墨俣父とペット
翌日。
墨俣はあからさまにドヨーンとした影を背負って開店作業をしていた。
明らかに気脈も良くない感じになっている。
(めんどくさいやつだなぁ)
私は背後から近づくと、スッと猫背の墨俣の背中に触れて気脈をほぐした。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」
墨俣はその場で飛び上がって驚いた。
(よし、いい感じになった。)
「な、何したの?!」
「落ち込んでるみたいだから、気脈を整えてみた。」
「ありがとうだけど、なんで通り魔みたいな整え方すんの?!」
なぜか涙目になって、なぜか上半身を丸めているが、声に覇気があるし、顔色も良くなっている。
良いことをしたなと頷いて居ると、まだ開店前のシャッターをドンドンと叩く音がする。
2人で顔を見合わせてから、墨俣がシャッターを開けに行く。
私は警戒して念のため、風の気を練っていた。
ガラガラとシャッターを開けると
そこには高級そうなスーツを着たおじさんが立っていた。
顔がどことなく墨俣に似ている気がした。
とりあえず、ずいっと前に墨俣の前に出てみた。
「誰だ?」
「あなたこそ誰ですか?開店前なんですけど。」
いかにも迷惑ですという顔をする私に対抗するように、おじさんは私を頭からつま先まで見て、それから店に視線を移動してから、ゴキブリを見る時の表情をしてきた。
(無駄に演出派。)
私のおじさんへの感想。
「小物商材の仕入れを紹介してくれというから、調べさせてみれば、こんな怪しげな店とは。」
チラッと背後の墨俣を見ると、青い顔をして俯いていた。
(あーあ、せっかく気脈整えたのに。)
「尚、商売がやりたいならもう少し先見性を持って投資をしろ。進藤さんのいる大学の経営学科に入れてやったのに。商売人の子供なら親の投資を無駄にするな。」
(進藤先生は文化人類学の教授だぞ?関係ないし。)
私が墨俣父(仮)に「馬鹿なのか?」という目線を向けていることに気づいたのか、墨俣父が再び私に目線を戻す。
「小汚いな」
わざとぎりぎり聞こえるくらいの声でボソッと私への感想を呟いてくる。
私は指で耳を穿ってピンと飛ばした。
いかにも聞こえませんが?って感じに。
「尚、この女はなんなんだ?!まさか恋人だとは言うなよ?こんなだらしなさそうな女。」
いとも簡単にプッチンした墨俣父。
私と墨俣に身体全体に薄い風の気を纏わせる。
プッチンした親父は社会性無いからね。
「俺は、この人のおかげで部屋から出れたし、大学にも行けてる。」
墨俣がやっと口を開いた。
顔が真っ白だけど、その目は険しく墨俣父を睨みつけていた。
「大体、別にこの店の経営は儲けたいからやっているわけじゃない。」
気の弱い息子が言い返すと思わなかったのか、墨俣父はかなり驚いているようだった。
「…じゃあ、何のために?」
「観月さんの人生を充実させるためだよ!」
「は?」
「は?」
ちなみに最初の「は?」は私だ。
育成ゲームを通り越して人生だと?
私一生こいつに世話されるの?
「人生単位は嫌なんだけど?!」
「何の話だ?!」
2人に問い詰められた墨俣はなぜかやり切った顔をした後は、プイッとそっぽを向いて答えない。
(おい、なぜ頬を赤く染める。)
「おい、尚は、お前のなんなんだ?」
大ダメージを受けた墨俣父が、私に最後の救いを求めて問うてくる。
無理もないだろう。
エリートを絵に描いたようなおじさんが、たっぷり金を掛けて育てた息子が、こんな得体の知れない怪しげな店をいとなむ女に人生投資しちゃってんだから。
私は慈愛に満ちた顔を墨俣父に向ける。
「ペットですよ。」
(情けをかけて、使い魔とは言わないであげる。)
墨俣父はまさに雷に撃たれたように固まった。
おそらく私に息子の猫化もバレていて、しかもペット化されていることを悟ったのだろう。
ヨロヨロとした足取りで店外に出ていくと
「もう私はお前には関わらん。お前など私の息子ではない」
と言い残して去っていった。
「えーっと、墨俣勘当されたみたいだけど。」
となりで立ちすくむ墨俣を見上げると、なぜか目をキラキラさせていた。
(ショックで壊れた?)
「や、やっとお父さんが俺を見放してくれた!ありがとう!観月さん!」
なぜか手を胸に当てて、目をうるうるさせて私にお礼を言ってくる。
気脈も絶好調のようだ。
「大学の学費大丈夫なの?」
「一括で払ってあるし、そもそも大学は祖父の意思で、祖父の資産で払ってもらってるから。生活費はもしかしたら打ち切られるかもだけど、投資で貯めてた資産の運用も順調だし、卒業までは全然大丈夫。仕入れもたぶん紹介されただけだから問題ないと思う。」
すらすらと予想を超える有能な引き出しを次から次へと出してくる。
(おや?もしかして墨俣って引きこもりだったことを除くとかなり高スペック?)
ニコニコ頬を染めて私を見つめるその顔も、最近、伸びすぎた髪を切ったせいか、童顔ながら割と整っているのがよく分かる。
(でもなー、墨俣だし。)
「よし、早く準備の続きして、開店しよ。」
「うん!」
何か大事だった気もするけれど、呆気なく、私たちのいつも通りの朝の日常に戻ったのだった。




