タダ飯ハンターの観月さん
まだ昼には早い時間の学食に、人はほとんどまばらだった。
私も墨俣も朝ごはんを食べていなかったので、2人で朝昼ごはんを食べながら、授業を組むことにした。
私は素うどんを注文し、墨俣はスペシャル唐揚げ定食を頼んでいた。
(スペシャル唐揚げ定食…あこがれの1番高いやつ)
テーブルにお盆を置いたあと、トートバッグから、授業の一覧の掲載されたぶっといレジュメと、ラップに包まれたワカメおにぎりを取り出す。
ついでにジップロックも取り出して、素うどんにジップロックから取り出した乾燥わかめを乗せる。
うどんの汁を吸ってむくむくと増えるワカメを無心で眺めていると、墨俣もまた、そんな私を眺めていた。
「なに?」
「昨日も食べてたけど、ワカメ好きなの?」
「嫌いじゃないけど、好きでもない。」
「え、じゃあなんでそんなにワカメ」
指摘を受けたうどんの丼ぶりは、確かに汁を吸ってこんもりした緑の塊があった。
「髪を伸ばしたいから。あと量増しできるし。」
「髪の毛を?なんで?」
私は自分の肩まで伸びてきた毛先を摘んで眺める。これでも半年でかなり伸びてきた。
「よく分かんないけど、おばあちゃんもお母さんも髪がおそろしく長かったから、たぶん魔法使いには髪が長い方がいいことがあるんだと思う。」
「それで、ワカメ」
「そう」
私は増えたワカメをむしゃりと食べつつ、うどんの汁を飲む。
「…あの、髪の毛って実はたんぱく質で出来てるから、髪伸ばしたいなら、肉か魚も食べた方がいいかも。」
「…し、知ってるよ。でも。」
「でも?」
「肉と魚は高いから、たまにしか食べない。」
「そっか。」
それで会話は途切れて、しばらく2人してもそもそごはんを食べる。
しばらく食べたあと、
「あの、俺猫の間、魚肉ソーセージとビスケットしか食べてなかったから、調子に乗って唐揚げ定食頼んじゃったんだけど、なんか胃がまだ無理かも。…唐揚げ一つ食べてもらえない?」
「え、いいの?!」
「うん、残しちゃうし。」
「やったー!」
もらった唐揚げに早速かぶりつくと、中から溢れ出る肉汁と衣の香ばしさに、冗談じゃなく少し涙がでた。
内臓や軟骨じゃない肉なんて何ヶ月ぶりか。
数ヶ月前に進藤教授に奢ってもらったヒレカツ以来じゃないか?
私は唐揚げの味が舌に残るうちにおにぎりにかぶりつく。
口に入れすぎて、慌ててプラスチックカップの水をごくごく飲みこむ。
テーブルに置いたカップの中に揺れる残りの水を見て、ふと思い至る。
「そういえば、1ヶ月、水はどうしてたの?さすがに飲まないと死んでたでしょ。」
「キッチンはセンサー式が難しくて、洗面所の蛇口から飲んでた。ただ意外とレバー押し上げるのが難しくて、鼻でやると毎回、一回顔濡れるから嫌だったな。最後の方は慣れたけど。」
「おー、案外サバイバルできるんだな。よしよし」
「家の蛇口だけど、サバイバルなの?」
口では理屈っぽいことを言いつつ、墨俣は嬉しそうに照れた表情をしている。
こんな適当な褒め言葉で満たされるなんて簡単なやつだなぁと思いつつ、残りのうどんを啜った。
お腹も満たされ、そのままテーブルでレジュメを広げて私の時間割に合わせて、墨俣の表を埋めていく。
どうやら一年次は全員必修がほとんどで、私と同じ授業を受けていれば経営学科の墨俣も何とか進級要件は満たせそうだ。
墨俣はとても喜んでいた。
親に無理矢理入れられた大学とはいえ、一応本人も卒業する気はあるようだ。
まぁニ年次からは専門が分かれるからどうなるか知らんけど。
(私もこのまま卒業まで通うか分からんしね)
「よし、やること終わったし、これ事務に提出して午後に一コマ講義受けたら今日は店に行くよ。」
「分かった。」
午後の講義も終えて、墨俣と荷物をまとめていると、以前新歓コンパに参加したサークル先輩が声をかけてきた。
「あ!タダ飯ハンターだ!」
「は?なんですか?その失礼な呼び方。」
「あぁ、ごめんごめん。」
声を掛けてきた男子学生は、ラフにセットされた髪型に、洒落た眼鏡を掛け、アウトドアブランドのリュックを背負っている。
こなれた感じの風体からして、おそらく上級生だろう。
彼は特に悪いとも思ってなさそうな声色で、私の抗議に対して軽く謝罪を返す。
「いや、君さ、ありとあらゆるサークルの新歓コンパに現れて、入会する気ゼロでタダ飯目的で来て、すごい量食べてくって、ちょっと有名だから。うちにも来たし。」
「あー…」
私はここ数ヶ月の記憶をたどる。
確かにもらった勧誘チラシに"新入生無料!"と書いてあるサークルの新歓には食費を浮かす目的でほとんど全部行った。
だからといって、曖昧に気があるフリをするのもどうかと思い、毎回初めの自己紹介で
「忙しいので入る気はありませんが、今日はたくさん食べたいです。」
と言った気がする。
横からクイクイと袖を引かれて隣を見ると、墨俣がこちらに顔を寄せて小声で話しかけてくる
「ほ、本当にそんなことしたの?」
「…どうだったかな?もう忘れた。」
男子学生は特に用があったわけではないらしく、
「じゃあねー、またタダ飯食べにおいで〜」
と手を振って去っていった。
私がその背中を見つつ
「連絡先聞いておけばよかった…」
と呟くと
「う、うちでご飯食べていいから!」
と墨俣が慌てた様子で話しかけてくる。
「うーん、毎度墨俣んち行くのもなぁ。」
(あまり関わり過ぎても面倒だしなぁ)
「じゃ、じゃあうち来ない日は連絡くれれば、なんか持ってくよ。大学で渡すよ。まだ買い過ぎたカップ麺もあるし。」
「…うーん。」
まぁ、確かによく知らない先輩にたかるよりは、事前に墨俣に連絡する方がはるかに楽そうではある。
「でもさぁ、そこまでしてあんたに何の得があるの?」
「え?」
「いや、タダより怖いものはないというか…」
(まぁ、それは誰に奢られても一緒なんだけど。)
「一緒に!大学行ってもらってるし!」
「まぁそれはそうなんだけど。」
とはいえ、実は今日も私は墨俣に合わせて行動を変えたりはしていない。
(進藤教授のところには行ったけど。)
ただ2限の時間に行くと、昨日のうちに伝えておいたら、駅から大学に行く途中、自分の部屋のベランダから、私が通るのを見張っていたらしい墨俣が自分で追いかけてきたから一緒に行っただけだ。
「つ、使い魔だから!観月さんの!」
やけに必死な形相で墨俣が言い募る。
「まぁ、確かに、使い魔が主人にたまにごはん渡すくらいは、普通、なのかな?」
「普通だよ!むしろ毎日渡すべきだよ!」
「毎日はいいよ。私も自分で選びたい日もあるし。でもまぁいいか。」
完全に納得できたわけではないが、なんとなくこれ以上問答するのが面倒くさくなって、そういうことにした。
私が納得したと勘違いしたのか、墨俣はホッとしたように息を吐いていた。




