『…ミャア(…助けてください)』
「「……」」
黒猫と向き合って沈黙すること数秒。
痺れを切らした私はもう一度同じ問いかけをする。
「だから、なんであんた猫になってんの?」
私にはこの猫が真っ当な猫じゃないことが見えている
幼い頃、私はお母さんの体の輪郭に謎のチラつきが見えることに気がついた。
意識してみると、それはお母さんだけではなく、他の人も、なんならその辺の猫や鳥や、散歩している犬もそうだった。
当時、お母さんに見えたものを相談したら、それは生き物の、血や体液とは違う、"気脈"と呼ばれる、生体エネルギーのようなものの流れだと教えられた。
魔法使いにしか見えないし、なんなら魔法使いでも見えるものは少ないとか。
気脈が滞ると、生き物は上手く機能しなくなる。
気脈は全ての人が違っていて、同じものはない。
けれど人間は人間、猫は猫、犬は犬といった生き物ごとの特徴のようなものはある。
この猫は、最初から全身チラつきがはみ出まくっていたし、見てみればそれは明らかに気脈が猫のものとは似ても似つかない。
人間のそれだった。
私の指摘を無視して、この偽猫はまだ猫のふりを続けるつもりなのか、ニャアともスンとも言わず沈黙している。
「ちゃんと自分のこと喋ってよ。あんたこの部屋に居たってことは墨俣尚なんじゃないの?」
「…」
(私が猫に話しかける阿保みたいじゃん)
「わたしは天才だから猫語でも分かる。だからなんか言え。」
「?!」
案の定こちらの言葉が理解できているであろう反応を見せる。
(まぁ本当は、気の波長を合わせるとなんとなく気持ちが分かるくらいだけど、こいつはベースが人間だし、たぶん、分かる。)
「あんたの気脈、大部分は人だけど、ちょっとだけ、猫によくある気脈の感じがほんの少し混じってる。」
黒猫の目が大きく見開かられ、もともと大きな青い瞳がこぼれ落ちそうなほどパッチリと開く。
「もう一回だけ聞くけど、なんで猫になってんの?望んでその姿じゃないなら、場合によっては助けられるかもだけど。」
「…ウミャア(なりたくて猫になったわけじゃない)」
「ふーん。」
私は腕を組んで、小さな黒猫を見下ろす。
「…で?」
金持ちのボンボンが困ってるなら、交換条件を出して助けてやろうかなとか思ってたけど…。
目の前の猫は、よく見ると随分痩せ細っている。
部屋の隅に引き裂いたようなソーセージの袋や、引きちぎって穴の空いた非常用リュックやビスケットのカスがある。
1ヶ月登校拒否ってこいつもしかして。
「…ミャア(…助けてください。)」
縋るようにこちらを見上げる猫をこれ以上虐げる気にはならず、私はしゃがみ込むと、すぐにその小さな身体に両手で包み込むように触れる。
目を凝らすとすぐに気脈の中で、猫のものと人間の物が混ざり合っているところが分かる。
気脈の詰まりを流すのはよくやるが、混ざっているものを分離させるなんて初めてで、実は大口叩いた割に、助け方はよく分からない。
(とりあえず猫は猫。人は人のイメージを持って、猫の流れを止めて、人の流れだけ流す。)
集中していると、徐々に流れが二つに別れていく。
(猫の気は広がらない末端に寄せる感じ。)
そしてこれ以上混ざらないよう、気流があまり激しく流れないように全体的に冷やしていく。
気が整うと、徐々に手の中の子猫が大きく膨れ上がり、サラサラしていた毛並みが消えていき、代わりにすべすべの人肌になっていく。
全ての気流が落ち着いた。
私は目の奥の力も抜いて、手を下ろして床につき、フーッと息を吐いて脱力する。
はじめてにしては上手くいった達成感と、複雑な操作による脱力感がすごい。
目の前で呆然と見つめ返す、もう縦長ではない、丸い2つの瞳孔。
猫の時のように真っ青ではないが、よく見ると青みがかった黒い瞳
黒猫の時と同じ色のサラサラの毛並みの髪の毛。
引きこもりを体現したような白い肌
白い、肌。
「あ。」
私は目の前の肌色を上から下までじっくりと観察する。
「あ!!」
やっと気付いたのか、目の前の青年は一瞬で青ざめたと思ったら、すぐにバスルームに走って消えていった。
そう、猫から戻った彼は
素っ裸だった。
私は突っ込む気力もなく、フローリングに仰向けに寝転がった。




