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八ツ色物語〜失われたヴァイス属性魔法を駆使して平和を掴み取ってみせる!〜  作者: 君影 ルナ
いっしょう

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1-73 私にとっての運命

 思考停止した状態のまま目的地である劇場に到着した。娯楽と言う娯楽に触れたことがなかった私は、もちろんこの場所にも初めて訪れることになる。となると、まず真っ先にすることといえば……?


 他よりも一回りほど大きな建物、そこに並ぶ大勢の人々のざわめき、演目が記されている数多の旗。ソレらを目に焼き付けることだろう。


 もうこの時には思考停止していた理由なんてものは頭の中から消えていた。それくらい、この景色を眺めているだけでも相当楽しかったのだ。


「ハハ、エンレイ……随分落ち着きがないね?」


「あ、すっ、すみません……」


「ああ、いや、言い方が悪かったな。ただ、そんなに楽しそうな姿を見ていると、ここに連れてきた甲斐があるなって言いたかっただけなんだ。」


「え、と……ありがとうございます?」


「フッ、疑問形なんだ、そこ。……っと、そろそろ開場時間になるし、並ぼうか。」


「はいっ!」


 ずっと繋がれていた手をクンッと引かれ、ようやくさっきまで頭を埋めていたがすっ飛んで忘れていた事柄を思い出した。いや、思い出してしまった。


「っ……!」


 そのせいで一瞬足が止まったが、クロユリさんの歩みを阻害するほどでもなかったらしい。私の反応に気にした様子もなくクロユリさんはそのまま人の列に向かった。


…………


 人生初の劇。それはもう感動ものだった。こんなに素晴らしいものがこの世に存在していたとは、と。


 文字のみの物語では、書かれた文章を己の頭で想像するしかできなかった。それはそれで申し分ないほど楽しいものではあるが、読書では使われない五感を使って物語を全身で浴びることが、没頭することが、できるだなんて。これ以上の娯楽はないと言っていいほどには大満足だ。


「エンレイ、楽しかった?」


「ええ、とても! あれだけの人が並んでまで観劇したい気持ちがよく分かりました!」


「それは何より。」


 昨日ヘデラにおすすめされた本とはまた違う『運命』を題材にした物語。人とは運命というものに対する憧れが強いのだろうことがよく分かった。


 私にとっての運命とは『失われたヴァイス()属性持ち』であり、『ヴァイス()属性としてのシュヴァルツ()属性のクロユリさん』である。


 と、まあ、そんな風に劇の内容から派生して己の運命について考えていると、ふとあることに気が付いた。


 ──私がクロユリさんに対して感じているこの感情は、運命によって仕組まれたものだったのでは……?


 そして同時に、クロユリさんが私に対してここまで優しくしてくれているのも、私達がシュヴァルツ()属性とヴァイス()属性だったからなのではないだろうか? その運命が無ければ、ここまで私なんかに優しくしてはくれないのではないか?


 そんな推測が頭をよぎれば突如として自分の足元が泥沼に浸かったように、そしてその沼にズルズルと嵌ってような感覚に陥った。


 私の気持ちは、本物? それとも……


 さっきまでの観劇を純粋に楽しんでいた気持ちから一転、不安と恐れに呑まれそうになった。昨日読書した時には思いつかなかったのに、一度でも考えついてしまえばソレばかりが頭を埋め尽くす。


「……レイ、ねえ、エンレイ。」


「は、はい!」


 いけないいけない、今はせっかくクロユリさんと一緒にいるんだ。こんな暗い気持ちを表に出してしまえば、きっとこのお出かけの思い出すら暗くなってしまう。


 楽しい思い出だけを詰め込みたいから、今はこんな不安、押し込めないと。


「……エンレイ、一体何を考えているの?」


「な……なんのことでしょうか?」


 笑え、笑え、笑え。こんな不安、押し殺せ。今はそれを考えて落ち込む時間じゃあないだろう。帰ってからいくらでも落ち込んで良いのだから。


「……やっぱり観劇じゃない方が良かったかな?」


「そっ! そんなわけないじゃないですか! こんなに素晴らしい娯楽を知れたんです! 楽しかったです!」


「じゃあ今、何を考えているの? 楽しいだけの表情ではないだろう?」


「っ……、」


 何故こうもクロユリさんは人の機微に鋭いのだろう。


 いろいろな感情で埋め尽くされた心がギシリと軋んだような気がした。


「楽しいだけの表情ではないことくらいは察せられるけれども、そもそも人の心は言葉にしていても擦れ違うらしい。だからこそ擦れ違いを減らすためにもエンレイの言葉で、エンレイの気持ちを聞きたい。」


「……、」


 すごく優しく促してくれているのは分かる。しかしそれでも尚、ありもしない不安に駆られているだなんて言ってしまったらどう思われるだろう、と変な緊張感でキュッと喉が絞まった気がした。


「……エンレイ、大丈夫? そんなに言いにくいことだった?」


「……い、え……そうで、は……なく、て……」


 絞まると同時にカラッカラに乾いた喉から何とか絞り出した声で返事をする。


 ありもしない。そう、ありもしないことに不安がっているのだ、私は。そう理解していても何故、まだクロユリさんに言えないのか。


「無理には聞かな」


「いェ! っ、あ……の、」


 無理やり踏み込んでくることもなく私の意思を尊重してくれるクロユリさんのその優しさが、私の不安を少しだけ和らげてくれたような気がした。


「す、すみません……あの、違うんです。ただありもしない不安に駆られただけ、なんです。」


「それって……」


 私の頭の中で起こったことなんて勿論知らないクロユリさんからしてみれば急に何を心配しているのか理解できないだろう。


 しかしその表現こそが、脳内の言語化として今一番最適だと思う。


 そしてその不安の内容を詳しく話せば誤解はすぐ晴れて一件落着。それは分かっていても、どうしてもソレをするのを躊躇ってしまった。


 その一瞬こそが、大きかった。



 ドォ……ン……!!



 今の今まで広がっていた平穏な空気を一変させる轟音が、ここら辺一帯に……いや、もしかしたら街全体に、響いた。


 咄嗟にクロユリさんは私を抱き込んで守ろうとしてくれたけれども、私なんかよりも貴方の方が守られる対象でしょう、とはこの緊迫した雰囲気では口に出なかった。


「西の方から……それも結構離れた場所から鳴ったような響き方だったな。」


 ポツリ、と周りのざわめきにかき消えそうな小さな声で話しかけられた。私もそれに倣って小さな声で返事をした。


「そうですね。もしガイスト絡みだったら相当マズい気がします。一刻も早く、向かいましょう。何もなかったならそれで良し、です。」


「ああ。」


 今いる劇場は、街全体から見ると東側に位置する。もしこの轟音がガイスト絡みなら西側の壁の向こう、つまり街を横断する程の距離を移動しなければならなくなるのだ。


「この近くにカナカ軍専用の馬貸し所があったはず。そこまで走れるか?」


「はい、勿論ですとも!」


 多分クロユリさんは私の靴を見てそう気遣ってくれたのだろうが、この……ぱんぷす?とか言う靴──ヘデラに名前を教えてもらった──は見た目よりも履きやすく歩きやすいものだった。だから心配は無用なのだ。


「じゃあ、急ぐぞ!」


「はい!」


 今まさに走り出そうとしたその時、ふと轟音に困惑している周囲の一般人の方々の姿が目に入った。


 ああ、どれだけ私は周りが見えていなかったんだ、と一瞬だけ頭の中で己を叱責し、クロユリさんについて行く前に、と振り返って声高々に言葉を投げかけた。


「私はカナカ軍次期総指揮官白花エンレイと申します! 今から私が自ら様子を見て参ります! なので皆さんは心配せず、待っていてください!」


 私ですら今まで生きてきてあんな轟音を聞いたことは無かった。だから本音を言えば今も恐怖で心臓もバクバク五月蝿いし手足もガクガク震えているけれども、それをおくびにも出さず悠然に振る舞う。集団パニックが起きるよりも断然容易だ。


「では行ってきます!」


 そう挨拶を残して、ようやくクロユリさんの後について走り出す。今の今まで待っていてくれたらしい。


「すみません、待っていただいて。」


「いや、気にしないで。それにしてもさすが次期総指揮官様だね。エンレイのおかげでパニックを起こす人も出なかった。」


「いえ、私にできる事を思いついた時に実行したまでです。」


 とはいえ、『行けー』『頑張れー』といった温かい声援が背を押してくれて、私自身の恐怖心も軽くなって少し足が早くなったような気にすらなった。

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