「十二湖は、今日も蒼い」13
少しだけ助手席のガラスを下ろして、こう答えた。
「えっと、夜遅いですし、私も女性なので後日改めて明るい日中にでも……」
流石にこの真夜中に知人が待っていた陽菜ちゃんはさておき、どう判断されるかわからない強めの物言い。
とても身一つで降りる気にはならない。
結果だけ見れば私は「可愛い娘を夜中まで連れまわした」奴なわけで、善意の行動だったと陽菜ちゃんの関係者全員に理解してもらえる、とは限らないのだから。
考えている間にビルの下の駐車場から何人かが出て来て、クロストレックが取り囲まれた。
「善知鳥さん、みなさん!
私の恩人なんですよ!失礼はやめてください!」
陽菜ちゃんが強く言うが、善知鳥と呼ばれた男性は首を振る。
「お嬢様、経緯はともかく、事情はきちんとお伺いしたいのです
お召し物もお出かけされた時とは異なっておられますし、メイクも……」
「……遥さんへの無礼は、お父さまからの指示ですか?」
「いいえ、私の独断ですが、お嬢様の身の回りは私にお任せいただいていますから」
「お父さまを呼んでください。
そうでなければ遥さんにはご迷惑でしょうが、このままどこかに走って頂きます。
困るのは善知鳥さんじゃありませんか?」
陽菜ちゃんの言葉に続き、スピーカーからこんな声が聞こえた。
『今の会話、聞こえました。女性2名、複数で取り囲まれているんですね?
本町の安潟組の前とのことですが、至急署員を向かわせますからそのままお待ちください』
「だ、そうですが?」
「……なるほど、随分とこういったケースに手慣れていらっしゃるようですね」
「あまり慣れたくはないものですけれど」
もちろん嘘だ。
カールが気を利かせて110番をかけたように装ったのだろうが、咄嗟に芝居して乗らざるを得ない。
言い方は悪いが建設業大手とはいえ、あの社長の雰囲気を知っているだけに予防線を張っておくに越したことはない。
「わかりました。今回はお嬢様だけ降りて頂いて、八峰様には経緯について、日を改めてお伺いさせていただけませんか?」
「安全性の担保と、時間を取られるメリットをちゃんと提示してもらえるなら考えますけど」
「ほう。ご自身がそんなことを要求できるお立場だと?」
なぜだろう?
人助けをしたつもりなのに、脅迫されているのは理不尽。
「善知鳥さん、いいかげんにしてください」
陽菜ちゃんがそう声を上げた直後、
「善知鳥、それ以上はやめて全員下がれ。
陽菜を助けてくれた方に、何故お前は無礼を働いているのだ」
どこからか驚くほど低く、しかし威圧的な声が聞こえた。
「社長、ですが」
「私は下がれ、と言ったはずだ」
社長、つまり陽菜ちゃんの父親。
その言葉の圧に、善知鳥と呼ばれた男性だけでなく、全員が車から離れていった。
「大変失礼いたしました。
改めまして、私が陽菜の父です。
この度は娘を助けていただき、本当にありがとうございました。
また、無礼を働いたこと、お詫び申し上げます」
そう言ってゆっくりと、だがきっちり90度に頭を下げた。
「陽菜ちゃんは本当に偶然お会いしたまでです。
部下の方々はちょっと怖かったですけど」
「女性を夜中に男が取り囲んだら、恐怖もかなりだったと思います。
重ね重ねの失礼、改めてお詫びいたします」
またも深々とお辞儀をする。
「お父さまに陽菜ちゃんを預ければ安心、ですよね?
失礼ですが、先程の方々はちょっと雰囲気が……」
「お気づきでしたか。
奴等は陽菜を子供の頃から見ているからか、親の私よりも過保護でして。
陽菜を思うあまり、車に乗っていたのを見て少々先走ったようです。
いずれにしても、失礼をいたしました」
「……時間も時間ですし、陽菜ちゃんを早く休ませてあげて欲しいですね。
お父さまなら冷静に話を聞いていただけるでしょうし、こちらからご連絡するのは会社でよろしいですか?」
「八峰さんのご都合がよろしいときにご連絡いただければ助かります。
私の連絡先は、こちらです」
すっと名刺が出てくるあたり、流石最大手の社長。
―以前もこうやって受け取ったけども
そんな時、青森駅方面からパトカーがこちらへ向かってきた。
カールは芝居だけでなく、しっかり110番してたわけだ。
赤色灯を点けたパトカーが止まり、警察官が降りてくる。
「先程。付近の方々から通報がありまして、失礼ですが状況をお伺いしても?」
二人の警察官は丁寧に、しかしきっちりとした尋問をしていた。
「申し訳ありません。うちの若い連中が勘違いでこちらの方にクレームをつけてしまったようでして、今、丁度お詫びをしていたところです」
陽菜ちゃんのお父さまは臆することもなく、警察官に説明をしている。
「こちらの方はそうおっしゃってますが、まずはお嬢さんは大丈夫でしたか?」
当然次はこっちに来るわよね。
仕方がない、調子を合わせてあげるとしますか。
「ええ、本当に驚きましたがなんでも娘さんを心配しての行動だったとか。
今、ご家族の方にお詫びいただき、名刺も頂戴しましたので後日改めてお話しをと」
「なるほど。それでは和解された、ということですか?」
おまわりさんはさっさと戻りたいのだろうが、そうはさせない。
「一応名刺までもらったとは言え、再度お話しの時になにかあっても困りますので、お手数ですけどご近所から通報があった旨の記録と、お話しさせていただいた警察官さんの名刺をいただけますか?」
「そう、ですね。もしもなにかありましたらこちらにご連絡ください」
窓を開けて名刺を受け取る。
「一応、おまわりさんも確認していることですし、娘さんを送り届けた、って記録はしておいてくださいね。」
「わかりました」
助手席を振り返り
「ということで、すこぉしだけ揉めたけど、ご自宅へ送り届けたわ。
あとはお父さまとちゃんとお話ししておいてね。
心配しすぎの矛先が私に向いたら、そう思うと怖いもの」
冗談めかして言ったつもりだったが、陽菜ちゃんは少し顔を引き締めてこう言った。
「ありのままを話しておきます。
今日は本当にありがとうございました。
あの、お食事やジャージのお金、今取ってきます」
「いいわよ、高いものでもないし。
それより、今日は綺麗にしてゆっくり寝てね」
お巡りさん、社長、陽菜ちゃんに見守られて青森駅方面に向かう。
―念の為、遠回りして帰った方がいいかしら




