1-64 黒の襲来
「どういう状況、と言われましても……」
ただラナンキュラス大先生と話していただけなんだけど……
「で、クロユリサマが何用で?」
私が言葉に詰まっていると、ラナンキュラス大先生が単刀直入に話を切り出した。いや、多分困惑した私を思って、だなんてお優しい考えではなく、ただ単にサッサと話を終えてしまいたいという思惑なのだろう。
「ああ、そうだな……ちょっと気になることがあって、確認するために来た。」
「確認……?」
「昨日、俺とエンレイは城にいた。それで奇妙なことが起きたんだ。あの時は気が付かなかったが、その晩もう一度同じ場所に行くと、あの時気づけなかった奇妙なことが一つだけ分かった。」
それってもしかしなくても、あの図書館で突如落ちてきた本のことを言っているのだろう。
「ほう……?」
「それで、時間は違えども同じ日にそちらにも侵入者が出て、まさに今ぶち当たっていた壁に関する情報を得た。ですよね?」
「まあ、そうだな。どこにも情報のないアイツの目の色の変化に関するカルテが置かれていたな。」
「でしょう? それで、そのカルテを一度俺にも見せてはくれないだろうか、というお願いをしに来た。もしかしたらこっちで感じた奇妙なことと繋がりがあるかもしれないからさ。」
まさかクロユリさんは今回のコトが同一犯によるものだとでも言いたいのだろうか。まあ、それはまだ分からないことだし、取り敢えず私は二人のやり取りを黙って見ていることにした。
「クロユリサマともあろうお方が『お願い』だなんて、随分お優しいことで。一言見せろと命令すれば済むだろうに。」
「俺は名ばかりの権力を振りかざそうとは思わない。それが同僚相手なら尚更。」
「……、」
あ、ラナンキュラス大先生が複雑な心境をそのまま隠しもせず空気として周りに放った。何がどう複雑なんだろう。人の機微に疎い私には少し難しい話だった。
「……し、」
「し?」
「……仕方ない、から見せてやる……」
ラナンキュラス大先生やい、さすがに彼相手に上から目線は少し不味くないでしょうか。と、ハラハラした私の内心なんか気にせずラナンキュラス大先生は『こっちに来い』とこれまた上から目線で私達を呼んだ。
対してクロユリさんはさして気にした様子も見せず、いつもと同じような足取りでラナンキュラス大先生について行くのだった。
…………
「あ、やっぱり……」
クロユリさんにその診察記録を見せると、納得したように声を漏らした。
「やっぱりってことは……」
「ああ、きっと昨日図書館にいて本を落としていった奴と、ここに侵入した奴は同じ人物だろう。……多分。」
「なんでそんなことが分かったんだ?」
ラナンキュラス大先生の疑問は最もで、私もウンウンと頷いてクロユリさんの次の言葉を待つ。
「いやね、このカルテと、昨日落ちて来た本には、微量の魔法が残っていたんだ。」
「何!?」
それは私も気が付かなかった。普通の紙にしか見えないのに……
「で、だ。魔法がかかっているのだけだったらそんなに不思議なことはない。だが、かかっていた属性に問題があった。」
「問題ってことは、単色や二色って話じゃない、のか……?」
「そう、ラナンキュラスの言う通り。そしてその中でも一番厄介だろう属性……いや、勿体ぶる必要はないな。シュヴァルツ属性の魔法が少々こびりついていたんだ。」
「え、じゃあ今回の犯人はクロユリサm……」
「いや、断じて違う! いや、今この現代においてシュヴァルツ属性持ちが俺しかいない事実からすれば犯人は俺になってしまうんだろうが、俺はやっていない! それに若干だが魔法の質が違う!」
魔法の質、それは言わば指紋のようなもの。同じ属性持ちだとしても、人によってマナの形も違うし、出力した魔法にもほんの少しの違いが見える。まあ、違いとは言っても本当、指紋は誰でも違うよね、くらいの認識でしかないが。
「だが、それが事実だとしたら、おかしくはないか? 一つの年代に二人もシュヴァルツ属性持ちが存在することになる。となると……今までの常識がひっくり返る!」
「そう、そこなんだ! 今までシュヴァルツ属性とヴァイス属性は同年代に多くても一組しか現れない、だなんて言われていたのに、そうじゃないと分かったら……どうしたら……」
そこまで静観していた私だったが、ハテと疑問が湧き上がった。
「そもそも何故シュヴァルツ属性とヴァイス属性は一組だけ、という制限があるのでしょう? 他の属性は数多いるのに。」
「それくらい珍しいってことだろう?」
「いや、だって、属性は生まれ持ったモノでしょう? それなのにシュヴァルツ属性とヴァイス属性だけ人数の制限があるなんて……何か作為的なモノを感じませんか?」
「……そう、だろうか?」
「俺は思わんな。例えば珍しい血液型が作為的だったら、もはやヒトは人造になってしまう。だが違うだろう?」
「……、」
クロユリさんとラナンキュラス大先生にそう諭され、そうだろうか、いや違うのではないだろうか、と相反するモノが心に居座った。
「……そう、かもしれませんね……」
取り敢えずこの場は納得したかのように収め、しかし脳内ではグルグルと色んなことが駆け巡った。
…………
──クロユリside
どうもエンレイは納得していない様子だが、もしこの属性が作為的であったのなら、俺はどこに怒りをぶつければいいか分からなくなってしまう。
生まれながらにしてシュヴァルツ属性持ちと分かり忌避され、隔離され、侮蔑の目で見られてきた。何度殺されかけたかも分からない。だからこそ、ヒトの手でワザとそうされたのなら、俺の人生を返せ、と憤るだろう。
「……で、話は戻るが、結局今回の犯人は誰なんだ?」
俺の内心を悟ったかのようなタイミングでラナンキュラスが話題変えをした。無意識に詰めていた息を吐き、何とか落ち着きを取り戻してからその話題に乗ることにした。ちなみにエンレイはまだ黙り込んだままである。
「それは分からない。まさか現代に俺以外のシュヴァルツ属性がいるなんて考えたこともないからな。もしかしたらヴァイス属性持ちも、もう一人くらいいるってことにもなるか……?」
「そこまでは知らん。が、一つ言えることと言ったら、ノコギリ荘にはコイツ以外の白髪頭は見たことがない、ってことだけだな。」
「そう、か……」
この街は『街』と名乗ってはいるが、遥か昔に存在した『小国』くらいの大きさを誇っている。探すのにも時間はかかるだろう。なんたってエンレイすら探し当てるのに何年も費やしたのだか、ら……
「……あ!!!!!!」
「うっわビックリした! なんだデッカい声出して!」
「あ、すまん。」
俺の声に驚いて飛び跳ねたラナンキュラスに軽く謝罪して、今思い出したことを彼にも話す。
「この前エンレイが自分の空似に会ったって言っていただろう!」
「それがどうし……まさか、」
「そう、その時になんで思い至らなかったんだろう! もう一人のヴァイス属性持ちは既に見つけていたじゃないか!」
「っ……、確かにそうだ。何で思いつかなかったんだろう。エンレイが先に見つかったからこそ、もう一人の存在を軽んじてしまった! なんたる失態!」
「俺とエンレイは進化系ガイストを探すと同時に、エンレイが見つけた塔も探していたんだ。ああ、そうか、そうだ、もう一組のシュヴァルツヴァイスペアはそこなんだ!」
「これは一刻も早くそのペアを見つけなければならないな。それでシュヴァルツ属性持ちには聞かないといけない。何が目的か、と。……ああ、皆にも情報を共有しよう。クロユリサマ、手紙を書くのを手伝ってくれ。」
「勿論。」
ちょうどいい具合に診察室の机は広い。ラナンキュラスに言われなくとも手伝う、と俺も筆を取るのだった。




