07. マーセナリーズ
深夜の聖都市。ラボ。
機械音が響く白い室内で、グレイはソファにもたれながら端末を眺めていた。
イノウエは淹れたての紅茶を、タカセとグレイに差し出す。
「例のお嬢様の任務はどう? ミシェルだっけ。仲良くなれた?」
タカセは「ありがとう」と紅茶を受け取りながら答えた。
「元気な、普通の女の子だ。仲は良くなった……はず」
「ミシェ子はタカセのファンらしいぞ」
「おい、グレイ……」
「あら、良かったじゃない。ダークヒーロー活動の賜物ね」
タカセはなんとも言えない表情を浮かべた後、話題を逸らした。
「そういえば……さっきの違法改良武器の回収任務。別のコード・リーパーがいた」
──確か、ビクターとマキナ。そう呼び合っていた。
タカセは少し間を置いてから続けた。
「今回の件は、condor直々の指示だ。なのに、別部隊が動いていた理由は?」
イノウエは端末を操作し、表示された画面を二人に向けた。
【任務ログ:一部データ欠損】
【現場介入者:未照合コード・リーパー確認】
「この“未照合”、マーセナリーズかもしれない」
「マーセナリーズ?」
タカセの声に、グレイは短く息を吐いた。
「マーセナリーズねぇ。面倒くさいやつじゃん」
タカセは片眉をわずかに上げる。
先ほど出会ったビクターとマキナの姿が、頭の奥に蘇った。
───────────────────
「なぁ、お前ら。変なところから依頼を受けてるんじゃねぇだろうな」
グレイの軽い問いかけに、ビクターが勢いよく反応した。
「ちちちちちち違うって!」
「めちゃくちゃ動揺してるじゃねぇか」
グレイが笑う。
「とにかく! それは私たちの獲物だから返しなさい!」
マキナがぴょんと跳ねる。
グレイは肩をすくめるだけで、アタッシュケースを手放そうとしない。
「condorさんの任務なんだよな、これ」
その一言で、空気が変わった。
「……タンマ! 今、condorって言った?」
マキナの顔が、一瞬で真剣になる。
次の瞬間には、もう二人は背を向けていた。
「またな!」
ビクターの明るい声を残し、二人は夜の街へと消えていった。
───────────────────
タカセは瞬きをひとつして、記憶を切り替えた。
「……あの二人」
タカセを見て、グレイが横目で笑う。
「賑やかな奴らだったな。タカセはまだコード・リーパーになったばっかりだもんな。そういうのを知らなくても無理はない」
イノウエは端末の表示を指先で軽く叩いた。言葉を選ぶように、わずかな間を置く。
「……要は、正式な仕事を回してもらえなくなったコード・リーパーのことよ」
タカセが眉をひそめる。
「回してもらえない?」
イノウエは軽く頷いた。
「コード・リーパーは一度その席に就いたら、制度上、死ぬまで降りられない」
淡々とした声で続ける。
「でも、任務には波がある。評価、政治、適性……理由はいくらでもあるわ。結果として、“正式な依頼が来ないコード・リーパー”が生まれる」
グレイが肩をすくめた。
「仕事がない殺し屋、ってやつだな」
イノウエはその言葉を引き継ぐ。
「それでも彼らはコード・リーパーのままよ。肩書きは剥がれない。でも、生きていくためには報酬がいる」
少しだけ言葉を選ぶようにしてから、続けた。
「だから、動き方が少し雑になる」
タカセが静かに聞き返す。
「雑って? どういうことだ?」
グレイが先に答えた。
「簡単だよ。仕事を横取りする」
イノウエが頷く。
「任務を受けたコード・リーパーより先に現場に入って、処理を終わらせる。あるいは、企業から直接依頼を受ける。──どちらにしても、危ない橋の上で生きるしかなくなる」
ややあって、イノウエは言葉を落とした。
「そういう状態のコード・リーパーを、マーセナリーズって呼んでるの」
グレイが横目で笑う。
「まあ、そういうのに近いことを昔やってた奴もいるけどな」
「え?」
タカセが視線を向ける。
イノウエは珍しく、そこで視線を逸らした。
「グレイのことよ」
「……」
一瞬だけ、空気が止まる。
グレイはわざとらしく肩をすくめた。
「昔の話だ」
軽い声だった。
タカセは一度だけグレイを見たが、それ以上は何も聞かなかった。
「……グレイも、苦労があったんだな」
タカセの呟きに、グレイは何でもないことのように笑った。
「おいおい、そんな顔すんなって」
そして、いつもの調子で軽く言葉を噛ませる。
「まぁな。腹は減るし、プライドは削れるしで……いい思い出ってほどのもんじゃねぇけどさ」
「……グレイ」
タカセはポケットから袋をひとつ取り出し、グレイに差し出した。
「お煎餅だ」
「お前、急にIQ低くなる時あるよね」
二人のやり取りを横目に、イノウエは小さく息を吐き、端末の表示を静かに閉じた。
「マーセナリーズが関わっているなら、少し面倒ね」
グレイはソファに深く身を預け、項垂れるように天井を見上げた。
「こういう時ってさ。だいたいもう、巻き込まれてるんだよ」
タカセはため息を落とした。
「……確かに」
もう、巻き込まれているのかもしれない。
タカセは違法改良武器を見下ろした。
「……あの二人は、何のためにこれを?」
グレイは欠伸を噛み殺しながら言う。
「さあな。知ってて持ってたのか、知らずに持ってたのか」
タカセは答えなかった。
ただ、ひとつだけ気がかりなことがあった。
──彼らは、この武器が何を引き起こすのか知っていたのだろうか。




