1-72 だからって
いつもより二人多い朝食は楽しかった。さっきのラナンキュラス大先生との会話は一旦忘れて、食事を楽しむことに全身全霊で挑んだ甲斐があるというものだ。
ラナンキュラス大先生も少し気が紛れてくれたならいいのだけれども。まあ、これ以上は深入りしないでおこう。
それよりも今、とにかく喫緊で考えなければならないのは、で、でででデートのことだ。
朝食の後にクロユリさんに『忘れないでね』と念を押されたことも含めて、まだ家を出る前だというのに頭はいっぱいいっぱいだ。
「エンレイ様、今日はクロユリ様とデートだなんて、さすがですねぇ! 自覚した途端に誘われるっていうのはやっぱり、シュヴァルツとヴァイスの運命がなす技なんですね!」
何なら私に化粧を施してくれているヘデラの方がはしゃいでいる気がする。
「ヘデラ、楽しそうね?」
「そりゃあそうですよ! 私の主が幸せになってくれるだろう出来事ですよ? 喜ばないわけがありませんよ! ……まあ、それだけじゃあありませんが。」
「あれ、何か最後不穏なこと言わなかった?」
「いえ! ただ単に恋バナ楽しいな〜とか思ってるわけじゃあないですから!」
最後の言葉はあまりにも小さな声だったから内容は聞こえなかったけれども、どこか不穏な空気だけは感じ取ったからこそカマをかけてみた。
するとすぐにポロッとヘデラの本音が漏れた。これでは我が家の秘密──あるかどうかは分からないが──すらすぐに吐いてしまいそうだとも危惧したが、この素直さこそ私は好ましいと思う。どちらが良いのか、など分からないが、私個人の感情的にはこのままでいて欲しいところだ。
さて、それよりもヘデラの本音に私は疑問を持った。恋バナ楽しい、とはどういう意味なのか。それを知りたくて、質問を投げかけてみた。
「他人のことなのに、聞いていて楽しいの?」
私には他人の恋路を聞いて楽しむという感覚に疎い自覚がある。何せそもそも己の幸せにすら疎いのだ、仕方ないと思う。
だからこそ、その感覚が一体どういうものなのか、私の知らない世界を広げてくれそうなソレに興味があったのだ。
「ええもうそりゃあ! それこそ物語を読んでいるみたいな感覚で、すごく楽しいですよ!」
「物語……」
ヘデラは私にも分かるような例えを出してくれた。そうか、確かにそもそも昨晩読んだ恋愛小説は他人の恋愛模様を楽しむものだった。
私ですら楽しめたソレを思い出し、それなら今のヘデラがこうなっているのも理解できた気がした。
「はい! だから今、私、とっても楽しいのです! ……今度は目を閉じてください!」
「はーい」
言われた通り目を閉じて化粧の続きを受ける。
どうもヘデラは今『いつも以上に可愛いエンレイ様をクロユリ様にお見せすれば、もっと、今以上に、エンレイ様を好いていただけますよ!』と息巻いているのだ。
こんな雑談を挟みながらも手が止まらないのはさすがと言ったところ。目を閉じているから何をされているのかは分からないが、瞼の上を柔らかいものが滑っていくのは分かった。
「はい、化粧は終わりましたので、次は御髪を整えますよ。」
「はーい」
今度はサラサラと髪を梳かれる気持ちよさに身を委ねながら、さっきの話の続きを持ち出した。
「そういえばさっきの話だけれども、今日帰ってきたらまたヘデラに色々話を聞いてもらおうかな。そうすればヘデラも楽しいし、その姿を見ているだけで私も楽しいし、もしまた私に分からないことが起きても頭の中を整理できるし。」
「やったぁ! お帰りを楽しみに待っておりますから、是非とも今日一日めいっぱい楽しんでらっしゃって、それでたくさんお話を聞かせてくださいませね!」
「ええ、勿論!」
ヘデラにそこまで言われてしまえば、今日一日をめいっぱい楽しまなきゃと気合が入る。
「さて、完成です! いやぁ、完璧にエンレイ様の良さを引き出せました。我ながら怖いほどに。これならクロユリ様以外の人間も虜にしてしまいますね……」
ヘデラに大きめな鏡を向けられ、今の私がどうなっているのかをようやく見せられた。
「わぁ……自分じゃないみたい……」
派手ではないけれどもシッカリ施された化粧は綺麗に粗を隠してくれている。そして普段よりも複雑そうな髪型、いつもより気合が感じられるワンピース。
それら全てが調和していて、確かに完璧に整えられているという言葉に頷いてしまう出来だった。
「ヘデラって……何か新種の属性魔法使いとかだったりする……?」
魔法としか言いようのないこの技術に、自分でもよく分からない質問を投げてしまった。
「エンレイ様、何寝ぼけたことを仰っているのです? それよりも、もう待ち合わせの時間ですよ。早く向かわなくて良いのですか?」
勿論、ヘデラはそんな私の質問を軽く受け流した上で話題を変えてきた。
「ちょ、ヘデラそんな憐れむような目で見ないでよ。そんなにおかしいこと言ったかなあ?」
私、一応あなたの主なんだけど。そう不満げな目でヘデラを見るが、伝わっているのかどうか。分かっていて知らぬふりをされているような気もするが、まぁいいか。
それよりもデートの時間が迫っていたらしく、ヘデラが私の背を押して急かしてきた。
「ほら、もう出ないと待ち合わせの時間に間に合いませんよ!」
「わ、ちょ、」
タタラを踏みながらも何とか背を押されるままに足を動かしていく。そしてそのまま玄関の前まで連れていかれた。
「あ、エンレイ。」
するとそこには既にクロユリさんがいた。それを認識した瞬間、背中を押してくれた手と気配が消え、私は己の力でクロユリさんの元へと足を進める。
「お待たせしました。」
「大丈夫大丈夫、全然待ってない。」
「そ、そうですか……」
クロユリさんと休日に会ったのなんて、ヘデラと出会って私のメイドになりたいと言ってくれた時くらい。それこそ一緒に出かけるなんて初めてのことだった。
そう思い出しては、芋づる式にこれからデートだったという事実をも思い出させられ『ピョッ!?』と奇声を上げてしまった。
「じゃあ、行こっか。」
ローブのフードを被りながら、クロユリさんはそう言って私に手を差し出した。
「え、と……?」
どうしていいか分からずクロユリさんの顔と手を交互に見ては、目を瞬かせる。
「ほら、急がなくてもいいように早めの時間に待ち合わせしたけれども、いつまでもここにいるわけにいかないだろう? だから、手。」
だからって、とは……なんのことだろう? 文章の繋ぎとしては不自然だけれども……
「エンレイが迷わないように、手、出して。」
よくわからないけれども、とにかく言われた通り右の掌をクロユリさんに向けるように出してみるとらクロユリさんはその手を掴んできた。
「さ、行こうか。」
はて、今、何が起きた……?
ソレを理解する前に、クロユリさんが私の手を引っ張って歩き出してしまったのだった。




