「十二湖は、今日も蒼い」21
『……随分と発話ユニットに変化があったようだな、”憤怒”』
『あら?その物言いは”色欲”ちゃんねぇ。まったく連絡ひとつよこしてくれないんだからあ』
「傍から聞いてるとスナックのママと客のやり取りね、すっかり」
AI同士の会話があまりに人間臭さすぎて思わず感想が口をついて出た。
陽菜ちゃんは隣でコロコロ笑っている。
『陽菜、あの後大丈夫だった?怪我の跡とか後遺症残ってない?』
「あ、あの時はありがとうございました。おかげさまでこうやってここまで登ってきてます」
父親譲りか、AIにも深く一礼して謝辞を述べている。流石はお嬢様ってとこかしら。
『君の言動から、陽菜は間違いなく”憤怒”のようだが、何故彼女を選定したのだ?陽菜はどう考えても”憤怒”に向いた人選とは思えないのだが』
『そうねえ、どこまで陽菜から聞いてるのかしらあ?』
『元カレ共々熊に襲われた際、人身御供にされて怪我をした、とは聞いている。
つい先ほど、ここまで上がってきたことを思い出したらしいが、それは君の影響だろう?』
『ふぅ~……』
まるで煙草をふかすような音が聞こえた。
ため息だろうか。
『そうね。ざっくり言えばここは場所が悪すぎて人がそもそも来なかったのよね。
呼び寄せようにも現代の電磁波環境ではどこにもアクセスできなくって、たまに来た観光客の端末を覗く位しかできなかったわ。
おまけにだいぶ昔からあんたたち他の大罪とも連絡が取れなくなっちゃったし』
『この姿勢から考えると、着陸に失敗したのか?』
『失礼ね!ちゃんと着陸して固定したのよ。この辺って造山運動が思ったより激しくて当時は普通に地表直下に居たのに、いつの間にかこんな切り立った崖になっちゃってさ。
そのおかげであたしはまっすぐおっ立っちゃった訳よ』
「……聞いてたらとんでもないタイムスケールの話っぽいんだけど?」
『あら、お姉さんは”色欲”ちゃんの選定者ね?改めて、あたしは”憤怒”よ。これからよろしくね』
「これから?」
『そうよ、ここに来たってことはsystem-E.V.Eから何かしらのアクションがあったんでしょう?
あたしは通信が出来なくなっちゃってるからわからないけど、もしかしたら他の大罪にも指示がでてるんじゃないの?』
『ではsystem-E.V.Eからなにも通達が伝わってないのか』
『そうよぉ』
『情報が無いわりに鋭いな。事実system-E.V.Eからは私に2つの指示が出ている。
一つは”怠惰”との接触禁止。もう一つは”他の大罪”との接触許可だ』
「ちょっと待って。私はカールと話をしてるからまだしも、陽菜ちゃんは詳細を理解してないんじゃないの?」
『カール?』
”憤怒”が不思議そうに訊き返してくる。
『私の呼称だ』
カールの返事に、感嘆の声が返ってきた。
『へぇ~、あなたを”カール”と呼んでいるわけ。”色欲”と”色欲”対象者が随分と深い付き合いをしているみたいだけど、大丈夫なわけ?』
『彼女を長年観察していたが、現在レベル4までアンロックされている』
『レベル4!あたし、レベル1すらアンロックされてないのに、陽菜を無理矢理”憤怒”に指定しちゃったわよ』
「話を戻すけど、当事者の陽菜ちゃんはどこまで理解してるのかしら?」
陽菜ちゃんを見ると、小首を傾げて「ん?」と言いそうな顔をしている。
『あら、”色欲”は記憶譲渡まではしてないのかしら?』
『彼女には必要なかったし、そもそも情報伝達ですら一方的なものは拒否された』
『あら~!それは自制心が凄いわね。そりゃ、レベル4アンロックと、他の大罪との接触が許可されるわけだわ』
「遥さんは、拒否されたんですか?」
驚いて陽菜ちゃんを凝視する。
「陽菜ちゃん、さっきまでと違う、のかしら?逆にあなたは受け入れたの?」
普段の可愛らしいぽわぽわした陽菜ちゃんとは違う、なにかしらを理解したような佇まいを感じた。
『陽菜はここに来たことで一部制限していた記憶を取り戻したの。
野生生物に襲われて瀕死になった際に、あたしが無理矢理陽菜を”制御”してここに連れ込んだわけ。
彼女の治療をするのにどうしてもあたしの中に来てもらう必要があったからね』
「それであのジャンプ力、ってわけ?」
『そうよ。パニック状態だった陽菜を落ち着かせるために”憤怒”としての情報を伝達したのよ。一応封印はしておいたけれど、さっき確認したら安全装置としての防御行動は発動していたみたいね』
「何故封印したのかしら?」
『そりゃあ、本来”憤怒”として選定されるべき人ではないからよ。
陽菜を死なせないために無理矢理選んだわけだから、彼女の生活を壊すわけにはいかないでしょ?』
『以前と違って随分と思いやりがある行動だな』
『40万年もあれば考え方も変わるでしょう?まあ、行動の代償でユニットが故障して少し話し方がおかしくなったけど、このくらいならね』
「ほんと、人より人臭いわね」
「そのおかげで私は助かりましたし、遥さんとも知り合えましたしよかったですよ?」
そう言って陽菜ちゃんは腕を絡めてきた。
『あら、今はそう言ったカップルもありなのかしら?』
「まあ、私も悪い気はしないからあり、かしらね」




