1-67 大切な
「ラナンキュラスってば言い方は尊大だけど、副音声を付けるなら『(また無理をしないように)エンレイを見張ってろ!』ってところだろうし。なんだかんだラナンキュラスってエンレイに甘いよね。」
「???」
ラナンキュラス大先生がそんな優しいことを言うわけが……
クロユリさんにそう反論しようと口を開こうとして、いや、ちょっと待てよ、と今までのことを振り返ってみた。
そもそもラナンキュラス大先生って私に向かって嫌いだなんだとは言いながらも暴力を振るったりしてこなかったし、倒れた時も口では『バーカバーカ』だなんて悪く言っていてもなんだかんだちゃんと看病してくれたし、さっきの『お前の力強い武器になる』発言は全面に優しさが出てて……
「あれ、私……もしかしてラナンキュラス大先生に嫌われていない?」
「……? エンレイ、何を今更なこと言っているんだ??」
探偵のように名推理を披露すると、今度は私のその発言を聞いたクロユリさんが頭の上にハテナを浮かべた。どうもお互いの中でラナンキュラス大先生への認識に齟齬があるみたい。
「いや、だって、確かに暴力に訴えることはありませんでしたが、会うたびに『バーカバーカ』と言われていましたから……優しい人ではあるんでしょうけど、普段の言動からして私は嫌われているのだろうな、と……」
私のことが嫌いなのに行動に移さない優しさを持った人、という認識だったのだ。それが実は違った、と……?
「よっぽどの事情がない限り、ヒトって言うのは『頑張っている人』に対して好感を持つものだよ。ラナンキュラスもきっとソレなんじゃない?」
「頑張って、る……?」
「そ。エンレイはこの環境に置かれてからずっと、頑張り続けているだろう?」
クロユリさんからの問いかけに、私は反論したくなった。
「いえ、私なんかまだまだ頑張っている範疇には入りません。だって結果が出せていない。まだまだ扱えない魔法もあるし、次期総指揮官としても未熟。こんな私が頑張っているだなんて烏滸がましい。本当に頑張っている人に対して申し訳ないです。」
「……そのストイックさも美点なのかもしれないけれども。もう少し気を緩めても良いんじゃない?」
「私は次期総指揮官という役割を失いたくないんです。その為なら死んでもい」
それ以上の言葉を紡ぐ前に、クロユリさんの片手が私の両頬をムニュッと潰しにかかる。
「うにゅ……」
「それ以上はエンレイ相手でも許せない。」
さっきまであった平和な空気から一変、殺気マシマシの眼光に睨まれた。そんなに怒らせてしまうこと、言ったかなぁ。
「エンレイ、俺、前に言ったよね? 自分を大切にしろって。まさか忘れちゃった? そんなわけないよね?」
私の頬を潰しにかかるクロユリさんの手にギリギリと力がこもっていく。相当お怒りらしいことはさすがの私にも分かった。
そしてクロユリさんのその言葉で『シュヴァルツとヴァイスは一心同体』だったと思い出した。
そうだった、私が勝手に死のうとすればクロユリさんも無事ではない可能性があるんだった。どうも己を大事にする、という考えが頭から抜けがちで……ああ、いや、これじゃあただの言い訳だ。
「ひょへんひゃひゃい……」
未だにクロユリさんに頬をギリギリと潰されたまま、それでも謝罪の意を伝えんと言葉を発する。
「……」
しかしその謝罪は伝わらなかったのか、クロユリさんは依然として私の頬を潰しながら真顔で黙り込んでしまった。ひぃ、怒鳴られるよりも怖いや。
それからクロユリさんはしばらくの間そのままでいて、頬を潰され身動ぎすら出来ない私はクロユリさんの真顔を間近で眺めるくらいしかやれることもなく。クロユリさんが次に何か行動をとるまで、私はジッと彼の綺麗な漆黒の瞳を見つめていた。
「……なるほど、そうしよう。」
すると突然クロユリさんが一人で何か納得したような声を零し、間近で見つめていた私にニヤリと笑みを向けてきた。
その企んだような顔に危機感を覚えた私は頬を潰された状態のままでもなんでも、とにかくここから離れるべきだと直感した。
だが、しかし、まあ……勿論純粋な力比べでクロユリさんに叶うはずもなく、良いところ掴まれた手から仰け反る形で──とは言っても数ミリ程度でしかないだろう──距離を取ろうとするくらいのことしか出来なかった。
と、そんな無意味とすら思える抵抗なんて何のその、クロユリさんは頬の手を離して私が驚いてい?一瞬の隙のうちにハグッと私を彼の腕の範囲内に囲った。
「はうぁっ!?」
「エンレイはこんな風に触れられるのが好きじゃないみたいだったから控えていたけれども、そうじゃないみたいだからね。」
耳元で囁かれた聞き心地のいい声に、他人の体温に、落ち着かなくなる。カッと全身が熱くなって、心音もドコドコと死ぬほど早まり、詰まる息で酸欠気味になる。
「こうやって親愛を行動でも示していけば、少しは自分を大切にしてくれるかな?」
「っ……、……」
こんなに大きな面積で優しく触れられるだなんて、進化系ガイストと遭遇したすぐ後のあの時以来二度目。何なら生まれてから今までのカウントだとしても二度目。そりゃあもう、どうしたらいいのかなんて分からずパニックになってしまうのも何らおかしいことではない。
「エンレイは大事だよー。大切だよー。良い子だもんねー。」
まるで呪詛のように、洗脳のように、言葉を脳みそに詰め込まれる感覚。頭や背中を優しく触れられる経験にも乏しい私には、その行動も含めた言葉たちがどうも別の世界のモノに聞こえてきてしまう。
ああ、いや、自分を大切にしろとはここ最近何回も聞いてきているんだけれども。それでもツユクサさんに拾われる前とは真反対の言葉の羅列なもんで、頭では理解しようとすれども無意識レベルでは理解出来ていないのだろう。
だからこそ、クロユリさんはこうやって行動で示してくれている。私がさっさと理解すればそれで済んだのに。わざわざ申し訳ない。そんな罪悪感が頭をよぎった。
──クロユリside
エンレイを腕の中に抱き込んでしばらくの間は、緊張で体を強張らせ顔を真っ赤にして恥ずかしがっているようだった。
以前触れた時も似たような反応をされたが、その時はこういった触れ方をされるのが嫌いだからなのだと思っていた。しかしエンレイと接しているうちに、ただ単に人との直接的な触れ合いに慣れていないだけだと何となく理解した。だったら、ねぇ。慣らすまででしょう。
シュヴァルツとヴァイスの結びつきが例え無くとも、エンレイとは縁が繋がるだろうと直感できるような存在、大切にしたくもなる。
エンレイの体温を感じながらそんなフワフワと浮かれたようなことを考えていると、突然フッと腕の中のエンレイの様子が変化したような気がした。
「……エンレイ?」
それも、悪い方向に。
「今度は何余計なことを考えてる?」
「……ごめんなさい。」
何故このタイミングで謝罪されるのか皆目見当もつかなくて、頭上にハテナを浮かべながらも本人に聞いてみることにした。
ぽつぽつと零される言葉を要約すると、エンレイ自身が不甲斐ないせいで俺に嫌々行動させてしまった、ということらしい。はてさて、一体何を言っているのか分からない。どこがどうなったらそんな結論に至るのか。エンレイの頭の中を覗いて見てみたくもなった。
ああ、いや、そうじゃない。ちょっと意味不明で取り乱したけど、今は混乱している場合じゃない。ここで拗れたら何か駄目な気がする。しっかり俺の正直な気持ちを伝えなければ。
そんな強迫めいた決意に満ちた心で言葉を慎重に積んでいく。疑問を持たせる余地もないくらいに。
「エンレイ、人の好意を曲解しちゃ駄目だよ。これは俺がしたいだけ。俺がエンレイを抱きしめたくて、頑張っているエンレイを甘やかしたくて、やってるだけ。確かにエンレイに自分を大切にして欲しい気持ちもあるけれども、俺がエンレイを大切にしたいだけ。そこを履き違えてもらっちゃあ困る。」
「っ……」
「シュヴァルツだからとかヴァイスだからとかじゃない。エンレイだから大切にしたいだけ。……分かった?」
エンレイにそう問いかけるが、どうも返事がない。体も微動だにしなくなった。何が起こったのかと腕の中から解放して様子を窺うと、
「きゅぅ……」
エンレイは顔を真っ赤にして目を回して気絶していた。嘘でしょ……




