01. 国家公認の問題児たち
『不思議の国のアリス』
ルイス・キャロル著/1865年刊
少女アリスは、白ウサギを追いかけて不思議な世界へ迷い込む。そこでは、奇妙な住人たちと不可思議な出来事が待ち受けていた。
聖都市の外れ。
とうに使われなくなった礼拝堂の一角で、男たちが黒いケースを囲んでいた。
かつて祈りを捧げるために人々が集った場所も、今では人目を避けた取引に使われている。
「……中身は?」
「違法改良武器だ。注文通り、全部そろってる」
ケースを開いた男が、並んだ武器をひとつずつ確認する。
朝日がステンドグラスを透かし、赤や青の光を石床に落としていた。
その色彩が鈍い金属の表面にも揺らめき、武器の輪郭を鮮やかに縁取っている。
その様子を、天井裏から二人の男が息を殺して見下ろしていた。
「──はい、証拠写真の撮影おっけー。ケースも確認。あとは回収して……奴らは警察に引き渡せば任務完了ってとこ?」
グレイが小声で囁く。
隣のタカセは、腕時計型端末に目を落とした。礼拝堂の立体図に、対象者の位置が点滅している。
「ああ。全員の位置は把握した。武器の数も一致している」
「準備万端ってわけね……なぁ、タイム測らねぇ? 三分以内に片づけたら、今日の飯は肉ってことで」
「お前はもう少し真面目にやれ」
タカセが呆れた様子でため息を吐いた、その時。
『朝でっす♪ 朝でっす♪ 起っきる時間っ♪』
静まり返った天井裏に、場違いな歌声が響き渡った。
「…………」
「…………」
時が止まる。正確には、二人の思考が止まった。
下のマフィアたちも、何事かと動きを止めている。
「なんだ!?」
「どこから聞こえてる!?」
ざわめく声が、礼拝堂に反響する。
グレイは、ゆっくりと隣を向いた。
タカセもまた、ゆっくりと自分のポケットへ視線を落とす。
『朝でっす♪ 朝でっす♪』
「…………」
「…………」
タカセは、しばらくポケットを見つめていた。まるで、自分の身に何が起きているのか、ようやく理解し始めたかのように。
そして、ぽつりと呟いた。
「……すまん。俺のスマホだ」
『やっと起きたね♪』
「目覚ましだ」
「やっと起きたね♪ じゃねぇよ!!」
直後、マフィアたちが一斉に天井を見上げる。
「誰だ!?」
「上だ! 撃て!!」
銃声が鳴り響いた。
グレイは身を翻して弾を避ける。
「やっべ、気付かれた! お前って、たまにやらかすよな!!」
「一瞬でボコれば問題ない」
「大アリだよ!!」
グレイの声を無視しながらタカセはアラームを切ったスマートフォンをしまうと、銃弾の飛び交う天井裏で立ち上がった。
次の瞬間。
天井の格子を勢いよく蹴り飛ばし、躊躇いなく飛び降りる。
着地と同時に、タカセが銃を抜いた。
乾いた銃声。最も近くにいた男の手元で火花が散り、銃が弾き飛ばされる。男が怯んだ隙に、タカセは銃口を次の標的へと向けた。
「降参しろ」
その声を合図にしたかのように、グレイが飛び込んだ。
「いやー、派手な登場だねぇ。目覚ましのせいで予定が狂ったな」
「お前が騒いだせいでもあるだろ」
「誰のせいだと思ってんの!?」
軽口を叩きながらも、グレイの足は止まらない。
マフィアの銃口が向くより早く、懐へと滑り込む。ブレードの柄で相手の腕を打ち、返す動きで武器を弾き落とした。
「コッ、コード・リーパー!? しかも聖都市のタカセとグレイ!」
「よっ! お見知り置き感謝〜!」
グレイは返事もそこそこに、叫んだ男へ踏み込む。
その背後では、タカセが銃口を動かしていた。グレイを狙おうとした男の手元を撃ち抜き、反撃の芽を摘む。
前へ出るグレイ。道を切り開くタカセ。
片や、敵陣を切り崩す刃。片や、その刃が止まらないよう戦場を整える銃。
二人の連携に、マフィアたちは反撃の機会を見いだせなかった。
タカセが最後の男を制圧し、廃墟に静寂が戻った。
グレイはブレードを収めながら周囲を見渡す。床に転がるマフィアたちに、もう動く者はいない。
「制圧完了っ。楽勝だったな〜! 例のケース、回収しようぜ」
グレイの声に、タカセは取引に使われた黒いケースへと歩み寄る。
その中身を確認したところで、ようやく一息ついた。
・
礼拝堂の外。
マフィアたちの身柄を警察へ引き渡し、タカセとグレイの任務はひとまず終了した。
押収した違法改良武器は、これから二人がラボへ持ち帰り、詳しい解析に回す予定だ。
規制線のそばでは、担当のベテラン警官が携帯型のモニターを操作していた。空中に展開された画面には、確保された男たちの顔写真と身元情報が並んでいる。
警官が一人の男の顔を読み取り装置に向けると、照合結果が画面上に表示された。
「全員、身元の照合が取れました。こちらで引き受けます。ご協力、ありがとうございました」
タカセは軽く会釈を返す。
「ご苦労様です」
「今回も助かりました。さすが、国家公認のコード・リーパーですね」
「……いえ。警官の協力もあってのことです」
タカセはベテラン警官に向き直った。
「それより、今回の報告書についてですが――」
「タカセ〜! グレイ〜!」
突然、黄色い声が飛んできた。
振り返ると、規制線の向こうに女子高生が二人。こちらへ向かって、満面の笑みで手を振っている。
二人のそばにいた若手警官が、慌てて制止した。
「こら、職務中だから……!」
しかし、その横でグレイがひらひらと手を振り返す。
「お〜い」
「きゃー!!」
二人の声が跳ね上がった。
タカセは無言でグレイを見る。
「……何をしている」
「ファンサービスに決まってんじゃん」
「真面目にやれ」
「お前、相っ変わらず真面目だな」
そんな二人のやり取りを見て、報告書について話していたベテラン警官は苦笑した。
「大変ですね。ダークヒーローは」
タカセは一瞬だけ、規制線の向こうへ視線を向けた。
「……これも仕事のうちなので」
「人気者は辛いぜ。なぁ、タカセ?」
「お前は楽しんでいるだろう」
悪びれもせず笑うグレイに、タカセは小さく息を吐いた。
任務中はあれほど息の合う相棒なのに、こういう場面ではどうにも噛み合わない。
そんな二人を見て、女子高生たちはさらに盛り上がった。
「ハッピーセット、尊い!」
「…………」
「…………」
タカセとグレイが、同時に固まった。
先に口を開いたのは、グレイだった。
「……えーと。今、何て?」
女子高生たちは、きょとんと顔を見合わせる。
やがて、片方が何かを思いついたように笑った。
「知らないんだ! じゃあ教えてあげるね。タカセとグレイって、ハッピーセットって呼ばれてるんだよ!」
「…………」
「…………」
二人は無言で顔を見合わせる。
その様子に、ベテラン警官の口元がふっと緩んだ。
「今、SNSでそう呼ばれているらしいですね」
どこか温かな響きを含んだ声だった。
その間にも、二人のファンはますます勢いづいていく。
「ハッピーセット、こっち向いて〜!」
「写真撮っていいですかー!」
そして。
「「ハッピーセットじゃねぇ!!!!!!」」
聖都市の一角に、二人の絶叫が響き渡った。
遠くで、教会の鐘が鳴る。
今日もまた、聖都市は平和に見えた。




