02. 白い箱庭で、世界は解体される
朝の光が石畳を照らし、花壇の朝露が光る。
どこか遠くで、鐘が鳴った。その余韻に重なるように、礼拝堂から聖歌が流れてくる。
聖都市のラボは、そんな街の中でひとつだけ異質だ。ゴシックな石造りの街並みの中に、そこだけ切り取られたような白。
タカセとグレイはラボの門をくぐる。
揺れる観葉植物と、丁寧に植えられた花が、真っ白なラボを彩る。
行き交う研究員に軽く会釈を返しながらフリースペースを抜けると、いつもの部屋の前で足を止めた。
軽くノックを二回、返事を待たずに扉を開ける。
「イノウエ〜、帰ったぞ」
グレイが軽やかに声を飛ばす。しかし、珍しく彼女からの返事がなかった。
タカセは部屋の奥へ目を向けた。
壁一面を埋め尽くすモニターに、中央に並ぶ四つのソファ。テーブルには菓子と紅茶が常備されている。
その脇のカーテンの向こうは、武器職人のレインがいつも工房として占拠している場所だ。
そんな雑然とした空間のさらに奥に、もうひとつ、カーテンで仕切られた小部屋がある。
タカセは短く息を吐く。それには少しの心配が滲んでいる。
「……あの部屋か」
「アイツ最近、あそこに籠もりっぱなしだな……まぁ、無理も無ぇか」
グレイは小部屋のカーテンを捲る。
空気清浄機と空調が徹底された空間で、イノウエはゴーグルを装着し、手元の作業に集中していた。
彼女が持つ細いピンセットが、正確に、迷いなく動く。
タカセは何気なく、彼女の背後からその手元を覗き込む。
──真っ白な腕が一本。
そこから蛆虫がひそやかに這い出して、微かな死の感触を床に落としていく。
イノウエは無表情のまま、それらを一匹ずつ丁寧に採取していた。まるで、花弁でも摘み取るかのように。
「……イノウエ、帰ったぞ」
タカセが控えめに声をかける。
イノウエは手を止め、ゆっくりと顔を上げた。ゴーグル越しでも分かる、大きな瞳。二人に気付くと、いつもの気だるげな笑みを浮かべる。
「あ。おかえり〜、ハッピーセット」
グレイがすかさず口を挟む。
「おい〜、それさっき言われたとこ〜」
イノウエは、二人を促して小部屋を出た。エアーで軽く身なりを整えたあと白衣の袖を軽く払う。小さく笑ってゴーグルを指先でくるりと回しながら言った。
「もう知ってたんだ。トレンドの把握が早いのね」
「JKからの熱烈な声援に感動しちゃったよ俺は。なぁ、タカセ」
グレイの軽口を聞き流しながら、タカセは机に件のケースを置いた。
「任務で回収した武器だ。続けざまですまんが、解析頼む」
イノウエはラボの研究員であり、解析員であり、そして医師でもある。
現場へ出るのはコード・リーパー。
持ち帰られた証拠や情報を扱うのは研究員。
表と裏。互いに役割を分けながら、世界の秩序を支えている。
「了解。あんたたち、怪我とかしてない? 処置いる?」
「ありがとう。大丈夫だ」
タカセとイノウエのやり取りを聞きながら、グレイはソファに沈み込む。
「──にしても、condorのオッサン。人使い荒くねぇ? 任務連発はさすがにハードモードだろ」
そんなグレイのぼやきを、イノウエは慣れたようにあしらう。
「……コード・リーパーの最高位に向かってそんな口叩いてたら、いつか本気で殺されるわよ」
「なあタカセ。俺たち働きすぎじゃね? 違法武器の流通のせいで、最近は裏社会の活動がやけに活発だし。もう何度目の回収だよ」
グレイは天井を見上げたまま続ける。
「イノウエだって、ここんところ寝れてねぇだろ。ちょっとは休めよな」
タカセは軽く頷きながら、イノウエに向き直る。
「……ここは珍しくグレイの言う通りだ。休める時はちゃんと休んでくれ」
「おっと。目覚まし優等生さんは一言余計だなぁ〜」
タカセとグレイを見て、イノウエは柔らかく笑った。
「そうね……ありがとう」
その笑みが、ふっと消える。
「でも、見過ごせない。“あんな死に方”をするのも、彼らにとって本望でも無いでしょうし」
「裏社会のどうしようもないヤツらでも?」
グレイの問いに、イノウエは首を傾けた。疲れ切った表情なのに、どこか凛として美しい。
「もちろん。あんたたちだって、こんな理不尽な死を見過ごせないから、必死に武器を回収してるんでしょ」
言ってから、イノウエはタブレットモニターを起動させた。慣れた手つきでスクロール、タップし、画面を二人に提示する。
「──この人も、“違法改良武器”の使用者だったわ」
モニターに映るその姿を見て、タカセは顔を歪めた。
映し出された男は、白濁した眼をカッと見開いていた。鼻や口、耳。穴という穴からおびただしい量の血が流れている。
しかし、目を背けたくなる光景はそれだけじゃない。
「──腹部から破れてる。まるで、内側から弾け飛んだように」
イノウエの声は淡々としていたが、その奥にはやるせなさや憤り、色んな感情が滲んでいた。
グレイは心底うんざりした表情で言う。
「──そうなる理屈が分からん。裏社会の奴らがドンパチやって死んで、遺体の腐敗がたまたま急速に進んだだけじゃねぇの? ガスが溜まって、ボンッて具合に」
グレイの言葉を想像するだけで、タカセは胸が悪くなった。
イノウエは静かに首を振る。
「運ばれた仏さんの死因は、この破裂そのものよ。死後に腐敗ガスが溜まって破裂したわけじゃない。そもそも、発見された遺体には、生きている間に上半身が破裂した痕跡があるの」
イノウエの話に、グレイは顔を歪めた。
「そうやって破裂して死んだ奴らの共通点が“武器の使用者”──なんだ? 呪いか何か?」
「それが分かれば苦労しないでしょ。お互い」
聞けば聞くほど、分からないことばかりだった。タカセは長いため息を吐いた。
──一体、聖都市の裏で何が起こっているのか。
画面の男は、答えない。




