【#13】過去について語ってみた
俺はどこにでもいる暑苦しくて青いそんな新卒のサラリーマンだった。
納得いかない事は上司相手でもとことん議論を食い下がる。ははっ今思い出すと面倒くせーな俺。
「よぉ、榊。新卒入社で早速残業か?」
「うるせー。同期のお前にも返ってくからなソレ」
俺に話しかけるコイツは佐伯。同期で入社式の時にたまたま隣に座っていて、たまたま同じ部署に配属されてからこうして無駄に俺を構ってくる変人だ。
俺と違って卒なくなんでもこなす器用な奴で、上司からの覚えもいい。佐伯の事だから本当は自分の仕事なんてとっくに終わっているのに俺にちょっかいを出すためサビ残でもしたのだろう。
家庭の事情で大学の際に1留しているらしく、一つ年上だと本人は言っていたが1歳違うとここまで人間性に差が出るのかと辟易するくらいに優れた、尊敬できる友人だ。
「そういやお前、あのプロジェクトどうするんだ?」
佐伯が上司——もう名前も忘れたな。山田っぽいし山田でいいや。その山田から呼び出され、新人に任せるには少々荷が重い昔ながらの取引先を絡めたプロジェクトの話を持ち掛けていると他の同僚から聞いたのだ。
「お、榊の割に耳が早いね。もちろん受けようと思うよ。それにね、俺は今回のプロジェクトでお前をサブリーダーとして推薦しちゃった」
「ハァ?! 聞いてないぞ」
「今言った。お前はさ真面目過ぎるし、鬱陶しいくらい正論で武装して仕事をするからちょっと面倒だって思われている、なんて自分を評価してるだろうけど俺はお前の事凄い奴だって思ってるんだ」
「……何の話だよ」
佐伯の軽口に含まれた図星に俺は勢いを削がれる。佐伯の顔も心なしかいつもより真面目な気がした。
「損してるよな。上司と対等に議論が成り立つくらい物事を多面的に見る事が出来るって事でもあるのに。その表現の仕方一つ変えたら皆の評価なんて俺と全然逆転しちゃうって俺は思ってる」
「ふん。そんな事ねぇよ。よしんばそうだとして俺はお前みたいに器用じゃない」
「だから噛みつき先を俺にして、その優秀な脳みそを拝借しようって魂胆なんだな」
ニシシと悪だくみを思いついた子供のように佐伯は自身の計画を語った。しかし拝借なんて言っているがコイツの事だ。俺でも活躍できる機会を作ろうと必死に山田に頼み込んだのだろう。自分も期待に押しつぶされそうになりながら働いているってのに人の面倒ばかり見て酔狂な奴だ。
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数日後、佐伯の言葉通り会社の新規プロジェクトのコアメンバーに佐伯と俺が抜擢された。昔ながらの取引先と新しいアプリケーションを共同開発するプロジェクトで、取引先との連携が肝になる、難易度としてはそこまで高くないが柔軟なスキル発揮が試される仕事だった。
「これからよろしく榊」
「あぁ、こちらこそよろしく」
差し出された手を握り返した時、俺は佐伯のくれたチャンスに食らいつこうと決意したのを覚えている。
「そんな、でも前回のフィードバックにはそんな仕様含まれてません!」
「そうだったかね? 前回の担当者はもっと柔軟だったんだがな……」
俺は自分の仕事のやり方を貫く事が何よりも正しいと思っていた。関わる皆が正しい事をすれば、おのずと仕事は上手く行くんだ、と。今思うとそんな子供のような理想論を掲げるたびに佐伯は頭を下げていた気がする。
「大変申し訳ございません! では一度前提を見直して、御社の仰るような機能と競合する仕様がないか洗い出してみます!」
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「すまない。俺のせいで毎回頭を下げさせて」
「いやいや、コレも仕事のうちだから」
いつも佐伯は笑いながら、俺が詫びで買った缶コーヒーを飲んでいた。
そんな日が続いた。
「また、サビ残か?」
「あぁ、榊か。いやコレは正真正銘の残業だよ。俺も榊みたいにビシっと言えるようになりてぇ~」
「……俺は子供なだけだ」
「ほう……今日はなんか殊勝だな。やっと成長したのか?」
心底驚いた顔で佐伯は俺の顔を見ていた。失礼な。やっぱり子供だと思ってたんじゃないか。でも俺が子供なのはその通りだ。言いたい事を、正しい事を言うだけが結果に繋がるわけじゃない。昔からの取引先、同僚、上司、そういう数多の視点、数多のコンテキストで出来た見えない最適解を佐伯はいつも見つけてもがいている。
「俺、やっぱりサブリーダー降りるよ」
「え、なんでだよ」
「やっぱり俺には務まらない。もう少し勉強してから挑戦すべきだった。明日山田さんに言ってみようと思う」
「ん~もう少し頑張ってみないか? オレお前じゃないとどうしても気張れなくてさ。おっと変な意味じゃないからな?」
何度目のやり取りだろうか。この時既に俺たちは二人とも相当参ってたんだと思う。どこにでもあるありきたりな新卒の苦悩。正しさは何で伝えるタイミングはいつで、人の心はどんな形をしているのか。
日に日に残業の時間は伸びていった。大学の時からいつか行きたかったソロキャンプの動画を見て行った気になって、道具の使い方を脳内シミュレーションする。いつの間にか眠りに落ちて数時間後アラームで目が覚める。そんな数か月を過ごした。
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「あの〇△社との連携を新卒に任せたのか?」
「あぁ、佐伯の奴サブリーダーに榊を任命したいだなんて言いだして笑いそうになったよ。今年の問題児二人が超問題児取引先とぶつかるなんて、なかなか面白いじゃないか」
ある日俺がトイレの個室を利用している時に山田が誰かと会話している声が聞こえた。山田はどうやら佐伯や俺を疎ましく感じていたようで、表面的には優秀な佐伯を抜擢するという異例アサインでついでに俺も釣れたのだと上機嫌に話していた。
「上手くいけば奴らにとっても加点になるんだ。いい上司だと思わんか?」
「何言ってんですか、〇△社は長年面倒な取引先としてブラックリストギリギリだって分かって当てるのは充分いじわるですよ」
「しかし、社会じゃそんな事だれも口にせんだろう」
これが社会なのか。と俺は自分の手にいつの間にか力が入っている事を自覚した。
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「おい、佐伯やっぱりこの仕事罠だって!」
その日の業務終わり、俺は辺りに人がいないタイミングを見計らって、佐伯に迫っていた。
「あぁ、その事か。大方そんな事だろうと思ったよ」
なんでもないという風に佐伯はハハッと俺の言葉を受け流し仕事を続ける。その態度に俺はついカッとなって佐伯につかみかかる。
「お前分かってて!」
「おい、コレはまずいだろ? 手離せよ。なぁ、榊さお前いつ大人になるんだよ。山田さんの言う通りだ。社会じゃ言わない言葉ってのがあるんだよな。コンテキストとか”タテマエ”とか。そういうのを使って上手く生きるんだよ。
俺はさ、お前の事尊敬もしてたし、まぁ、バカにもしてた。正直な。
言いたい事言って、正しい事が全て正解だって顔して。”主人公”みたいだよな」
「っ!……俺は。俺はこの仕事降りる。」
いつも通りのやり取りだと思った。この後佐伯が俺を引き留めて俺が納得していなさそうな顔をして、それで終わりだ。
だけどこの日、佐伯からの『タテマエ』は返ってこなかった。
「あぁ、わかった」
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翌日、佐伯は会社に来なかった。俺が間違えていたのか? 俺が佐伯を追い詰めていたのだろうか。荷物になっていた? 佐伯の言葉はどれが本当でどれが嘘だったんだ? 考えても考えても答えは出なかった。
パチリと、薪の水分がはじける音が聞こえた。
「そのあとしばらくして俺も会社に行かなくなって、無事にニートってわけだな! 特にヘヴィーな過去があるわけでもなくて、どこにでもあるちょっとした諍いと憧れのこじれ。ぜーんぜん、俺が傷ついたとかじゃなくて、同僚が引きこもりになったから俺もなってみました~! みたいなね。ははっ」
『んで? お前はタテマエばっかりで本質を見せない斜に構えた偏屈野郎になってたわけだ』
「そういう事! いやぁ~レオを拾ってからさ、どうしても真面目な所でちゃってたしキャラ崩壊的な? キャンプファイヤーってすごいよな~全部丸裸にしちゃうんだもん。
初めての経験だけどさ、本当に口軽くなっちゃって困った困ったハハハ」
「悠真、大変だったんだな」
「オイオイ、お前までそんな顔すんなっつーの。いいんだこれは。コレは俺が抱えたいからいいの! みんなも同情とかいらないからな!」
『フン、ありきたりすぎて同情しようもねぇっての』
「ははっ、そりゃ助かる! そうだよな。インターネットはそうでなくちゃ! さてそろそろ、ベーコンが出来たんじゃないか? 上手く行ってるといいな~」
背中側のゴーレムから、チャリン、チャリンと投げ銭の音が聞こえる。
やめろよな。
同情される方が、苦しいんだから。
あの時、佐伯になんて言っていたらよかったのか。
俺がもう少し早く、タテマエを身につけていたら違ったのか。
そんなことは、何度だって考えた。
けれど一番嫌だったのは、こんな”どこにでもあるささやかな理由で”自分がまだ立ち直れていなかったことだ。
それが、俺のコンプレックスだった。
「上手く出来てそうだ! おっと?投げ銭感謝~辛気臭い話してごめんね。でもこれは自分で立ちたいからさ、このベーコンで挽回させてくれ!」
俺は泣きそうになった顔にタテマエを張り付けて笑う。そうか、この同情はあの時の俺で、このタテマエはあの時の佐伯なんだ。なるほどね。正しさって痛いんだな。
『ったく。泣きそうな顔で草』
『ベーコンおいしそ!』
『レオきゅんよだれよだれ!』
『いや本当に美味そうで』
「うぅ~悠真変にスープだけ飲んだから、オレもうお腹ペコペコ」
「わぁったよ。今から食うぞ!」
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テーブルに置いた木製のまな板にベーコンの塊を置き、手に持った短剣で2~3センチほどの厚みでスライスしていく。無事に火は通っているようだ。
グリルに置かれた網を一度外し代わりとなる目の粗い五徳をセットする。フライパン型のクッカーを乗せ温める。
あえて油は引かない。スモークのせっかくの風味を損ねたくないし、この熱量であればくっつく事もないだろう。
よく熱したフライパンにベーコンを一切れ乗せて、その間にカバンからptで購入したパンを取り出す。
総菜パンでお馴染みの少し小さめなコッペパンだ。
「うぅ~待ちきれないよ悠真!」
レオが辛抱出来なさそうな顔でこちらを見てくる。流石に待たせすぎたな。
「よし、出来たぞ。まずは何もせずそのまま食ってみろ。パンに挟んでもいいぞ」
俺はレオがスープを飲み終わったであろうシェラカップを、残った湯でササっと流しベーコンを乗せてやる。早速万能食器としての面目躍如である。
レオは自身のカトラリーセットを既に用意していたようで、ずぷりとフォークを突き刺しベーコンを口元に運んだ。
フォークが突き刺さった瞬間の肉汁が見えたが、相当ジューシーな出来になっているようだ。レオは涙目になりながらぴょんぴょんと跳ねている。
「うまい……! 悠真、これ、すごい! さっきのスープも美味かったけど、これは、なんか……戦った味がする!」
『食レポがなんか物騒!』
俺は自分の分として焼いていた一切れを、少し切って口に運ぶ。
本当なら先に俺が食って、少し様子を見るべきだった。
ただ、レオと俺では生態も違うし、今さら数十秒の差で何が変わるのかという気もする。
……次からは気をつけよう。
「う、美味い!」
臭みもなく、いやゼロではないが燻製のいい香りと相まって食欲を刺激する濃厚な風味として、不快感のない香りになっている。ほのかな野性味が、これが肉だと自己主張するように鼻腔をくすぐる。弾力はあるがジュワっと苦労なくかみ切れる身からは、甘い肉汁があふれる。
「天才だ……俺は天才かもしれない」
『美味そう~!』
『羨ましい』
『俺もダンジョン行きたい』
一切れ食べて空腹感が落ち着いた所で、コショウをかけてパンに挟み食べてみる。これまた美味い。燻製のウッディな香りと野生の風味そのままにピリリとスパイシーなアクセント。何よりパンに染みた肉汁が満足感を何倍にも増幅する。
「なぁ、レオ……コレなんだと思う?」
「そ、それは……いいのか? 悠真」
俺はレオに、こくりと頷き追加のベーコンとパンを渡し、テーブルにそっとソレを置いた。レオの大好物、ケチャップである。俺は少し大人の味として粒マスタードをシェラカップの淵に置いた。
腹痛など、身体に何か異常をきたすような予兆もない。俺たちは気のすむまでダンジョンからの初めての恵みを堪能するのであった。




