より、自分自身の腎臓の鼓動のほうが大きく聞こえるから。


 感じたことのない気持ち。彼の隣に立つと心臓が苦しくなる。


 彼、オリビアの目が、顔が、耳が、鼻が、体が、心が、話し方が、笑い方が、私に向けてくれるその全てが——


 「着いたね。遊ぶ?それとも椅子に座って話す?」


 「話す!」


 食い気味な返事をする私に嫌な顔一つしないで彼はそれに応じてくれる。


 公園のベンチに座り腰を掛ける。・・・座ったはいいが、肝心の話す内容が何一つ思いつかない。


 当然だ。引き留める理由も考えつかなかった私が二人きりで話す内容を思いつくはずがない。


 そんな沈黙を破ったのは、またしてもオリビアだった。だけども彼の放った言葉はそれまでの雰囲気と打って変わった真面目な言葉だった。


 「・・・どうして家に帰りたくないの?」


 その言葉が耳に入った瞬間、体中に鳥肌が立った。


 家のことについて問われたからなのか、オリビアがそのことに踏み込んできたからなのか、その理由は分からないけれども、何とも言えない感情が自分の中に押し寄せてくる。


 聞いてきてほしくなかった、けれども当然と言えば当然の疑問に、また黙り込む。


 「————」


 オリビアも黙る。このことが彼女にとって、目の前の相手にとってなにか先ほどまでの楽しそうな表情や感情を殺す質問だったと理解しても、その質問はしなくてはならないものだと理解しているから。


 「——っ、あの、さ・・・そんな話よ、りさ、もっと別の話をしよ、しようよ」


 途切れ途切れの言葉。誰が聞いてもわかる、そんな明らかに心が不安定な言葉を聞いて、途端にオリビアの眉間にしわが寄る。


 その表情を目で捕らえた瞬間、また「やってしまった」と、後悔する。今日だけでもう三度目だ。考えてから発言をするができなかったのは。


 謝る。それしか自分の今とれる選択肢は残っていない。謝らなければならない。


 謝らなければ、生理中だろうと腹を殴られる。


 謝らなければ、クラスメイトからやられてるのと同じように虐められる。


 謝らなければ、その翌日バリカンで髪の毛を剃られそうになる。


 例え心の奥底では自分は悪くないと思っていても、少しでも相手を傷つけたと感じるなら謝るのは当然だ。相手の心情のためにも、自分の身の安全のためにも。


 「僕がしたいのは、君が家に帰りたくない理由だ」


 そんな考えを巡らせるなか、オリビアはとうとう口を開く。


 「普通、学校でいじめられていたら家は安心するもんじゃないの?安全圏なわけなんだし」


 ——突如、自分の中でプツンと何かが切れた音がする。


 「いじめられていたのは・・・ごめん。前々から知ってた。この前助けたのは完全に偶然だ。帰り道の途中で、クシリアに連れてかれる君を見たから」


 ——さい。やめてそんなこと。


 「僕がしたのは偽善だってこともわかってる。助けるなら、もっと早くするべきだったってのも」


 ——るさい。その話は今したくない。


 「助けようと思えばもっと早くに助けられた。でもしなかった。それは事実だ。隠さず言うよ」


 ——うるさい。聞きたくない。


 「でも、知ってしまった。関わってしまった。それなら僕は最後まで君を守る義務と責任がある。だから話してくれ。君を知りたい、君を守ってあげたい、君に寄り添ってあげたい」


 「うるさい!」


 それは自分の意思とは関係なく口から勝手に飛び出していた。本日四回目にもなる思考することを後回しにした発言。言い逃れはできない。人生における最多記録となるこの行動に、本来であれば恐怖に身を包ませ、怯えながら彼に這いつくばって許しを得ているだろう。だが、今は違う。行動が思考に切り替わらない。口が、感情が、魂が、主張を譲らない。


 「分かった様な口をきかないで!何も知らないくせに人のプライバシーにずけずけと入り込んできて!何がしたいわけ?」


 「君の・・・支えに、なりたい」


 「ふざけたこと言わないで!支えになる?出来もしないことを私に言って、期待させて、結局は裏切るんでしょ?私知ってるから!助けてくれたのはありがとう!実際助かったから、そこはきちんとお礼を言うよ。でもね!それで終わり!寄り添わなくて結構!私は今までそうやってきたから、これからもそれで大丈夫!」


 そんなことは無い。オリビアが隣にいてくれて、一緒に登下校してくれて、時間にしたら一日にも満たない時間だけども、その時間だけはなぜか心が救われた。


 「私のことを分かった気にならないで!私の何を知ってるの!?妹のこと知ってんの?もう妹は来年から幼稚園に通わないといけない。幼稚園は親が付いていないといけないからあの父親にソヒィアのことを任せないといけない!そんなことできるわけがない、したくない。エマおばさんに頼むって手もあったけど、エマおばさんも結局は他人。家族じゃないからその役割は果たせない。私もまだ中学校があるから時間的な問題でソフィアのことを送り迎えできない!まぁそもそも年齢的にも無理だし、そもそも親じゃないからできないけどね!父も父よ!毎日毎日、酒、煙草、ギャンブル。少しは金をこっちに回せってんだよ。私がどれだけ近所の人に頭を下げて食材を分け与えてもらってるか、私がどれだけアルバイトに時間を割いているか、父の生活があるのは私の努力と私を助けてくれる周りの親切な人たちのおかげなのにそれを当たり前だと思ってる。本当に気持ちが悪い。少し機嫌が悪くなるとすぐ私のことを殴ってくる。生理中だったとしてもお構いなしだし、顔は殴らないでくれてるけど、それもどうせ自分の生活が危うくなったら私をそこら辺の男に高値で売るために決まってる。あいつの全部が嫌い。自己中心的な態度も、私のことを道具のように思ってる心も、ソフィアのことを性的な目で見てるのも!・・・私があいつの子供だってことも」


 オリビアに、彼に言いたくない言葉が次々と口から出る。本当は言いたくない。伝えたくない。彼には汚いところを見せたくない。でも今の私にこの湧き上がる何かを抑制する力はない。


 「どうせあなたも私を殴る」


 違う。彼はそんなことしない。


 「どうせあなたも私を見捨てる」


 そんなこと彼がするはずがない。


 「どうせあなたも、私のことを嫌いになる!」


 彼を傷つけるその言葉はいつの間にかつたっていた涙と共に次から次へと湧き出てくる。


 自分に嫌気がさす。寄り添ってくれた、力になろうとしてくれている唯一の、信頼できる味方を自分から突き放している現状。彼の優しい言葉の数々を真っ向からすべて否定する自分自身の醜さに。彼を傷つけている、そんな自覚があるのに暴言を止めない自分に。少し考えれば彼が味方だと、自分のことを本当に心から案じているとわかるのにそれが分からない自分の頭の悪さに。自分が悪いと分かっているのに謝るという選択肢が消えた自らの都合のよさに。自分の存在全てに。


 「————」


 彼は、オリビアはまた口を開かない。


 「ほら、結局図星だからなんも言えないじゃん」


 違う。そんなこと考えるな。彼に失礼だ。——黙れ。黙れ。黙れ。黙れ。黙れ。黙れ。黙れ。黙れ。黙れ。黙れ。黙れ。黙れ。黙れ。黙れ。黙れ。黙れ。黙れ。


 「——言いたいことは全部ぶちまけられたかい?」


 「なっ——」


 「じゃあ次は僕の番だね」


 殴られるのだろうか。罵倒し返されるのだろうか。私をクラスメイトと共にいじめることを決意したのだろうか。そのどれもに仕方がないと、自分に寄り添って助けようとしてくれた人に対する突き放し方の報復としては、やられても仕方のないことだと理解した。


 だから、オリビアの口から出た言葉は想定外だった。


 「まず言っておくと、僕は君のことを好きだよ」


 ——?彼は今何と言ったのだろう。


 「それだけは言っておきたかった」


 止まりそうになる頭を必死に回す。——好き?誰が?誰のことを?


 「僕は君のことが大好きだ。ほんとに。信じてほしい。・・・その、運く言葉で言い表せないけど、とにかく、僕は君のためなら何でもできるくらいには君のことが好きだ」


 「う、うそ、嘘だ。わた、私を好きになる人なんていない」


 「本当だよ」


 不思議な感覚だった。オリビアとは昨日初めて関わって、相対している時間は二十四時間にもなっていないはずだ。その、はずだ。なのに心のどこかでこの言葉を言われるのを待っていたような、言われる、そんな確信がうっすらとあったような気がする。


 「——っ」


 頭が痛くなる。脳が、心が、これ以上そのことについて考えるなと警告している。理由は分からない。でもこれ以上は危険。それが本能で分かった。


 頭を押さえてうなり声をあげる私に対してオリビアは優しく声をかけ、体を抱き寄せた。彼の優しさに体が包まれた瞬間、涙が止まらなくなった。自分への嫌悪感。彼の胸に身を任せてることによる安心感。どちらが本音かは分からないがとにかく涙は零れ落ち続けた。


 落ち着く。初めてのはずなのに初めてでないような、不思議な感じ。


 「大丈夫。落ち着いて。無理に思い出そうとなんかしなくていい。今はひとまず落ち着いて、深呼吸だ」


 言われた通りに息を吸い肺に、体全体に酸素を巡らせ息を吐く。数回行うだけで体は驚くほど速く落ち着いてきた。


 「思い、出すって?」


 「そのことも考えなくていい。今は落ち着くことが大切だ」


 オリビアの胸に顔を埋め込ませ心臓の鼓動を肌に感じる。そうすると落ち着くことがより一層早くできた。


 ・・・なぜ私はこの落ち着き方を知っている?


 再び先程の疑問に思考を巡らせようとしたが、オリビアの言葉を思い出し踏みとどまる。オリビアがそれはするなと言った。ならばそれは守らなければならない。


 「君はとても大変な日々を送っているんだね。僕はそのことについて干渉できない。無力な子供だからね。腹立たしいよ、自分の無力さや君のことをそんなになるまでに壊した周りの環境が。だから僕にできることは話を聞いてあげることくらいだ。君の本心を。君が言いたいことを僕が全部受け止めてあげる。泣きたくなったら僕の横でまた泣いてくれればいい。その時はまた胸を貸すから。イラついたときは僕のことを思う存分に罵ってくれればいい。僕は君から離れたりしないから。僕はいつでも君の味方だから」

 

 ——————————————————


 ——どれほど時間がたっただろうか。五分?十分?分からないが、どれだけの時間だったとしてもオリビアから離れたくはなかった。


 その後もオリビアからとても優しい励ましを貰い続けた。できればずっと彼の隣に座っていたかった。彼の胸に頭を預けておきたかった。でも時間というのはこちらの都合を理解はしてくれない。そろそろ妹のソヒィアの迎えに行く時間。父親が起きる時間。しなくてはいけないことが沢山ある。


 「ありがとうオリビア君。でももう行かないと」


 オリビアの胸から離れ、ベンチから立ち上がる。とても清々しい気分だった。勿論、問題が解決されたわけでは断じてない。これからもソフィアの送り迎えや朝の支度、身の回りの世話をしないといけない。きっと父から暴力を受け、物のように扱われる日々は続くだろう。


 それでも、オリビアがいる。彼がいれば、彼が自分に寄り添ってくれるのなら、この先どんな理不尽があったとしても我慢できる。乗り越えられる。そう思わずにはいられなかった。


 「もう平気かい?」


 青色の瞳で優しい目線を送る彼は、私の心を優しく溶かしてくれる。


 「大丈夫。また明日!」


 「あっそうだ、忘れてた。君の名前を聞かなくてはね、」


 「あれ?言ってなかったっけ?というか知ってるものだと・・・」


 「確かに知ってるけど、約束があるからね。ぜひ君の口からきかせていただきたい」


 「なんだそれ」


 そんな彼の意味の分からない言葉に思わず笑みをこぼした。名前なんか聞いてなんになるんだ。でも、彼が、オリビアが聞きたいと言ったのならそれに答えるほかはない。



 「メイカ・A・フリーツ、だよっ!」


 メイカは満面の笑みを浮かばせ、オリビアを見つめる。もっともその笑みに対するアンサーであるオリビアの笑顔には勝てなかったが。


 そんな二人は六年後に死亡する。


書いたぁぁぁあ。

早めの過去編だとも思うけど、遅くなると忘れちゃいそうだしね。

この過去編は一人称視点です。これからも、そのキャラクターを深掘るときはこうした表現を用います。

長くなっちゃった……

次回は長くないはずだぜ。

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