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絶望的魔人奇譚  作者: 星六
18/24

(七)-4


「おい、貴様」


 この声……、知ってる。最後の最後で、なんでこいつなんだ。


「不様だなぁ、人間よ」


 ぼんやり見えるこのブーツは予想通りミズルの……。


「なんだ。声も出んか。脆弱な生き物よな」


「……なんで……ここに……?」


「ヴァゴスの所へ向かう途中に声がしたんでな。寄ってみた。それはそうと人間よ、相当弱っているようだな。このブーツをなめると言うのなら一宿一飯の恩だ。助けてやらんこともないぞ」


 ミズルは口の端を吊り上げて意地悪に笑った。


「……そんなことはどうでも……良いよ。それより、ミズルに会えて良かった」


「……。何故だ?」


「謝りたかったんだ。……ごめん……。ヴァゴスをこっちの世界に連れて来たの、俺の担任だった。ミズルの……せいじゃなかった。だから……ごめん」


 本当なら顔を見て謝るんだろうけど、もう目がかすんじゃって……ぼんやりとしてわかんない……。


「本で読んだのとは違うな。人間は命の終わりに面した時、愚かにも泣き叫び醜く助けを請うのだろう? なぜお前はそうしない?」


「もっと、大……切なことがあるから……さ」


「大切なこととは? まさか私に謝る事か?」


「そうだよ……。俺は……ミズルの心を……傷つけた……。だから謝らなきゃ。それはお前のためでもあるし、なにより俺のためでもあるから……」


「…………」


「…………」


「……貴様、名はなんと言う?」


 ミズルが……俺の横に腰を下した気配を感じた。上品な香り……。


「久瀬……修介」


 ミズルは……軽々と俺を……引き寄せて、……生まれたての赤ちゃんをあやすように俺を仰向けに抱きかかえて……顔を覗き込んできた。ぼやけてるけど真顔のように思う。……美しいのは分かった。涙が出た。死を確信した。


「汝、久瀬修介。我が忠実なるしもべとして永久の忠誠を誓う事をここに宣誓せよ」


 誓うよ……。誓います。どうせ……死ぬんだ……。だったら贖罪の意味合いも込めて……誓う。ああ、ミズルの顔が近づく。もっと見ていたいのに瞼が鉄のように重たい……。


「……!」


 なんだ? この唇に触れる柔らかな感触。そして唇の隙間から注がれる温もりのある甘い液体……。


“ドクンッ!”


 心臓が体を突き破りそうな勢いで跳ねた! 温かい。あんなに冷たかった体が温かい! いや、そんなレベルじゃねーぞ! 熱い!


「起きよ、修介」


「うわぁっ! 熱っ、熱い!」


 体中から火が噴き出しているんじゃないか? それぐらい燃えるように熱い! 俺は目を見開いて先ほどのように転げ回った。


「ははははははははははっ! 人間ごときが分不相応の力を得たのだから当然、そうなる!」


「ち、力……って何だ? うぐぅっ!」


「それは魔力」


 何ぃ……? 魔力だと!


「貴様は今この時をもって、魔人として生まれ変わった」


「化け物にしたのか……!」


「私のしもべだ。下僕だ」


「てめぇっ!」


「ほう。ご主人様に逆らうのか? お仕置きが必要なようだな」


 笑みを浮かべるミズルの角が光り、飛んでくる光球! 避けることも出来ずに俺の額を直撃すると方向を変えて朝礼台を木端微塵に破壊してグラウンドに大きな穴を開けた! ……あれ? これほどの破壊力のある光球を俺は額に受けたんだぞ……。それなのに額がじんじんと痛いだけで俺の身体はなんとも……。はっ! 腹の傷も無い。確かに高宮に刺されたはずなのに塞がってる!


「ほんとかよ。マジで俺を化け物にしやがったのかよぉ」


 ミズル・バルメオ・アシュタロス。俺はその非情で冷酷な大悪魔を強く強く睨みつけた。


「そんなに睨まれると傷つくのう」


「それだけの事をお前はしたんだ」


「それだけの事を貴様もしたのでは?」


「何?」


「おやおや、さすがは姑息な人間よ。先ほどの謝罪はなんだったのか? 都合の悪いことはすぐさま忘れるようだ。善良なる私になんの根拠もない濡れ衣を着せ、罵詈雑言を吐きつけたのはどこのどいつだったか? 私の繊細でか弱いハートはガラスのように割れてしまったよ」


 うう、それを言われると心が痛い。


「そ、その事は……本当に悪かったよ……。でも、それとこれとは!」


「ふーむ。そこまで動けるようになればもう大丈夫だな。私はそろそろ行くぞ。ヴァゴスを回収せねばならんからな」


 そうだった。あのヴァゴスをなんとかしないとこの世が滅ぶ。今は俺の身体のことなんてどうでもいい。


「ミズル、俺も連れて行ってくれ!」


「貴様を連れて行って何の役に立つ?」


 ミズルに言われて返す言葉を失くしていると、ミズルは「ふふふ」と笑い「と言いたいところだが、あいにく蓄えた魔力は今、貴様にほとんどを使ってしまった。よって貴様の力でも無いよりはましかも知れん。そもそも貴様は私の下僕になったのだ。いざという時の肉盾としても連れて行く必要があろうな」と続けた。


 口では何と言おうとミズルは俺の血で体を汚してまで俺を抱いて、酷い言葉を吐いた俺なんかのために貴重な魔力を使ってくれた。だったら俺がやる。やるしかないだろう!


「行こうぜ。場所は分かってんだ」


「はっはっは。やる気がある事は良い事よ。では参ろうか。ヴァゴスもご主人様が恋しいと泣いておろうよ」




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