1-65 緻密に
あれからというもの、どうも腑に落ちない気持ちで頭が埋め尽くされてしまい、お二人のその後の会話を全く聞いていなかったことに気がついた。ハッと意識が現実に戻ってきて最初にしたことと言えば、辺りを見回すくらいで。
「腕が痛いー!」
「十通程度なんだから我慢しなさい!」
何か駄々こねるラナンキュラス大先生を宥めるクロユリさんみたいなやり取りをしていた。
「あ! おいお前! ようやっと意識が現実に戻ってきたか! じゃあ手伝え!」
ラナンキュラス大先生にそうどやされながら、お二人が既に書かれた手紙──これはサクラさん宛てらしい──を読ませてもらった。そしてどうやらこれをランクSとランクAの統率者の皆様に宛てて書いているようだ。
「……もう一組のシュヴァルツヴァイスペアを見つけるために、人員を割きたい……」
簡単に言えばそういうことだ。ノコギリ荘への侵入者もソレに関わってくるかもしれない、とも。
確かに今回は人的被害も無かったが、これから先も無害であり続けるかどうかは分からない。害が及んでいない今のうちに捕まえて監視下に入れておきたい気持ちはとてもよく分かった。
いや、それも大事だが、その後に書かれた事柄に私は眉をひそめた。
「ヴァイス属性持ちがもう一人、いる……?」
そんなこと、あるのだろうか……?
「それはエンレイが一番知っているでしょ?」
「え?」
クロユリさんにそう問われたたが、はて、一体誰のことを指しているのか分からず。首を傾げてしまった。
「ほら、塔を見つけてって話をしてくれたでしょう? あの時エンレイが見た生き写しの人が、もう一人のヴァイス属性持ちって考えればさ。シュヴァルツ属性持ちがもう一人いることの説明にも説得力がつくでしょ?」
「あ……!」
そうだ、私こそがむしろそのことに一番最初に気付くべきだったのだ。クロユリさんは何度も『シュヴァルツとヴァイスは一心同体』と仰っていたんだから。なんてことだ。
「あとはラナンキュラスが今書いてるツユクサさん宛てが完成すれば全部、かな?」
「ああ。あとちょっとだけ待ってくれ。」
「あいよ。」
渋々といった声色と相反するようにサラサラと筆が紙を滑る音を後ろで聞きながら、クロユリさんとこれからのことを話し合う。
「ガイストの討伐は怠れないから全員ではないだろうけど、俺達の方にも新たに何人かは振り分けられるだろうな。」
「そうですね。……それにしても、シュヴァルツとヴァイスの属性持ちってつくづく不思議ですね。片方だけ存在することはない、とか。その時代に一組だけ、とか。まあ、今回は異例中の異例なんでしょうけど。他の属性にはないことばかりです。」
「そうだな。」
やはりどこか作為性を拭えず腑に落ちないが、今はまずもう一組のシュヴァルツヴァイスペアを見つけるのが先だろう。
「よし、できた! じゃあ纏めてこっちで出しておくから……」
達成感に満ち溢れた声を上げ、背をググっと伸ばしてからラナンキュラス大先生はこちらに掌を向けた。クロユリさんが書いた分の手紙をその手に乗せると、ラナンキュラス大先生は立ち上がった。
「ああ、よろしく頼むな。」
「おうよ。……で、だ。」
「……?」
そこで言葉を切ったラナンキュラス大先生の様子がいつもと違って見えて、私とクロユリさんはジィっとラナンキュラス大先生を見つめた。
「……そろそろ飯の時間だ、から、い、い、い……」
「い?」
「……一緒に食べやがれください。」
なんとまあ、人を誘うのがド下手なんでしょう。そう呆れてしまう程、ラナンキュラス大先生は不器用に言葉を紡いだ。
「えー、どうしようかなー?」
クロユリさんが笑いをこらえながら冗談混じりの返答をする一方、私はその会話に一歩出遅れ口を噤んだ。というのも、ラナンキュラス大先生の纏う雰囲気が一瞬で不機嫌に変わったから。
「……フンッ、べ、別に嫌ならいいけd」
「失礼しますっ! ラナンキュラス様! 緊急事態です!」
「なんだ突然。」
ラナンキュラス大先生の言葉を遮るように現れた職員さんは、とても慌てたように大声を上げた。
「はっ、重症人が運ばれてきました! ラナンキュラス様のご助力を賜りたく!」
「分かった。今行く。エンレイ、お前も来い。」
「えっ?」
「お前は治癒魔法が使えるだろう? 俺を手伝え。」
「でも、私はラナンキュラス大先生を必要とするほどの重症人を治せる力は……」
「補佐的でいい。いないよりはマシだろう。」
「分かりました。私にできることを頑張ります。」
「ああ。おい、案内しろ!」
「はっ!」
報告をくれた職員さんに続いてラナンキュラス大先生、私、その後ろにクロユリさんもが重症人の元へと急ぐ。
…………
「おい、患者の容態は?」
「はい、全身粉砕骨折と幾つかの内臓破裂。ゲルプ属性のガイストと応戦したと我々は予測を立てました。」
「そうか。さっそく処置を始める。エンレイ、いいな?」
「はいっ!」
ラナンキュラス大先生の処置の手をマジマジと見つめる。迷いのない手の動きはもはや芸術的とすら思えた。まあ、今はそんな悠長なことを考えている暇はないのだけれど。
「おい、エンレイ。ここに治癒魔法を使え。」
「はっ、はい!」
ラナンキュラス大先生に指示された場所に青の治癒魔法を使うと、途端にラナンキュラス大先生の怒号が飛んだ。
「おいっ! そこじゃない! もっとこの範囲内だけに掛けろ!」
「はいっ! すみません!」
いつものような魔法の掛け方ではいけないらしい。もっと緻密に、ピンポイントに、魔法を掛けなければならない。それは想像以上に集中力を使って、とにかく今の私にできる最高の魔法を一箇所に集約させていく。
「そうだ。そうしたら今度はこっちのここまでの範囲で。」
「はい!」
さっきよりも狭い範囲を指示され、集中と緊張と焦りで吹き出た汗がこめかみを伝う。それを拭う余裕もなく魔法を掛け続けていると、フッと柔らかいものが額の汗を吸収した。
「エンレイは魔法に集中して。」
どうやらクロユリさんがタオルか何かで拭ってくれたらしい。それに返事をする余裕もなく、心の中で感謝しながらもっと魔法へと集中していく。
…………
「お、終わったぁーーー……」
あれから体感で五、六時間の大仕事を終えた気分で私はその場にへたり込む。
「ふぅ、何とか助けられたな。」
そして隣に立つラナンキュラス大先生の声にも疲労が窺えた。そりゃあそうだ。処置の大半はラナンキュラス大先生が担当し、その他に私や職員さんへの指示を出していたんだ。
そりゃあここにいる誰よりも疲れるのは当たり前とも言えよう。ただ指示されるがまま魔法を使っていた私ですらこんなに疲れているんだもの。
だがそれでもここにへたり込んでいるままではいけないと思って立ち上がろうと力を入れるが、どうも上手く足に力が入らない。こんなことは今まで無かったのに。自分のことなのにその理屈が理解できず、私は困惑の声を漏らしたのだった。




