「十二湖は、今日も蒼い」24
カールの嘆きはさておき、方針が決まったところでいったん戻ることにした。
周囲に人が居ないことを確認して、開いたハッチから陽菜ちゃんが……
私をお姫様抱っこして飛び降りたぁ~!
「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
飛び上がった時の数倍怖い!
陽菜ちゃんの首に抱き着いて、薄く目を開ける。
笑ってるじゃない、陽菜ちゃん!
「フリーフォールと違って自分で制御できるから、怖くないですよ」
「私は抱かれてるだけだから、怖いのよ~!」
よ~、ょ~
日本キャニオンの谷に、悲鳴が響き渡った。
「さあ、着きましたよ」
そう言った陽菜ちゃんだけれど、私の腕は恐怖で動かせない。
高所恐怖症ではないけれど、流石に100m近い渓谷を飛び降りて怖がらないほど鈍感ではなかった。
―漏らさなかった自分を褒めてあげたいわ
平然と立っている陽菜ちゃん。
彼女の見た目とのギャップに、憤怒というか人体制御の凄さを改めて感じたわ。
あの高さを登ったのも凄いし、飛び降りたのも凄い。
どちらも私を抱きかかえて、だ。
改めて見上げる日本キャニオン。
少し揺れたのはハッチを閉じたのだろう。
『さあ、カモフラージュも終わったし、一度帰りましょう』
深凪がそう言うと、カールが返した。
『いや、帰る前に日本キャニオンの絶景をバックに、遥と陽菜を入れて写真を撮っておこう』
「あら、どうしたの?」
『君と陽菜の思い出になるだろう?情緒って奴を私も真似てみようと思ってね』
「4人が揃った記念日ですね!嬉しい」
そう言ってスマホを取り出す陽菜ちゃん。
私も取り出したら、カールが文句を言い始めた。
『私が撮ればいいだろう?画像調整や修正はその辺のスマホより余程上だぞ?』
「あんた、入れさせておいてなんだけどね、機種が古い分カメラ機能自体がスペック低いのよ」
『なんだと。それは流石に如何ともしがたい。やはり新機種に乗り換えるべきではないだろうか』
「あんた、なに深凪と張り合おうとしてるのよ」
『同じ大罪同士でスペックが劣るのは流石に看過できない。私が購入するから何とか乗り換えを許可してもらえないか?』
「あんた、車も買い替えて乗っ取ったし、今度はスマホに乗り換えるつもり?乗り換えた後のタブレットはどうするのよ」
『スペックアップしたまま使えるようにしておく。それより買い替えをだな』
笑い声が2つ聞こえてきた。
陽菜ちゃんと深凪が笑いながら話している。
視線に気づいた陽菜ちゃんが、こっちを見た。
笑いすぎか、すっかり涙目だ。
「遥さん、すっかり夫婦漫才みたいですよ」
『そうねぇ。”まんざい”はわからないけど、長年連れ添った感はばっちり出てるわねぇ』
「二人して納得しない!」
思わず声を荒げた。
結局、StarLinkの部材一式が届いたのはきっかり2週間後。
新居への引っ越し前日だった。
「引っ越しが先よねぇ、これの設置は来週でもいいかしら?」
『まあ、陽菜との同居の為の引っ越しの方が先だろうな。退去予定だって決めたのだろう?』
「そうよねぇ。立ち合いで退去前確認してもらうのに、あと数日伸ばします!ってわけにはいかないか」
そう言って、何度かに分けて衣類や日用品を運び出した部屋を見渡す。
3年程度だったけど、慣れ親しんだ部屋を出て行くのは少し来るものがあるわね。
そう思いながら、この部屋で最後になる眠りに就いた。
翌日、布団などをクロストレックに積み、掃除。
不動産業者は時間通りやってきて、特に補修などによる減点もなく、敷金全額が返ってくるとの事。
鍵や書類の引き渡しも終わり、新居へと向かう。
リフォームして引き渡す、となったのは1か月弱前の話。
それからあれやこれやであっという間に引っ越しとなった。
カールが手配したネット工事もすでに終わっており、あとは引っ越すだけ。
それでも後日転居届で市役所に行かなきゃいけないのは、今時どうなのかしらね。
新居には陽菜ちゃんが安潟社長共々待っていた。
「八峰さん、今日から陽菜をよろしくお願いします」
そう言って見慣れた90度お辞儀をされた。
「私の方こそ、改めてよろしくお願いします」
陽菜ちゃんに向き直り
「今日からよろしくね、陽菜ちゃん」
「こちらこそです、遥さん」
そう言ってお互い見つめ合った。
さ、さっさと引っ越ししちゃいましょう。
部屋は既に話し合いで決まっていたので、布団などをクロストレックから降ろす。
既に何度か運び込んでいるので、部屋には段ボールが山積みになっている。
「荷ほどきは改めてかしらね」
多くはないとは言え、収納を考えると手が止まる。
思案中、ドアがノックされた。
「遥さん、お手伝いしましょうか?」
陽菜ちゃんだ。
「陽菜ちゃんだってまだ終わってないんじゃないの?」
頭を振り、
「終わりましたよ。こういうの得意なんです」
思わず天を仰いだ。
「私は後廻しにしようとしてた面倒事なのに。ほんっと、陽菜ちゃんはいいお嫁さんになるわ」
「私は遥さんのお嫁さんになってもいいですよ?」
――本気か冗談か。
わかりづらい程、真っすぐな目で彼女は私を見つめていた。
いつもながら、そう言われて悪い気は全然しないのは何故かしら?




