あんたが引きこもったら私が困る
医務室の前に、事務員の男性が扉を塞ぐように立っていたが、私を見ると名前を聞いてすぐに通してくれた。
部屋の中にカーテンの引かれたベッドと、進藤教授の背中が見える。
私はもどかしい気持ちで早足でベッドに近づいていく。
「墨俣?」
「!」
カーテンの中からはカタッと音がして、進藤教授もこちらを向いて私に気づく。
「観月くん、入ってきていいよ。」
カーテンの中が見える位置に移動すると、墨俣が上半身を起こしてベッドの端に腰掛けている姿が見えて、やっと心臓が元の速さに戻る。
はぁ、とため息がでて、力が抜ける。
(大きな怪我は、無いみたい。)
頬の辺りにガーゼを貼っているし、やや顔色が悪いがそのくらいに見える。
ベッドの下に下ろしている足も特に異常なさそうだ。
「大丈夫なの?」
「…俺はね。」
墨俣はやや歯切れ悪く答え、珍しく私とも目を合わせない。
私は状況の説明を求めて、進藤教授を見た。
進藤教授はすぐに察して口を開いた。
「爆破予告の件だけど。今年の4月の終わりから数回来ていたんだよ。一応初めは大学も警察に連絡したんだけど、何度も何度も不発に終わって、イタズラだろうということになっていた。」
「なるほど。全然知りませんでした。」
「まぁ、本当に事件性が認められるまで、生徒に知らせてもいたずらに不安を煽るだけの可能性が高かったからね。ただここ最近は特定の生徒が名指しで脅されていたんだけど、担当者が毎度同じ件名だから、中身を読まずに一括で処理していたらしい。」
「特定の生徒?」
(なんか、嫌な予感。)
「"墨俣尚"の居る経営学科に爆弾を仕掛ける。起動されたくなければ、身代金3000万を用意しろ"だとさ」
(やっぱり!)
様子のおかしい墨俣、爆破予告、特定の生徒、と並べば嫌でも分かる。
墨俣の顔がさらに青くなる。
「なんで…。墨俣父の会社関連ですか?」
「まぁそうだろうね。今連絡とってもらってるけど、たぶんそっちにもメールか何かきてたんじゃないかな?まぁ大企業だし、その手のいたずらメールは大量に届くんだろうけど。」
コンコンと医務室のドアがノックされて、さっきの事務員の人がスマホ片手に持って顔を覗かせる。
「救急隊が到着したようです!」
進藤教授もさすがに、ホッとしたように息を吐く。
「良かった良かった。あとは全員避難させて、警察がゆっくり犯人探しかな?」
「…それが、エレベーターが最初の爆発で非常停止して、中途半端な位置で止まったまま数人の生徒が閉じ込められているそうで、」
「なんで早く救出しない?!」
「まだ爆発物が、残っている可能性があるため、救急隊も突入が難しいと。瓦礫で狭いため、今すぐに機械による救出も困難だと。」
「くそ!!何やってんだ!」
進藤教授が医務室のデスクを拳で叩きつけた拍子に、ボールペンが落ちて転がって小さな隙間に入って行ったのを、私はジッと目で追っていた。
「…すみません、俺の、せいです。」
墨俣が感情の見えない表情で、青い顔をしたまま力なく呟いた。
「俺が、親の言われるまま、大学なんて入ったから…。 」
「墨俣くん、君ね…」
「じゃあまた、猫になって引きこもる?」
私は進藤教授の声を遮って、ズカズカとベッドに腰掛ける墨俣に近づいて、目の前に仁王立ちして止まった。
「…」
墨俣はまた俯いて私の顔を見ない。
「私知ってんだからね、あんたの気脈操作する時、猫にする時の方が圧倒的に簡単なんだ。逆に人間に戻す時は何かに邪魔されるみたいに人間の気が猫の気から剥がれないように抵抗する。」
俯いたまま、墨俣の身体がビクッと揺れる。
「墨俣が、わざとか無意識か知らないけど、それをしてるのは墨俣だよ。猫のままでいたいから。」
「…そんなこと、ない。」
事務員の男性が「猫になる?」と呟いているのに、進藤教授が「2人のそういうプレイの話ですよ」と答えていたが、もうそんなので私は止まらない。
「猫になれば、"墨俣尚"から逃げられるから!」
「そんなこと…!」
俯いたままの墨俣の、膝の上の拳がギュッと強く骨が浮き出た。
「そうだよ!悪い?!嫌なんだよ!放っておいて欲しいから!俺は何も望んでないのに!いつもいつもいつも…俺は猫でいい…。」
じわじわと墨俣の髪が盛り上がり、猫の耳の形になってゆく。
進藤教授が「君、あっちで報告よろしくね」と事務員の男性を追い出している。
「ダメだよ。許さない。」
「…だって、俺は猫で、観月さんの使い魔でしょ?」
完全に生えた猫耳が、力なく伏せている。
(やっぱり自力ではまだ半猫止まりか。)
「墨俣は、私と一緒に魔法屋で魔法薬を売れるように経営勉強するんでしょ?私が薬剤師になって魔法薬作るのに何年掛かろうが、一生手伝ってくれるんでしょ?人間じゃないと出来ないじゃん。」
「…あ、…」
無表情だった墨俣の目に、僅かに光が灯った気がした。
「あんたがこんなことで、気に病んで、また大学行けなくなって猫になって引きこもったら私が困る!」
私は窓まで歩いて行って、カーテンを開けると煙の上がる経営学科の建物を見る。
(3階なら、もう全然いける。)
「だから、…私が全員助け出す!」
私は窓に足をかけると、ぐっと力をかけて外に飛び出して、その身を宙に躍らせた。
墨俣と、ちょうど医務室に戻ってきた進藤教授が揃って窓に飛びついて、階下を見下ろした時は、すでに私は安全に着地して、身体に追い風を纏わせて走り出す準備をしていた。
私は風を味方にして、尋常じゃない速さで煙を上げる経営学科に向かった。
ここまで読んで頂けた方が居たら、本当にありがとうございます。
あと3話で完結です
もう少しだけお付き合いいただければ幸いです。
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