第8話:災害は約束を壊す
朝。
空が、重い。
雲が低い。
風もないのに、空気だけが張りつめている。
「……嫌な空だな」
鎧の男が呟く。
「ああ」
俺も短く返す。
理由はない。
昼。
地鳴り。
一瞬、遅れて――
揺れた。
「うおっ!?」
足元が崩れる。
立てない。
建物が軋む音。
木が割れる音。
悲鳴。
「外に出ろ!」
鎧の男が叫ぶ。
全員が一斉に動く。
押し合いながら、広場へ。
地面が波打つ。
世界が揺れる。
(地震か……!)
長い。
とにかく長い。
揺れが止まった頃には、
景色が変わっていた。
家は潰れ、
壁は崩れ、
畑は裂けている。
「……ひでえな」
鎧の男が低く言う。
誰も否定しない。
「怪我人はこっちだ!」
「水を持ってこい!」
「動けるやつは手伝え!」
混乱。
完全な混乱。
(記録どころじゃないな)
当然だ。
今は生きる方が先だ。
夕方。
ある程度落ち着いた頃。
問題は、すぐに顔を出した。
「……払えねえ」
静かな声。
だが、重い。
沈黙。
「俺もだ」
「畑が全部やられた」
声が広がる。
ざわめきが広がる。
(来たな)
最悪の形で。
「契約はあるだろう」
鎧の男が言う。
正論だ。
だが――
「払えねえもんは払えねえ」
それもまた現実だ。
夜。
記録庫。
集まったのは、商人、農民、徴税官。
全員、疲れている。
「整理する」
俺は言う。
紙を広げる。
契約。
期限。
金額。
「未払いが一気に増えた」
当然だ。
だが問題はそこじゃない。
「このままだと」
一拍。
「全員、信用が下がる」
空気が止まる。
「……それはまずいな」
商人が呟く。
「ああ」
俺は頷く。
「仕組みが壊れる」
守れない約束が増えすぎる。
前提が崩れる。
沈黙。
誰も答えを持っていない。
「どうする」
鎧の男が聞く。
短いが重い。
俺は考える。
そして――
「分ける」
「は?」
視線が集まる。
「払えない理由を分ける」
紙に書く。
・故意
・事故
「今回のは?」
一拍。
「事故だ」
「つまり」
続ける。
「同じ未払いでも扱いを変える」
「できるのか?」
「できる」
即答。
「記録がある」
地震の日。
被害の場所。
全部残せる。
「事故なら?」
鎧の男が聞く。
「止める」
「何を」
「期限だ」
沈黙。
「延期か」
「ああ」
「その間は信用を下げない」
ざわめき。
「甘すぎる」
「ズルされるぞ」
「甘くない」
俺は言う。
「条件をつける」
・災害証明
・被害記録
「嘘は即アウト」
空気が締まる。
「もう一つ」
俺は続ける。
「損を分ける」
「は?」
空気が揺れる。
「貸し手、借り手、保証人」
「三者で負担する」
「ふざけるな!」
商人が立ち上がる。
当然だ。
「全部失うよりマシだ」
俺は静かに言う。
沈黙。
「一人に押し付けたら終わる」
「分ければ残る」
これが現実だ。
長い沈黙の後。
「……割合は?」
商人が低く言う。
(来たな)
「被害で調整する」
「重い者、軽い者」
「全部、記録する」
翌日。
広場。
「特別ルールを適用する」
ざわめき。
「期限延長」
「信用維持」
「ただし嘘は禁止」
「損は分ける」
沈黙。
「……仕方ねえな」
ぽつりと声。
「これしかねえ」
広がる同意。
完璧じゃない。
だが――動く。
数日後。
「取引、戻ってきてる」
元商人が言う。
紙を見る。
確かに増えている。
「止まってない」
俺は言う。
それで十分だ。
だが――
「問題は残る」
鎧の男が言う。
「ああ」
「どこまでが事故か」
線引き。
ここが曖昧なら終わる。
その時。
一人が前に出る。
「俺は対象か?」
微妙な被害。
周囲がざわつく。
(ここか)
俺は理解する。
「基準が必要だ」
夜。
焚き火。
「結局、人が決めるのか」
鎧の男。
「違う」
俺は首を振る。
「基準で決める」
空を見上げる。
災害は終わった。
だが影響は残る。
「約束は壊れた」
小さく呟く。
「でも」
火を見る。
「仕組みは壊れない」
――その頃。
王城の一室。
静かな空間。
「……今回の、うまく回りましたね」
低い声。
リオネルだった。
貴族が椅子に座る。
「災害は予想外だったがな」
「ええ」
リオネルは頷く。
「ですが」
一拍。
「“起きた時にどう動くか”は見えました」
沈黙。
「人は止まらなかった」
「仕組みがあったからです」
貴族が目を細める。
「……だが甘いな」
「ええ」
リオネルは笑う。
「まだ、逃げ場がある」
「だからこそ」
小さく呟く。
「面白い」
記録庫。
風が吹く。
紙が揺れる。
俺は目を閉じる。
(次は基準だ)
曖昧を管理する。
それができなければ――
この仕組みは、
いつか必ず壊れる。
次回もお楽しみに!




