四章(7)
* * *
私の考えた作戦はうまくいったようで、無事にイノウエ君は相手と対等に戦えるようになったようです。白の君は、私に助けを求めてきませんが、それだけ敵に集中しているということでしょう。
私は通信機を耳からはずし、手近のテーブルの上に置くと、窓辺を離れて再び、ベット横の椅子に腰掛けました。そして、お父さんの手に自分の手を重ねました。
温かく、厚い手の平。これが、本当に死の直前にある人の手なのでしょうか。
「……不思議そうだな、連。私の体が気になるか?」
「え、あ……」
顔に出ていたのでしょうか。お父さんは、おかしそうな表情で言いました。
「お前にはもう分かっているんじゃないか?」
「……人体、改造……ですよね? レーザーほどの熱を体から放つためには、それに耐えるだけの耐熱性がないといけませんし、皮膚に炭素を集約するなど……コアだけの仕業とも思えません。人の手が加わっていなければ、有り得ないことです」
「その通りだ」
お父さんの声は小さく、健康そうな見た目でありながらも、命の灯火は確実に消えようとしていました。
「コアは『そこに在る』だけではただの鉱物だ。表面を少し温め、声をかけてやることでその特性を発揮する。体に埋め込むのは、そのほうが余すことなく力を使えるし、生命エネルギーを吸収させることでより多様な能力を発揮できるからだ。さらに人体をその能力にあうように改造してやることで、コアの能力を百パーセント行使できる」
ドォ……ン。遠くて近い場所で起こった爆発音が、部屋を鈍く通り過ぎていきました。
「私は、風の流れ、気配などというものを見て、聞いて、感じることができる能力を持っていた。その情報を処理する時にかかる莫大な肉体的負担に長い間耐えられるように、強靭な肉体に改造されている。……気持ち悪いか?」
そう問うお父さんの顔は穏やかでした。……答えなんて、分かりきってるくせに。
「まさか。むしろ、ありのままに生きられないことに同情すらしますよ」
「そうだな。私も、同じことをもう死んでしまったであろうかつての同胞たちに言いたいよ。……彼らは、たった三十年しか生きられないからな」
「えっ……」
思わず息をのみましたが、そうです。かつて私自身が言ったのではないですか。コア・コルーンは——
「お前の想像の通りだよ、連。私たちコア・コルーンは、自分の生命エネルギーを消費している。だから寿命はとても短い」
そして突然、お父さんはグッと力を込めて私の手を握りました。
「お父さん……?」
「だが、私はこの世界に来た。コア・コルーンとしての能力を発現することがなくなった。三十年を越えて生きることができた。そして、大事な相棒と、可愛い娘をもつことができた。あのままでは、決して味わうことのできなかった幸せを、味わうことができた……」
うっすらと、お父さんの鳶色の瞳に涙がにじんでいます。
「ありがとう、彼方。こんな得体の知れないものを受け入れてくれて。
ありがとう、連。こんな私を父と呼んでくれて」
「……何を、言ってんだよ。水臭いぞ」
ズズッと鼻水をすすりながら、お母さんは笑いました。
「オレの方こそ、お前がいなけりゃとっくに死んでるよ、ありがとう、真。お前は、オレの人生最高のパートナーだ」
……何か。何か言わなくっちゃ。
そう思っているのに、喉に何かが引っかかって言葉が出ない。お父さんの顔をよく見ておきたいのに、水面に映ったかのようにぼやけてよく見えない。
「いいんだよ、連。泣いても」
お母さんに抱きしめられて、そう言われて、初めて自分が泣いていることに気がつきました。
「……嬉しいものだな。死ぬ時に、泣くほど悲しんでもらえるなんて」
大好きなお父さんの声。もう聞けなくなる、話せなくなる。
そう思ったとたん、驚くぐらいあっさりと、声は出ました。
「私は!」
ぼろぼろと、まさにその表現が正しい泣き方をしながら、必死で言葉を紡ぎました。
「私は、お父さんの娘でよかった。血も繋がってない私を、こんな私を、娘と呼んで可愛がってくれた! ありがとう、お父さん。ありがとう……!」
お父さんの目が嬉しそうに、そしてもう旅立つという合図のように、細められました。
「お父さん、大好き……!」
それは聞こえていたのでしょうか。聞こえていたのだと、信じたい。
お父さんはとても安らかな笑顔で、人生の幕を下ろしました。
私は初めて、声をあげて泣くことをしました。
* * *
オレの銃が非致死性の電気銃だと知られたせいで、一段と攻撃がシビアになった。明らかにプレイシスは、さっきよりもずっと勢いづいている。
上下左右、わりと何も考えずに飛んでいたせいで、とっさに自分が今どこにいるのか分からなくなった。だから、何度目かのビームを避けたあと、オレは既視感を覚えたんだ。
桐生の家は一度行っただけだけど、場所や外観はよく覚えてる。ここへ来るときの車の中でも、一応地図を見て場所確認したし。
オレは今、どこにいる?
オレが避けたビームの行く先に何がある?
マンションだ。茶色い、二十階建ての。横にはクリーム色の十四階建てのマンションがあって、でっかいスーパーもあって。
二十階建てなのに、なんでお前の家五階なんだよー。せっかくなのにー。
たしか、奉助が不満気にそうもらしていたな。
そうだ。桐生の家があるマンションだ。
「桐生——‼」
既に遅いというのに、オレは振り返って必死で手を伸ばした。
三秒後、ドカンッと爆発したのは、はるか向こうの学校だった。ホッとしたのも束の間、オレは後頭部に強烈な一撃をくらった。
「なるほど、あそこにマコトサンがいるんだな」
「うっ……ま、て……」
「策もなく敵に背を向けるなど、愚の極み。何が戦士だ」
プレイシスが何を言ったか、正直全然聞こえなかった。でも、オレを置いて桐生の家へ行こうとしているのは、もう見なくても分かる。
「行かせるかあーーーっ‼」
オレは全力で引き金を引いた。殴られた衝撃で、視界はまだかすんでいるけど、それでもまた飛び立って引き金を引き続けた。
「うわああーーっ‼」
銃を乱射して、手榴弾を投げまくって。普段なら大ニュースになるところだろうけど、そんなの気にしてられない。
「行かせねえ、絶対に行かせねえぞーっ‼」
今の光線は桐生たちにも見えているはずだ。だから避難してくれ。
「見苦しいぞ、和泉翼!」
急いで逃げてくれ。それまでの時間稼ぎはしてやるから。
頼むから逃げてくれ————!
『白の君』
桐生の声が通信機から届いた。
* * *
「もう、大丈夫か?」
「……はい」
顔を上げた先にあるお母さんの目は真っ赤でした。それは、娘の前では決して涙を見せまいと、必死にこらえているようでした。
お母さんは私頭を撫で、大きく息を吸うと、お父さんのシャツをめくりました。震えるお母さんの手がコアに触れると、驚いたことにコアはポロリと転がり落ちたのです。
コアを握りしめ、お母さんはぼそりと呟きました。
「これが」
「え?」
「これが全ての元凶だ。これを渡せば、敵も退いてくれるかもしれない。けど……オレはこれを手放したくない。これは、真が唯一向こうの世界から身につけていた、大切な形見の品なんだ。連、お前は……こんなオレを許してくれるか?」
そう言って私のほうに向けられたお母さんの顔。それは、懇願と、わずかばかりの罪悪感をにじませたものでした。
私はフッと微笑むと、お母さんの強ばった手に自分の手を重ねました。
「そんなバカなこと訊かないで下さい。私だって、それを手放したくなんかありません。それに、もう何一つ、お父さんのものをあの世界へ返したくありません」
「……ああ。ありがとう、連」
お母さんは腕でごしごしと目をこすって、自分のシャツの下からペンダントを取り出しました。金メッキが施された、楕円形のペンダントです。
「それは?」
「昔、真にもらったんだ」
そしてパチンと蓋を開きました。中は、結晶型にくりぬいてありました。
「ロケットだったのですか」
「ああ。真が死んだとき、コアを保存するための入れ物としてな。……あの時は、こんなことが起こるなんて思ってもなかったからな」
コアはロケットの凹みにぴったりと合いました。閉じられた蓋の上に、何かが刻まれているのに私は気がつきました。
「そこには、なんと書いてあるのですか?」
「ん? ああ、真のコアを発動させる呪文だよ。実は、お前の名もここから取ったんだ。見るか?」
私がそれを受け取ったそのとき、部屋の中が外からの明かりでが明るくなりました。そして、テーブルに置かれたままの通信機から聞こえてきた、悲痛な白の君の呼び声。
『桐生——‼』
お母さんがさっと私を抱きしめてきました。そして二人で見た窓の外は、煙でほとんど景色が見えませんでした。
「どうやら、すぐ近くに着弾したみたいだな。……避難するべき……なんだろうな」
「……そう、ですね……」
ええ、分かっています。戦いが始まる前にも、釘を刺されたのですから。
なのに、私もお母さんも動けません。お父さんが亡くなった直後です。そして素早く避難するためには、大好きなお父さんをここへ置いていかなければなりません。それが分かっていて、誰が動けましょうか。
無意識に両手を握りしめた私は、ロケットを持ったままだったと気づきました。
そして唐突に、一つのことを思いつきました。
* * *
『白の君』
「桐生! 無事だったか!」
『はい』
聞き慣れた淡々とした声。オレは大きく安堵の溜息を漏らした。けどすぐに、そんな状況ではなかったと思い出した。
「なら早く避難するんだ! こいつにお前のいる場所を知られた! だから早く……」
『いいえ。避難はしません』
「はあ⁉ なに言ってんだよお前⁉」
ギョッとして、意識が一瞬プレイシスから逸れた。そこで放たれたビームは、オレ自身には当たらなかったけど、翼を貫いた。何枚かの羽が灰になって空中に散る。
「くっ……!」
『実は、父が死んだのです』
「え?」
『ですから、もう何の遠慮もありません。私も一緒に戦います』
……そうか。結局、二ヶ月前のあの日が、最後に会った日になってしまったな。
でも、今はそんな感傷に浸っている余裕はない。つーかおい、今なんて言った?
「戦うって……どうやってだよ? お前そんな修行うけてないんじゃなかったか?」
『はい。ですが、戦う手段はあります』
「あるって……どうせぶっつけ本番には変わらねえんだろ? そんなもんで……」
『大丈夫です。やれないはずありませんから』
「あのなあ!」
オレだって、いつまでこいつを抑えてられるか分からない。だから、急いで逃げてほしくて声を荒げた時、すぐ目の前をビームが落ちていった。
「うわっ⁉」
「どこを見ている!」
「くっそ……!」
悔しさをにじませて、オレは上にいるあいつをかすむ目で睨みつけた。電気ショックは一時的なものでも、出血性ショックは時間が経てばたつほどひどくなるんだよな。
『大丈夫ですか?』
「ど、どうってことねえよ! だから、もうなんでもいいから早く避難するんだ!」
オレの必死の叫びは届いているはずなのに、桐生から帰ってきた返事は、全く関係のないものだった。
『私は、あなたに謝らないといけないのかもしれません』
「は?」
『白の君。私があなたを、白い翼を持つ者と言ってしまったせいで、あなたは今もそれに囚われたまま戦っている』
「なに言ってんだ?」
『あなたは修行中、もう一度神様と言葉を交わしたと聞きました。その時にも、同じようなことを言われていたと思います』
神様と面会したとき?
思い出そうとするよりも速く、その時の映像がフラッシュバックで浮かんだ。
『翼抱く子。あなたに伝えておきたいことがあります』
「なんですか?」
休憩中に現れた牧ノ宮先輩に連れられ、オレは寒々しい石のお堂の中に座っていた。ちなみにこのとき、神降ろししたのは住吉先輩じゃなかった。
『あなたに与えた戦士としての能力に関してです。あなたのそれは、大きな白い翼を持つことだけではありません。あなたの想い次第で、いかようにも姿を変えるのです。鋼砕く子よりも、あなたには進化の道が残されているのですよ。幼き天使よ』
「? ? ?」
たぶん、神様なりのアドバイスってやつだったんだろうけど、その時のオレにはちんぷんかんぷんだった。
(あれのことを言ってんのか……?)
そのときオレが投げた爆弾は、あいつが避けるまでもないところで爆発した。
「!」
愕然とするオレを冷たく見下ろすプレイシス。悔しい。けど、オレの体はもう……。
「その出血で、よくここまで保ったな」
お前なんかに感心されても、欠片も嬉しくねえんだよ。
そう言ってやろうかと思ったが、あいつのいるところまで声が出る気がしなかった。
そのとき、耳に桐生の声が響いた。視界も意識も、気を抜けば揺らいでいく中で、桐生の声だけがはっきりしていた。
『白の君。私は、いま自分のマンションの屋上にいるわけですが』
ちらりとそっちの方角を見れば、たしかに桐生の姿が、くっきりと見えた。
「そこから何する気だよ」
口の中で呟くだけでも、通信機なら届くだろ。桐生の軽く笑うような吐息を挟んで、桐生は驚くべき行動に出た。
『翼さん。あなたの可能性はそれだけですか?』
そう言って、宙へ身を投げ出したのだ。
「桐生ーー⁉」
自分でもびっくりするぐらいの大声が出た。
オレは戦闘そっちのけで桐生のほうへ飛んだ。けど、もどかしいぐらい距離が縮まらない。
(ウソだろ⁉ なんでだよ、これじゃあ……)
間に合わない————?
(冗談じゃねえ! もっと速く、もっと強く飛べる翼を……!)
落ち続けているというのに、桐生の顔は微笑んだままだった。オレを信じてるって言いたいのか……?
「なら……」
泣きそうな顔を、強気なものへ変えてやる。背後でプレイシスは、ビームでオレを狙っているだろう。
でも、今はそれよりも、もっと大事なことがあるんだよ!
「その期待を裏切るわけにはいかないよなあ!」
オレが桐生を抱きしめるのと、背中にビームが直撃するのは、同時だった。




