1-74 轟音の原因
今まで利用する機会に恵まれなかったから詳しく知らなかったが、馬を貸してくれるその場所は今回のようにカナカ軍として急ぎの事態が起きた時のために存在しているらしい。
「シュヴァルツ属性ランクSクロユリと、ヴァイス属性ランクS白花エンレイだ! 轟音の件の調査に向かうための馬を用意してくれ!」
「今お持ちします!」
今の轟音を聞いて私達と同じように考えたカナカ軍の隊員が多数いたらしく、職員さん方は相当バタバタと忙しそうに動き回っていた。
「この子をお使いください!」
「感謝する!」
きっとランクSだと伝えたからだろう。一分も待つことなく馬が用意された。凛々しい馬が、二頭……
「あ……」
そこで私は馬に乗ったことはおろか、触れたことも無かったということに気づかされた。どうしよう、そもそも馬ってどうやって乗るの……?
人間が走るよりも馬の脚の方が早いのは明白だ。しかしそれに乗れない人間は己の脚しか頼れない。
車という最新の乗り物も存在はしているが、それは白花家だからできることで、一般には手が出ない最高級品である。
いくらここがカナカ軍の管理下にある場所とはいえ、そんな二台も三台もあるとはとても思えない。
それならどうするのが最適か。この時思いついた一つの案を実行するべきか、一瞬迷ってしまった。迷っている暇なんてありはしないのに。
「エンレイ?」
クロユリさんの心配そうな声を耳にして、私はハッと今が緊急事態であることに違いないことを思い出した。
「っ、あの、ここに縄はありますか!? とっっても丈夫な!」
「え、エンレイ……? 一体どうしたの?」
「いえ、馬に乗ったことのない私が今この一瞬で乗りこなせるとは思えないので、クロユリさんが乗った馬に縄を括り付けて私を引きずってもらおうと思いまして!」
「えぇ……そんなことなら早く言ってよ。一緒に乗ればいいだろ? ほら、」
ヒョイッと軽々馬に乗ったクロユリさんが、私に向かって手を伸ばした。それに掴まるとグイッと馬の背に引っ張り上げられた。
「わ、高い……」
「じゃあさっそく走らせるから、掴まってて。」
「は、はい! お願いします!」
最初は私を思ってか少しユックリの速さで、だんだんその速度を上げていく。馬の背から見下ろすように流れる景色は今までとはまた違ったものだった。意外と恐怖がなかったのはよかったと思う。
…………
あれからそんなに時間をかけずに西側にまで来ることができた。壁際まで来ると野次馬が集まっているようで。
私とクロユリさんの姿を、もっと言えばこの白と黒の髪色を見た人が──馬を走らせてすぐにクロユリさんがかぶっていたフードは取れていた──大声で状況を教えてくれた。
「壁の向こうでガイストが暴れまわってるらしい! どうもこの音を聞く限り一体だけじゃあないみたいでな! 苦戦しているらしい!」
クロユリさんがさっと馬から降り、私に手を伸ばしながら話を聞く。
「情報助かる! この馬を頼んでいいか!」
「はいよ! どうかこの街を守ってください!」
「ああ!」
「はい!」
一体だけではない。その言葉にフッと悪い予感はしたが、それを表に出さないようにしてクロユリさんと二人、壁の向こうへと走った。
ドォ……ン……!
するとまた轟音が鳴る。さっきよりも近くで鳴ったからこそ、耳がジジジ、としびれるくらいの大きさだったことを知った。知りたくもなかったけれども。
そして目視できる範囲に、隊員とブラオ属性のガイスト……らしきものと戦闘していた。らしき、というあやふやな表現をしたのは、一般的なブラオ属性のガイストとは違った姿だったからだ。
ここまでの情報で、だいたいの予測はついてしまった。あまりよろしくない方向の。
「進化系……」
「やっぱりそうですよね。」
これまた今まで見たことのない、水球に手足と頭がついているような姿。ガイストにしては人型寄りの見た目である。
状況を教えてくれた人が『一体だけではない』と言っていたが、この進化系ガイスト一体だけで普通のガイスト複数体分の攻撃力を持っていたんだろう。
私は未だ絶えず攻撃を受ける隊員と魔法の間に入り、ブラオ属性魔法をナイフで切り裂いた。
「ハッ! エンレイ様、クロユリ様!」
「今どういう状況だ!」
クロユリさんも進化系ガイストに応戦しながら情報を得ようと隊員に声をかけていた。
「いつものように討伐任務に就いていたところ、見たことのない形のガイストに襲われ今に至ります!」
「そうか!」
「あ、あのっ! 怪我人はいますか!?」
「……、もう、」
そう言い淀んで目を逸らした。その先に私も目線を動かしてみると、倒れ伏して微動だにしない隊員の姿が目に入った。
答えてくれた隊員の安全を確認してから、倒れ伏している隊員の元へ駆け寄った。呼吸はなし、心臓も動いていない。蘇生と青の治癒魔法を同時に試みるものの、しかしうまくいかない。
助けられないなんてこと、あってはならない。この治癒魔法を持った私には。
「っ……、」
ガイストの集団が襲ってきた時だって、散った命は無かったって言ってたじゃないか。そんな己を責め立てるような言葉が頭を埋め尽くし、息が上がる。
ドォン……ドゴバキッ!
「ッ……!」
轟音で意識が現実に戻ってきた。ああ、焦っては駄目だ。これでは助けられる人も助けられなくなってしまう。
何度も練習したおかげで以前よりも深い傷も治せるようになったとはいえ、私の治癒魔法は万能ではない。人の蘇生なんて不可能だ。
そう、もう助けられない命より、今助けられるかもしれない命を優先するべきだ。
頭では理解してはいるが、いざ他人の命がこの手からこぼれていくと考えると、背筋が凍って足が固まってしまう。
「エンレイ!」
そんな私の耳に突如として入ってきた己の名に、物言わぬ隊員から声の主のクロユリさんに意識を移動する。
そこにあったのはクロユリさんの焦った顔に被るようにブラオ属性魔法が、巨大な水球が、目前に迫っていた事実だけだった。
これをまともに受けたら、この隊員は無事では済まないだろう。それならどうするか。そんなの分かりきっている。
隊員に当たらないように、もし相殺できなくとも私だけが被害を被るように、ナイフをブラオ属性魔法へと突き刺していく。
今まで受けてきたブラオ属性魔法なら、この一突きで風船が割れるように霧散するはず。しかしこの魔法を作り出したのは進化系のガイスト。一筋縄ではいかないだろう。
そう、『今までの常識』が通じないことは頭では理解していたつもりだった。が、進化系のガイストはその想像を遥かに超えたものだったらしい。
突き刺したはずのナイフはブラオ属性魔法の中、つまり水球の中に吸い込まれていった。それを見て頭で考える間もなく、ナイフを握っていた私までもがその水球の中に取り込まれる。
普通のブラオ属性魔法は水球をぶつけることで攻撃する。形を変える必要もないのだ。
だからこそ、流動的にナイフと私を取り込んだ魔法に反応できなかった。ああ、いや、これは言い訳になってしまうか。進化系、という存在自体がイレギュラーなのだから、私たちの常識を覆すような魔法を使ってくる可能性だってあったんだもの。
辛うじて顔が取り込まれるその一瞬で深く息を吸えたから、頑張れば一分くらいはどうにかなるだろう。
それを超えてもまあ、死にはしないだろう。何なら死ねたら本望とすら思うくらいだし。……そうだ、そうに違いないんだ。
それよりも、だ。依然としてブラオ属性の進化系ガイストを討伐できていないことの方がマズい。
クロユリさんなんて進化系ガイストと応戦しながらこちらをチラチラ様子伺いしている。巻き込まれた元凶の私が言うことではないかもしれないが、討伐に専念して欲しいと思う。
私も遠距離で何か手伝えることでもあればいいんだけれども。だんだん酸素が薄れてきてボーっとした頭で何かないか何かないかと唸る。
ゴポッ……
思わず口から漏れた空気の音を聞かれていたらしい。クロユリさんはバッチリこちらに目線をやっていた。
その隙を見逃さない進化系ガイストは、そんなクロユリさんに向けて私を取り込んだものよりも一段と大きなブラオ属性魔法を放った。
ゴポッ……
私は酸欠で途切れる意識の中、咄嗟にその進化系ガイストに向けてナイフを投げつけた。




