【#1】ダンジョンに連れてこられてみた
「はぁ……はぁ、なんなんだよここは」
レンガ造りの壁と土の床に囲まれた通路を俺は走っている。
何故こんな所にいるのかなんて覚えていない。ベッドでスマホを眺めてた時? それともトイレに立った時だっただろうか。少なくとも今日は家で無気力に電子モニターと天井を見比べる日常を過ごしていたハズだ。しかも時刻は深夜を回っていたので出歩く用事もない。
まぁ、昨日も一昨日もその前もそんな日だったかもしれない。日夜問わず。そんな俺が日常の些細な変化なんか気づく由もないか。流石に部屋がまるっきり変わった時は様子がおかしいと焦りもした。あんな深夜の遅くに俺の人生に更新かけないでくれWindowsかよってね。
アニメやラノベを読み過ぎた長年のニート脳が見せた夢や幻覚、あるいは妄想なんじゃないかって現実逃避な事を考えた時だけ心が落ち着いていた。
これが異世界転移だろうがドッキリ企画だろうがどっちだっていい。すまんなあまり面白いリアクションが出来なくて。
あぁ、別に俺は冷笑系とか斜に構えたタイプの主人公じゃない。こう見えて焦っているんだ。
︎︎ どうやって来たかも分からない、元に戻れるのかも分からない。それにスマホとかも持ってたはずなのに手元には無く、いい加減寂しいのもある。こうして脳内で主人公だとか言いながらモノローグを唱えてないと気が狂いそうなのだ。
24歳になってモノローグを妄想しているのは既にちょっとおかしいよなんてツッコミはしないで欲しい。今の精神状態的に本格的に泣いてしまうだろうから。
ちなみにテイク30くらい目だ。もちろん俺の名前は榊 悠真!のバージョンも用意した。
とにもかくにも俺は突然知らない部屋にいて、そこにあったのは卓袱台とその上に置かれたノートパソコンが1台。
︎︎ 後はペラペラの煎餅布団が一式あったくらいだ。
部屋と外の世界を繋いでいそうなのは1枚のドアだけで、窓すらついていないって状況だった。︎︎TRPGで早速SANチェックってシチュエーションだなと思ったのを覚えている。
当然自分の技能値なんて振ってないからドアになんちゃって聞き耳を立てて部屋から出てみたってわけ。これ見よがしなパソコンの方を調べておけばよかったなって今は思う。
まぁ、そんなこんなで扉の先にあったのが冒頭で言ったこのレンガ通路。塔とか洞窟とか平原って方じゃないステレオタイプな、まさに”ダンジョン!” って雰囲気の道。
そういえばさっきのモノローグでWindowsって単語を出したけど、あれはテイク13くらいで思いついたジョークだったかな? でさ、知ってる? Windowsってさ昔スクリーンセーバーで謎の迷路表示してたんだよね。今歩いてるのはマジであんな感じの道。で、そんな道をテクテク歩いてたんだ。
「ははっ、まさか本当に異世界とか? モンスターなんかもいたりして。え?じゃあ俺の転移ボーナスは?」
なんて事をブツブツ呟いたその時だった。
「グギッ! グギャギャ!」
て声が聞こえた。それと同時くらいに遠くの方で腰ほどの体長をした小さな緑色の人が見えた。というか目が合った。やっぱり俺の耳はあんまり良くないのか先方の感知能力が高いのか、そんなことを考えながらも猛ダッシュで来た道を駆けだした。
「絶対ゴブリンだ! 絶対あれゴブリンだって! いやいや無理無理無理! 異世界? 異世界なのか? そんなの消費する側でいいって!」
この時の叫びは恐怖だったのか、喜びだったのかどういう気持ちだったんだろうな。覚えていない。覚えていないというか今でも整理がついていないんだ。なぜなら今しがた起きた事だから。ここまで現実逃避のモノローグを聞いてくれてありがとう。つまりね俺はそういう主人公なんだ。
現実に目を向ける勇気はないのに妙な度胸があるから斜めに皮肉を言ったり思ったりしてみる。SNSを眺めながら即物的なドーパミンを分泌して、時間を無為に消化する無職。
現実と虚構の区別はつくけど真剣になれない、なのに他人の視線は気になるから頭で言い訳や悪ふざけをして誤魔化す癖のついた冴えない24歳。まぁ今言う事じゃないか。
︎︎ こうやって危機的な状況でも頭の中じゃどこか現実を直視できていない。
「はぁ……はぁ……やっと、やっと扉だ」
息を切らせながら通路に出た時と同じ扉を開け急いで体をねじ込む。ホッと一息つきながらそのまま座り込むと、寄りかかったドアからガンガンと何かを打ち付ける音と、わずかな振動が伝わってきた。しかし扉は振動を伝えるのみでビクともしない。鍵がついているワケでもないが、特に開けられる様子も無かった。もう一度一息ふうと吐き出し立ち上がる。
非現実なんてスマホの向こう側だけで良かったんだ。いや読んでいる時はさ、思ったよ俺も異世界行かないかな~って。女神様にチートとか貰ってさ。
小さい頃はかめはめ波を練習したし、破道の三十三蒼火墜の詠唱は空で唱えられる。でもやっぱダメだな~。俺が長年培ってきた授業中に不審者が現れた時用格闘術も、マヨネーズの作り方も全部ゴブリン見て吹き飛んだ。で、今ちょっとだけ戻って来た。
「あー、とりあえずパソコンみてみるか。早速」
そう言いながら、ノートパソコンが置かれた卓袱台に近づいた。
置かれていたのはどうやらポピュラーなタイプのノートパソコン(さっき窓の類はないなんて言ったけどある意味これもUI的には”窓”か?︎︎Windowsの話ばっかだな俺) で、右上に電源ボタンがあったので押してみる。そういえば電源はどうなっているのだろう。ただのオブジェクトだったらどうしよう。
そんな俺の懸念を他所に問題なくパソコンが起動した。最初にウィンドウに表示されたのはこんなテキストだった。
「ようこそ救世のダンジョンへ。君たちの成長と世界をたすける画期的なシステムを提供します」
そこからズラっと説明が書かれていたが要約すると、俺たちの住んでいる世界から無差別に何人かを呼び出した。100人かもしれないし1万人かもしれないけどそこは秘密。
無差別とはいえ、あまり影響の無さそうな人を選んだ。
「大きなお世話だけどな」
まぁ、でも少し心がチクっとした。実家暮らしとはいえ家族が心配しているかもしれない。あるいは心配されなさそうで呼ばれたのかな。ちょっと不安。
要約に戻るけれど、そんな呼び出された俺たちは、扉の向こうのダンジョンで冒険をするそうだ。必要なものはこの手元のパソコンで入手するらしい。ふと足元に目を向けると卓袱台の下になにやら蓋のない箱がある。
「これに物資が追加されるのかな」
ニート脳をフルに活かして説明のつかない不思議理論に目をつぶり創作だったらこうだろうというロジックで推論を立てる。
で、重要な事としては俺たち(説明にはプレイヤーって書かれていた)の冒険は住んでいた世界で配信されるという事だ。そこで所謂視聴数だったり投げ銭だったりで稼いで物資を購入する。もちろんゲームよろしくモンスターを倒した経験値でも強くなるが、攻略の独自性はこのポイント(説明にはVP=viewpointって書かれていた)で出すらしい。
他には部屋の機能や食料なんかもこのVPに依存する形になるとの事だった。
で、それがなんで世界と関係するかって言うと、曰く俺たちの頑張り次第で不思議パワーが働いて資源だったり環境だったりが良くなるって仕組みらしい。例えば温暖化だとか。
注意事項もいくつかあって、国とか組織が特定のプレイヤーに肩入れしてめっちゃ投げ銭するとかは出来ない。配信のコメントとか、後々解放される機能とかでも(ダンジョンにとって)都合の悪い事とか、他のプレイヤーの情報流すようなネタバレは出来ないみたいだ。判定はここに呼んだ推定ゲームマスターの独断と偏見検閲。
ざっくり言っちゃうと社会のお荷物――自分で言ってて悲しい……を回収して資源に役立つスキームに組み込みつつ、エンタメにできたらいいなって超常の存在が考えたみたいな話と解釈。
プレイヤーがいるのは独立したインスタンスダンジョンで基本的にプレイヤー同士の交流は無い。基本的にというのは物理的な干渉は無理だけど、会話機能くらいはあるかもとの事だ。現世側からも配信視聴とコメントくらいしか俺たちにアプローチ出来ない。
「さて、どうしたものか。帰りたいっちゃ帰りたいけど、興味が湧いてしまっている自分もいる」
と、ひとりごちながら説明を読み終わった瞬間足元の箱に出現した撮影用ゴーレムと説明を受けた物体を手に取った。
︎︎ 現実と虚構、心と身体が少しだけ離れた俺はまるで新しいゲームを開封するように、あるいはソシャゲのチュートリアルを流す気持ちを自覚していた。
実はさっき走った時の肺の痛みは続いているし、手足も震えが止まらない。それでも俺はちょっとだけ非現実を受け入れる準備を始めている。
「ま、暇だったし?︎︎やってみますか。攻略」
︎︎ この時の俺はまだ軽く考えていたんだ。何者かが用意したこのダンジョン攻略がどんなに悪意に満ちているかなんて知らずに。
︎︎ なんて、引きのモノローグを妄想してみる。どんなんでも”あの時”より最悪なんて無いし気にしても仕方ない。




