1-66 ???
「あ、れ……?」
立ち上がるための力が足りず、その場から動けない。それでもここに座り続ける迷惑を考えたら一刻も早く立ち去らなければならないのに。何度も何度も全身に力を入れ、しかしことごとく失敗する。早く早くと焦燥感は積もっていく。
「あ、お前……」
ラナンキュラス大先生はこんな私を見て何かに気が付いたように声を上げた。
「まだ余力のある職員はいるか? エンレイがマナ切れを起こしている。とりあえず最低限でいいから回復してやって欲しい。」
「はいっ! 私やります!」
「サンキライか。よろしく頼むな。」
「はい!」
私が何かをするまでもなく話は進み──というかこれがマナ切れの症状なんだ、と初めて知った──、サンキライさんが私に駆け寄り手を翳してきた。
すると温かい風のようなものに包まれ、それがだんだん己の中に染み渡っていくような感覚になる。これがオランジェ属性のマナ回復魔法……とても心地よくてこのまま眠ってしまえそうだ、と思った。
「──、──……」
そんなところで、私の意識は途絶えたらしい。
…………
何故か目覚める感覚で意識が浮上した。ボンヤリとした頭で一体何が起きたのかを考えるが、何故私が今の今まで眠っていた(仮)のか、理解できなかった。
「やっと目覚めたか。」
「……ラナ、……?」
「この馬鹿者。己のマナの残量を意識せずに魔法を使う馬鹿がいるか。」
「か、じゃ……さ、は……?」
「ハァ……本当にこいつは……」
ラナンキュラス大先生が何か言っているようだったがあまりにもボンヤリした頭では理解が追いつかず、しかしそんな中でもあの患者さんのことが気がかりで言葉を遮ってしまう。
その様子にラナンキュラス大先生は呆れたように溜め息を吐き、しかしそれからちゃんと教えてくれた。
「お前の補助もあって、何とか、一命を、取り留めた。」
ボンヤリした頭でも理解できるようユックリと発音されたその言葉に、私は張り詰めた気をフッと緩めた。
「よか、た……」
「よくねえわボケ。助ける側がイチイチ倒れていたんじゃあ意味ないだろうが。」
だんだんハッキリしてきた頭にまず入ってきたのはそんな苦言だった。
確かに治癒魔法を使う度に倒れていたら邪魔ですらあるだろう。すぐに納得した。
「お前は魔法の鍛錬よりも、己に内包されたマナの全量を把握し、それを使い切らないように制御することを学ぶべきだ。他人を助ける、という名目を持ってしまうとお前はなりふり構わず全ての力を他人に与えてしまうからな。」
「……わ、かりました。」
「他人を助けたいと思う気持ちは悪いものではない。だが他人を助けたいがために力を制御出来なくなる今のお前には悪い方に作用してしまっている。それさえ何とかすれば、お前の力強い武器となるだろうな。」
そう言葉を落としたラナンキュラス大先生は私の頭を二回ほどポンポンと優しく叩いてから、この部屋から出て行った。
「……ラナンキュラス大先生が優しいなんて……明日は槍が降るのでは???」
彼の普段とは違う言動に、私自身でも何を言っているか分からないことを呟いてしまったのだった。
…………
あれから何分経っただろうか。ラナンキュラス大先生に病室を追い出されることなく時間だけが過ぎていき、その間出来たことと言えば頭の上にハテナを浮かべることくらいで。つまり思考停止していた、とも言えるだろうか。そんな状態だった。
そしてそんな私の状態を元に戻してくれたのは、病室に誰かが入ってきた物音だった。
「エンレイ、具合はどう? ……エンレイ?」
「………………ハッ!」
病室に入ってきた人物はクロユリさんで、思考停止していた私を心配してくれたらしいことは分かった。
「だっ、大丈夫です! ちょっと非現実的なコトが起こって、脳みそが思考停止していただけなので!」
「それは大丈夫でいいのかな……?」
「勿論!」
「そ、そっか。」
ちょっとクロユリさんの口元がヒクついていたようにも見えたけど、きっと気のせいだろう。うん、そうだそうだ。
それよりもここに来たということは、何かがあったということなのではないだろうか。何となくそう思った。
「それで、クロユリさん。何かありましたか?」
「……あ、そうそう、早く教えたくて来たんだった。」
クロユリさんがコホン、と一つ咳払いをしたことで緩んでいた空気が引き締まる。
「ラナンキュラスとエンレイが助けた患者が早々に目を覚ましてね。一体何があったのか話を聞いてきたんだ。それをまずエンレイと共有しようと思って。」
さすが鍛えられたカナカ軍人だよね、だなんて称賛の言葉も交えながら話されたことと言えば、
・重症を負わせたのは多分ゲルプ属性のガイストである
・しかしその見た目が通常のゲルプ属性のガイストとは違った
・強さも通常のモノより数段上だった
・油断したつもりはなかったが気がついた時にはもう倒れ伏していた
とのことだった。聞いている途中で感じた引っ掛かりは点のように、そして全て聞き終えた後にはその点が線のように繋がったような感覚に陥りザッと血の気が引いた。
「……それは、今私達が追いかけている『進化系』のガイストの可能性があるってことですよね?」
「ああ。それも今まではロート属性の進化系しか確認されていなかったが、ゲルプ属性もいる可能性が高い。と言うことは、だ。もしかしたら他の属性のガイストにも進化系がいる可能性も視野に入れなければならないかもしれない、ということにもなる。」
「……、」
「それから……」
嫌な予感で頭痛と目眩に襲われる中、クロユリさんの口からどんどん爆弾のような事実が齎された。
「あの患者はランクA。そんな彼でさえ手も足も出なかったとなると……」
「っ……、対処できる、のは……ランクSしか……?」
「そうなるかもね。まあ、統率者の御三方ではどうだろうか、という疑問は残るけど……基本的に進化系の相手はランクSの我々ってことになりそうだね。」
私達はまだ進化系と戦闘したことがない。だからこそ相手の力量も知らず、本当にランクSの私達で対処できるかすらも分からない。
分からないけれども、それでもやり遂げなければならないのがランクSとしての責務である。ランクAに収まらない力量を持つと認められているからこそ、こんな非常事態に率先して前に出なければならないのだ。
鳥に運ばれてきた不安の種が己の胸にポトリと落とされたような、そんな気持ち悪さに苛まれながらも、それに浸っている余裕はないと思考を切り替えていく。
「これは周知した方がいいですね。一刻も早く帰ってツユクサさんに……」
とにかく急いで帰りたくなり今まで座っていたベッドから降りると、クロユリさんが私に手を向けた。
「……送っていくよ。ラナンキュラスにも言われたし。『あいつを見張ってろ!』ってね。」
その時のことを思い出しているのか、クロユリさんはクツクツと笑い始めた。はて、今のに面白いところがあっただろうか?
「本当、ラナンキュラスは素直じゃないよね。……フフッ、」
「???」
さっきまでの緊迫感はどこへやら。込み上げる笑いを抑えるようにプルプル震えるクロユリさんの様子に対して、私は頭の上にハテナを浮かべるくらいしか出来なかった。




