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四章(8)


 …………あれ? 痛くない?

 ゆっくり目を開ける。腕には、しっかりとした温かさと重みがあった。

 「とてもかっこいいと思いますよ。その新しい翼」

 「ん?」

 オレの首に手を回した桐生のセリフが気になり、自分の背中を確認してみる。

 「……おおう」

 そこには、曇天の中のわずかな光を反射して黒く鈍く光る、巨大な鉄の翼があった。なのに、不思議と重くない。

 「すげえな。これが進化ってやつか……」

 オレがこっそり胸を高鳴らせていると、苦々しげなプレイシスの声が投げ掛けられた。

 「俺のレーザーでも壊せない……? なんだそれは。お前は本当に人間か?」

 振り返ると、安定して宙を飛んでいるプレイシスの姿があった。

 オレよりも早く、桐生が自分の胸にさげたペンダントをプレイシスに見せて問いかけた。桐生がオレの首から片手を離したので、慌てて両腕に力を込める。

 「あなたたちが探しているのは、これですね?」

 「! それは……!」

 蓋を開けたその中で淡く輝いていたのは、オレにも見覚えがあるものだった。

 「その反応は、間違いなさそうですね」

 「……ああ。では、おとなしくそれを渡してくれ。そうすれば、俺たちは今すぐこの世界から去ろう」

 プレイシスが右手を伸ばし、こちらへ近づこうとする。けど、桐生は蓋を閉じてペンダントを握りしめた。

 「いいえ」

 「なんだと?」

 「これはお父さんが……桐生真が私たちに残してくれたもの。誰にも渡しはしません。これは私の、桐生連のものですっ‼」

 そう言いきった桐生は、今まで見たどこの誰よりも綺麗だった。

 「……それで、どうするつもりだ?」

 地を這うような低い声。プレイシスは、差し出した手を、怒りにまかせて握った。

 「元々それは俺たちのものだ。俺たちほどそれを必要としている者はいない。ただ飾るだけのやつに渡してなんになる! それは、俺たちが使ってこそ意味があるものだ!」

 「ええ。私はコア・コルーンではありません。コアの力を百パーセント使うことはできないでしょう。それでも……」

 『森羅万象。連なる真理の扉を開く』。ロケットの蓋に刻まれていた詞を思い出す。しかし、これはコア・コルーン、マカオート・ウレイセスのもの。繰り返しても、別人である以上、意味はない。

 (ならば、私は私の名にかけて、使いこなしてみせましょう) 

 桐生はすっと息を吸うと、短いフレーズを唱えた。

 「森羅万象。連なる真理の声を聴く」

 桐生のペンダントから青い光が広がった。

 ピーッと言う甲高い音が、プレイシスのほうから聞こえた。

 「バ、バカな⁉ なぜコアが発動する⁉」

 驚愕、不信。こいつこんな顔ができたのかと思うぐらいのうろたえぶりだった。

 「コアは温めることで人体に影響を与えるという特性を発揮し、人が言葉をかけてやることで能力を固定するものだそうですね。つまり、必ずしも体に埋め込んでやる必要はないのです。だから、私にも発動させることができるというわけです」

 「そ、そんなことが……」

 わなわなと震えるプレイシス。オレはあることを思い出して、心臓が凍りついたような気がした。

 「待て、桐生! それってたしか人体の生命エネルギーを使うんじゃなかったか?」

 「それは身体に埋め込んだときだけですよ。外に下げていれば、きっと大丈夫です。お母さんにも、そう言って納得してもらいましたし」

 「それはゴリ押ししたって言うんだよ。つか、本当にそうなのか?」

 そっと桐生の温かい手がオレの頬に触れた。

 「私には武器がありませんでしたから。これでいいのです」

 「……いいのかな」

 「いいんですよ。あなたは、こんなになってまで私たちを守ってくれました。これからは、私も一緒に戦わせて下さい」

 キリッと引き結ばれた唇。決意に満ちた黒曜石のような瞳。

 ……ああ、断れるものか。

 「分かった。……さて、それじゃあ不遜な闖入者どもを、とっとと追い出すか!」

 「はい!」

 左手に力を集中させて桐生の腰を支えながら、右手で背中の鋼鉄の翼に触れる。

 初めて見た。けど、どう使うのかは分かる、いや、知っている。

 オレの、戦士ラ・スタン和泉翼の魂に刻まれているのだから。

 「一万の羽、これ全て鋼鉄と相成り。而して片翼より一、我に力与うるつるぎと成れ!」

 一枚岩のようだった鋼鉄の翼から、二枚の羽が分離し、合体して細身の剣になった。それがオレの空いている右手にフワフワと寄ってきた。

 それを握りしめ、右へ薙ぎ払う。

 「行くぜ! 『機巧天使』の初陣だ‼」

 さっきよりずっと速く、力強く飛んでプレイシスへ迫る。相当の威圧感があるはずだ。

 「くそっ……!」

 あいつが両手を構え、ビームを放った瞬間、

 「左下斜め三十度へ沈んで下さい」

 桐生が耳元で囁いた。車と同じだけの速さを出しておきながら、急な方向転換。プレイシスの反応がわずかに遅れたのが分かった。

 「そのまま振り向いて浮上、彼の飛行体を破壊して下さい」

 切先を上に向け、あいつに避けるヒマも逃げるスキも与えず、力を込めて振り抜いた。

 たしかな手応えを感じて、歓声を上げかけたとき、桐生が鋭く警告した。

 「後ろへ向けて浮上を続けて下さい!」

 慌てて翼を動かして上空へ逃れれば、一瞬前までオレたちがいたところをビームが走っていった。

 「悪ぃ!」

 「いえ、大丈夫ですよ。……ハッ!」

 「どうし……ムグ」

 桐生が何かに気づいたみたいだったから、それが何かを聞こうとしたら、なぜか口をふさがれた。

 「何もないように振る舞って下さい。相手にバレますから」

 こくこく頷くと、桐生は手を離してくれた。

 「まだだあ!」

 いつ爆発するか分からないというのに、プレイシスは飛行体から降りようとしなかった。そして、何かガラスのカードのようなものを宙にばらまいた。

 「気合い入れて下さいね、翼さん」

 桐生が左手もオレの首に回してきた。どういう意味だと思っていたら、視界の端でプレイシスが性懲りも無くビームを放つのが見えた。

 「来ます、五十度下へ!」

 あいつのビームはまっすにしか飛ばないのに、なぜそんな深い角度で沈むのかと思ったが、答えはすぐ分かった。

 「左前二十五度。……右旋回!」

 「ちょ、アリかよ、こんなの!」

 ガラスのカードと思っていたのは、ビームを反射して軌道を曲げるためのものだったらしい。上から次々とビームが降ってくる。

 「そのまま路面へ近づきつつ、右へ移動し続けて下さい」

 「了解!」

 「っ、待て!」

 右へ左へジグザグに飛ぶ。体を一回転させる必要があるときもあって、とにかく気が抜けない。けど、桐生が細かい体のひねりも指示してくれるから、ビームは笑えるくらいこっちに当たらない。

 その最中、急に桐生は通信機に左手をあてた。

 「イノウエ君、聞こえてますか?」

 ドゴォ! ガラガラーッ! という破壊音とともに、元気な奉助の声がした。

 『おう! どうしたんだ?』

 「そのまま道を直進し、大通りへ出て下さい。そして私が合図をしたら、すぐさま左手のビルの中へ入って下さい」

 『分かった!』

 「翼さんは私の合図と同時に、速度を上げて左手のビルの裏を回り、彼の背後をついて下さい」

 「オーケー!」

 一秒、二秒、三秒……。わずかな時間がとても長く感じる。

 『森羅万象。連なる真理の声を聴く』

 桐生の耳には、いったい何が聞こえていたのだろうか。

 眼下に奉助の茶髪が見えたとき、桐生が叫んだ。

 「左へ!」

 奉助はビルの自動ドアを体当たりで破り、オレはほぼ九十度に進路を変えた。

 大通りに沿って飛ぶオレを狙っていたビームは、さすがにこの急旋回にはついていけなかった。結果として、プレイシスのビームは、奉助を追って現れたジートに当たることになった。

 「「⁉」」

 間一髪飛び退り、奇跡的に直撃を免れたジートは、上空をふらふらとおぼつかなさげに飛んでいるプレイシスに罵声を浴びせた。

 「どこ見てんだ! クソチビ野郎!」 

 「お前こそ何でここにいるんだ!」

 お互いに気をとられた二人は、背後の気配に気がつくのが遅れた。

 「今です!」

 「「おおう‼」」

 オレは刃のない剣を、奉助は不知火の炎を集中させた拳を振りかぶった。

 振り返った二人の反撃は、間に合わない。

 「二度とおれたちの世界にちょっかい出すな!」

 「とっとと、お前らの世界に帰れー!」

 オレの剣はプレイシスの右肩を砕き、奉助の拳はジートのみぞおちに刺さった。

 「゛あ゛あっ‼」

 「がはっ……!」

 プレイシスの体が傾くと同時に、ついに限界を迎えた飛行体が爆発した。その爆風をもろに受けたプレイシスは落下して、ドシャッという嫌な音をたてた。

 ……これじゃ、オレがわざわざ殺さないようにって刃を消したの、意味なかったかもしれないな。

 オレは若干後味の悪い気分とともに、奉助の横へゆっくりと降り立った。そして、地に伏す二人を見下ろす。

 「げほっ、あ……は…………」

 「……ぅく、……」

 桐生がオレから離れ、一歩だけ二人に近づいた。

 「あなたたちの求めるコアは、既に探し人であった彼の娘、桐生連が所持し、使用しています。それでもまだ奪おうというのなら、いいでしょう。かかってきなさい。相手になりますよ」

 相手は迷うようなそぶりを見せていたが、やがて口を開いた。

 「…………撤退する」

 ジートは何かを取り出すと、スイッチのようなものを押したようだった。ブゥーンという腹に響くような不快な音がしたかと思うと、二人の背後が歪んで、黒い穴が空いた。

 ジートは口元の血を拭い、オレたちを順に睨みつけると、動けないプレイシスの首根っこを掴んで穴の中に飛び込んだ。

 数秒後に穴は消え、近づいても何ともなかった。

 「……終わったか?」

 夢見てるみたいな気分だった。

 でも、このずきずきと疼く痛み、ボロボロになった街。……夢じゃねえんだよなあ。

 「ええ。ひとまず、かもしれませんが」

 「そっかあ……」

 「あーー……よかったー……」

 そしてオレと奉助は、揃って膝から崩れ落ちた。


 オレが目を覚ましたのは、二日後のことだった。親や桐生はまあ当然として、なんで嵐やラッキーや牧ノ宮先輩や住吉先輩まで意識不明、面会謝絶のオレの病室にいたんだよ! さらにあとから奉助も現れたからな。お前だって絶対安静だろうが!

 なんて悪態がつけるのもオレが生きているからで、みんなの顔を見たとたん、ものすごく安心したんだ。照れくさいから言わねえけど。


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