未来断章
まどろみの天使
教会は、死体の匂いがした。
頬に触れる、冷たい床。
目を開けると、石床に淡い光が揺れていた。ステンドグラスを透かした朝日が、色とりどりの影を落としている。
少女はしばらく、ぼんやりとその光を見つめていた。
気を失っていたのだ。
ゆっくりと顔を上げ、視線を巡らせる。
そこで、息が止まった。
ピクリとも動かない人々が、広間のあちこちに横たわっていたからだ。
身体中の皮膚が、内側から弾けたかのように裂けている。命の名残が、どろりと身体から零れ落ちていた。
粘液の中から突き出しているのが肋骨だと分かった時、思わずひっと短い悲鳴が漏れる。
あまりの恐怖に瞬き一つできなかった。
強烈な吐き気が喉からせり上がる。
──どうして。
そう思った瞬間、思い出した。
──自分が何をしたのか。
気絶したままなら、どれほどよかっただろう。けれど、目を背けてはいけない。
目の前に横たわる人々を、自分とは関係のないものにしてしまいたくなかった。
少女は震える指を握り込んだ。
誰かの期待に応えられる自分でいたかった。
なのに。
どうして、こんなことになってしまったのだろう。
祭壇の前に女の姿があった。
少女は声を絞り出し、女に懇願する。
「……やめて、ください。こんなこと、もう……」
ひどい声だった。それでも少女は止めない。
止めなければ。これ以上、誰かが傷つく前に。
「……お願い、です」
女が、ゆっくりと振り返る。
「まだ、終われない。コード・リーパーに忘れられた亡き魂のためにも──」
その声には、長い年月をかけて積み重なった何かが滲んでいた。
少女はもう一度声を出そうとする。
──もうやめて欲しい。
熱い涙が視界を覆い、目を閉じると頬の上に流れ落ちる。
あの人の顔が、よぎる。
会いたかった。
もう一度だけ、声が聞きたかった。
でもそれは、叶うはずのない願いだということを少女は知っていた。
自分の手で傷付けたから。
だから、会ってはいけない。
もう二度と、その人を傷つけてはいけない。
そうして何度も、胸の奥に芽生える願いを押し殺してきた。
──それでも、もう一度。
たった一度でいい。夢の中でもいいから。
もう一度だけ、名前を呼んでほしかった。




