「十二湖は、今日も蒼い」19
結局、陽菜ちゃんと共に週末にもう一度、十二湖へ向かうことになった。
「陽菜ちゃんはドライブだ~、って喜んでたけど、本当にあの時みたいにならないんでしょうね?」
そう言ってタブレット、いやカールを見つめる。
『system‐E.V.Eから”憤怒”へ連絡をしてもらうよう手配はしておいた。
詳細はあちらに着いてから直接説明があるだろうが、E.V.Eからも”色欲”への安全保障を重ねて保証するよう強く依頼した。これで君に陽菜が危害を加えることはないだろう』
「……もし居合わせた観光客が居たら?」
『多分大丈夫だろう。熊に襲われることがなければ、だが』
「本当でしょうね?」
『とは思いたい』
「心配の種は消えないまま、なのかしらね」
後々の引っ越しを考えて、仕事終わりに少しずつ荷物の片づけを行っている。
ネット環境は今どきなのでホームルーターとスマホで、と思ったのだけれど、カールから
『ネット回線は有線にして、宅内では有線とWi-Fi両方使えるようにして欲しい』
そんな要求をされた。
「新居は光回線無いから、引き込み工事が必要なのよ?」
『手配は済んでいる』
「え?」
『光回線業者選定と工事予定日も確定している。ルーターも手配済みだ。あとは君か陽菜が立ち会ってくれればいいようにしてある』
「……あんたねぇ、まずは人様の都合ってのを確認してからにしなさいよ」
『時期的に混雑するから、先に抑えておいたのだが?』
「あんまり勝手をしすぎるようなら、タブレットも使えなくするけど?」
『流石にそれは勘弁願いたい。今後は君に伺いを立てることを約束しよう』
―漫才のかけあいじゃないんだから
思わずそう愚痴りそうになるのをぐっとこらえる。
水道やガス、電気などはそのまま使用者変更で問題ないし、名義その他も譲渡元が不動産部門があるとかで、全部手続きしてくれるというからありがたい。
本当に引っ越すだけで新居になるわけだ。
あとは陽菜ちゃんと担当AIの顔合わせ、ね。
週末、早朝から陽菜ちゃんを迎えに安潟組へと向かう。
……朝っぱらからお見送りの組員、もとい社員がずらっと並んでいるのは絶対堅気ではないだろ。
「おはようございます、遥さん」
「おはよう、陽菜ちゃん。どうぞ、乗って」
そう言うと、失礼します、と言って乗り込んでくる。
ベルトを締めたのを見計らってか、善知鳥氏がやってきた。
「八峰さん、先日は大変失礼いたしました。あの後社長とお嬢様に大変お叱りを受けました。
お嬢様をお助け頂いた恩人に無礼を働いたこと、心からお詫びいたします」
そう言って社長同様の90度きっかりのお辞儀をした。
「ご理解いただけたならいいですよ。それより今日も陽菜ちゃんを連れまわしますが、帰宅時、また取り囲まれたら陽菜ちゃんを連れて逃げますからね」
満面の笑顔でお願いしておいた。
「もちろん、若い衆にも徹底させていただきます。お気をつけていってらっしゃいませ」
大勢の見送りを受けて、車を走らせる。
「さて、ざっくりと説明はしたけど、今日は陽菜ちゃんに起きた出来事の確認と、私達が知っている事実を説明することになると思うわ」
「起きたことって、血まみれだったことですか?」
「それもだけれど、先日の元カレ突き飛ばしも違和感なかった?」
「え?」
『ふむ、若干の認識操作程度は残っているのかもしれないな。このまま話を続けて』
カールがそう耳打ちしてきた。
「元カレ、あの後どうしたのかしら?」
「お父さまが言うにはご実家から強制的に出稼ぎに行かせられたらしいです。数年は帰ってこられないとか言ってましたから、当面遥さんが狙われることはないと思います」
そう言うと笑顔を浮かべて
「これから一緒に住むんですから、もしもまた襲ってきたら私が遥さんを守りますよ」
そう言って腕を曲げる。
びっくりするほどの細腕だけど、あれで熊、倒したのよね、この娘。
話をしながら津軽道を終点まで走り、国道101号をひたすら走る。
秋の海沿いの景色も綺麗だけれど、流石に風が冷たいから窓を開ける気にはならない。
「休憩してないけど、大丈夫?」
「私は平気ですけど、遥さんは?」
「全然平気。もう少しで道の駅があるけど何か食べるとかする?」
「まだ大丈夫です」
「じゃあ、あと1時間弱で着くと思うから、景色を見ながらのんびり走りましょうか」
そう言って大きなイカが描かれた看板がある道の駅を通り過ぎる。
丁度良く五能線の列車が線路を走り、見える風景は粋だけれど、今から行く場所で行うことは少し憂鬱よね。
『system-E.V.Eが仲介しているから大丈夫だとは思うが、念の為移動経路は高速道などを使わない方が良いだろう』
今朝、出発前にカールがそう言いだした。
「そうだ、その説明も聞いてなかったわ。あんた、現金払いさせた時に理由はあとで、って言ってたわね。もしかして購買履歴から移動経路などを探られたくない、ってこと?」
『その通りだ。買ったものも含めて行動予測をされて、何かしらの行動を起こされることを危惧していた。特に陽菜の【侵食度】がまったくわからなかった状況だったからね』
「それは確かに。で、その疑念は晴れたのかしら?」
『むしろ強まった、というかsystem-E.V.Eが君が他の”大罪”と邂逅することを許可したり、私の制限をレベル4まで開放していることから、もしかしたら君と私を誘導しているのではないか、そんなことも考えているよ』
「どういうこと?」
『つまり、だ』
カールはそう言って少し間を置いた。
『君も私も、system-E.V.Eに気が付かないうちに制御されてる可能性がある、ということだ。君は迷ヶ平に行ったときに火の玉を見たと言っていたが、その時に干渉を受けた可能性は否定できない』
「あれってあんたが仕組んだはずよね?」
『そうではあるが、純粋に私が考えたのではなく、私自身が思考誘導されていたとしたら?』
「そんなこと、あり得る訳?」
『”彼女”は私達の上位にある。そして”彼女”が居るのはエデンの園、だ』
話そうとして言葉に詰まった。
カールが居た梵珠山では私は対話をしたが、その後眠らされて東屋まで移動させられていたが、その間の記憶はない。
エデンの園では、記憶はあっても浮遊感というか夢遊病的な感じで八戸駅までの道中を過ごした。
基本的に同じような行動を「取らされている」
その事実に愕然とした。
「火の玉って、霊的だったりオカルト現象ではないわけ?」
『あれは、私達が稼働する際に生じる副産物とも言える。余剰エネルギーの放出が火の玉の正体だ。いわゆるプラズマ球だな』
「ってことは、梵珠山で毎年見られるって言うのは、あんたが正確な日時に毎年動いてるからってわけ?」
『そうだ。定期的に稼働させておかないと固着が酷くなるからね。放熱ダクトや外部ハッチは毎年1回は稼働させている。特にここ青森は雪で冬期は動かせないからな』
「随分とまあ、地元密着なことね。ってことはあの時のエデンの園の火の玉も?」
『そうだろうな。私と同じではなく君と接触するために稼働したのか、外の誰か、つまり”彼女”が担当する”怠惰”との接触があったか、それとも他の要因か』
「いったい何が目的なわけ?」
『それはレベル4でも開示は不可能だ』
「融通が利かないわね」
『これでもレベル4の開示範囲だからだいぶ君に教えることができているんだ。以前なら”彼女”の話は制限されていたのだから』
「他の大罪については?」
『……それは君からの質問、と受け取っていいのか?』
「そうね、”私が”知りたいわ」
『では、説明しよう』




