"お母さん"
私の母親は、"母"に向いていない人だったと思う。
食事も与えるし、幼児のうちは世話もしてくれて、生活に必要な物は最低限買い与えてくれる。
ただ他の親のように一緒に遊んだりはしてくれないし、笑いかけることもない。
公園に行きたいと、連れてきてもらえても、母は少し離れたところから、ジッと私を眺めているだけだった。
可愛い可愛いと言われている、同い年くらいの女の子を見かけた後に、
「おかあさんは私に可愛いって言わないけど、私は可愛くないの?」
と聞いたら、母は困った顔で
「それなりだとは思うけど…」
と答えて、幼児ながら結構ショックだったのを覚えている。
今なら分かるけど、当時の私が欲しかったのは可愛いかどうかではない。
母が私をかわいいと思っていることだった。
結果はそれなりだった。
母にとってわたしはそれなり《・・・・》に大事な"魔法使いの後継者"であることが分かってきたのは、小学生くらいの時。
小学生ともなれば、自分の家が普通ではないことに気付く。
狭いアパートの中で、草や花をたくさん天井にぶら下げて、母親はそれらを刻んだり、煮出したりして、時々手をかざして締め切った室内に風を起こしたりする。
その時は理解する気も起きなかったけど、母は主に魔法薬の精製をしていた。
それをした後、母親はぐったりするし、たくさんの量のごはんを貪る様に食べる。
この頃には、私は気脈も見えていて、精製作業をすると、母親の気から光の粒が一時的にごっそり減り、普通の気も少しだけ減ることに気づいていた。
そんな母親を見るのは嫌だったし、友達のお母さんみたいにスーパーでレジしたり、会社に行って欲しいと言ったこともある。
なんで父親が居ないのかとも。
「父親が必要だと思わなかった。」
「私はこれしか出来ないから」
としか言われなくて納得いかなかった。
魔法薬の瓶が木箱一杯になると、黒いスーツの男がアパートにそれを取りにくる。
母はお金の入った封筒を受け取っていた。
男は私の姿を見て
「後継の方は紗香さんより魔力量が多くて良い」
とか
「次世代は卸量が増えそうで楽しみです」
とか言って
私に笑顔を向けるけど、その目は、魔法薬の瓶に向けるものと全く同じで、商品として値踏みされてる気がして、木箱が満タンになる日は、なるべく外をぶらついていた。
小学校4年の時に、母親が私に
「今日から魔法使いの訓練を始めます。」
と言ったので、私は
「嫌です。」
と答えた。
その時の母親の顔は、本気で困惑していて、たぶん魔法使いになることを拒む人間なんて、母親の世界には存在しなかったんだろう。
今までも、母親が、日常の中でぽつりぽつりとする魔法の説明は素直に聞いていたので尚更だったのかもしれない。
私はその後も頑なに拒否した。
一年くらい拒否し続けたら、母親も魔法使いのことは何も言わなくなった。
ただ、魔法薬の精製の他に、よく書き物をするようになった。
普通は口伝で伝えていく魔法の知識や方法を、訓練をしない娘のために母は本に纏めることにしたようだった。
そのまま日々は過ぎてゆき、私はとにかく母親と必要最低限のことしか話さず、世間に馴染むことに必死だった。
高校3年生の冬に、母親が倒れた。
私は就職活動に頭がいっぱいで、母親の気脈すら見なくなっていたことをかなり後悔した。
病院で点滴をつけて、ベッドに寝ている母の気脈に、もう光の粒は無かった。
病院の先生曰く、大きな病気とかは無いけれど、年齢の割に内臓のほとんどが高齢者のように衰えていると。
長くは保たないかもしれないと。
そのまま目を開けることなく2週間経ち、母親は病院のベッドの上で息を引き取った。
長年"おかしな人"とフィルターをかけて見ていたせいか、白い顔をして目を閉じている母の顔を見ると知らない人に見えた。
(結構美人だったんだな…。)
トントンとノックがされて、看護師さんだと思って開けると、スキンヘッドのスーツの中年の男が病室に入ってくる。
「やぁ、君は観月紗葉さんかな?」
「…はい。」
「僕は君の叔父の、進藤征太郎という人間だ。」
「オジ?」
「君のお母さんの弟だ。」
「お母さんに弟なんて居ないと思います。後継になる人以外は、必要ない《・・・・》から。」
「彼女は君も必要ないと?」
「さあ。でも私は魔法使いにならなかったから。とにかく私には関係ないので、帰ってもらっていいですか?」
身体が怠くて重い。
口を開くのも億劫で早くこの場違いに快活に喋る男にも消えて欲しい。
まだ手続きとかやらなきゃいけないことが沢山あるのに。
全部消えて欲しい。
「今から魔法使いになればいいんじゃない?」
「…は?」
進藤という男は、手に持っていたビジネスバッグから、見覚えのある分厚いノートを取り出して、私の前に差し出す。
「君のお母さんから君が受け取るなら渡してくれと、預かった。」
手に持つと、見た目以上に重みを感じた。
パラパラと開くと、びっしりと見覚えのある母の角ばった癖字が隙間なく書き連ねてある。
ところどころに米印で、危険を注意する走り書きや、やってはいけないことが書いてある。母は魔法薬精製以外は魔法を使っていなかったのに、見たこともない魔法の説明も沢山あった。
注意書きの一つに、疲労状態で魔法を使い続けると、気脈を傷付けること。
一時的ならば魔女の万能薬で回復できるが、常用すると、寿命を削ることが書いてあった。
(確かに、この色の薬、お母さんよく飲んでたなぁ…ちゃんと知ってたんじゃん。)
ポタ ポタ
とノートに小さな染みが出来て、慌てて制服の袖で目を拭う。
「……読みづら。」
「ほんとにねぇ。今時代なんだし、パソコンで書いてくれれば僕も助かるんだけど。」
「まだいたの?」
完全に自分の世界に入っていたので、相槌を打ってきたおじさんの存在に驚く。
「で、君はこれからどうするの?」
「どうしようかな…」
就職して普通に働いて、母と違う生き方をするつもりだった。
別に今もそれが嫌なわけではない。
「魔法使いになったら、あの人の考えてたことが、少しは分かるのかなぁ。」
(別に今更愛情探ししたいわけじゃないけど。)
母がどんな気持ちであんな不器用な生き方をしていたのか、気にならないわけではない。
「もし、君が魔法使いになるなら、今度は僕が魔法薬の売買に一枚噛んであげよう。調べさせてもらったけど、お世辞にも君のお母さんがしてた商売は良い商売とは言えないからね。僕を頼るならもっとまともな暮らしが出来ると思うよ?」
「なんで、そこまでするんですか?叔父さんだから?」
(正直あまりこの人が私にそんな姪に対する愛情があるようには見えないけど…。)
「もちろん魔法が見たいからだよ!現代に密かに受け継がれた魔法使いなんて、ロマンしかない!」
急に興奮した様子で捲し立てられて、びっくりしてしまった。
目をキラキラさせて中年のおじさんなのに、夢見る少年のような表情だ。
「君の魔法を見せてくれ。僕はそれで君にどうするかを決める。」
私は片手を胸の辺りまで持ち上げて、手のひらを上に向ける。
集中して、周囲から取り込んだ火の気を片手に集める。
手の上に小さな赤い火の玉が浮かび上がった後、パチンと消えて温かい風が、私とおじさんの顔の辺りを吹き抜けた。
唯一、私が完璧に出来る魔法だった。
うちにドライヤーが無かったから、寝癖を直すために、これだけは自力で出来るようになった。
「素晴らしい魔法だ。君を支援しよう。」
おじさん、こと、進藤先生は私に向けて拍手を送った。
(ドライヤーなんだけどな)
そのあとは、なぜか母からの遺言と言われ大学を受験することになり、必死で勉強したり、魔法薬を作らず、魔法の店を開いてみたり、私は魔法使いとしては迷走しているが、自分としては何かしら成長はしていると思っている。
魔法使いとして生きるが、母のように生きる気はなかった。
魔法使いとしても、私としても、納得して生きていきたい。
それがどうすればいいのかは
まだ分からない。
どのくらいの方に続けて読んで頂けているのか分からりませんが、
あとは2人が頑張って大大円に向えるようがんばります!
どうか最後までお読みいただきれば幸いです




