「十二湖は、今日も蒼い」29
「強欲とか名前自体がヤバそうだけど、そういうこと?」
『実際に君や陽菜以外の大罪適応者に会っていないから、杞憂で済めば御の字と言ったところか』
工具を取って車に戻り、車内でさっきのカールとの会話を二人に伝える。
「他の大罪、ですか。危なさそうなんですか?」
カールは少し間を置いて、こう言った。
『遥も熊を倒した直後の陽菜を見て危険を感じたろう?最大に制御を受ければ常時あれと似た状態になるのだ』
「……」
「……」
私も陽菜ちゃんも黙ってしまった。
危険を感じる側と、危害を加えたかもしれない側。
それぞれがそれぞれの危険を再認識せざるを得なかった。
『あれでも陽菜は押さえてたのよ?』
深凪がもっと怖いことを言い出した。
「どういうこと?」
『おほん。つまり』
深凪は咳払いをして続けたけど、喉ないでしょうに。
『最終的に全ての能力を開放する「身体全制御」までいけば、陽菜は熊なんか一撃だったのよ』
「じゅうぶん一撃じゃないのよ」
『違うのよ。本当の一撃ってのは一発必殺。つまり蹴り飛ばしたり頭を蹴ったりせず、最初から急所というか生命の根幹である心臓を抉ってるのよ、本来ならね』
本来。つまりは以前言っていた殺戮兵器として、ということかしら。
「あれで抑えてたって?周りへの被害があるから?」
『ううん。陽菜自身を壊してもいいなら全制御をしていたわよ』
背筋に冷たいものが流れる。
私だけでない。隣にいた陽菜ちゃんは腕に抱き着いて震えている。
「カールが言ってたわね。痛みを感じないって。それってエンドルフィンとかの話になるのかしら?それともあまり聞きたくない話になりそうかしらね」
さっきカールは「そんなものでは済まない」と言っていたはず。
できるなら平穏な話で済んで欲しいものだけれど。
『そんな甘いものではない』
カールは希望を打ち砕いた。
『薬物投与による痛覚の遮断、脳制御による視覚が及ぼす精神的リミッターの抑制、筋力オーバーロードによる疑似外骨格化、皮膚の硬質化。細かいところまで上げればきりがないほど、人体そのものをチューニングして兵器化する』
恐ろしいまでに冷たい言葉の羅列。
『それが、身体制御技術の結実とされたものだ』
もはや言葉を失ってしまった。
陽菜ちゃんに至っては涙を流してしまっている。
「もし、もしも憤怒のAIが深凪姐さんじゃなかったら、私はそうなっていたってことですよね?」
涙で震える声で尋ねた陽菜ちゃんに、短く強い言葉で告げた。
『いいえ』
深凪自身が”それ”を否定する。
『あたし以外だったら、多分陽菜に何もしてなかったと思うわ。冷徹な言い方をすれば運悪く野生生物に遭遇した陽菜は今頃死んでいたはずよ』
『私も深凪の意見に賛成だ。目の前の命に関心を持たなかっただろう』
陽菜ちゃんが口に腕を当てて声を押し殺しながら嗚咽している。
私には頭を撫でることしかできない。
実際に自分の命が紙一重で助かったことへの安堵の涙だけではなく、恐らく自分が兵器とされていた未来。
それらを想像しての嗚咽なのだと思う。
『でもね、結果とすれば陽菜は生きているし、これからも陽菜は陽菜として生きていけるわ。結果とすれば偶然だけれど、遥さんとカールが居合わせたのもすべて、あなたの運かもしれないわよ』
運。
本当に運なのかしら。
『遥。君が考えていることは予想できる』
先日、自身がsystem-E.V.Eの介入を受けているかもと言ったカール。
もし、彼が想像したことが事実なら、私やカールに加えて陽菜ちゃんや深凪まで知らぬ間に操られているということになる。
『恐らく出会いは作られたものだろうが、その後は介入を受けてないと断言する』
「どういう意味?」
『あたしが説明するわ』
深凪が説明を引き継いだ。
「って、深凪はカールと私の話を知ってるの?」
『ついさっき、StarLinkでカールちゃんと繋いでから聞いたわ。でね、カールちゃんを通じてあたしと陽菜もレベル4まで開放されたのよね。だからカールちゃんが前に言い淀んだ身体制御の話も出来たのよ』
「それって、前に無言になった話のことですか?」
まだ涙声の陽菜ちゃんの質問に、カールがこう答えた。
『そう、そして私と深凪はsystem-E.V.Eとは通話をするが、新たなファイアウォールの生成を許されて、私と深凪、遥と陽菜の間の会話は秘匿が約束された』
「どういうこと?」
『簡単に言えば』
カールは一度言葉を区切った。
『君達は今後、system-E.V.E側からの直接干渉を受けない、という宣言をされたんだ』
「どういうこと?」
『多分、二人の行動履歴を見てあとは成り行きにまかせたんでしょうね。介入をしなくても十分な個体になった、ということかしら』
「個体って?私たち最初から個体よね?」
その問いは明確だった。
『そういう意味の個体ではない。system-E.V.Eが君たちを”人類の代表”として判断するための”個体”の一つと確定させた、ということだ』
「”人類の代表”だの”個体”だの、なんだか随分壮大な話ね」
そう言って陽菜ちゃんを見る。
「意味が良く解かりません。遥さんや私は何かをするんですか?それともされるんですか?」
答えが返ってくるまで、少し間があった。
『あのね、二人はそのまま、いえ、今まで通りに生活してくれればいいわあ』
『そうだな。”そのままの君で居てくれると最良の結果がやってくる”。私も遥に以前言ったとおりを望むよ』
二人の、答えになってない答えに顔を見合わせる。
「意味がわからないわ」
『正直に言おう。これ以上のことを伝えるのは私や深凪からの介入になってしまう。それでは意味が無いのだよ。だから、君たち二人は変わらないままで居て欲しい。今言えるのはこれだけだ』
『そうねぇ、結局制限がかかっちゃうと思うから、今のカールちゃんの言葉が最適よねぇ。あとは二人で理解してちょうだい』
「なぞなぞみたいなこと、言わないでよ」
私の言葉に、陽菜ちゃんが少しだけ笑った。




