眠れる虎(猫科)
「ヒィぃイィぃーーー!ハッハッハッ!ヒィーー!」
準備室に進藤教授の引き笑いが響き渡る。
私と墨俣は、またも死んだ目でそれが収まるのを待っている。
「ハアーー!!ペット!!あの大企業の息子が女子大生のペット!はぁ、最高だねぇ。」
墨俣が進藤教授に話があると、珍しく自ら先生のゼミ室に行くのについてきたら、
進藤教授は私たちの姿を見るなり、吹き出して今に至るこの大爆笑。
「昨日墨俣くんのお父さんがものすごい剣幕で電話してきてねぇ。観月くんのこともボロクソに言ってて。あー面白かった。」
胸ポケットから取り出したハンカチで涙を拭きながら、進藤教授がやっと落ち着いたのか事情を話した。
「そもそも、進藤先生がピンクキャットで墨俣父に何かチクったのではないのですか?」
「チクった?心外だねえ。僕は息子さんは僕の教え子の店の手伝いをしていることを教えてあげただけだよ?」
(その結果、父親が息子の様子を見に行って荒れるのを分かった上でね。ほんと性格悪いオヤジ。)
私は憮然とした顔で返事もせず、腕を組む。
墨俣は特に感情のない表情で進藤教授を見ていた。
「あれ?墨俣くん怒った?」
「いえ、結果として僕の望む展開になったので。」
「望む展開?どんな?」
進藤教授は椅子からやや身を乗り出して墨俣に食い気味で質問する。
(人の面倒ごとを蜜にして舐める妖怪だよ、この男は。)
私は自分の前に初めて現れた時と同じ表情をしている進藤教授に呆れ返る。
「僕がまだダメなのは知っていますけど、僕は僕のやり方で進めるつもりなので、ちょっかい出さないでもらっていいですか?」
「!!」
(す、墨俣?)
質問に対して噛み合ってない答えだったけれど、
墨俣は緊張も、どもりも無く、ただ静かに進藤教授を見ていた。
「ふーん…」
「それはそうと、墨俣父を怒らせて、先生は大丈夫なんですか?大学に出資してるですよね?」
進藤教授はおもちゃを取り上げられた子供のように、急につまらなそうにそっぽを向いて、引き出しから出した爪切りで爪を切り始めた。
パチンパチン
「あー、出資してるのはおじいさんだからね。そもそも僕が仲良くしてるのもおじいさんだから問題ないよ。」
「なるほど」
「でもお父さんが大したことできないところで、猫になるのはまだ治ってないんでしょ?」
「それはそうですンムグ!」
話している途中で墨俣が私の口を塞いだけれど、時すでに遅し。
進藤教授はにっこり笑っていた。
「うんうん、やっぱりそうなんだね。あれかな?学校来なかったのも戻れなくなってたとか?君の性格考えると無断で全く来ないのはおかしいと思ったんだよね。観月くんが治してあげた?」
私の口を塞いだ手を、力なく下げて、墨俣は深いため息を吐いた。
「こらからも、仲良くしようね墨俣くん。」
「…はい。」
「先生、墨俣は面白くないですよ。」
私はせめてもの罪滅ぼしを試みる。
「そうだね。1番面白いの観月くんだから大丈夫。」
2人はがっくりと肩を落として準備室を後にする。
若者2人で遊んで、頭皮が艶々とさせて生気を帯びた進藤教授は窓のブラインドの隙間から外を眺める。
15年ほど前、墨俣会長がまだ代表取締役だった頃。
紹介された3人の孫。
勝気な雰囲気の兄2人から一歩引いた場所に立って、こちらを無表情で眺める幼い少年。
特に印象に残らず本当についこないだまで忘れていた。
軽く調べたところ、観月の魔法屋は生まれ変わったように売上を伸ばしているらしい。
おそらく墨俣の手腕だろう。
(僕としては、魔法屋は観月くんの気が済んだらさっさと潰して魔法に集中してもらうつもりだったのに。)
進藤は魔法使いとして生きる紗葉を見たいのだ。
墨俣会長から墨俣の大学入学後の援助を頼まれた時、なぜ無能な孫にそこまで目を掛けるのか疑問だったが
(なるほどね。欲しい物が決まれば能力を発揮するタイプか。)
まさかあの時の少年に、数ヶ月前に自分が見つけて目を掛けていた可愛い"姪っ子"を横取りされるとは。
「まるで猫の皮を被った虎じゃないか」
2人が準備室を去る時、進藤は墨俣と目があった。
彼は観月の隣りに居る時は見たこともないような鋭い目で進藤を睨んでいた。
進藤教授は皮肉にも自分が眠れる虎を起こしてしまったことを悟って、苦い笑みを浮かべた。




